2020年2月21日、「新しい歴史教科書をつくる会」が記者会見を開きました。お題は、教科書検定「一発不合格」についてです

「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝さんは、"「検定は結論ありきの異常なもの」"と主張しているようです

このニュースを受け、一部の左派は「ざまぁw」的な反応をしていましたが、本当にそれでいいのでしょうか?

※もちろん「ざまぁw」的な反応ではない左派も大勢いました。名前はあげませんが、僕の尊敬する左派の人たちは皆一様に懸念を表しています※

ご存知のように「新しい歴史教科書をつくる会」は日本会議と勢力を二分する日本最大のウヨ団体のひとつです。彼らはウヨ出版社の「自由社」から教科書を発行しています

よってウヨ勢力が削られたという意味では、たしかに「ざまぁw」ではあるのですが……

また、一部の左派の反応の裏返しとして、ウヨの多くは、当事者である「新しい歴史教科書をつくる会」も含め、「反日左翼の門下生がやりやがった!」という認識のようです

後述しますが、たしかに今回の検定では「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書は不当な扱いを受けており、そうした意味ではウヨどもの反応も無理のないことです

ですが、はっきり言いましょう

一部の左派の反応も、ウヨどもの反応も、どちらも間違っていると

両者の見方は、これまでの経緯を無視した【フラット】な見方に過ぎません

今回の検定を論じるときには、

①国家による教科書の支配
②国家の支配に抗う左派
③「新しい歴史教科書をつくる会」と育鵬社の対立、及びそれぞれの政権との距離感

という3つの文脈を押さえておく必要があります

特に重要なのが①の【国家による教科書の支配】です

日本国はことあるごとに教科書に介入し、その支配力を強めてきました。その終着点ーーあるいは通過点ーーとして「新しい歴史教科書をつくる会」の一発不合格があるのです

というわけで今回は「新しい歴史教科書をつくる会」教科書の検定不合格を肴に、国家による教科書への介入についてウダウダ語っていきたいと思います


「つくる会」を狙い打ち? 恐ろしく理不尽な検定!


3つの文脈の話の前に、まずは「新しい歴史教科書をつくる会」の新教科書が、いかに理不尽な検定に曝されたか見ていきましょう

前掲した朝日新聞の記事には、以下のように書かれています

"昨年11月、文科省から405カ所の「欠陥箇所」が指摘された。175カ所について反論書を提出したが、全て認められず、昨年12月に不合格が確定。「理解しがたい・誤解するおそれ」との指摘が7割以上を占めたという"

藤岡信勝さんの主張によれば、そうとう恣意的に欠陥箇所が指摘されたようです

ようするに「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書を不合格にするため、欠陥箇所を指摘しまくったわけですね

指摘箇所が一定の割合を越えると即不合格になってしまい、修正も受け付けてもらえないーーこれを「一発不合格」といいます

具体的にどのような指摘があったのか、藤岡信勝さんが若手ウヨの神谷宗幣さん相手に語っている動画がありますので、ご覧頂ければと思います


動画で「トンデモ検定」だと藤岡信勝さんが主張しているものの一部を紹介すると……


トンデモ検定? その1 大山古墳(大仙陵古墳)

つくる会教科書の記述:仁徳天皇・世界一の古墳に祀られている
指摘:生徒が誤解するおそれのある表現である(「祀られている」は「葬られている」が良い)
藤岡信勝の主張:「葬られている」では、仁徳天皇が本当に被葬者か議論がおきて逆に混乱をまねく

「葬られているとされている」が無難とは思いますが、「新しい歴史教科書をつくる会」はそうしたくないために「祀られている」としたのでしょう(ウヨは「仁徳天皇陵」が大好きなのです)。ここに歴史認識を操作する手法があらわれていて、いやーな感じはするのですが、明確な間違いとまでは言えません。少なくとも、教科書調査官(検定する人)が言ったとされる「葬られている」よりかはマシです


トンデモ検定? その2 毛利輝元

つくる会教科書の記述:輝元の時代には豊臣秀吉政権の重臣となり、関ヶ原の戦いでは西軍の大将格として徳川家康に敗北しました
指摘:生徒が誤解するおそれのある表現である(輝元が関ヶ原で実際に戦闘に参加したかのように誤解する)
藤岡信勝の主張:関ヶ原の戦いで大将格であることと、戦闘に参加しているかどうかは異なる次元の話。論理が混乱している

藤岡信勝さんの主張に一理も二理もあると思います。大将格が戦闘に参加する時代なので、教科書調査官の指摘もわからなくはないのですが……そこまで突っ込んだ指摘は「イチャモン」レベルかと


トンデモ検定? その3 元号

つくる会教科書の記述:■■(検定用教科書をつくっている段階では次の元号がわからなかったため)
指摘:生徒にとって理解し難い内容である
藤岡信勝の主張:■■が令和であるのは自明。これを欠陥箇所とするのは悪意以外のなにものでもない

