2020年2月25日火曜日

伊勢神宮参拝2020 御垣内参拝 ~ヒエラルキー~

(二見ヶ浦の日の出)

先日、伊勢神宮へお参りに行ってきました

昨年はあまりの忙しさに行けなかったため、
今年こそ、旧暦新年が始まったらお参りに行こうと決めていたので、
新型コロナウィルスの心配もありましたが、
こういう時こそ伊勢参りと思い、
決行してきました

(熱田神宮 大楠)


途中、名古屋に2泊し、
熱田神宮など名古屋市内の神社にもお参りしました
大楠は、やはり素晴らしいエネルギーでした

やはり、市内は人は少ない感じで、
夜の街並みは閑散としていました

ただ、宿泊したどのホテルでも、
新型コロナウィルスの感染の有無をチェックイン時に確認されることはありませんでした

各県の行政から、
宿泊客の感染の有無を確認するよう、
各宿泊業主は要請されているはずですが、
実施しているところはほぼないようです

お客様に聞きづらいのはわかりますが、
これでは、感染が拡大しても致し方ないですね

認識の甘さもあるのでしょうが、
日本人の心遣いが、
こういうケースにおいては、マイナスに働いてしまう事もあるようです

せっせと自衛しながらの旅となりましたが、
二見ヶ浦に1泊した後、伊勢に着き、まずは伊雑宮にお参り
朝一の伊雑宮はとても澄み切っていて、
静かで穏やかで、気持ちが良かったです



その後、外宮にお参りすると、
参拝者で大賑わい!

2月の平日、
学生は春休みに入っているのでしょうが、
各地の観光地の閑散さに比べて、
予想外の人の多さ!
皆「伊勢参りなら大丈夫」と思っているのかも知れませんね(*´ω`*)

同時に、
こんな時期にこれだけ伊勢にお参りする人が多いなら、
日本は大丈夫だろう、とも思いました(*´ω`*)


その後、同行した娘が今年は「八方塞がり」の年だということで、
内宮でご祈祷をあげてもらいました
その直後、空に不思議な雲が・・・
中に何かいらっしゃるみたいですね(*´ω`*)

翌朝、日の出前に内宮にお参りし、
御垣内参拝をしてきました


冬は日の出が遅いので、すでに結構人がいます


ちょうど、私たちが正宮に着いた時、
1人の女性が御垣内参拝をされていました

伊勢の正宮は、四重の垣根によって囲まれています
正殿に近い内側から、瑞垣(みずがき)、内玉垣、外玉垣、板垣の4つの垣根です

一般の参拝者は、一番外側の板垣と2番目の外玉垣の間、
御幌(みとばり)で仕切られたところから参拝します

御垣内参拝は、その外玉垣の内側に入って参拝するもので、
特別参拝とも言われています

これは、神宮に何らかの貢献(寄付)をした人に対して、
神宮側からのお礼として、
普通は入れない御垣内に入り、
ちょっとだけ神様に近づいて参拝させていただけるものです

他に、神社関係者など、
寄付のいかんにかかわらず、入れる場合もあるようですが、
詳しくはわかりません

私たちは伊勢神宮崇敬会の会員になっているので、
御垣内参拝をさせていただけます

今回同行した娘は、成人しているため、
家族扱いにはならず、
当日、遷宮の寄付をすることで、御垣内参拝をすることができました

なぜ、御垣内参拝をするかというと、
垣根の外側と内側では全くエネルギーが違うからです
全く違う時空間と言うこともできます

垣根は、まさに結界です

つまり、
神宮の正殿は、四重の結界に守られているということです

その結界内に入って神様にご挨拶するため、
正装であることが必須です

(下記参照


さて、
私たちはいつも年会費5000円を納めているため、
下図で言うところの3級賛助会員と同等で、
外玉垣と内玉垣の間の一番外っかわ、
中重鳥居と御幌のちょうど間位のところで参拝をします
御垣図 内宮
ところが、
その私たちの前に参拝されていた女性は、
中重鳥居をくぐって内玉垣のすぐ手前で参拝されていたのです

そこで参拝をされている人を見たのは初めてでした
(ちなみに、後で調べたところ、そこで参拝できるのは、奉納金100万以上納めた方です)

