今回のテーマは冷製パスタです。まずは夏野菜の代表であるトマトを使った冷たいカペッリーニです。夏を乗り切る日本生まれのパスタ料理で、暑い日に食べると身も心も潤される味です。
ところでこの冷製パスタ、レストランで前菜として食べると結構な値段がします。その理由は作り置きできないソースなので、注文を受けてからつどつくるという手間がかかるから。材料費はたいしたことがないので、自分でつくったほうが経済的です。レストランの味に近づけるポイントがいくつかあるので、順番に紹介していきます。
トマトの冷製カペッリーニ (2人前)
カペッリーニ 80g
ミディトマト 300g(1パック半~2パックが目安)
オリーブオイル 大さじ3
ワインビネガー 大さじ1
ハチミツ 小さじ1
塩 3g(小さじ1/2)
挽き黒胡椒 適量
バジル 少々(又は大葉)
1.鍋に湯を沸かし、葉をとったトマトを15秒間浸ける。冷水にとって、皮を剥き、1/4に切る。
*トマトの湯むき
冷たいトマトのカペッリーニに普通の大玉トマトを使うと風味が弱いので、このレシピではミディトマトという中玉のトマトを使っています。
ミディトマトは大玉トマトとミニトマトをかけ合わせた品種で、高い栄養価と凝縮した味が特徴。スーパーに行くと高価なフルーツトマトも売っています。これはできるだけ水分を与えずに育てるなど栽培に工夫したトマトの総称で、特定の品種を指す名前ではありません。商品名にこだわらず、おいしいトマト──へたが新鮮な緑色で、持って重いものを選びましょう。
鍋に熱湯を沸かし、トマトを十秒間以上沈めると皮を簡単に剥くことができます。これが『湯むき』という作業です。湯に浸けると皮と果肉を繋げているペクチンが溶け、熱が加わると皮が縮むのできれいに剥けます。
トマトの皮は味に大きく影響するのでこの作業は省略できません。
2.切ったトマトをボウルに入れ、オリーブオイル大さじ3、ワインビネガー大さじ1、ハチミツ小さじ1、塩小さじ1/2、挽き黒胡椒適量、刻んだバジル適量を加えて、ゴムべらで優しく混ぜ、氷水にあてるなどして15分ほど冷やす。
*冷やす時間は15分。
今回はワインビネガーを使っていますが、米酢でもまったく問題ありません。とにかく酢とハチミツを両方入れることが大事。糖分と酢を加えるとトマトの風味が強まる、というのは昔から知られたテクニックですが、その効果は化学分析でも実証されています。
冷やす時間は15分が目安です。短いとトマトに味が入らず、長すぎるとトマトから水気が出すぎてしまいます。
3.鍋に1.2%塩分濃度の湯を沸かし、カペッリーニを袋の表示時間よりも1分長く茹でる。ザルなどで湯を切り、流水で粗熱をとってから、氷水で急冷する。
*冷たいパスタは袋の表示時間+45秒〜1分茹でる
カペッリーニは最も細いパスタ。メーカーによって細かい差がありますが、直径が0.9mm~1.3mm、日本のそうめんに近い形状をしています。
冷たいパスタは袋に表示されている時間よりも1分長めに茹でます。水にとって冷まし、氷水で締めるので、ちょうどで茹で上げると硬くなりすぎてしまうからです。
通常、パスタを茹でるときの塩分濃度は1%ですが、この場合は水で洗う時に塩味が抜けるので、あらかじめ気持ち強めの塩分濃度で茹でるのがコツです。
また、カペッリーニの量は1人前40g。少ない気もしますが冷製カペッリーニはあくまで前菜。少量でおいしい味を目指します。
4.パスタの水気を布巾やキッチンペーパーなどで絞り、ソースと絡める。
*料理の基本は水気のコントロール
冷製パスタの最大のポイントはパスタの水気はしっかりと絞ることです。熱いパスタの場合は鍋で火にかけることで水分を蒸発させることができますが、冷製の場合は不可能なので、あらかじめきちんと水気をとっておきます。
料理をする時は素材の水気を意識しましょう。これはサラダを作るときも同様ですし、加熱する料理であっても表面の水分を残すか、しっかりと切るかで仕上がりが変わります。
パスタとソースを和えるときも氷水で冷やしながら混ぜます。