ガチでヒドイ案件。悪意以外のなにものでもないんだろうなぁ……


……といった具合でして。たしかにイチャモンと言われても仕方のないような指摘が多いみたいですね

ポイントは、これらの指摘の種類です

「誤解するおそれ・理解し難い」

……これは言い換えれば、「完全な間違いってわけじゃないけど、書き方が悪いよね☆」というもの

教科書なので大事なポイントではあるのですが、しかし、書き方の良し悪しに客観的な基準はありません

ようするに、教科書調査官の悪意でもって欠陥箇所を指摘しまくることも可能なわけです

現に、今回の検定で「新しい歴史教科書をつくる会」教科書が指摘された405ヵ所の欠陥は、その7割近くが「誤解するおそれ・理解し難い」だったといいます

もちろん藤岡信勝さんが述べた具体例ほどヒドイ案件ばかりとは限りませんが、それでも「誤解するおそれ・理解し難い」タイプの指摘ばかりというのは、違和感を覚えずにはいられません

少なくとも「誤解するおそれ・理解し難い」を「一発不合格」の適用範囲外にしなければ、まっとうな検定制度とは言えないと僕は思います

事実上、国によって恣意的に「一発不合格」にできる現行の教科書検定制度では、出版社は国の意向に過剰に忖度した教科書づくりしかできないことになります

今回の「新しい歴史教科書をつくる会」の一発不合格は、まさしく【国家の教科書支配】の問題なのです


教科書の検定制度ってどんなもの?


そもそも現在の教科書検定制度はどのようになっているのでしょうか?

教科書検定は、だいたい4年に1度行われています。"だいたい"というのは、学習指導要領の改訂の関係で時期がズレることがあるからです(今回の検定はまさしくこれでした)

このことからもわかるように、教科書は学習指導要領に大きく左右されます。教科書は学習指導要領に沿った内容でなくてはならないからです

※本当のところは、抽象的でわかりにくい学習指導要領(法的拘束力有り)ではなく、学習指導要領の解説書(法的拘束力無し)に基づいて教科書が作成されています※

そして学習指導要領に沿っているかどうかをチェックしているのが、今日の話題の中心点である検定です(もちろん「誤解するおそれ・理解し難い」等もチェックしています)

検定に合格しなければ教科書を発行できないため、出版社は検定基準にひっかからないような教科書をつくらなければならないわけです

ここでは、どのような流れで検定が行われているのか、順を追って見ていきましょう(なお、ここは出版労連『教科書10のQ&A』にむちゃくちゃ頼った記述になってます。100円だから教科書問題に興味ある人は買おうね!)


①検定用教科書(白表紙本)の申請

教科書会社は、検定用教科書を申請します。この教科書は、どこの出版社のものかわからないようにするため、表紙や奥付はありません。このため「白表紙本」と呼ばれています

"わからないようにする"と言いましたが、上の動画で藤岡信勝さんが述べているように、見る人が見れば、どこの会社の教科書かはまるっとお見通しです

『WiLL』2020年4月号の藤岡信勝さんのレポートによれば、検定制度が改悪されたことへの警戒から"五年前に合格した現行版を極力生かすような編集をした"とあります。つまり現行版と比較できる人には、どれが「新しい歴史教科書をつくる会」教科書なのか、よりわかりやすかったわけですね

②「白表紙本」を教科書調査官がチェック

③教科書調査官はチェックした内容を教科用図書検定調査審議会に報告

④審議会は審議し、検定意見をまとめ、文部科学大臣に答申

ここでいう「検定意見」は、これまで何度か出てきた「欠陥箇所」と同じと考えてください。たんに言い方が違うだけですので

白表紙本で指摘された「検定意見」は、不合格が決まると「欠陥箇所」と呼ばれるようになります

⑤文部科学大臣は答申に基づいて合格・留保・不合格を決定。教科書会社に通知する

検定意見(指摘箇所)がひとつもなければ合格ですが、これはほとんどありません。どんなによくできた白表紙本でも、いくらかは検定意見がつくのが普通です

検定意見の数がそこまで多くないない場合は、合否は「決定留保」され、検定意見に従って修正を行います。きちんと修正されていれば合格、そうでなければ不合格です。だいたいの教科書はこのルートで合格を勝ち取ります

"そこまで多くない場合"とは、白表紙本のページ数以下のことを言います

つまり、検定意見が白表紙本のページ数以上であれば不合格です

同じ不合格でも、検定意見の数が過剰でないなら、同一年度内に再申請が認められます

しかし検定意見の数が白表紙本のページ数の1.2倍を越えると「一発不合格」となり、同一年度内での再申請は認められなくなります

ようは教科書会社にとって一番怖いのは、今回の検定で「新しい歴史教科書をつくる会」がくらった「一発不合格」なわけですね

「一発不合格」をくらった場合でも、検定意見=欠陥箇所のひとつひとつに「反論」はできます。反論で欠陥箇所を潰していき、欠陥箇所が基準値(ページ数の1.2倍)を下回れば再申請が可能です

が、文科省が反論書をどのように検討しているのかプロセスが非公開なため、本当に検討しているのかどうか……

……とまあ、ここまでが検定の合格・不合格までの流れですが、教科書会社は合格後も見本本を提出しなくてはならなかったり、誤字等が新たに見つかれば訂正申請をしなくてはならなかったり、色々あるのですが、今回の話とは直接関係がないので省略します


一発不合格=本当は「学び舎」つぶしの新制度?