(もう一つちなみに、内玉垣の内側に入れるのは特別な神職だけで、それ以外は、いくら奉納金を納めても、誰も入れません
また、最奥の瑞垣の内側の正殿に入れるのは、天皇だけです)

そして、
私たちの番となり、私たちはいつも通り、
神職の方の引率に従って、
中重鳥居と御幌の間で参拝しました

いつもの私なら、
私たちとは違い、そんな近くで参拝できる事をうらやましく思うところですが、
この時、私の心の中には、
「一番下っ端でいい」「皆が先に」というような思いが湧いてきていて、
何も気になりませんでした

中で参拝することに何の特別感もなく、
むしろ、外でも十分という感覚でいました

御垣内参拝で、
そういった恩寵を受けたのは初めてでした

今までは、
むしろ、何か「特別感」を抱いてしまうような体験が多かったのですが・・・

最近、神様から何かをいただきたいという思いそのものがなくなっています
何か、特別なエネルギー体験をしたいという思いもなくなっています

むしろ、
ただ捧げたいという感じです

それ自体が、神様の恩寵なのでしょう

さて、
私達が御垣内参拝をしている間、
受けつけのところで私たちを見ながら、
いかにも自分も入りたそうにしている男性がいました

その男性はニット帽をかぶって、
山登りをするような、とてもラフな格好をされていたので、
御垣内参拝については何もご存じないのだろうということと、
きっと断られるだろうことはわかっていたので気がかりでしたが、
案の定、
その男性は受けつけの神職の方に尋ねて、
「スーツ着用の上、なにがしかの資格をお持ちでないと」と、
断られていました

「なにがしかの資格」というのが、
先ほど書いた、なにがしかの寄付、もしくは崇敬会会費を納めて、
「特別参宮章」というカードをもらう、
あるいは、なにがしかの神社関係者である、ということです

どうすれば御垣内参拝ができるか、
追いかけて教えてあげたいと思いましたが、
終わった後、すでに姿は見えませんでした

こうして、
ほぼ同時刻に、
1.中に入って最も近くで参拝した女性
2.中に入ってちょっと近くで参拝した私たち
3.中に入れなかった男性
と、
3つのヒエラルキーがそこに存在していたのを、
体験しました

神様につながるのは、
別に御垣内であろうと、外側であろうと、
そもそも伊勢でなくとも、
どこでもつながることができます

つながるのは、
一人ひとりのハート、存在そのものを通してだからです

なので、
本質的にはそんなヒエラルキーはないのですが、
どうしてもこの現象界にはヒエラルキーが現れてしまうようです

私のパートナーさんは、
「そんなヒエラルキーを見せられて、嫌になっちゃった」
「伊勢に来るのも最後かも、ってちょっと思った」
と言っていました

日本で最も聖なる場所である神宮で、
お金や金額によってそんなヒエラルキーが作られてしまうのは、
確かにちょっと残念ですが、
そもそも、なぜ、
この世界にはあらゆるところにヒエラルキーが存在するのでしょうか?

それがこの世界の仕組みになっています

いろいろなヒエラルキーがあります

私たちの心は、
いつも自分がそれらのヒエラルキーのどこにいるか、
気にしています

そして、上位に行きたいと思う人がほとんどで、
下位に行きたいと思う人はいないでしょう

下位で甘んじていたとしても、
本音の部分では、上位に行きたいと思っているはずです

また、本音の部分で、
ヒエラルキーの上位にいることに不満を持つ人はいないでしょう

そもそも、
「神様」と「神様でない人」と分けること自体が、
ヒエラルキーです

あるいは、
神様をヒエラルキーの最上層に置くことが、
ヒエラルキーを作り出しているとも言えます

神と私たちの関係は、
何なのでしょう?

