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【社説】

3・11から9年 悲劇を乗り越えるには

 東日本大震災から明日で九年です。復興庁のまとめでは、今年二月現在、避難をしている人は約四万八千人。震災の影響はまだまだ続いています。被災地では「震災を忘れないで」という声をよく聞きます。

◆希望はあるんですか

 東京電力福島第一原発事故を題材にした映画「フクシマフィフティ」が六日から上映されています。刻々と悪化する事態の中で頑張る吉田昌郎所長や東京電力の社員の様子を描いています。

 明日は今日より悪くなる。そんな不安を抱いた日々を思い出します。映画で初めて、あの日、原発で何が起きていたのかを実感する人が多いそうです。

 印象的なシーンがありました。

 主役の一人、伊崎利夫当直長の回想シーンです。原発建設現場で父親が「ここでつくった電気が東京へ行くんだ。すごいだろ」と語って聞かせます。東京の役に立つことが誇りでした。

 映画はほとんどが原発敷地内で進行します。指示を出す政府にも東電本店にも、事故後の福島県民を気遣う様子はありません。地元紙の記者が「福島に希望はあるんですか」と質問しても答えは返ってきません。

 原発周辺に住んでいた人たちはどうしていたのでしょうか。

 「無念」というアニメ映画を紹介しましょう。副題は浪江町消防団物語。浪江町は原発の北隣の町です。実話に基づいたアニメで、馬場有(たもつ)町長や町民らが声で出演しました。

 映画は、祈るような男性の姿から始まります。それを見た子どもが何をしているのと母親に尋ねます。「助けられなかった命におわびしているの」と母親が言うと「四年間も毎日」と子どもが驚いた声で言いました。

 震災の日、被害者の救助は日没で困難になりました。何かをたたく音を聞いた消防団員もいました。翌朝、捜索が再開されるはずでした。

 しかし、原発の様子がおかしくなりました。夜明け前、馬場町長が「車の中から避難を呼びかけてください」と消防団に頼みます。反発する団員に「(原発が)危ないかどうかわかりません。全く向こうの情報はありません。テレビの情報から判断しました」と告げます。その後、涙を流す町長が描かれています。

 原発は東京へ電気を送るためのものでした。事故が起きると、地元住民は置いてきぼりだったと、二つの映画は教えてくれます。

◆軍事と造作をやめろ

 今回の震災は千年に一度、とよくいわれます。福島県の沿岸部、浜通りにとっては、都に尽くしたのに見捨てられるのは、千二百年前の平安時代にもあったのです。

 朝廷は蝦夷(えみし)征伐を繰り返し、東北地方で勢力圏を広げました。それを支えたのが、浜通りの製鉄で、当時、国内最大でした。福島県内の製鉄関連遺跡は五百を数え、浜通りには製鉄所遺跡が二百八十もありました。

 蝦夷との戦いは突然、終わります。桓武天皇が参議二人に「徳政相論」と呼ばれる議論を行わせ、藤原緒嗣(おつぐ)の「天下が苦しんでいるのは、軍事と造作である。この二大事業をやめれば、人民は息をつけるであろう」という意見を採用したのです。軍事は蝦夷との戦争で、造作は平安京の造営です。

 蝦夷との戦争は後に三十八年戦争と呼ばれるほどの長期戦でした。また、これを機に遷都をやめたことで、京都は千年の都になりました。

 一方、戦争を支えた浜通りは歴史から消えます。必要がなくなれば、忘れられる。まるで使い捨てです。その後、貞観(じょうがん)地震(八六九年)で浜通りにも津波が襲ったのですが、記録はありません。もしあれば、今回の震災被害は違ったのではと思わずにはいられません。

 遺跡調査から、製鉄業は衰退したものの、継続していたことが分かりました。三十八年戦争後は独自の改良をし、農具などを生産したようです。地元のために技術が使われたのです。

◆再生可能エネルギー

 原発事故後、福島県では原発に代わって再生可能エネルギーが盛んになりました。地産地消を狙っています。武器から農具へ変えた古代、原発に代えて再エネという現代。ちょっと似ていませんか。

 被災地の多くは復興の途上です。廃炉に時間がかかり、除染土を運ぶダンプカーが目立ちます。藤原緒嗣のいう「天下が苦しんでいる」状態です。被災者、被災地のことを忘れてはいけません。

 軍事と造作は、今なら膨らみ続ける防衛費や、東京五輪、大阪万博、二〇三〇年開催を目指す札幌冬季五輪と続く大型イベントでしょうか。被災地だけの問題ではありません。千年の国造りを考え、何が必要で、何が不要不急かを選択したいものです。

 

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