目玉焼きが上手に焼ければ、たいていの料理は上手につくれる?

noteで人気の料理家、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)による科学的な「おいしい料理」のつくり方。4回目のテーマは「目玉焼き」です。目玉焼きくらいはつくれる、と思う方も多いでしょうが、目玉焼きは焼く料理の基本。「目玉焼きが上手に焼ければ、たいていの料理は上手につくれる」とも。シンプルな料理にもいろいろな「おいしさをつくるコツ」が詰まっています。

 いつも、何気なくつくっている「目玉焼き」。目玉焼きくらいはできる、という方も多いでしょうが、実は目玉焼きは完璧につくるのが難しい料理の一つです。その理由は黄身と白身という異なるタンパク質を、それぞれ適切な温度まで加熱しないといけないから。いつもの味で充分に満足という方も、たまには基本に戻って目玉焼きを練習するのはいかがでしょうか。上手にできた目玉焼きはちょっと驚くほどの味です。

 おいしい目玉焼きをつくるために、まず知りたいのは卵のこと。スーパーでは白い卵と赤玉と呼ばれる茶色の卵が売られていますが、この違いは鶏の種類によるもので、同じ餌を食べていれば味や栄養価はほぼ同じ。
 黄身の濃さはどうでしょう。黄身の色が濃いとなんとなく良さそうですが、カロテノイド色素を含む飼料を与えれば色は濃くなるので、こちらも味とは関係ありません。
 味とは関係ない、と言えば、メディアなどで「黄身が箸でつまめるほど濃厚」という卵を見かけます。たしかに、健康な鶏ほど黄身の膜が強い卵を産みます。しかし、木酢液など酢酸成分を多く含む飼料を与えることで、箸でつまめる卵を人為的につくることも可能なので、あまり参考にはなりません。
 また、卵の鮮度がいいほど、卵黄膜はしっかりしています。とはいえ、鮮度がいい卵には二酸化炭素が多く含まれているため、味という点ではいまいち。料理には適さないのでしばらく置いてから使うのが賢明です。

 現在、養鶏場では飼料にハーブや海藻を混ぜるなど様々な工夫を施し、オリジナリティを出しています。一般的に輸入のトウモロコシを多く食べさせると黄身の色が濃いこってりした味に、飼料米を食べさせると黄身の色は薄くなりますが、臭みが少なく、さらりとした味わいになります。ただ、濃い黄身の色が好きな日本の消費者には後者の卵はまだ普及していません。

 いずれにせよ、卵の味は飼料×飼育環境で決まります。安い卵を生産するためには、狭い場所にたくさんの鶏を押し込め、飼料もそれなりのものを与えるしかありません。つまり、ちょっと高い値段の卵を購入するのがおいしい卵を入手する唯一の方法、というわけ。あとは好みですが、濃厚な卵は洋風に、さっぱりした卵は和風にという具合に料理に応じて使い分けましょう。

卵は平らな面で割る

 買ってきた卵は普通、冷蔵庫で保管しますが、ドアポケットの卵置き場にはうつさないこと。卵は振動に弱いので、買った時に入っていたパックのまま安定した場所で保存します。昔は「ざらざらしている卵は鮮度が良く、つるつるだと古い」と言われていましたが、現在市販されている卵は洗卵という工程を経ていることが多いので、あまりあてになりません。一番は割ってたしかめること。

卵を割るときは必ず平らな面に当てるようにします。殻が細かく砕け、内側に入るリスクを減らすことができるからです。間違ってもボウルの縁などで割らないようにしましょう。

黄身が輝く理想的な目玉焼きのつくり方

 卵を調理する際に、理解しておくべきはタンパク質の凝固温度。卵黄は65℃〜75℃で、卵白は60℃〜80℃で凝固します。特に卵白は80℃を超すとゴム状に硬くなりはじめるので注意が必要です。
 2003年に亡くなったフランスの名シェフ、ベルナール・ロワゾーは、あるテレビの料理番組でこんな目玉焼きのレシピを発表しています。

『バターを溶かした耐熱皿に水小さじ1を加え、塩、胡椒を振る。そこに白身だけを流し、ゆっくりと加熱する。白身が固まったら、その上にそっと卵黄を載せ、今度は低温のオーブンで加熱する。卵黄が凝固せずに、しかも充分に温まった状態になったらとりだし、周りにバルサミコ酢を数滴、落とす』

