煮崩れせずお肉をやわらかく仕上げる、新しい肉じゃがのつくり方

食の博識、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)による科学的「おいしい料理」のつくり方。23回目のテーマは『肉じゃが』です。じゃがいもが煮崩れしてしまったり、牛肉が硬くなってしまったり、味がうすかったりと、定番料理でありながら難しさのある肉じゃが。上手につくるポイントはジャガイモをスライスすることと、牛肉を後入れすること。やさしい味わいの肉じゃがの完成です。

 肉じゃがが上手につくれない、という声をよく聞きます。誤解を恐れずにいうと、肉じゃがはそもそもが不合理な料理。理にかなっていないのですから、上手につくれなくて当然です。

 それはつまりこういうことです。一般的な肉じゃがの作り方は〈まず肉と玉ねぎを炒め、そこにじゃがいも、にんじん、出汁、醤油、砂糖やみりんなどの甘味を加えてコトコト煮る〉というのが一般的。最近では出汁を使わずに蒸し煮にする手法(土井善晴先生のレシピがその代表です)もありますが、いずれにせよジャガイモと肉を同時に加熱します。

 しかし、ジャガイモ、にんじん、肉では適切な加熱時間が異なります。性質の異なる素材を同時に加熱し、ベストに煮上げることは不可能。肉に火が通りすぎることは避けたいですが、ジャガイモには味を染み込ませたい。にんじんはやわらかく煮る必要がある。そんな難題をクリアしなければいけないのですから上手につくれなくて当然、というわけ。

 そこで今回は一般的な作り方を改良した新しい肉じゃがの作り方をご紹介します。火が通りにくいにんじんは省き、牛肉は後入れします。この方法を使えば上手につくれないという人でもおいしくできる! ……かもしれません。


やわらかお肉の牛肉じゃが

材料(2人前)

牛肉(切り落とし) 130g〜150g
牛脂        20g(なければごま油大さじ1)
じゃがいも     500g〜600g
たまねぎ      1個(150g〜200g)
水         500cc
醤油        50cc
砂糖        30g
仕上げの醤油    大さじ½
絹さや       適量


1.ジャガイモは皮を剥き、1.5cmの厚さに切る。皮を剥いた玉ねぎは半分に切り、さらに繊維を切るように7mm厚のスライスにしておく。

*ジャガイモの切り方
 ジャガイモを顕微鏡で観察すると皮のすぐ下に硬い層があります。この硬い層をやわらかくするまで煮ると、内側が必ず煮崩れます。そこで皮は厚めに剥くのがベター。(剥き方はnoteの記事を参考にしてください)

 通常の肉じゃがはジャガイモを大きめのかたまりに切りますが、このレシピでは厚めのスライスにしています。ここがこのレシピの最大のポイント。
 ジャガイモのかたまりを煮ると外側が煮えているのに内側が生、あるいは中心に火が通った頃には外側が煮崩れる、という現象が起きます。これを避けるためにははじめからある程度の大きさに切ってしまえばいいのです。

 ジャガイモはよく見ると縦長の形をしており、繊維が縦が走っているので、それを断ち切るように切りましょう。そうすれば味の染み込みもよくなりますし、噛みやすく口に入れたときにさらりとした口どけになります。


2.鍋に牛脂(スーパーでもらえるもの)を入れ、弱火にかける。じくじくと脂が染み出し、かすかに色づいてきたら、玉ねぎを加えて軽く炒める。

*肉が鍋にくっつかない秘策
 通常の肉じゃがは鍋で肉を炒めてからその他の材料を加えます。テフロン加工の鍋なら問題ないのですが、普通の鍋だと肉がくっつくのが難点です。
 肉がくっつく原因はタンパク質。タンパク質は高温で化学反応を起こし、お互いに反応しあって結合する(=肉に火が入る)だけではなく、鍋の金属イオンとも反応します。顕微鏡で見ると鍋の表面には凹凸があるのですが、そこにタンパク質が入り、物理的に結合する=くっつくのです。

 テフロン加工の鍋に肉がくっつかないのは表面がなめらかだから。たっぷりの油を敷き、あるいは肉に小麦粉を振るなどしておくと、タンパク質を鍋の金属面から遮断することができるので、くっつきにくくなります。
 今回は肉ではなく、牛脂を炒めることにしました。牛脂にはタンパク質がないので、鍋にくっつく心配はありませんし、いい香りをつけることもできます。ちなみにあとから加える玉ねぎにはタンパク質が少ないので、鍋にくっつく心配はありません。牛脂がなければごま油大さじ1で代替できます。


