シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】 作:ほとばしるメロン果汁
(いや~本当に助かった。もう駄目かと思っていたけど、ギリギリで逆転できたわけだ。……ほとんどジルクニフのお陰だけど)
食堂への案内のために先頭を歩く生徒会長、フリアーネの後に続き廊下へと出る。
背後には相変わらず顔色の悪いジエット・テスタニア。そして少し離れて透明化状態のレイナースが音を一切立てずに続く。
なんとかぼっち飯を回避できたことに機嫌が良くなり、思わずスキップをしてしまいそうになってしまう。当然周囲の目があるので寸前で押し留めたが。
フリアーネが先導して歩く廊下は奇妙な沈黙に満ちていた。廊下に立つ生徒達の数はまばらだ。ジエットやフリアーネと話しこんでしまったため、ほとんどの生徒達は先に食堂へ行ってしまったのだろう。
「ご安心ください。シャルティア様の席はちゃんと専用の場所を確保しておりますから」
モモンガが周囲の固まった生徒に目を向けただけで、サラリとそんな気遣いをするフリアーネ。
彼女に学院の案内を依頼したのはジルクニフらしい。モモンガはそんな話は聞いていなかったが、彼が見えないところでこういった気配りをしてくれていたことにはとてつもなく感謝している。ジエット・テスタニアの隣の席を宛がってくれたのもそうだ。少しでも面識のある相手を探して席を用意してくれたのだろう。
当然モモンガ自身も頑張った――ハズではある。
ごく自然に彼に声をかけて
ごく自然に名前を呼び合う関係になり
ごく自然に食事に誘うことが出来た。
ペロロンチーノ風に言えば好感度が急上昇、パーフェクトコミュニケーションの鐘の音が脳内で鳴り響いたくらい完璧だった。だが、それもこれもジルクニフという優秀なサポート役がいなければ成り立たなかった事なのは間違いない。
(う~む……これはもうジルクニフに対して足を向けて寝られないな……)
元から睡眠の必要はないが、心境としてはそんな感じだった。
彼との関係はいい方向に向かっていると思う。というかここまで気配りができる相手とは仲良くしたほうが良いだろう。一方的に貰ってばかりなのはそれはそれで困るので、モモンガから彼に何かしてあげられないか今度考えなくては。
そんなことを考えていると、学院の周囲を警戒させていたハンゾウから
「……え?」
「如何されました? シャルティア様」
「あー……いえ、なんでもありません」
思わず報告のあった方角の窓を見つめ、足を止めてしまう。
ただでさえ集めていた周囲の視線がさらに多くなり、少しだけ慌ててしまうが、態度には出さずに歩みを再開した。
♦
(まるで海が割れてるみたいだ……)
目の前の光景を見てただそう思った。
最初こそ出遅れたため人通りの少なかった学院の廊下、だがその人数は食堂へ近づく度に活気に満ちたものになる――普段なら。
「誰? 生徒会長?」
「凄い……綺麗ぇ」
今日に限ってはそれは全く異なっていた。
ジエットが同行するシャルティア・ブラッドフォールン、彼女の歩く方向へ人の波が割れていく。それは自然と割れていくものではなく、今日に限って増員された騎士の誘導によりできた道だ。