出来上がり。アレンジとしてはモッツァレラチーズを混ぜたり、小さく切ったフルーツ(桃やスモモ、マンゴーなど)を加えるパターンがあります。
トマトの冷製フェデリーニ
パスタの選択はよく議論になります。日本で入手しやすいバリラとディチェコという二大メーカーで検討してみましょう。
パスタはメーカーによって味が異なります。この二社を比較しても、バリラ社製は表面がツルツルとして、ディチェコ社製はややザラッとしているのがわかるはずです。
この違いはパスタの製造工程に用いる型穴の材質の差に起因します。パスタは練った生地を押し出して成形しますが、バリラ社はテフロン加工された型穴を使っています。テフロン製の型穴は摩擦が少ないので、表面が滑らかでツヤのある麵になります。
滑らかということは表面に細孔や裂け目がない、ということです。結果としてバリラ社のパスタは茹でている時のデンプンの流出が少なく、硬めのしっかりとした食感に茹で上がります。また、アルデンテの時間も長く持つので業務用としても人気があります。
一方のディチェコ社が採用しているのは伝統的な青銅製の型穴。摩擦が大きいので表面がざらざらとした仕上がりになります。こちらはデンプンが流出しやすく、やわらかめに茹で上がり、アルデンテの時間が短いというデメリットがあります。しかし、伝統的な製法を支持する人は、表面がザラザラなのでソースの絡みがいい、というメリットを挙げます。どちらの製法にも一長一短がある、ということです。とはいえ味はあくまで好み。入手しやすいパスタを購入して試すのがいいでしょう。
さて、先ほどの冷製パスタは前菜で少量食べるスタイルでしたが、たっぷりの量を食べたい場合もあるはず。というわけで次は食事になる冷製トマトパスタです。レストランではなかなか出せない家庭ならではのパスタを目指します。
トマトの冷製フェデリーニ(2人前)
フェデリーニ 160g
トマト(大玉) 3個
オリーブオイル 100cc
赤ワインビネガー 25cc
塩 小さじ1/2
ハム 40g
バジル 適量
1.トマトは湯むきする。
*トマトの湯むき
大玉トマトを湯むきする場合も工程はまったく同じ。ただ、さきほどは葉をとりましたが、大玉トマトの場合、包丁でへたをとるとそこから湯が入って、味が薄まるので、そのまま茹でます。時々、十文字に切り込みを入れることを勧めている料理書がありますが、とくに意味はなく、むしろ水が入って味を損ねるので、必要ありません。
皮を剥くときは包丁と親指で皮を押さえて引っ張るようにします。手の爪を使って皮を剥くのは爪のあいだの雑菌がトマトに付着するおそれがあるので避けたいところです。
2.トマトは八等分の櫛形に切り、さらにそれを半分に切る。
*トマトの果肉
今回はそのまま使いますが、トマトの果肉には外側とゼリー状の内側の二つの部分があります。トマトを使った料理では時々、この内側のゼリー状の部分を取りのぞいて料理する場合があります。ゼリー状の部分には外側の果肉の2倍ほど酸が含まれているため、除去すると上品で甘めな仕上がりになります。
3.蓋付きの容器にトマト、オリーブオイル100cc、ワインビネガー25cc、塩小さじ1/2、ちぎったバジルを入れて、冷蔵庫で冷やす。
*冷蔵庫でしっかりと冷やす
最低15分間冷やします。さきほどのカペッリーニでは15分以上は冷やしませんでしたが、今回は少し太いフェデリーニを使っているので、それ以上の時間、1時間でも2時間でも冷蔵庫に入れておいて大丈夫です。トマトから水気が出てきても、パスタがそれを受け止めてくれます。
(オプション) 動物性の旨味を足す
食事となるようなパスタなので、動物性の味を足しました。普通のハムでも生ハムでもどちらでも大丈夫ですが、ハムの旨味はイノシン酸、生ハムの旨味はグルタミン酸という違いがあります。今回はトマトのグルタミン酸との相乗効果を狙って普通のハムを千切りにして加えてみました。
4.鍋に1.2%塩分濃度の湯を沸かし、フェデリーニを通常の茹で時間よりも30秒長めに茹でる(6分30秒)。水にとって冷まし、氷水で締める。
