簡単で作り置きもできる“鶏そぼろ”を使った、トロトロ食感の親子丼

食の博識、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)による科学的「おいしい料理」のつくり方。25回目のテーマは『鶏そぼろと親子丼』です。必要な材料が少なく、数日保存できる鶏そぼろは、様々なメニューに用いることができる優れもの。今回はおいしい鶏そぼろを作るための、肉の選び方から加熱の仕方、さらに鶏そぼろを使ったご飯との一体感が強い「親子丼」のつくり方までをご紹介いたします。

 今日のメニューは鶏そぼろとそれを使った親子丼です。
 鶏そぼろのそぼろは「細かいこと。細かに刻んだもの。また、そのさま」(日本国語大辞典)という意味。タイやタラなどの魚や鶏肉、豆腐をすりつぶして炒り煮にした料理を指します。冷蔵庫がない時代、濃いめの味付けでしっかりと火を通しておけば、翌日でも安心して食べられる、という昔の知恵です。
 鶏そぼろは数日は保存できるので、忙しい現代人にもぴったり。


やわらかジューシー鶏そぼろ

 材料
 鶏ひき肉 300g
 醤油   大さじ4
 上白糖  大さじ4
 酒    大さじ4

 鶏ひき肉は鮮度が重要。選ぶ時はパックの底にドリップ(薄い赤色の液体)がたまっていないものを。スーパーによって鶏ひき肉は「鶏むね挽肉」「鶏もも挽肉」と区別されて販売されている場合もあります。どちらを選べばいいのか、という問題ですが「鶏むね挽肉」を使うとあっさり目に、「鶏もも挽肉」を使うとしっとりとした仕上がりになります。そぼろ丼の老舗は材料の挽肉に脂分の多い鶏の首肉を混ぜてこく味を出していることが多いので、お店の味に近づけたいなら「鶏もも挽肉」を選びましょう。

 もしも、表面がドリップや結露で湿っていたら、キッチンペーパーで水分をとります。


1.鍋にすべての材料を入れて、菜箸で肉をほぐす

*砂糖がおいしさの秘密
 煮魚のときにはミリンを使いましたが、肉には砂糖を使います。砂糖には肉をやわらかくする効果があるからです。
 肉を加熱していくと筋繊維が収縮し、水分が出てくることは、この連載のなかでも何回か言及しています。この挽肉も同様に加熱していくと筋繊維が収縮して硬くなります。しかし、砂糖で煮ることで筋繊維のすきまに砂糖液が浸透し、タンパク質が凝集して固くなるのを抑制してくれます。これが砂糖で煮るとやわらかくなる理由です。同じように砂糖の力で肉をやわらかくする調理法に「すき焼き」があります。


2.中火にかけて菜箸でかき混ぜながら加熱していく。わり箸を4〜5本、手に持って混ぜると塊がほぐれやすい。沸騰してきたら火を弱火に落とす。


*下茹でする必要はなし
 昔の鶏そぼろのレシピには挽き肉を湯に通して、灰汁(アク)を取りのぞく手法が見られます。しかし、鶏の品質が向上した現代では必要のない下処理でしょう。
 山菜や野草などに含まれる、渋み・えぐみなどのもとになる成分のことも『アク』と呼びますが、ここでのアクは〈肉などを煮たときに、煮汁の表面に浮き出る白く濁ったもの〉(用例としては「スープの灰汁をすくい取る」)を指します。このアクは肉の組織液や油脂分などが固まったものです。
 試しに肉や魚を煮たときに浮いてくるこのアクを食べてみても渋みやエグミは感じませんが、アクを除去するとなぜかすっきりとした味に仕上がります。アクとはなんなんでしょうか? 研究者と料理人による団体『日本料理ラボラトリー』はアクに関する考察を行っています。

 サバの煮付けをアクをとりのぞきながらつくったものと、鍋に混ぜ込んだものを用意し比較したところ、味に深みがあったのは後者でした。同様に出汁(鰹と昆布、及び鶏ミンチからとった出汁)についても比較検討した結果、アクをとりのぞかない方が濃厚になる、という結論が出ています。アクはコクに貢献するのです。
 しかし、これはアクをとりのぞくのが間違いということではありません。アクをとりのぞいたほうが見た目はきれいですし、すっきりとした味に仕上がります。ようは目的に応じた使い分けが重要ということです。調味料の少ない淡い味付けの料理の場合はアクをとりのぞいたほうがいいでしょう。
 今回は鶏という風味の強い食材を濃い味に仕立てるので、アクによる味の濃さを利用して深みを出しています。