もし、私たちが、
神がヒエラルキーの最上部だと思っていたら、
神に到達することはできないと思います

なぜなら、
ヒエラルキーの最上部に到達したいと思う心そのものが、
神とかけ離れているからです

神様を、
尊い存在として崇めるその謙遜の心は、
美しいし尊いと思います

でも、
案外、
ヒエラルキーの下層部に下がっていくことの方が、
神に近づくことかもしれません

ヒエラルキーの一番下っ端でいることに、
果たして私たちは歓びを感じることができるでしょうか

もし、
あなたがそこに歓びを感じられていたら、
あなたはすでに神なのかもしれませんね(*´ω`*)

今回の御垣内参拝は、
そこで私達が見せられたものと、
私が参拝中に賜った恩寵とが、
見事に一つのテーマで彩られていました

まだまだ、
通常生活に戻った私の内側には、
「一番下はいや~」と、
一番下っ端であることに抵抗を感じるものがうごめいていますが、
何か、
目からうろこ、的な、
視点の逆転が起こるような見地が示されたように思います

その抵抗を感じてうごめいているものこそ、
自我ですが、
今回、神様が啓示してくれたその境地が、
その自我に浸透し、溶かしていってくれるような気がします

ありがたいですね



























2020年2月10日月曜日

新型コロナウィルス

中国武漢市から発生し、現在全世界に拡散している新型コロナウィルスについて、
少し書こうと思います

1月半ば、新型コロナウィルスのニュースを最初に聞いた時点で、
その爆発的な拡散の仕方から、
「これは細菌兵器だな」
と直観的に感じました
「これはやばい」
そう感じました

これまで、
SARSやMARS、エボラウィルスなど、
あるいは鳥インフルエンザなど、
何度かパンデミックがありましたが、
一度も気になった事はなく、
大丈夫という感覚がありました

今まで、インフルエンザとかが流行しても、
全く気にしたことがない私ですが、
今回は、なぜか最初から内側で警報が鳴り響いていました

マスク嫌いの私がマスクをし、
ホテルでのセラピストの仕事も、
会社の方が何の対策も取る気がないため、
休みました

先月末から昨日まで東京に滞在していたのですが、
人々の認識は、
まだまだといった様子でした

街や電車内でも、
マスクをつけている人は3割にも満たない、という感じでした

いつもの私なら、何とも思わなかったでしょう

基本的には、
人間とウィルスははるか古から共存し、
生きて成長していく上で、
お互いになくてはならない存在だという認識でいます

例えば、
幼児期におたふくに罹ることによって、
生殖器が発達します

もし、その時期に罹らないと生殖器が未発達のままで大人になってしまい、
大人になってから罹ると、
男性なら精巣、女性なら卵巣に異常をきたし、
精子がなくなったり、卵子がなくなったりしてしまいます

幼い子は、
風邪を引くと、その後ひとつ成長を見せます
知恵づいたり、
ちょっと大人になったりします

腸内に100兆個もいるという腸内細菌がなければ、
私たちは食べたものを十分に消化し、
身体に有益な物質を取り込み、
残ったカスを大便にして排泄することもできません

皮膚の常在菌は、
有害な菌をやっつけてくれます

古から仲良く共存しているウィルス達が体内や皮膚の上で元気であれば、
ちょっと位変な菌が来ても、
そのウィルス達がやっつけてくれます

普通の風邪やインフルエンザや、ノロなどのウィルスが入ってきても、
それにやられることがないのです

あまりに潔癖症の方が、
変な菌に感染しやすいとも言えます

また、インフルエンザに罹るとインターフェロンが生成されて、
癌に罹らなくなると言われてるので、
むしろ積極的にインフルエンザに罹ろうと思うのですが、
罹ったことがありません(;´Д`)

ウィルスは、生物でもなく非生物でもない、
その中間の存在、というから、
なんとも不思議な存在ですよね

生物ではなくても、
何らかの意識があるように感じてしまいます

なので、私は基本的に、
ウィルスそのものに対して、特に不安も危惧も感じていない、
むしろ一緒にこの肉体を維持している同士のような感覚を持っています

それなのに、
この新型コロナウィルスに関しては、
最初から危機感と不安を覚えていたのです

ビーッビーッと、内側で警報が鳴っている

武漢の海鮮市場から発生したと言われていますが、
普通に考えて、
自然発生ではこんな拡散の仕方はしないでしょう

自然界には、
バランスと淘汰がありますし、
自然界で突然変異したものがこれほどまでに人間に適応する事自体、
ちょっと考えにくい気がします

海鮮市場から約30キロのところにある、
武漢にある中国科学院武漢国立生物安全研究所(武漢国家生物安全実験室)という、
フランスが協力している、
中国の生物兵器プログラムに関与している武漢ウィルス研究所内にある施設から漏れたという情報を、
イギリスのデイリーメール紙が発表し、
また、その後アメリカのワシントンタイムズが、「これは生物兵器だ」と発表していますが、
偶発的に漏れたとしたら、
一体どのような形で漏れたのでしょう?

