「いやー、ごめんごめん」
ヘルメスはモモンに手を合わせながら謝っていた。しかし、その顔は笑みを浮かべ、謝罪をしているようには見えない。
相変わらず主人に対し不敬な態度をとる
モモン達が18階層のセーフティーポイントに到着してから数時間後、ロキファミリアの治療のおかげでベル達は無事に意識を取り戻した。さらに数時間後、ヘスティアとヘルメスを連れたベルの救出チームが18階層に到着した。
ベル達はロキファミリアが滞在する予定の明日まで休息をとっていた。今はセーフティーポイントにある街《リヴィラ》を訪れている。
ベルとは別行動をしているモモンは先程、ヘルメスに会い突然謝られたのだった。
「何のことですか?ベル君達を救助に行ったことの礼なら既に受けたと思いますが」
謝罪の理由を把握できないモモンにヘルメスは一枚の紙を手渡した。モモンがその紙に目を通し終わったとき、
「な、何ですか、これは!?」
「いやぁ、君達はLv.1じゃ規格外過ぎて逆に目立つから、ランクアップしたってことにしたんだ。でもそうすると二つ名を決めないといけないだろ。君達の意見を聞ければ良かったんだけど、時間もなくてね。決まった二つ名を会ったときに伝えようと思ったら今回のことがあってバタバタしてたから。・・・まぁ、とりあえずランクアップおめでとう!」
一人盛大に拍手するヘルメスを尻目にモモンは再び二つ名の書かれた紙に目を落とした。
(【
「あの、このアルベドの二つ名何ですが・・・」
「ああ、それかい。凄いピッタリな二つ名じゃないか。最初はちょっと問題かなって思ったけど街で見かけた様子だと正に理想の夫婦に見えたし」
モモンは街で出会ったときのヘルメスの顔を思いだし、なぜ手をつなぎ直すように促した理由を理解した。
「モモンさん、何が書いてあるんですか?」
後ろで控えているアウラ達が興味津々な様子で質問してくる。
「これは私達がランクアップした際に決められた二つ名を纏めてある。アウラは・・・【
「どうせつけなきゃいけないなら、モモンさんにつけてもらいたかったです」
「いやいや、なかなか似合ってると思うぞ。《太陽の加護》なんてアウラの元気一杯なところを表していていいんじゃないか」
アウラの文句にモモンがフォローしたことで、すねた顔はみるみる明るくなっていった。
「あの、モモンさん。私も似合ってるっすか?」
アウラだけズルいとルプスレギナがモモンに尋ねる。さりげなくソリュシャンもルプスレギナのすぐ後ろでモモンの意見を聞きたそうにしている。
「あぁ、二人ともそれぞれの特長や能力に合ってる気がするぞ。私でもここまで思い付けるかどうか、さすがは神といったところだな」
モモンの誉め言葉に皆が幸せになる。その話を聞きながらヘルメスは名付け親の思いと受け止め側の思いが違いながらもお互いが良いと思うのであれば、結果良かったと感じた。
「ちなみに他の方はどんな二つ名何ですか?」
ソリュシャンの質問にモモンが固まる。なかなか読み上げないモモンに代わりにヘルメスが全員の二つ名を教えた。
「アルベドだけズルい!私もその二つ名が良いです!」
先程まで喜んでいたアウラの表情が再び曇る。ルプスレギナもソリュシャンも口には出さないが羨ましいそうにしている。
モモンはアウラの愚痴を聞きながら【
ーーーーーーーーーーーー
翌日、ロキファミリアがオラリオに帰るのについていく形でベル達も中層から脱出する予定だった。しかし、直前になって問題が発生した。ヘスティアが何者かに連れ去られたのだ。
ベルが犯人の要求で単身向かった先には、冒険者達が待ち構えていた。彼らはベルの急激な成長に快く思っておらず憂さ晴らしのためにヘスティアを拐いベルを呼び出したのだった。彼らのリーダー、モルドは姿を消すマジックアイテムを使い、一対一という名の一方的な
そんな彼らを遠く離れた木の上から見つめる
「悪趣味ですね」
ヘルメスの従者であるアスフィは眼下の光景を見ながら自分が作成したアイテムがこんな茶番に使われていることにため息をつく。
