作り置きの定番『筑前煮』をカガクの力でおいしくつくる

38回目のテーマは作り置き保存もできる『筑前煮』。味が染み込みやすい「こんにゃくの選び方」から、干ししいたけをおいしく戻す方法など、おいしく調理するためのコツをご紹介します。この連載もベースとなった『新しい料理の教科書』も好評発売中です。

煮物の定番、筑前煮。もともとは九州地方の〈がめ煮〉という郷土料理でしたが、学校給食で採用されたのをきっかけに全国に広がりました。味の構造としては、グルタミン酸が豊富な醤油+イノシン酸を含む鶏肉+グアニル酸を含む干ししいたけの旨味を重ねていき(旨味の相乗効果)、冬の時期においしくなる野菜をこっくりとした味に仕上げます。

筑前煮はふつうの煮物とは違い、具材を油で炒めてから煮込むので、油脂のコクがおかずとしての満足感をもたらします。もともとは菜種油を使っていたようですが、今回のレシピはゴマ油の風味で、コクを出しました。

ポイントは野菜を小さめに切ることです。これだけのことで失敗する確率がぐっと減ります。

もう一つのコツは野菜と肉を分けて加熱すること。野菜をやわらかくするためには95℃以上での加熱が必要で、煮汁を煮詰めるためにもやや強目の火加減で煮ていきますが、肉をこの温度で加熱するとパサパサに硬くなってしまいます。そこで煮汁で肉を煮たら一度、取り出して、最後に合流させます。


旨味がしみしみ筑前煮

材料(4人前)
鶏もも肉…1枚(300g程度)
こんにゃく…1枚(200G)(Tips1 味が染み込みやすい「こんにゃくの選び方」)
レンコン…小1節(150g〜200g)
ニンジン…1本(200g)
ごぼう…半本(100g)
里芋…4〜5個(200g程度)
干ししいたけ…3枚(冷水で戻す→Tips2 旨味を引き出す「干ししいたけの戻し方」)

酒…200cc
砂糖…54g(大さじ6)
醤油…100cc
ごま油…大さじ1

作り方

1.下ごしらえをする。鶏もも肉は3cm角に切る。こんにゃくはスプーンで一口大に切り、沸騰した湯で3〜5分茹でてアク抜きをする。ニンジンはよく洗い、ごぼうは包丁の背で皮をこそぎ、レンコンは皮を剥き、乱切りにする。里芋は皮を厚めに剥き、大きいものは三等分に、小さいものは二つに切る。干ししいたけは軸を切り、半分に切る。(この時、干ししいたけの戻し汁を200cc計っておく)
(Tips3 乱切りのコツ)


2.テフロン加工のフライパン(26cm)に皮を下にした鶏肉を並べる。中火にかけて皮目に焦げ色がつくまで加熱する。途中、一度だけキッチンペーパーで出てきた鶏の脂をふき取る。


3.鶏肉をひっくり返し、酒200cc、干ししいたけの戻し汁200cc、砂糖54g、醤油100ccを加え、沸騰したら弱火に落とし5分間煮る。


4.煮汁ごとボウルに開け、フライパンを一度洗うか、キッチンペーパーで拭く。


5.フライパンにごま油大さじ1を強火で熱し、コンニャクと野菜を2〜3分間、炒める。


6.4の煮汁だけを加えて、沸騰したら中火に落とし10分間煮る。


7.煮汁が少なくなり、野菜に火が通ったら、鶏肉を戻す。1分間加熱し、鶏肉が温まれば出来上がり。


★レシピの解説

【Tips1】味が染み込みやすい「こんにゃくの選び方」

こんにゃくはこんにゃく芋を水酸化カルシウム水溶液で凝固させた食べ物で、食品のなかではめずらしくアルカリ性を示します。筑前煮の悩みでよく聞くのが『こんにゃくに味が染み込まない』というもの。そのため手でちぎったり、あらかじめ塩と砂糖で水分を取りのぞくなどの手法がありますが、その前に注意すべきことがあります。それは『味が染み込みやすいこんにゃくを選ぶこと』です。