普通に考えられるのは、
①人が研究中に感染して研究所外に持ち運んでしまった
②ウィルスを使って実験した動物(こうもり:武漢ウィルス研究所では、
 こうもりを使っての免疫を持たせない実験が繰り返されていた)の処理が
 いい加減だった、
 もしくは、それを小遣い稼ぎに?販売した
③ウィルスのついた容器をうっかり普通のゴミとして処分してしまった
④ウィルスの入った容器等をうっかり持ち出して、うっかり落としてしまった
⑤ウィルスが勝手に脱走した(;´Д`)

などなど、素人の私が考え付くのはそんな程度なのですが、
バイオセーフティレベル4の研究所であること、
実際に研究所内(当該の研究所かどうかは不明)での様子は、
下の画像のような状態のようなので、
(すごいですね、想像以上の徹底さです)
これほどのアウトブレイクが起こるほどの量が、
偶発的に漏れたというのはかえって不自然な気がします

Dr. Xiangguo Qiu - Chinese Biological Warfare Agent

この画像に写っている女性は、中国人の優秀なウィルス研究者ですが、
カナダの国立微生物研究所で働いていた頃、
何度も中国の研究所に行っていて、
現在、カナダはこの女性を、
中国のエージェントとしてカナダに潜入していた疑いで調査中とのことです

今回の拡散の仕方、
海鮮市場と研究所との位置関係から、
新型コロナウィルスと研究所との因果関係は誰でもすぐに思いつくと思います

でも、うっかり漏れたとしたら、
それを隠したい中国政府は、
研究所から微妙な距離にある海鮮市場をあげるでしょうか?

私には、それも不自然に感じ、
そこに意図的な何かがあるように感じるのです

珍しく感じている危機感も、
それに関わっているのかも知れません

実際、その後、
インド工科大学のチームが、
新型コロナウィルスの遺伝子の4つのたんぱく質がHIVウィルスと同様であることを発見したり、
新型コロナウィルスのRNAの分岐配列GC値がおたふくやHIVに近い事から、
SARSのコロナウィルスにおたふくとHIVを挿入したものが新型コロナウィルスで、
それは自然ではありえない遺伝子情報であること、
また、アメリカで、
ハーバード大学教授と二人の中国人が21種類の生物化学兵器を密輸したことで、
起訴されているなど、
新型コロナウィルスが人工の生物兵器である可能性があることが、
情報としてあげられてきました

現段階では、
新型コロナウィルスが生物兵器であることは、
かなり確実な事として受け止められてきているようです

HIVが掛け合わされているということは、
感染したら、感染時の症状は大したことがなくても、
免疫不全になる可能性があり、
感染後、他の病気に罹った時に免疫力がない状態になるかも知れないのです

この新型コロナウィルスは抗体ができないとも言われていて、
何度でも感染する可能性もあり、
二度目に感染した時に重篤化するとも言われています

おたふくも掛け合わされていれば、
当然、男女ともに不妊になる可能性が否定できません

そして、
ウィルスは感染を重ねていくうちに、
どんどん変異していきます

どういう影響を人間に与えることになるのかを鑑みて、
十分に備えておく必要があるでしょう

また、現在ワクチンが大急ぎで開発されていると報道されていますが、
ワクチンはすでにできているとも思います

かつて、ポリオ撲滅運動で、
1957年から1960年まで、ポリオ生ワクチンをアフリカで実験投与したことがあります
その際、チンパンジーの免疫不全ウィルスが混入していたため、
そこからHIV(ヒト免疫不全ウィルス)が発生したという説もあります
これは、立証されてはいませんが、
ワクチンに何が混入されるかわからないという示唆を与えてくれます

実際、
例えば、子宮頸がんワクチンで不妊になる可能性も高いと言います

ワクチンで儲けるためにウィルスをばら撒いたという見方も見受けられます

全てはお金の行方を見ろ、という言葉がありますが、
新型コロナウィルス拡散によって、
どういう経済効果、経済への影響が発生するのかも、
よく見ておく必要があるかもしれません

いずれにしても、
アメリカや各国の対処の速さと徹底さ
北朝鮮は、武漢封鎖前に、完全国境封鎖をしました
何かを知っていたのでしょう

こういった事柄全てが何を指し示しているのか・・・?



