私は広告業界で10年ほど広告制作の仕事をしていた。最初は総合代理店で、最後の半年はWEB広告代理店で。
そして昨年末をもって退職に至ったので、退職エントリではないが、なんとなくWEB広告の実情について
広告業界の人たちにも話したかったので文章にまとめることにした。
私はそれは、奢りではなく、むしろ戒めだと考えている。
なぜなら広告会社は、そういった矜持を自戒の念を込めて持っていないと、
私は新卒でとある広告代理店に入社し、そこから10年ほど制作を担当することになった。
最大手というわけではないが、時々全国規模のTVCM制作も手がける、そこそこの代理店である。
そこは、今となっては「働き方改革」の標語ひとつで一蹴されてしまうような、徹夜と休日出勤を繰り返す昔ながらの制作現場だった。
私はこれは、他ならない「文化からの転落への恐怖」に起因していると考えている。
タレントは不自然に微笑み、手放しで商品を褒める怪しいコピーで溢れかえり、
だからこそ代理店の制作者は、1ミリでも多く、見る者の目を楽しませる努力をする。
広告の枠を超えて世の中全般を動かせるような言葉を発信できないか苦悶する。
「ゴミ」と「文化」の間に横たわる深い河を、靴一足分だけでも超えられないか、
誰だって、自分は人生をすり減らしてゴミを作ってる、とは思いたくない。
そんなミリ単位のこだわりを爆発させていくうちに、時間外労働は積み上げられ、
(ホントにダラダラやってるだけのヤツもいるんだけど)
私は土日の撮影や徹夜のプレゼン準備が反吐が出るほど嫌いだったが、
そういういい歳こいたおじさん達が、1ミリでも良い物を作るために
わがままを通そうとする姿を見ているのは嫌いではなかった。
情熱大陸とかプロフェッショナルでは、プロ達は綺麗なオフィスでキラキラ仕事している場面ばかりだが、
現実のプロ達は深夜の制作会社の会議室で、ボロボロになりながら臭い鼻息を撒き散らして仕事に食らいついている。
繰り返されるのは、誰かが「もうこの辺で辞めにしませんか?」と言ってしまえば終わってしまうような脆弱な会議である。
しかし「少しでも良いものを作らないと俺たち生きてる意味ないよな」という不文律が全員の頭の中に共通して存在するから、
「もう辞めよう」と口にする人は一人もいない。そして1ミリだけ良くなった企画書を持って徹夜明けでプレゼンに挑む。
その情熱大陸が映さないような種類の、リアルな感じが好きだった。
まぁ、そういうおじさんおばさん達の見えない闘争が積み重なって、
「広告は文化」と心の中で思っていても怒られないくらいの社会風潮は出来たのではないかと思う。
過去の名作広告をまとめて本や番組が作られるくらいなのだから、一応文化と言っても差し支えはないだろう。
その会社で9年働いた後、私は縁あってWEB広告の代理店に転職することになった。
これが同じ「広告代理店」を冠しているが、とても同じ広告を作っているとは思えないような職場だったのである。
ここが広告という文化を殺して食べる、屠殺現場のような場所だった。
それは「数値化」だ。
WEBで広告を作る、ということは、制作物の全てを数字に置き換えることができる、ということなのである。
この広告が何秒見られたのか、どんなクラスターの何%が見たのか、何%が商品を買ったのか、広告のコスト効率はいくらか。
広告の全て数字で語ることができるのがWEB広告の独自性であり、実際私が居た会社はその強みを最大化するような戦い方をしていた。
すると何が起こるか。
たとえば、必ず視聴率やクリック率が高く出るような広告をつくる。
それはどういうヤツかというと、始まってすぐに「お得なキャンペーン」とか「今だけ何%ポイントキャッシュバック」といった数字を画面に大きく出すようなアレである。
誰もがあれに反応するわけではないが、一定層そういう数字に反射的に反応する人種の人たちがいる。だから結果的に数値はわかりやすく上向くのである。