そんな二人の会話にもう一人加わった。
「確かに良い趣味とは言えないな」
「やあ、君はこっちに来たのかい?てっきり向こうに行くかとも思ったんだけど」
ヘルメスはベルの異変に気付いた彼の仲間達が救援に向かっている姿を見ながら訊ねた。
「なぁに、その気になればあいつらをすぐにでも皆殺しにできるさ。それよりもこんな茶番を用意したんだ。何か意図があってやったんだろ?」
「やっぱり分かるかい?一応、これでもベル君のことは推してるんだぜ。強いていうなら、彼の成長のため・・・かな?」
「これがどう成長になるのですか!?」
冒険者に囲まれ傷付いているベルの姿を見てアスフィはたまらず二人の会話に入った。
そんなアスフィとは対照的にモモンは冷静にベルの姿を見て納得した。
「人間の悪意に触れるためか」
モモンの回答にアスフィが理解するため耳を傾ける。モモンの回答に答えるようにヘルメスは説明を加えた。
「彼は今まで周りの環境に恵まれていたんだろう。人間の負の部分に触れる機会が極端に少なかった。人間の綺麗な部分だけじゃない、悪趣味でもなんでも人の醜い部分にも触れてほしかったのさ」
ヘルメスの回答を聞きながらモモンはベルの長所とその危うさを思い出していた。確かにヘルメスの言う通り将来より大きな悪意に晒された時、心が壊れ立ち直れなくなってしまうだろう。そのためにこのような形で人の醜い部分に触れた方が良いと思う。その一方でモモンはベルになにか別の答えを求めていた。その答えを確かめるようにモモンはベルの様子を眺めていた。
モモン達の会話を尻目にベル達の状況は徐々に変化してきた。観衆だった冒険者達はベルの仲間たちにより迎撃に向かい、ベルとモルドの完全な一騎討ちになっていた。一方、相変わらず見えないはずのモルドの攻撃をベルが防御するようになっていった。
最初はタイミングがずれて攻撃を受けていたが、少しずつだが確実にモルドの攻撃を防いでいた。これに焦りを感じたのはモルドだ。見えないはずの自分の攻撃が受け止められている。タイミングや方向を変え攻撃するがベルはモルドが見えているかのようにその全てを受け止めた。理由の分からないベルの変化もとい成長に、いたぶるだけの遊びが遂に本気となりモルドは剣を抜いた。しかしベルもその攻撃を受け止め反撃に出た。ベルの攻撃が当たり、マジックアイテムを壊され姿を現したモルドは力任せにベルに襲いかかる。
その時、ヘスティアの声が響き渡った。
「やーーーめーーーーろーーーーーーっ!」
神の前に
しかし、ヘスティアの一声で再び動きが止まった。いや、先程以上に力のある言葉に誰もが息をのんだ。
「止めるんだ!」
ヘスティアが
遠くから様子を見ていたモモンはヘスティアの力に驚いていた。普段の遊びとは違う正に神としての姿に。
モモンはオラリオの暮らしで神が下界で暮らすために決めたルールをつくったことを知った。神の力を使わず人間のように不自由な暮らしを楽しむ。そのルールを破ったものは天界に強制送還され、二度と下界に戻ることはない。
今回のヘスティアの行為は反則すれすれだろう。しかし、争いあう子供達を止めるためだけに神威を解放した。神達は子供達のことを多かれ少なかれ愛している。恐らく子供達が重大な危機に遭遇したとき、神の中にはそのルールを破ってでも子供達を守る者も現れるだろう。モモンはそれを想像し改めて警戒を強めた。
ビキッ
突然セーフティーポイントの天井に広がるクリスタルが明滅し、中央の巨大なクリスタルにヒビが入った。それと同時にダンジョン全体に地響きが起こる。クリスタルの亀裂は徐々に大きくなっていき、遂に完全に割れた。
そしてその中からセーフティーポイントに発生するはずのないモンスターが落下してきた。そのモンスターは階層主のゴライアスに似ているが肌は浅黒く異様な雰囲気を放っている。
「ウオオオオオオオオオォォ!」
セーフティーポイントの中央にある巨大樹を踏み潰し、咆哮とともに神にすら想像できない