ここではまだ触れませんが、
私が直観的に感じていることと同じことを感じている人はいるようで、
youtubeなどでもそういった動画をよく目にします

一般的には、
「陰謀論」とひとまとめにくくられて敬遠されがちですが、
現在、アメリカでは新型コロナウィルスを大幅に上回る(公的な発表の数値ですが)
インフルエンザの感染者と死者が発生しています

世界で、今現実に何が起きているのか?

それを、
私たちは冷静に見ていかなければならないと思います

感染症のパンデミックだけではなく、
ソマリアやケニアのイナゴによる被害、
アメリカも昨年バッタの大群に襲われるなど、
あるいは、
環太平洋地域で続発している火山の噴火や地震・・・

「環太平洋火山帯」の画像検索結果

この状況によく似た描写を、
旧約聖書や日月神示に見ることができます


今年は昨年に増して、
水害も増大すると言われています

台風もよりいっそう、強大化するでしょう

南極の気温もあがっていて、
海面上昇、
津波もより高くなるでしょう

一昨年までは「序章」という感じでしたが、
昨年から「第一楽章」に入ったと感じています
今年はまだまだ「第一楽章」のクライマックスには至りませんが、
徐々にそれに向けて様々なことが起こっていくでしょう

新型コロナウィルス、
感染しても大したことないからと、気軽に考えずに、
皆さん、
しっかりと免疫力をアップして、
自己防衛してください













2020年1月1日水曜日

令和二年元旦に


令和二年元旦
あけましておめでとうございます
リトリートの中日、
今年も初日の出を拝みに、
家の側の海に行きました

この浜辺からは、
大島から登る初日の出が見れるのですが、
今年は雲が厚くて、
太陽の姿は拝めず残念でしたが、
雲がそれは魅力的なグラデーションを描き出し、
朝焼け色に染まる神々の階段が降り注いで、
なかなかに荘厳な初日の出でした



 その様子は、
令和2年目という年を象徴しているのでしょうか

世界はまだ厚い雲に覆われて開き切ってはいず、
光の存在もどこか定かではないけれど、
それでも、
光の存在が雲を超え、
ある地点まで到達すると、
雲のほんの僅かな隙間から、
パッと鮮やかな光が射し込み、
世界の一隅を照らし出す



まるで、
救いの手を差し伸べているかのように



この世界に、
真実が実現するにはまだ程遠いのでしょうが、
それでも、
「ああ、今日は曇だから初日の出は無理だな」と、
すぐに諦めずに、
厚い雲の後ろの太陽を思いを馳せ、
辛抱して待っていれば、
むしろ晴れた日には見る事のできない、
とても意外で、神秘的で象徴的な展開を、
体験する事ができたように、
この世界での真実の実現も、
諦めずに思いを馳せていれば、
思わぬ形で展開して行くのかも知れませんね

昨日、大晦日には、
一年間の心身に溜まった穢れを清める、
大祓をしました
五体投地と、
大祓詞を唱えながら、
ロウソクの炎を見つめる瞑想をしました
本当は、外で焚火をして、
その火で浄化したかったのですが、
昨日は風がとても強かったので、
断念しました
風もいい浄化なのですがね

おかげで、
すっきりと新年を迎える事ができました

リトリートも、
新しいエネルギーになって後半です

後半、どう展開していくのか、
楽しみです

昨年までの3年間は、
本当に息をつく間もなく、
次から次に周りに事が起こって忙しく、
「トータル−パス」の教えの概要を纏めてブログにアップする事も、
ディープヒーリングについて伝える場を作る事もできませんでしたが、
今年はようやくそういう新しい展開が始まる感じがしています

少しずつ、
「トータル−パス」や「ディープヒーリング」について、
知る人が増えて行くといいなと思います

皆様にとっても、
新しい展開が始まりますように



2019年12月21日土曜日

2019~2020年末年始リトリートのお知らせ




毎年恒例、年末年始のリトリートがもうじき始まります

12月と1月は、
最も悟りが起こりやすい時期と言われているように、
大きな恩寵が起こりやすい時期です

多くの先人が、
この時期に覚醒しています

かくいう私も、
1月に大きな恩寵をいただきました

年末、お正月は、
一般的に家族で過ごす大切な時期でもあって、
家族を持つ方々には参加するのが難しいとは思いますが、
時に、
この貴重な時期を霊的進化に捧げてみてはいかがでしょう

