魯山人に学ぶ、旨味が引き立つ「魚の西京漬け」

41回目のテーマは『魚の西京漬け』です。家庭では調理されたことがない、という方もいるかと思いますが、手順はいたってシンプル。ちょっとしたコツでふっくらとおいしい西京焼きが出来上がります。この連載もベースとなった『新しい料理の教科書』も好評発売中です。

今日のテーマはブリの西京漬け。「東京で西京漬けと呼んでいるのは、京都産の白味噌に魚類を漬け込んだものを言う」と北大路魯山人は書いていますが、麹の多い白味噌を使った味噌漬けは当時、高級品。一部の人の口にしか入らない料理でした。夏目漱石の小説『行人』にも登場人物の一人がマナガツオの西京漬けを父親に食べさせたい、というシーンが書かれています。

西京焼きはただの塩焼きとは違う、深い滋味があります。味噌に漬け込むことで魚の旨味が引き立つのです。
また、味噌漬けは魚介類特有の臭みを抜くのに効果的な手法。この連載でも何度か言及していますが、臭みを消す方法は4つあります。1つ目は感覚的消臭(マスキング)。強い香りで臭みを覆い隠してしまう方法です。2つ目は化学的消臭。魚の臭みはアルカリ性ですから酢やレモン汁などの酸性で中和することができます。3つ目は物理的消臭です。水で洗ったり、酒と一緒に加熱してアルコール分と一緒に臭みを飛ばしてしまう方法です。最後は生物的消臭で、これは微生物の働きによって臭みを分解する方法で、麹漬けなどが知られています。

味噌漬けは味噌の強い香りでマスキングし(感覚的消臭)、味噌に含まれる有機酸によって中和する(化学的消臭)という合わせ技。今回は魯山人が書き残したコツをとりいれながら、レシピを書いてみました。ブリ以外にも脂分のある白身の魚(例えば甘鯛や太刀魚、サワラ)や鮭などでも同様につくれます。


ブリの西京漬け

料(2人前)
ブリ…2切れ
塩…切り身の重さの2%重量
西京味噌…100g
酒…大さじ2
みりん…大さじ1

作り方

1.ブリの切り身に塩を振って、冷蔵庫で30分間以上(2時間まで)置く。(Tips1 味の輪郭をはっきりさせる下味の塩)


2.小鍋でみりん大さじ1と酒大さじ2を沸かし、ボウルに入れた味噌100gに注ぎ、混ぜあわせる。ヨーグルトぐらいの硬さが目安で、硬い場合は酒を足して調節する。(Tips2 白味噌がない場合は米みそ+甘酒を使う)


3.ブリの切り身をキッチンペーパーで拭き、味噌とあわせる。一晩以上、冷蔵庫で漬け込む。3〜4日くらいまではおいしく食べることができる。


4.ブリの切り身をとりだし、味噌をふき取る。オーブントースターの中火(170℃)で8分間程度焼くか、弱火のフライパンで蓋をし、3〜4分間焼き、裏返して2分ほど焼く。(Tips3 魚焼きグリルかオーブントースターか)


★レシピの解説

【Tips1】味の輪郭をはっきりさせる下味の塩

「魚類は切り身に一旦塩を振って、塩が中身まで通った時分(約五時間ぐらい)に程々に漬け込むこと」
魯山人は味噌漬けの秘訣をこう書き記していますが、白味噌が甘い分、先に塩で下味をつけておくことで味の輪郭がはっきりとします。ただ、5時間もかける必要はなく、30分以上時間を置いても変化は特にありません。時間がなければ15分程度でもいいですが、その場合は冷蔵庫ではなく室温に置くと味が早く浸透します。

【Tips2】白味噌がない場合は米みそ+甘酒を使う

魯山人は「白味噌ばかりでは甘味が足りないから、相当多量に砂糖を加えること」と書いていますが現在、入手できる白味噌=西京味噌には甘みが充分にあるので、西京味噌を使う場合には砂糖を加える必要はありません。