コスト効率を上げる方法は2つしかない。前よりも大きく結果を出すか、制作費を削るか、である。
そういうわけから、WEB広告代理店では撮影や外注を行わない広告制作が奨励されている。
ストックフォトやフリー素材だけで制作すれば、地獄みたいなクオリティになるが原価はゼロに近づく。
そして前述の視聴率アップの手法があるので、不思議とそんなものでも視聴率が高かったりする。数千万かけて作ったTVCMより高かったりする。
その結果、コスト効率は上がり、「クライアントも喜んでいます!」という嘘みたいな報告が営業からは来るのだ。
私にはこれが、数字に裏付けされたゴミを作っているようにしか見えなかった。
始めにこのクオリティの広告を見た時「まともなクライアントがこれにお金を出すはずがない」と思っていた。
しかし実際は違う。喜んで買っている。そりゃそうだ、クライアントの持っているお金は「広告宣伝予算」であって「広告文化への投資予算」ではない。
RADWIMPSが歌うデザインされたTVCMであれ、フリー音源とポイント還元キャンペーンだけで出来たWEB動画であれ、効果が高そうなものにお金を払う。
なんとなく効きそうなだが高価な胃薬と、見た目はチープだが安価で効き目が数字で裏付けされている胃薬だったら、後者を選ぶ人は少なくない。
私が在籍していたのは半年程度だったが、WEB広告会社が大手代理店から仕事を奪ってきた、というようなニュースを度々耳にした。
かくして、広告という文化は、数値に裏付けられたゴミによって貪られ、じわじわと瓦解し始めている。
今なお「広告は文化だ」と思っているのは広告制作者を始めとする一部の広告ギークだけなのだろうか。
もしかしたら多くのクライアントサイドも、今では広告を文化だとは思っていないのかもしれない。
(思っている希少なクライアントもいる。代理店はそういうお客さんを大事にしてください。)
少なくとも、WEB系の広告会社にはそもそも広告を文化と思うような発想はない。
ただ忠実に、広告は言葉通りの「広告」なのだと彼らは思っている。
彼らは非難される立場ではない。だってそっちの方が本来の「広告」の語義には近いのだ。
「経済を回すための1つの因子」みたいな感じに思っているんだろうなぁ、きっと。
文化もろとも倒壊しているのにも気づかず勝ち気になっているのが我慢できなかった。
懐古趣味の「昔は良かったおばさん」みたいな話にはしたくなかったのだけど、
2019年、ついにWEB広告の出稿費がTVCMのそれを超えたという。
この先の広告業界がWEB業界を中心に回るのは日を見るより明らかだし、その時のエースプレイヤーは私が辞めたあの会社かもしれない。
しかし、あの地獄クオリティのWEB広告達を元に大学の授業が行われることはないだろうし、それを論じた本が出るようなこともない。
広告という「文化」は静かに解体され、彼らに食いつぶされ、いつの間にか消滅していることになるだろう。
私はそんな「冷たい熱帯魚」みたいな解体現場で確かに働いていた。
これは救命ボートからタイタニック号に乗り換えるような所業かもしれない。
ただ無邪気に文化を貪り続けるよりはマシだと思っている。
あの制作会社の会議室で、今日も広告が文化足り得るようしのぎを削る人たちがいる。
私は化石のような彼らを、情熱大陸のクルーの代わりに見届けることにする。
いいね。 広告を文化足り得るようにしのぎを削る人たちは、目先ではないコスト効率を訴えているのだろうか。
数字や即効的な効果よりブランドイメージ優先してるような、つまり文化的な広告って金銭に余裕のある大手しかやれないじゃん。フリー素材を好む層とは棲み分けができてる印象があ...
多分、50~60年ぐらい前にも 「自分は紙の出版広告に誇りを抱いてきたが、最近のTVCMときたら視聴率の効率重視でこんなものは~」 と悲嘆口調で嘆いていた者がいたであろう そして500~...