問題の「一発不合格」ですが、実は最近までなかった制度なんですね、これ

制度ができたのは2016年3月。前回検定の結果が発表されてから約1年後のことです。つまり前回検定でなにかが起こった、ということです

前回の検定(2014年施行。2015年結果発表)では、「新しい歴史教科書」がいったん不合格となり、その後再申請によって復活合格となりました

ーーまあ、公立学校での採択は0でしたが(爆笑)。ハッキリ言ってしまえば、政府がここまで無茶苦茶な検定をしなければ、「新しい歴史教科書をつくる会」教科書が合格しようが不合格になろうが、世の中にはあまり影響ないんですよね

ところが前回検定では、「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書とともに、不合格からの復活を経験した会社がもうひとつあります

それが「学び舎」です

「慰安婦」問題を唯一扱っている中学歴史教科書として有名な、新興の教科書会社ですね。灘校など名門校が採用したこと、また、それに対してウヨどもが攻撃をくわえたことなどで知られています(MBSドキュメンタリー『教育と愛国』)

2社の不合格→再申請→合格について、教科用図書検定調査審議会では次のように述べられています

"不合格図書が出た場合に、再申請ということを制度的に担保しておりますので、期限内に議論することが非常に難しいという経験を今年いたしました"
"非常にたくさんの、100点以上の指摘があるような教科書が2冊ございましたので、私たちの中では、小委員会に戻して、もう一度議論し、部会にかけるという手続をやることが本当にタイトで、不合格を出して、その後十分な審議時間を確保することが難しい中で合否を判定せざるを得ないという状況だったわけでございます"

前回検定で「新しい歴史教科書をつくる会」と「学び舎」への指摘箇所が多すぎた→これでは大変だということで「一発不合格」の制度ができた、という流れです

つまり「一発不合格」制度は、「新しい歴史教科書をつくる会」と「学び舎」を狙い撃つためにできたわけですね

さらに言うなら「一発不合格」制度は、現政権に親和的なうえ世間的な影響力の少ない「新しい歴史教科書をつくる会」よりも、時の政権の歴史観に逆らう「学び舎」をこそターゲットにすえているのではないでしょうか

文科省は「新しい歴史教科書をつくる会」以外の検定結果をいまだ明らかにしていません。ーーというか「新しい歴史教科書をつくる会」が文科省の規約を破り公表しただけで、本来、検定結果は3月中旬以降の発表の予定です

果たしてどういう結果になるのか、いまからドキドキですね


……まあ、「学び舎」を「一発不合格」にすれば効果は計り知れませんが、それはあまりにも露骨なので、今回は見送られる可能性もあります

しかし、仮に「学び舎」が合格だったとしても、「新しい歴史教科書をつくる会」の「一発不合格」によって得られる効果は絶大です

あまりに恣意的な検定による不合格ーーしかも対象はウヨのはずの「新しい歴史教科書をつくる会」!ーーは、教科書会社に恐怖を与えます。不合格になれば、当然売上も大きく落ちますので、まさに会社存亡の危機です

そして、恐怖は忖度を生みます

忖度を生み出す構造をつくりだすことは、国家による支配の強化に他なりません

先にも述べたように、これまでも日本国はことあるごとに教科書制度に手を加え、忖度を引き出してきました。もちろん、ウヨどもにとって都合の良い忖度です

"いまの検定制度のもとでの教科書づくりは、何を書き何を書かないか、まさに「忖度の世界」と嘆く編集者もいます"

注目度が高いはずなのに「慰安婦」問題を教える中学歴史教科書が「学び舎」しかないという現状は、そうして生まれたのです


前編はここまで。後編は「一発不合格」の背景となる【国家による教科書の支配】【国家の支配に抗う左派】【「新しい歴史教科書をつくる会」と育鵬社の対立、及びそれぞれの政権との距離感】について書いていきます


参考文献

・出版労連『教科書10のQ&A』
・『季刊社会運動』2019・4  吉田典裕「教科書づくりの舞台裏」
・『週刊金曜日』2020.3.6 能川元一「自由社教科書「不合格」の意味」 及びその補足説明https://twitter.com/nogawam/status/1235728910727299073?s=19

『WiLL』2020.4. 藤岡信勝「歴史教科書へのイジメ」