だが、騎士達がいなくとも自然と道はできていたかもしれない。道を開けるように壁際に寄った生徒達の彼女を見る目は驚きと羨望に満ちており、自然と何か触れてはいけない物から逃げるように下がった生徒も多かった。そして誘導を終えた騎士達は最上級の礼でもってその道を彩る。
――なんでこんなところにいるんだろうな。
三人は広くなった廊下を並んで歩いていた。
中央には当然彼女、シャルティア・ブラッドフォールンが銀髪をなびかせながら優雅に歩く。
左にこの学院の生徒会長、フリアーネがシャルティアへ学院に関する雑談を交えながら笑顔を浮かべ、そして右側には平民であるジエットがやや重い足取りで続いていた。
シャルティアとフリアーネは楽しそうに歓談をしているが、ジエットは時折相槌を打つ程度だ。
そんなことより周囲の視線が痛い。シャルティアへ向けられる羨望と驚き、そして彼女が何者なのか困惑する貴族家の子息達の視線。その隣へ並ぶ公爵家令嬢であるフリアーネに対する納得と尊敬、人脈を頼りに情報収集を画策する者。そしてジエットに対する場違いな異物を見る視線が痛かった。
(そんなこと俺が一番わかってるけどな……)
ここまで来ると今更逃げ出すわけにもいかない。
だからという訳ではないが、ジエットはやや開き直っていた。どこの誰の思惑か、もしくは本当に偶然なのかはわからないが、彼女が恩人であることに変わりはない。彼女が一緒に食事をしたいと言うのなら、ジエットもできる限り応えるべきだ。
それに教室の席を移動するなどジエットの一存でどうにかなる話でもない。仮に出来たとしても、相手の機嫌を損ねる可能性は高い。それなら今日の昼食を利用して少しでも話せる関係になった方が、この先に降りかかるかしれないトラブルを軽減できるかもしれない。
そうでも思わなければこの後の食事は喉が通らない気がする――、という半ばヤケになった考えでもあるが。
(落ち着け……今の調子なら大丈夫だ。何か途中でトラブルでも起きない限りは……)
切なる願いを強く心に念じながら、ジエットは歩みを進めた。
「あれは……」
先頭を歩く銀髪の少女、その足取りが唐突に乱れた。
隣を歩いてフリアーネとジエットは当然それに気づき視線を向ける。銀髪の少女――シャルティアが向ける視線の先には二人もよく知るジエットの幼馴染であるネメル。そしてその隣にも見知った少女が人だかりとなった生徒達の中でこちらを見ていた。
(ネメルに、ディモイヤか)
ショートヘアのいかにも活発で幼さを残した少女、学院の情報屋的立場を持つディモイヤ。
ジエットも何度か世話になり、そして逆に情報を提供したり対価を支払ったり、言わば持ちつ持たれつな関係を作っている少女だ。
ジエットの知り合いというだけあって、ネメルとも面識はある。一緒に食事に来ていたのかもしれない。そんな二人は廊下に立つ周囲の人間と同じような反応――ジエット達の先頭を歩くシャルティア・ブラッドフォールンを、ぽかんとした様子で見つめていた。
(……って、え!?)
乱れていた足取りを優雅なものに戻すと、先頭を歩くシャルティアは若干方向を変え一直線にネメルとディモイヤのいる集団へ歩みを向けた。フリアーネはそれを当然のように付き添い、ジエットも慌てて後に続く。
(……なんだ? まさかネメルに話しかけるつもりなのか!?)