特に、
令和という、時代の変化の時期、
国家的にも大嘗祭という大きな儀式の後の年の節目である
今回のリトリートは、
とても静粛でありながら裡に大きな熱量を携えているエネルギーに満たされる予感がしています

きっと、
大きな変化がもたらされるでしょう

男女ともに各1名ずつまだ空きがありますので、
真剣に霊的進化を求めている方は、
ぜひ、いらしてください

以下、
年末年始リトリートについてお知らせいたします


***


今年も、年末年始、2つの年をまたいだRetreatの時期が来ました

今年のRetreatでは、今まで歩いてきた道と、これから歩む道の地図を明確にしましょう

何をすべきなのか!

誰がすべきなのか!

何に体験的に気が付かなければならないのか!

これらに、ほんとうの意味で、貴方がたが意識的になる必要があります

あなた方が意識的になったときのみ、歩みが始まります

あなた方がそれに無意識なら、ワークする対象を認識できななら、どうやってワークするのでしょうか

共に進歩できるこのRetreatで、共に座れることを楽しみにしています

日程:2019年12月27日(金)夜in
   2020年1月5日(日) 昼out

費用:223,500円

会場:大川

持ち物:タオルやアメニティはいつもと同じです
    お菓子は、各自で持参してください

love & peace
みのる & ともこ

2019年12月20日金曜日

大嘗宮 ~地球の中心へのポータル~


半年以上振りの投稿です

今年は、日本にとっても、新元号のスタートや台風の災害など、
多くの出来事が起こりましたが、
個人的にも周りに様々な事が次から次に起こり、
忙しさが募り体調も不安定になって、
ブログもすっかりご無沙汰してしまいました

まだまだ忙しさは続きますが、
ピークは越えた感がしています

さて、
先日、大嘗祭が行われた大嘗宮の一般公開があったので、
行ってきました

(もう、何日も経ってしまいましたが・・・(;´Д`))


一般公開の最終日だったので、
たくさんの人が訪れてずらーっと大行列を作っていましたが、
空は真っ青に晴れ渡り、暖かく、
広々とした皇居で待つ時間も心地よく、
久しぶりにゆっくりとハイキングを楽しむような感じでした

上の画像の広い芝生のところは、地図によれば「本丸」とのことでした
画像奥の左端の方に、石垣が残っていたので、
そこが江戸城が建っていたところなのか、
この「本丸」に建っていたのかは、また後に調べたいと思いつつ、
この広場が何かとてもいい感じだったので、
そのエネルギーを感じてみたところ、
何か、地球の中心と繋がっているような、
言い換えれば、
地球の中心に行く時のポータル(入り口)
のようなイメージが来ました

真っ青に広がる空に向かって開けている場所なので、
なんとなく天に向かうエネルギーを感じるものかと思っていたのですが、
逆でした

「ああ、なんか、ただ単に徳川幕府の中心地とか、今の日本の中心地という訳ではないんだな、もっと意味のある場所なんだな」と感じました


本丸広場には、今の時期に咲く桜も満開でした

大嘗祭が行われた大嘗宮は、
本丸広場の奥に建てられていました




皮を剥がない木で作られた鳥居や灯篭、
歴史的には5日間で建てられ、大嘗祭の翌日には取り壊されたという、
簡素で自然の野趣を感じるものでしたが、
今回のお宮は茅葺でもなく、
たった5日間で建てられたものとは思えないものでした



正面は、人がどっと押し寄せて、
「押さないでくださーい!!」
「立ち止まらないでくださーい!!」
「写真を1枚撮ったら移動してくださーい!!」と、
警備の警官や職員の大声での注意喚起が絶え間なく、
殺気立っていたので、
ゆっくり見る余裕もなく、
ゆっくりレンズを構える余裕もなく、
パッと撮っては移動するの繰り返しだったため、
神気が残っているのを楽しみにしていたのですが、
残念ながら、エネルギーを感じる余地は全くありませんでした

写真も、ほとんど歩きながらパッと撮るという感じで、
ロクなのがなくて残念です(;´Д`)