*パスタを茹でる湯の量
パスタは一般的に重量の10倍の湯で茹でるのがよい、とされています。たっぷりの湯で茹でることで溶出するデンプンが希釈され、パスタ同士がくっつかずに均一に茹でることができるからです。
とはいえパスタがくっつく原因は、部分的に糊化したデンプンが接着剤になるから。はじめの数分間をかき混ぜることでデンプンが付着することは防げるので、慣れればたくさんの湯を準備しなくても大丈夫です。今回は10gの塩を加えた1Lの水で茹でています。
ところで、水の違いはパスタの仕上がりに影響を及ぼすのでしょうか? 硬水で茹でるとやわらかめに茹で上がるので、本場の味に近づけたい人は試してみるのもいいでしょう。
また、分子料理の虎の巻である『マギーキッチンサイエンス』には〈水にほんの少量のレモン汁、酒石英、クエン酸を加えて、pHを弱酸性の6程度にするとよい〉とあります。以前、紹介した『そうめん』の茹で方と同じで、デンプンの溶出量を抑える効果があるので、試してみるのもいいかもしれません。ただ、パスタは以前紹介した『そうめん』と違って実感できるほどの味の差はでないかもしれませんが……。
5.水気をふき取る。
*冷製パスタは水気をとる
さきほど説明した通り、表面の水分をとりのぞくのが冷製パスタのこつです。
6.蓋付きの容器に入れたソースをシェイクして、ソースを乳化させる。
*乳化とはなにか?
今、乳化という言葉を使いましたが、科学に詳しい方なら「乳化という言葉を使うのは間違っている」と思われるかもしれません。
乳化とは、水と油など本来は混ざり合わない液体の片方を、小さな粒子にして分散させることです。
乳化には二種類あります。まず水のなかに細かい油が分散している状態を水中油滴型と呼びます。牛乳やマヨネーズがその代表です。逆に油のなかに水分が分散している状態を油中水滴型と呼び、バターやマーガリンが代表的な食品です。
本来、混ざり合わない液体が一つになるのは乳化剤の働きによるもので、マヨネーズの場合は卵黄に含まれるレシチンが、バターは乳タンパクであるカゼインがその役割を果たし、状態を安定させています。食品工業の世界では他に乳化剤として、ショ糖脂肪酸エステルなどが用いられています。
今回のソースには乳化剤となる成分は入っていないので、正確には乳化とは呼べません。その証拠によく振ればしばらくは滑らかな液体になりますが、いつかは分離してしまいます。この液体はせいぜいコロイド懸濁液(物質の粒子が液体のなかを浮遊している状態)と呼ぶべきなのでしょう。ただ、コロイド懸濁液という用語は聞き慣れない言葉なので、料理の世界ではこういう状態をざっくりと「乳化」と説明することが多いのです。
コロイド懸濁液や乳化液はいずれにせよ油滴が小さいほど油っぽさが減り、まろやかな味わいになります。このソースも食べ終わるまでくらいの時間は分離せずにおいしい状態を保てるはずですし、蓋をした容器をよく振ることで舌を満足させるには充分な程度に油滴を小さくすることができるでしょう。
ただ、乳化にはデメリットがあることも憶えておく必要があります。油の粒子が小さくなるほど、風味は弱くなるのです。これは牧場で絞りたての牛乳を飲むとわかります。絞りたての牛乳に豊かな風味があるのは、乳脂肪分の大きさがバラバラだから。商品としての牛乳は分離しないようにホモジナイズという脂肪球を小さく、均質化する処理を施しているので、ミルクの風味が弱いのです。先ほどのカペッリーニは乳化にはこだわらず、それぞれの素材の風味を活かしましたが、あえて乳化させないという選択肢もある、ということです。
7.パスタを皿に盛って、ソースをかけたら出来上がり。
冷製パスタは暑い日本にぴったりの料理。ツナ缶を入れたり、茹でたオクラを混ぜたり、色々とアレンジしてみるのもいいでしょう。
参考文献
マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで- ハロルド・マギー著 香西みどり他訳 共立出版
料理の科学 ロバート・ウォルク著 ハーパー保子訳 楽工社