リド達は突如目の前に現れた異形の存在に戸惑った。ライトブルーの体にリザードマンのリドすらも見上げる体格、その昆虫のような顔からは呼吸の度に冷気が漏れている。そして感じるのはその圧倒的な強さだ。リドは今まで感じた事のないプレッシャーを感じた。
仲間を守るためにもリドは捨て身の覚悟で前に出ようとする。しかし、震えるリドよりも先にミノタウロスのアステリオスが前に出た。
「コキュートス、あまり怯えさせるな。私たちは何も殺しに来たわけではない」
コキュートスと呼ばれた虫のモンスターの後ろからフェルズと同様の骸骨のモンスターが現れた。しかし、そのオーラはフェルズの比では無いが。
「申シ訳アリマセン。アインズ様」
「よい、コキュートス。さて突然、驚かせて済まなかったな。私はアインズ・ウール・ゴウンという。君達のリーダーのような者はいるか?」
アインズと呼ぶその骸骨はすぐに闘うようでは無い様子だ、抵抗しても意味は無いだろうが。リドは自分だと名乗り出る。
「俺がこの群れを率いてるリドだ」
「そうか、リド。お前達の捕まった仲間を助けた。今は私の庇護下にある」
アインズの言葉にリドだけでなく他の
「すまないが、全ての名前を知っているわけではない。ハムスケというハムスターみたいなやつは知ってるぞ」
リドはハムスケの名は知らないが恐らく嘘はついていないと感じた。
「仲間を助けてくれて感謝する。それで今はどこに居るんだ?」
「ベオル山地という地上だ。人目のつかないところにいる」
地上、その言葉に地上に憧れている
「そこで提案だ。私の下につくか、つかないか、選んでくれ。もちろんどちらを選んでも君達の安全は約束しよう」
「それを信用する根拠はあるのか?」
「そんなものは無いさ。ここで死ぬまでこそこそと生きるか、私の下で外に出て生きるか」
リドはアインズの言葉に揺さぶられた。しかし、そんな中、一人アインズの言葉に惑わされない者がいた。
「ベルは?もうベルとは会えないの?」
その言葉に全員がハッとする。先程までベル達と友好が築けたばかりだ。もしかしたらこれから隠れて生きる以外の可能性も見つかるかもしれない。リドは仲間達を見渡し頷いた。
「すまないが、俺たちは「今、ベルと言ったか?」」
「えっ───」
「お前達はベルを知っているのか?」
「あ、ああ、彼女、ウィーネがダンジョンで死にそうになっていたところを助けてくれたんだ」
「フッ、さすがベルと言ったところだな。まさかモンスターにも優しいとはな。とことん甘いな」
「貴方もベルを知っているんですか?」
アインズはモモンの姿に変装し答えた。
「私はこうやって冒険者として活動している。彼とは冒険者になる前から知り合いだよ。まあこのことはさすがに教えていないがね」
「そうなのか、やっぱりベルっちはすげーな」
「ベルっち?─まぁ、いい。それでどうする?」
「俺達はベルっちを待ってる」
「そうか、分かった。お前達が地上に出られることを祈っているよ」
「せっかく誘ってくれたのに申し訳ない」
「いや、正直どちらでもよかったんだ。それよりお前達はダンジョンのことをどれだけ知っている?」
「ダンジョン?いや、特に何も。下に行けばモンスターが強くなるくらいしか」
「やはりそうか。分かった。それではいつか会おう」
アインズ達が去ろうとした時、アステリオスが前に出た。
「ん、なんだ、こいつは?」
「バカッ!アステリオス!いくらお前でも・・・」
「アインズ様、コノ者ハ我々ニ闘イヲ挑ミタイヨウデス」
「そうなのか?」
「すまない、そいつはある男との闘いに勝つために強くなりたい変り者なんだ」
「ほう、どう言うことだ?」
「俺達は生まれた時から夢を見るんだ。俺なら夕日の見える世界で生きたい、
「面白い話だな。──キャラ設定か?いや、それとも異世界転移した影響か?」
「?」
「いや、なんでもない。それであいつは自分を負かした相手に勝ちたいということか」
「そういうことだ」
「いいだろう、コキュートス。胸を貸してやれ。殺すなよ」
「ハッ!」
リドはアステリオスを前にしてもこの圧倒的な余裕に戦慄を覚える。
「名ハ何ト言ウ」