だとすれば不味い。
ネメルがこの状況でいきなり話しかけられて、満足に応対できるはずがない。数時間前にジエット達教室の生徒が固まったように、ネメルも話しかけられただけで凍り付いてしまうかもしれない。幼馴染であるが故に、その姿が容易に想像できてしまった。
シャルティアが生徒達の集団の前に立つと同時に、固まっていた生徒達が一斉に後ろに下がる。その美しい真紅の瞳が向ける方向、ネメルとディモイヤの立つ場所まであっさりと道が出来上がってしまう。そして笑顔を浮かべてネメルに話しかけた。
「ネメルさん……でしたか?」
「は!っはひ!」
ネメルはかろうじて氷像にはならず、なんとか返事を返していた。
その事にホッとしそうになるが、慌ててジエットはネメルの傍まで駆け付ける。ネメルもこちらに気づき「じ、ジエット! ひょっとして……」と、小さな声とともに救いを求めるような視線を向けてきた。そんなネメルに正気を取り戻させるため、やや大きな声でその会話に割って入る。
「あ、あぁそうだ、ネメル! お前はちゃんとお礼を言うんだって言ってただろ! この御方が以前俺達を助けてくださった方だ……ほら」
完全に相手に聞こえてしまってるが、気にしてなどいられない。
今は何よりもネメルに喋らせなければならない。ガチガチに固まったネメルの肩を何度か叩いた。幸い相手はこういう反応をされるのは慣れているのか、二人のやり取りをを見守るように待っていてくれている。
「う、うん……あ、ご、ゴウン様! あの時は、ありがとうござまじだ!」
勢いよく頭を下げたネメルだったが、逆にジエットは天を仰ぎそうになる。
噛んでいる。しかも、伏せているはずの名前『ゴウン様』を大声で言ってしまっている。突然生徒に話しかけたシャルティアによって、周囲の騎士や生徒は押し黙り、廊下は静寂と緊張感に満ちていた。そんな中でネメルはいきなり現れた恩人を目の前にして必死だったのだろう。焚きつけてしまったジエットは壊れた人形の様に、首をギシギシと動かし変わらず微笑んでいる少女へ向けた。
「その名前はまだ内緒でお願いします。今はシャルティア・ブラッドフォールンと呼んでください」
人差し指を口に当て、なんでもないことのように笑顔を浮かべるシャルティア。
その反応にほっとするとともに、当然の疑問が浮かんだ。彼女の立場で名前を伏せているのはそれなりの理由がある筈だ。それを生徒たちの前で露見させたというのに、アッサリ許されたことに対する違和感。
(ひょっとして『ゴウン』というのも本当の名前じゃない……?)
そうだとすれば納得がいく。
それくらいしか思いつかないと言った方が正しいが。
「ところで、そちらの方もお知り合いですか?」
「へ!? あ、あたし!?」
ネメルから感謝の言葉――盛大に噛んでいたが――を受け取ったシャルティアはネメルの背後で固まったままのディモイヤに声を掛ける。彼女も数時間前のジエットのように、その表情には困惑の色がありありと現れていた。
「え、えぇ! 彼女はディモイヤって言います。俺とネメルの友人? ですッ!」
「そうなんですか。宜しければお二人も昼食をご一緒しませんか?」
「え? えぇ? アタシたちが!?」
「壁は……人数は多い方がいいでしょう?」
嬉しそうに提案してくるシャルティア・ブラッドフォールン。
当然拒否権は無い。幸いネメル達二人に食事を終えた様子はないが、仮に済ませた後でも同行してもらうしかなかっただろう。ジエットは大きく頷き、視線を困惑したままの二人に――特にディモイヤへ向ける。『断るなよ』と。
「そ、そうですね。人数は多い方が食事も美味しいですよね」
――喉を通ればですが、という言葉は内心に留める。
迷子の子供のように戸惑った表情を向けてくるネメル。その隣のディモイヤはジエットに強い視線を向けてきた。
(ちょっとジエット! 何!? 何これ! 誰!?)
(すまん、断れる状況じゃないんだ。今は黙って付いて来てくれ! 頼む!)
表立って会話をするわけにもいかず、お互い訴えるようなアイコンタクトを交じわらせた。
状況が状況なだけに一瞬で双方の意志は伝わる。ディモイヤは何度か口をパクパクさせていたが、ジエットの懇願するような目に屈したのか軽く制服の襟を正すと、シャルティアへ向けて礼儀正しく自己紹介を始めた。いつもの快活な声は鳴りを潜め、上擦った固い声で別人かと思うほどの変わりようだ。
ディモイヤのその判断に感謝しつつ、ジエットは隣に立つネメルの肩をポンと叩き、彼女自身が改めて自己紹介できるようにその緊張をほぐしていった。
食堂に辿り着かずに終わってごめんなさい。元々次話と併せての一話だったんす(言い訳)と言う訳で明日も投稿