改組 新 第6回 日展東海展
2020年1月29日~2月16日
愛知県美術館ギャラリー
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ニュースを問う三つ子事件、なぜ「実刑」 半世紀続く構図<1> (社会部・今村節)
その文章に目がくぎ付けになった。 「母親らしくない母親の誕生は、こどもにとって不幸である」 今から半世紀近く前の一九七三年二月、朝刊「家庭」面に掲載された医師のコラム。七〇年代に続発した「コインロッカーベイビー事件」を調べる中で出くわした一文にはっとした。 ◆「ワンオペ」破綻の歴史昔の新聞をたどるきっかけは昨年、実刑判決が確定した愛知県豊田市の三つ子事件。子どもを死なせたことは許されることではない。しかし行政支援もなく、育児に苦しみ、産後うつをわずらった母親だけが、罪に問われるべきなのか。納得がいかず、何人もの識者を訪ね歩くうち、出会った恵泉女学園大学長で発達心理学の研究者大日向(おおひなた)雅美さんが「コインロッカーベイビー事件」から、育児の責任を母親一人に押しつける歴史的な構図をひもといてくれた。 育児を一人でこなす「ワンオペ育児」で悲鳴を上げる母親の声は今も世にあふれている。私も同じだった。まどろんだと思うと、泣き声でたたき起こされる。いとしいはずのわが子を抱き、いら立つ自分を「母親失格だ」と責め、泣いた。 一人の子でも大変なのに、三つ子は想像を超えている。事件の母親は、赤ちゃんの泣き声に強いストレスを感じていた。多くの母親もその苦しみに共感し、取材にこう答えた。 「事件はひとごとではない」 半世紀前、この問題に真正面から取り組み、六千人の母親を調査して母性神話を否定する論を展開したこの分野の第一人者の大日向さんに、私は心のもやもやを吐き出した。 「あの母親は、普通のお母さんにしか見えませんでした。実刑判決にはどうしても違和感があります」 大日向さんは真っすぐ私を見つめ、静かに語った。 「裁判は、間違った前提で判断していると思います。『そもそも子育ては一人ではできない』という前提に立てば、当然、執行猶予がつくべきでしょう。『一人でできる』という前提だから、できなかった人を罰するんです」 事件には三つ子という特別な事情があった。「私、三つ子ちゃんの家のシッターやったことあるんです。大変です。低体重とか、育てにくさがあれば、特に大変です」。さらに「前提」はそこではない。「単胎児でも大変です」と続け、事件が、夫が半年間の育休から職場復帰し、ワンオペが始まった二カ月後、まだ乳幼児の段階だったことに着目する。「子育て、特に乳飲み子の大変なときにお母さん一人に育児を託している社会の…」。大日向さんは数秒考える間を置き、「社会の甘え」と、その精神構造を分析した。 ◆孤独な育児“当たり前”「育児を一人託されたお母さんが刀折れ矢尽きたときに、自分の甘えを棚に上げて石をぶつけるような傲慢(ごうまん)さ。社会が傲慢です。自分は全然手を貸さなかった。それでいて倒れたら踏みつける。そんな構図じゃないですか」 目の前の霧が、晴れるような気がした。事件の母親の状況は、孤独そのものに見えた。現場は三つ子を抱えて一人では外出できないエレベーターのないマンション四階。極低出生体重児で生まれた次男を含め、三人のゼロ歳児を懸命に育てていた母親は、周囲から手をさしのべられなかった。しかし実刑を免れる理由とは認められなかった。 「母親一人で育児はできない、という前提に立てば、当然執行猶予はつくべきで、できないんだからみんなで(母子を)守ろうとなる。残された二人の子どもと三年間も音信不通になって、どうやって親子の絆を修復するんですか」 大日向さんは実刑を「あれは(社会による)虐待、ネグレクトですよ」とまで言った。そう言い切れるのは、コインロッカーベイビー事件を機に、膨大なデータに基づく分析で、母親一人に育児を押しつける歴史的な背景と、その構造的な問題を読み解いてきたからだ。 冒頭のコラムは、こう書く。 「生むことは簡単なようである。しかし、育てるということになると、責任というむずかしさがあることを知るべきである」 育児の「責任」をあくまで母親一人に押しつけ、その構図が半世紀前と変わっていないことを示したのが、実刑判決だった。なぜ、変わらないのか。大日向さんの答えに衝撃を受けた。 「母性神話は、実は政策的につくられたものなんです」 ◇ 豊田市の三つ子の母による傷害致死事件は昨年、名古屋高裁で実刑が確定した。だが、支援の乏しさを棚に上げて母親だけに罪を負わせることは、この時代にふさわしい司法のあり方なのか。育児破綻の「罪」と「罰」を考える。 <豊田の三つ子事件> 愛知県豊田市で2018年1月、生後11カ月の次男を畳にたたきつけて死なせたとして、三つ子の母親が傷害致死罪に問われ、19年3月、名古屋地裁岡崎支部の裁判員裁判で懲役3年6月(求刑懲役6年)の実刑判決。同年9月の名古屋高裁は控訴を棄却し、被告側が上告せずに刑が確定した。 PR情報
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