こんにゃくを買う前に原材料名を確認して〈こんにゃく芋〉と書かれたこんにゃくを選んでください。こんにゃくにはもう一種類〈こんにゃく粉〉で製造されたものがありますが、味が入りやすいのは断然、こんにゃく芋から製造されたもの。
また、こんにゃくは製造工程によってはアク抜きが必要なものがあります。裏や表の表示を確認し『アク抜き不要』と書かれたもの以外は沸騰した湯で3~5分茹でて、アクを抜きましょう。


【Tips2】旨味を引き出す「干ししいたけの戻し方」

干ししいたけはしいたけを乾燥させた食べ物で、出汁素材として用いられます。きのこは乾燥させると酵素活性が強まるので、風味が強くなるのです。干ししいたけをおいしく食べるコツは『5時間以上かけて冷蔵庫で戻すこと』。

ネットで検索するとよく裏技として「ぬるま湯に浸けると早く戻る」と出てきます。しかし、それでは干ししいたけのおいしさは引き出せません。
以前、『きのこのソテー』をご紹介したときに説明したように「きのこの旨味成分であるグアニル酸は、きのこに含まれる核酸が酵素によって分解されることで生成」されます。一方、きのこにはグアニル酸を分解する酵素も含まれており、それが活性化する温度帯が40℃~60℃。つまり、ぬるま湯で戻すと旨味成分が分解されてしまうのです。

冷たい水で戻すことで、グアニル酸を分解する酵素の働きを抑えながら、核酸を分解する別の酵素が働き、ゆっくりと旨味成分が増えていきます。
また、しいたけの独特の匂いはレンチオニンという成分によるもの。この成分、一度、乾燥させてからぬるま湯で戻すと多くなることが知られています。干ししいたけが嫌いという方はぬるま湯で戻したものを食べた経験からかも知れません。
前日の夜、冷蔵庫に入れておいて翌日使うか、朝に冷蔵庫に入れておけば夜には使うことができますし、この状態であれば4~5日は持つので、入れっぱなしにしておくのも楽です。

干ししいたけは他にも『砕いて使うとすぐに戻る』などの裏技がよく紹介されますが、それだったら無理に干ししいたけを使うのではなく、生のしいたけを使ったほうが合理的でしょう。


【Tips3】乱切りのコツ

乱切りとは円筒形の野菜を回しながら切ることで大きさを揃える基本テクニック。

コツは包丁の角度を45度にし、野菜を90℃回転させながら切ることです。手こずるのがレンコンのような太い野菜。

回しながら切ることで大きさを揃えることができますが、もしも難しいようならレンコンを四等分にして、斜めにカットしても大丈夫です。

大事なことは乱切りにすることではなく、大きさを揃えること。筑前煮は味の濃い煮汁で短時間加熱することでこっくりとした味に仕上げる煮物。そのため野菜は火の通りが早くなるように小さめに切ります。

この連載では通常2人前のレシピを提案していますが、筑前煮のような料理は多めにつくって冷蔵庫で保存するのが便利です。冷蔵庫で5日間ほどは保存することができます。

また、冷凍する場合はこんにゃくはとりのぞいてください。

<次回は2月23日(土)に更新予定です>


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この連載について

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樋口直哉

食の博識、樋口直哉さん(Travelingfoodlab.)が、味噌汁、ハンバーグ、チャーハンなどの定番メニューを、家庭でいちばんおいしく作る方法を紹介します。どういう理由でおいしくなるのか、なぜこの工程が必要なのかを徹底的に紹介し、...もっと読む

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    picarinn 「3」「4」はやってなかった。。 約1年前 replyretweetfavorite

    d_forest 料理を科学的に説明してもらえると、別の料理にも理屈で応用できるのでメッチャ良い。 https://t.co/cmbkbCcNJF 約1年前 replyretweetfavorite

    kawachorigami とても丁寧に各工程を説明してて好き。 約1年前 replyretweetfavorite

    em2piricahypo このシリーズ、そうする理由を逐一説明してくれていたとても好き。 約1年前 replyretweetfavorite