今回は西京漬けですから西京味噌を使いましたが、白味噌がないというご家庭も多いか、と思います。その場合の裏技は甘酒(ストレートタイプ)を使うことです。普通の米味噌100gを甘酒100ccで溶き、そこに砂糖を大さじ1加え、あとの作り方は同じです。
米みそを使う場合には注意する必要があるのは漬け込み時間。米みその塩分濃度はおよそ12%、西京味噌の3倍ほどの塩分があるので、長く浸けておくとしょっぱくなりがち。この場合は12時間〜24時間の漬け込み時間のあいだに食べるようにしましょう。

【Tips3】魚焼きグリルかオーブントースターか

味噌漬けの魚は魚焼きグリルで焼くのが普通ですが、今回はオーブントースターで焼く方法をご紹介しています。
魚焼きグリルを使う場合は弱火で慎重に焼いてきましょう。家に魚焼きグリルもトースターもない、という場合はもちろんフライパンでも焼くことができます。

この場合は油を敷かないフライパンを弱火にかけて、オーブンペーパーを敷いて焼くと上手に焼けると思います。しかし、トースターの輻射熱で加熱した方がふっくらと火が入る傾向があります。

これまで魚の中心温度について何度も言及していますが、味噌漬けの場合はそこまで厳密に考えなくてもしっとりと焼けます。味噌に漬け込むことで浸透した塩分が水分を捕まえてくれているからです。ただ、味噌漬けは焦げやすいので注意。もっとも、焦げてしまったらその部分は食べなければいいだけなので、気楽に挑戦してみましょう。


おまけ ふきのとう味噌

味噌を使った料理を紹介したので、おまけにふきのとう味噌の作り方をご紹介します。こちらは米みそを使うのがベター。今の時期しか味わえない早春の味です。


ふきのとう…100g
サラダ油…大さじ1
米みそ…30g
砂糖…10〜15g

作り方

1.ふきのとうは軸の黒い部分を切り落とし、たっぷりの水で1分間茹で、水にとる。軽く絞ってから刻む。

2.刻んだふきのとうを水に1分間〜5分間さらす。その後にキッチンペーパーでしっかりと絞る(キッチンペーパーがもったいないならよく洗った手でも大丈夫)。苦いのが嫌いな人はもっと長い時間水にさらすと苦味が抜ける。(Tips1 苦味の扱い)

3.鍋にサラダ油を入れ、中火で熱し、ふきのとうを1分間炒める。油が全体にまわったら、味噌、砂糖を入れて混ぜ合わせ、火を止める。


★レシピの解説

【Tips1】苦味の扱い

早春を代表する味覚であるふきのとうは苦味が魅力。しかし、初心者にはややとっつきにくい味でもあるので、今回は茹でこぼしてから刻み、それを水にさらして、苦味を抜いています。

山菜の苦味成分はシュウ酸をはじめとして水溶性がほとんど。たっぷりの水で茹でて、水にさらすことで食べやすい味にすることができます。とはいえ、ふきのとうの持ち味が苦味にあるのも事実。あまりさらしすぎるのもかわいそうなので、時間は加減しましょう。

<次回は3月16日(土)に更新予定です>


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この連載について

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樋口直哉

食の博識、樋口直哉さん(Travelingfoodlab.)が、味噌汁、ハンバーグ、チャーハンなどの定番メニューを、家庭でいちばんおいしく作る方法を紹介します。どういう理由でおいしくなるのか、なぜこの工程が必要なのかを徹底的に紹介し、...もっと読む

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    コメント

    izaken77 今日は西京焼の仕込みをしよう。 鮭ときみだらを買ってきた。 10ヶ月前 replyretweetfavorite

    osakana22_0811 わたくしの敬愛する 約1年前 replyretweetfavorite

    NathanA_xiv 春先の鰤だと産卵期の為に痩せていたりして旨味が少ないのですが、西京焼きはやってみたい!(料理本好き) 約1年前 replyretweetfavorite

    m__miio |樋口直哉 @naoya_foodlab |「おいしい」をつくる料理の新常識 トースターでお魚を焼くのは理に適っているのか🐟 https://t.co/j721lJtdM7 約1年前 replyretweetfavorite