 この料理番組のホストを務めていた有名シェフのジョエル・ロブションは、この料理を「偉大なシェフの仕事」と絶賛しましたが「白身と黄身を分けて加熱する」というのはまさにコロンブスの卵的発想。
 このレシピと比べると小学校の家庭科の時間で習う『油を入れたフライパンを熱し、卵を割り入れる。少しの水を注いだら蓋をして、弱火で2〜3分間、焼く』という目玉焼きの作り方は、ずいぶん乱暴な加熱方法だとわかります。

 卵のタンパク質を凝固させることが目的であれば高温での加熱は必要ありません。理想的な目玉焼きは白身が完璧に固まり、黄身は充分に温まっているが滑らかさを保っている状態。実際につくりながら、説明していきます。


黄身が輝く目玉焼き

材料(一皿分)
卵  2個
バター 小さじ1(4g)
塩、胡椒 適量

1.卵をザルに割り入れ、濃厚卵白と黄身をボウルに移す。
※ 割った卵をよく見ると、卵白の部分が二つにわかれています。黄身の近くにある濃厚卵白(粘性が強く、卵と割ると盛り上がって見える部分)と外側にある水様卵白(粘性が弱く、割ると薄く広がる部分)です。これを同時に加熱すると、薄い外側に火が通り過ぎ、内側はまだ生という問題が起きます。単に厚さの問題ならいいのですが、濃厚卵白は水様卵白よりも凝固温度が高いのが厄介です。そこであらかじめザルで水様卵白をとりのぞいておきます。実は水様卵白には鶏の餌や飼育環境に由来する匂いが残っていることがあるので、取りのぞくことでおいしくなります。

2.弱火にかけたフライパンでバターを溶かし、卵をそっと入れる。
* 卵のタンパク質の凝固温度を考慮すれば強火である必要はありません。調理科学に詳しいフードライターのハロルド・マギー氏は「焦げずに軟らかい目玉焼きを作るためのフライパンの温度は、バターの泡立ちが収まり色づく手前、または油に水を一滴落としたときに跳びはねなくなる120℃前後が理想的」としています。バターの15%は水分。この水分が蒸発する際に周囲の熱を奪っていくので、フライパンの温度が上がるのを防いでくれます。

3.白身の部分だけに塩を振る。そのまま蓋をせずに3〜4分間程度、じっと待つ。
* なぜ卵黄に塩を振ってはいけないのでしょうか。卵黄に塩を振ると斑点ができてしまいます。つまり、塩が卵黄の水分を吸収し、タンパク質を凝固させてしまうのです。また、塩にはタンパク質の凝固を早める作用があります。火が通りにくい濃厚卵白の部分に塩を振ることで、より均一に凝固させることができます。

4.白身が完全に固まったら、お皿に移す。好みで白胡椒を振る。

 できあがったのは黄身が輝く目玉焼き。バタートーストを添え、崩しながら食べるのがおすすめです。

『おいしさ』をつくるメイラード反応

 ところでさきほどの目玉焼き。食べてみるとなにか物足りないという方もいるのではないでしょうか。その答えはメイラード反応(またはアミノ・カルボニル反応)にあります。

 メイラード反応という呼び名はフランス人のルイ=カミーユ・マイヤール(英語読みでメイラード)にちなみます。彼は食品と縁のない内科医でしたが、細胞のなかのアミノ酸と糖類の反応を調べていたところ、1910年頃にこの反応を発見、報告しました。彼の死後、調理で生まれる肉の風味とこの反応が関係していることがわかり、今では食品科学のどの本を開いても彼の名前が載っています。

タンパク質を加熱していくと香ばしい風味が出てきます。これがメイラード反応で、ステーキやトースト、コーヒー、チョコレートの茶色もすべてこの反応によるものです。また、この反応は時間をかければ低温でも進行し、前回のみそ汁に使った味噌や醤油などもメイラード反応の産物です。
 この反応は人間の身体でも起こり、特に血糖値が高い人は血管のなかでアミノ酸と糖類が反応してしまい、血管が硬くなってしまう(動脈硬化)事態を引き起きます。メイラード反応は複雑な反応で、現在も研究が進んでいる分野の一つです。

 料理で抑えておくべきポイントは〈温度が高いほどメイラード反応は進む〉ということです。特に140℃以上で顕著に進み、温度が10℃高くなると反応は3〜5倍になります。他にpHが高いほど(酸性ではなく中性やアルカリ性ということ)進むことや、水分が10%ほどで起こりやすい、という反応です。
 メイラード反応は『おいしさ』をつくりますが、味の個性や素材の繊細さを消してしまうマイナスの影響もあります。例えばアメリカのBBQは糖分を含むBBQソースと肉のアミノ酸を長時間加熱してつくる究極のメイラード反応料理ですが、肉の繊細さは味わえず、画一的な味になってしまう傾向がある、ということも一応、頭の片隅に入れておきましょう。