いったいどこまでそしてどれが表現なのか
どうせ塵なら少しでもマシな塵を ってわけか。目的と手段が逆になってちゃ、そりゃ廃れる
もんのすごい勘違いぶり。珍しくブコメのほうで適切なツッコミ多数なので屋上屋は控え、ただ感想を。 こういう幼稚で尊大な寝言言ってるの、おゲージツ系のケンチクカか左翼系の出...
供給側はニュースになったりバズったりする広告を作りたくて業界に入る。 需要側は当たるかわからないガチャに大金を払いたくない。 両者の感覚の差がすごいわかるけど、プライベー...
クライアント側ですが、お付き合いのある広告代理店が徹夜と休日出勤を繰り返していたら今後の発注はちょっと考えてしまいますね。 労働基準法を守った企業と取引したいです。
「商売の役に立つ便利なお知らせ←→カネもうけの道具」を凄くカッコイイものにしようとする仕事、ではなかった・・・
web広告、主にモバイル系の経験者です。 web広告代理店と言ってもピンキリだろうが、俺の可視範囲では、広告では無く集客代行であり、販促代行のようなものだと思ってる。 全てがCPA...
広告は文化だと思いながら仕事してたのに数字になってしまった悲しいってこと? 広告の価値はさー 知る価値のある情報をそれを知らない人に届けるってのが本質なんじゃないかなと...
じっさいにやってることはビビッドアーミーであり、まとめサイトへの出稿だからね。 何をどう喚こうとも広告はクズ。
"広告は公共空間・公共電波を使ったゴミである。"結構なパワーワードでワロタ 関係者でもなんでもないけどカワイソス
寝てないわーと会社でアピールする人の心理を見事に描写してて資料として良い
変に時代にあらがっても仕方がないので、例えば四半期ごとにブランドイメージ計測のアンケートを取るとかやって数値化したほうが増田さんのやりたいことができそう
同じ業界にいる人間として補足を少し。 広告は文化ってのは何も現場の人間のこだわりじゃなくて、 今はそうならなければ広告がすべて淘汰されてしまうという意味合いが強い。 そも...
ある意味現代アートに近いのかもな
この類の自己陶酔系かまってレイディの増田に「読ませる文章」とか言うのが今のブクマカのレベル。
読めなかったの?
読まされなかった
他人のせいにするな
だからAdbolockを入れてWEB広告を駆逐しようよ
広告は文化だというのは増田は自戒を込めているというけども 最終的にその広告を見て購入する消費者は広告を買ってるんじゃなく商品やサービスを買うじゃない? 文化に金を出してい...
顧客の要求と広告屋としての文化(というかプライド)をマージできなかった広告屋の技術不足が原因だな。 文化は否定しないし守るべきだが、客商売をしている以上、客の要求は満た...
休日出勤徹夜上等のゲーム会社でゲームプログラマーだけど自分が作っているものが文化だなんて思ったことなかった、広告もゲームも世の中から消え去っても問題ないものだというこ...
古い世代の広告屋が良しとしてきた文化は消えつつあるかもしれない。けれど、広告の成果を数値で計るのもそれはそれで「数値を是とする文化」だ。クライアントの要求を無視してア...
YouTubeでクリエイターが一生懸命動画作ってそこにシンプルな広告つけばそれでいいじゃん むしろ広告はシンプルな方がいいね
「広告」は確かに文化やアートと捉えられる側面がある。一方で、経済活動のなかで合理的になっていくのは当然。 未だ「広告」は顧客の要求を超える連続的な成長をとげるかもしれな...
あなたは、典型的な美大卒のデザイナーなのだろうなと思いました。 いわゆる、自身の作ってきたものや作るのもに自信を持つ職人気質であるように読み取れました。 広告が金儲けの...
広告とは何か、ってより、コンテンツとは何かじゃねぇのかなー、アンタが考えてんのは。 悩むのも告解するのも懐古するのも隠遁視点で達観したつもりになるのもいいが、境界のない...
web広告はマーケティングだし形のないものだから数値が必要 広告制作はアウトプットした物が物理的に触れる事が多いし、なんかこの二つを混同することが違う気がする