「───アステリオス」
「コキュートスダ」
勝つことはできないだろう。しかし、それでも引くことはできなかった。まだ誰かも思い出せないあの男に会うために。
二人の間に静寂が訪れる。アステリオスはゆっくりと腰を落とし両手に斧を構える。対してコキュートスは無防備のまま立っていた。先に動いたのはアステリオスだった。コキュートスが何も持っていなくても関係無い、自分はただ本気で挑戦するだけだと。
アステリオスの
「スマナイ、ソノ程度ノ武器デ私ヲ傷ツケルコトハデキナイ」
アステリオスは倒せないことは分かっていたが、目の前の光景に一瞬固まる。しかし、すぐに動きだしもう片方の斧、魔剣を起動させる。
斧を中心に目映い雷光が走る。第一級冒険者ですら間近でくらえば電撃と共に麻痺状態に陥る攻撃だ。
しかし、やはりコキュートスには通用しない。
「面白イ攻撃ダカ、コノ体ニソノ程度ノ魔法攻撃モ通用シナイ」
無傷のコキュートスにアステリオスは分かっていたかのように顔を歪ませた。直後、アステリオスの腹にコキュートスの鋭いスパイクのついた尾が直撃する。無防備だった所に強烈な一撃を喰らったアステリオスは壁まで吹き飛ばされ、盛大に口から血を吐いた。
圧倒的な力の差に見ているリド達も愕然とする。もはやアステリオスは立つことすら難しいだろう、そう誰もが思った。
しかし、アステリオスは尚も立とうと震える足を抑え、斧を杖がわりにしている。コキュートスを傷つける手段すら無い中、何が彼をそこまでさせるのかは誰にも分からないだろう。彼の目の前に立つ同じ武人以外は。
コキュートスはアインズに一言謝ってから、立ち上がったアステリオスに向かって斧を差し出した。
「スマナイ。アステリオス。オ前ヲ見クビッテイタ。コレヲ使エ。コノ武器ナラ私ヲ倒ス事モ出来ルダロウ。シカシ、コレヲ持ッタ時、私ハ手加減ハシナイ」
コキュートスの言葉にアステリオスは武者震いを起こした。アステリオスは顔を歪ませて笑う。ダンジョンの下層に行っても出会えなかった相手に会えたことに。アステリオスはコキュートスから丁寧に斧を受け取った。これでもう後には戻れない。
再び二人は向かい合った。先程までの痛みは既に忘れている。極限の感覚の中、再びアステリオスから先に動く。
風をも切り裂く渾身の一撃を振り下ろす。間違いなく今までで最強の一撃だ。しかし、コキュートスに当たる直前に白銀の筋がアステリオスの前を通過した。
痛みや出血すら置き去りにし、ゆっくりとアステリオスの右腕は地に落ちた。その後、盛大に傷口から血を吹き出す。遥かな高みを目に焼き付けようとアステリオスは体が倒れるまでコキュートスを見続け意識を失った。
「そこまでのようだな。そいつは回復させてやる。少し預かるぞ」
「えっ、あっ、ああ。お願いします」
コキュートスがアステリオスを抱き上げた時、突然ダンジョンがかつて無いほど大きく揺れた。
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ギルド最奥の部屋、ウラノスが居る祈祷の間に黒衣の男が入ってきた。ギルド長が出入りする扉ではなく、その男がいつも使用する秘密の通路からだ。
ウラノスは見知ったその男にいつも通り話しかける。
「
しかし、返事は返ってこなかった。
「どうした、フェルズ?」
「───いや、なんでもない。うまくいったよ」
「そうか────」
ウラノスは返答したフェルズの後ろにフェルズを操る女の姿を幻視した。その瞬間、フェルズがウラノスに切迫する。黒衣に隠された禍禍しい長剣がウラノスの胸を突き刺した。
「───さようなら、ウラノス。この忌々しい封印からもこれでおさらばだ」
フェルズとは違う高い声の笑い声にウラノスは最後の力を振り絞り
チッ、その声と共にフェルズは術者から解放された。意識を取り戻したフェルズは目の前で胸に剣を突きつけられたウラノスの姿とその剣を持つ自分の手に愕然とする。
「一体何がっ!?」
「───すまない、アインズに早く伝えてくれ。封印が解かれた」
その言葉を最後にウラノスは神聖な光に包まれ天に送還された。
その直後、オラリオを巨大な地震が襲った。