3.時々、かき混ぜながら水分を飛ばしていく。目安は10分間。写真くらいまでに煮汁が煮詰まったら出来上がり。そのまま冷ましてから保存容器に移す。

*鶏そぼろはゆっくり加熱するとおいしい
 鶏そぼろは水分を飛ばすことで保存性が向上します。どこまで煮詰めるかは好みですが、あまり煮詰めすぎるとふっくら感がなくなります。目安はそぼろを動かして鍋底が一瞬見えるくらい。写真くらいの量が目安です。
 強火で煮詰めて水分を飛ばすと早くできますが、弱火である程度の時間をかけてゆっくりと煮含めていったほうがおいしくできます。また、肉を冷ますと加熱中に出た水分が再吸収されるため、よりふっくらします。そのためにも完全に煮汁を煮詰めずに少しだけ残しておきましょう。

 鶏そぼろは冷蔵庫で3〜4日保存できます。ご飯の上に載せてそのまま食べてもいいですし、この鶏そぼろに水とジャガイモや里芋を加えて煮れば「そぼろ煮」という料理にも使えます。今日は『親子丼』をつくってみましょう。鶏そぼろを使った親子丼は通常の鶏肉を使ったものよりもご飯との一体感が強いのが特徴です。


【アレンジ】鶏そぼろの親子丼

材料(2人前)
鶏そぼろ 100g
水    100cc
卵    4個
ご飯   茶碗2杯分


1.鶏そぼろと水を中火にかけ、卵を割り、ざっくりと溶いておく。

* 卵はざっくりと溶く
 親子丼に限らず卵とじ系の料理のコツはただ一つ。卵を溶きすぎないことです。溶きすぎないことで固まった白身に濃厚な黄身が絡むふんわりとした食感が出せます。白身と黄身が完全に混ざる前に手を止めましょう。


2.沸騰したのを確認し、鍋全体に卵を加える。この時、卵をすこしだけ残しておく。一度だけざっくりと箸で混ぜたら、火を弱火に落としてゆっくりと火を通していく。

* 卵を入れたら触らない
 卵の凝固温度は100℃以下なので、弱火で加熱します。白身が膨らむように火が通ってくるので、焦らず見守ります。卵は液体に浮くので鍋肌にはくっつきません。箸で混ぜると鍋肌に卵がくっつく原因になるので注意。
 またこの時、蓋はしません。蓋をして加熱をすると卵にしっかりと火が通った仕上がりになりますが、丼ものとしての一体感が損なわれるからです。気長に加熱していきますが、中心部分がややゆるくても白身が固まっていれば次の工程に進んで大丈夫です。


3.白身が固まったら、残りの卵を加える。温かいご飯の上におたまを使って、卵とじを盛り付ける。

* 白身は白身、黄身は黄身という状態が理想
 親子丼はゆるく固まった卵で具材と煮汁のあいだに一体感をもたせた料理です。写真を見れば白身は白身、黄身は黄身で固まっているのがわかると思います。やや分離した状態に仕上げるのがゆるく固めるコツで、全体を均一にしないことで食べ飽きません。

 通常の鶏肉を使った親子丼の場合はどんつゆという割下(出汁、醤油、みりんなどをあわせた合わせ調味料)で煮てから卵で閉じますが、鶏そぼろを作っておけばどんつゆいらずで簡単に作れます。通常の親子丼の作り方はこちらのnoteを参考にしていただければうれしいです。


参考文献
日本料理ラボラトリー研究成果発報告会(平成25年3月12 日)


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この連載について

初回を読む
おいしい」をつくる料理の新常識

樋口直哉

食の博識、樋口直哉さん(Travelingfoodlab.)が、味噌汁、ハンバーグ、チャーハンなどの定番メニューを、家庭でいちばんおいしく作る方法を紹介します。どういう理由でおいしくなるのか、なぜこの工程が必要なのかを徹底的に紹介し、...もっと読む

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    コメント

    keitaigarashi @kaorun6 ありがとうございます! ひき肉は、樋口さんの連載で載っていた鶏そぼろですね。いつも作り置きしているんです。 https://t.co/FVTJGHuSE8 脂身が少ないタンパク質も取れると、今の体調にちょう… https://t.co/s9RSBseWI3 10ヶ月前 replyretweetfavorite

    lungi7712 そかぁ、曽祖母が「アクも味のうち」と言ってた訳がやっとわかった! 1年以上前 replyretweetfavorite

    naoya_foodlab 今日のcakesは鶏そぼろ。 1年以上前 replyretweetfavorite