3.玉ねぎがしんなりしてきたら、ジャガイモと水500cc、醤油50cc、砂糖30gを加えて、強火にする。

*甘辛味の配合は醤油と甘みがほぼ同量
 ジャガイモを炒めるレシピもありますが、表面を加熱しても意味がないのでさっさと水分を加えたほうが賢いです。
 今回は水を加えましたが好みで出汁を加えてもいいでしょう。ただ、出汁を加える場合は砂糖ではなくみりんを使い、上品に仕上げたほうがおいしいと思います。

 みりんを使う場合はどれくらいの量を入れればいいのでしょうか。和食の割合には様々な配合がありますが甘辛味の場合、基本的に醤油とみりんは同量と覚えておきましょう。例えばれんこんと牛肉を煮る場合も出汁5:醤油1:みりん1に砂糖を少し加えて味のバランスをとればいいですし、野菜の煮物──例えば里芋を煮るのであれば10:1:1。水分は煮ているうちに減ってくるので最終的には8:1:1くらいの味になります。
 今回のように水で煮る場合は甘めに仕上げたほうがおいしいので、みりんではなく砂糖を使っています。ちなみに砂糖30gと同じだけの甘みをみりんで出す場合にはみりんが90g(80cc)必要です。つまり、今回の味付けは醤油よりも甘みが強い配合だとわかります。


4.沸騰してきたら弱火に落として、7〜8分間煮る。じゃがいもに串が刺さることをたしかめたら(硬い場合はもう数分煮る)、牛肉と醤油大さじ1/2を加えて、さらに3分間煮て、火を止める。その後、10分間、予熱で火を通す。

*牛肉は後入れ
 通常の肉じゃがのレシピとは違い、牛肉をあとから入れています。切り落としで売られている牛肉は〈もも肉〉〈肩ロース〉〈ロース〉が一般的。これらの部位はコラーゲン量が少なく、長く煮る必要のない部位です。長く煮てしまうとパサパサになってしまうので、最後に加えてさっと煮て、あとは予熱で火を通します。

予熱で火を通すのはジャガイモの煮崩れを防ぐコツでもあります。最後に香り付けのために醤油を少し加えました。

 盛り付ければ出来上がり。青みとして絹さやを添えました。サヤインゲンでもいいと思いますし、さっと煮た青ネギでもいいと思います。

 よくある失敗例についても考えておきましょう。まずは肉が硬い場合は肉が厚いことが考えられます。しゃぶしゃぶ用などの薄切り肉、それもできたら脂肪が多い霜降り肉を使ってみてください。
 味が薄い場合もあるかもしれません。その場合は一度、ジャガイモと肉をとりだして、煮汁を煮詰めてから材料を戻します。鍋の口径や火の強さによって水分の蒸発量が異なるので、次につくるときは水の量を400ccにしてみるのがいいでしょう。

 こうして実際につくってみると肉じゃがは肉を砂糖と醤油で煮る牛鍋=すき焼きに近い料理であるとわかります。すき焼きなのですから肉はちょっといいものを使い、さっと煮るだけで食べるのが吉です。


参考文献
ジャガイモ塊茎における維管束の分布と連絡およびその組織内デンプン蓄積との関係(日本作物学会紀事 土屋哲郎 松田智明 長南信雄 1993 年 62 巻 2 号 p. 172-182)
野菜の加熱とペクチン質 渕上倫子 日本調理科学会誌Vo1.40,No.1,1~9(2007)


<次回は11月10日(土)更新予定>


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おいしい」をつくる料理の新常識

樋口直哉

食の博識、樋口直哉さん(Travelingfoodlab.)が、味噌汁、ハンバーグ、チャーハンなどの定番メニューを、家庭でいちばんおいしく作る方法を紹介します。どういう理由でおいしくなるのか、なぜこの工程が必要なのかを徹底的に紹介し、...もっと読む

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    コメント

    izaken77 樋口さん@naoya_foodlab の合理的レシピでつくった肉じゃが美味かった! https://t.co/neD78rpchm https://t.co/UUxxOkTB0U 1年以上前 replyretweetfavorite

    ymkkym お肉を後で入れるのは小林カツ代さんのヒラヒラカレーに似たつくり方かも。 1年以上前 replyretweetfavorite

    naoya_foodlab cakesでは牛肉を使った王道肉じゃがを。肉じゃがはすき焼き+じゃがいもと捉えるのが吉。今回は違う形にしましたが、最初に牛肉を焼いて、予め火を通しておいたジャガイモでつくるのもおいしいですよ。https://t.co/smI4ZUKYfG 1年以上前 replyretweetfavorite