 さきほどの目玉焼きは白身の滑らかさを優先し、焦げの部分をつくりませんでした。トーストというメイラード反応の産物と一緒に食べれば気になりませんが、お米を食べる民族である我々には物足りない点も。
 そこで次に紹介するのが白身をカリッと焦がすことでご飯との相性を良くした「日本の目玉焼き」。そして、それを使った〈目玉焼き丼〉です。


日本の目玉焼き

材料(1人前)
卵    1個
サラダ油 小さじ1+大さじ1
ご飯   茶碗一杯(150g〜200g)
鰹節   2g(小分けされているかつおパックなら1袋が目安)
醤油   適量

1.卵をザルに割り入れ、ボウルに移す。
* 下処理は同じですが、こちらの料理では水様卵白を取りのぞくことで油はねを防ぎます。

2.フライパンを中火にかけ、小さじ1の油を熱し、卵をそっと入れる。
* はじめはやや低温、少なめの油で加熱をします。はじめから高温で加熱をすると白身に含まれる二酸化炭素が膨張し、卵が膨らんでしまいます。

3.卵白が固まってきたら、卵のまわりに大さじ1の油を足す。フライパンの上で熱くなった油をスプーンですくい、濃厚卵白の部分にかけながら、白身の縁が茶色くなるまで加熱していく。火加減は中火のまま。
* 次に油を足して、多めの油で揚げるように加熱していきます。中火にかけたフライパンの表面温度は上昇を続け、次第に白身の底に焼き色がついてくるはずです。高温での加熱では濃厚卵白の部分に火が入りづらく、そのまま加熱すると火が通った頃には卵黄の一部が凝固してしまいます。そこで、火の通りにくい部分に油をかけながら短時間で加熱します。

4.底に焦げ目がついて、白身が固まれば出来上がり。目玉焼き丼にする場合は、手でほぐして細かくした鰹節をご飯の上に振り、目玉焼きを載せる。黄身を崩してから、醤油を垂らす。
* 白身に醤油を振っても、下に落ちるだけ。必ず黄身を崩してから醤油を垂らしましょう。

白身は香ばしいのにふっくらして、黄身は滑らかさを保ったままというのが理想です。目玉焼きくらいは誰でもできるよ、と思うかもしれませんが、目玉焼きは焼く料理の基本。白身は香ばしく、黄身が半熟の状態というのは、ステーキの場合だと外側はカリッと火が通り、中心はレアの状態。タンパク質の変性温度を理解し、適切な温度で加熱をすることは、他のすべての加熱料理とも共通する大事なポイントです。

 この目玉焼き丼の味をレベルアップさせる脇役は鰹節。実は卵は卵黄に少量のグルタミン酸が含まれる程度で、他の肉や魚と違い強い旨味は期待できません(タンパク質の分子のサイズが大きいので、味としては感じられないのです)。卵の味はコク味や脂肪のおいしさ。そこに鰹節(イノシン酸)と醤油(グルタミン酸)の最強タッグの旨味を足すことで、目玉焼きの味はさらに深まります。

 繊細な卵の味わいを生かすか、香ばしさを強調するか。明確な仕上がりをイメージすることで、調理のブレも少なくなります。いつも何気なくつくっている料理だからこそ、原理原則を理解することで、格段に違うおいしさと出会えるはずです。


参考文献

マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで- ハロルド・マギー著 香西みどり他訳 共立出版

この連載について

初回を読む
おいしい」をつくる料理の新常識

樋口直哉

食の博識、樋口直哉さん(Travelingfoodlab.)が、味噌汁、ハンバーグ、チャーハンなどの定番メニューを、家庭でいちばんおいしく作る方法を紹介します。どういう理由でおいしくなるのか、なぜこの工程が必要なのかを徹底的に紹介し、...もっと読む

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    0b4536 https://t.co/1gi28NCq66 7ヶ月前 replyretweetfavorite

    snowmacho こーゆーのほんと好き https://t.co/E3zghYPx6l 1年以上前 replyretweetfavorite

    sawamemo 試してみたらいつもの目玉焼きと全然違った 1年以上前 replyretweetfavorite

    yasuhiko_tanaka 黄身が輝く 理想的な目玉焼きのつくり方 *樋口直哉さん https://t.co/3YWTQTWuoG 1年以上前 replyretweetfavorite