横の方に移動するにつれ、人は減っていきましたが、
まだまだ、パッと写真を撮るのが精一杯です


後ろ側に回ってきました
画像中央に見えているのが、主基殿
左奥にちらっと見えるのが悠紀殿

この画像ではわかりにくいですが、
悠紀殿と主基殿では屋根の上につんと立っている千木の形が違います

悠紀殿の千木は内削(うちそぎ)と言って、上が平らになっていて、
伊勢神宮の内宮と同じです
主基殿の千木は外削(そとそぎ)と言って、横が平らになっていて、
伊勢神宮の外宮と同じです

屋根に乗っている鰹木も、内宮(偶数)と外宮(奇数)では違うのですが、
このふたつの殿舎がどうだったか、
はっきり確認はしてこなかったのでわからないのですが、
画像から判明する限り、どうも同じ数のようです

というのも、
悠紀殿は東日本の祭場であり、
主基殿は西日本の祭場だということなのですが、
なぜ、わざわざふたつの祭場で儀式を行うのかと考えると、
日本を東と西に分ける理由がピンと来ず、
私はなんとなく、
それぞれが天照大神の和魂と荒魂をお迎えする祭場なのではないか、
と感じていたからです

あるいは、
内宮と外宮のように、
天照大神と豊受大神をお迎えする祭場・・・

あるいは、
女神と男神・・・

あるいは、
天津神と国津神・・・

これは全く私が勝手に感じていることなので、
何の根拠もありませんが、
なんとなくその方がしっくり来ます

いずれにしても、
これらの殿舎で、秘儀が行われました


真裏に回ってみると、
天皇がお召し替えなどされた殿舎の背後に出ました


ちょうど日の光が降り注いでいて、
人もまばらで静かだったので、
真裏でしばらく瞑想をしてみました

神社も、真裏のエネルギーがいいですからね♪

すると、
最初は穏やかだったものの、
徐々にぐーっと下に引っ張られ、
最後はものすごい強さでグラウンディングし、
それがハートともつながる感じでした

しばらく、
エネルギー酔いの状態になるほどでした

ここでも、
最初は「神気を感じられるかな」とか、
「天とつながる感じなのかな」とか思っていたのですが、
まさに、地球の中心へと引っ張られていきました

ここで来たヴィジョンは、
まず、
ここでお迎えされたとされる神が、
宇宙からの存在であり、
なんとなく「プレアデス、プレアデス」というイメージが来ました

個人的に、実は常々プレアデス系はあまり信用していないところがあったので、
(というか、私が感じてきた天皇家のエネルギーと、
よくスピリチュアルでプレアデス系と言われているもののエネルギーは、
完全に違っていたからです
実際に、私自身がプレアデスのエネルギーを直接に明確に感じたことはないので、
単なる思い込みかもしれません(;´Д`))
「え~っ?」という感じでした

でも、来たものはしょうがないので、
「そうなんですか~?」と思っていたら、

次に、
地球が宇宙の中心で、
ここに多重的に、多層的に、多次元的に、
宇宙の全てが存在している、
というヴィジョンが来ました

私たち人間の内的宇宙が、
私たちの内面に多層的に多次元的に拡がっているように、
全ての宇宙が、
地球の内側に拡がっている、
という感じです

「ああ、だから、ここが地球の中心へのポータルなんだ」
とわかりました



地球の中心と言えば、
ある事柄を思い出します

私の霊的進化の師匠であるフーマンがボディを離れた時の事です

その知らせを受けたのはボディを離れてから1週間後だったのですが、
フーマンがボディを離れる数日前から、
フーマンのエネルギーを強く感じ出していて、
まさにそのエネルギーですっぽりと包まれている状態が続いていたので、
フーマンがどこにいるのか、
チューニングしてみたことがありました

すると、住んでいたハワイでもない
日本でもない、
アメリカでもない

強いて言えば、
地球の中心か、宇宙、
といった感じだったのです

自分のチューニング力に自信があった訳ではなかったので、
「どういうこと?」と思っていましたが、
その後、フーマン逝去の知らせを受けた時、
「ああ、あながち間違っていた訳でもなかったんだな」と思いました

フーマンがボディを離れて、
高次元に行ったことは確かでしょう

ちなみに、
フーマンがボディを離れた後は、
もう、そのエネルギーが完全に私の内側に入り、
一体になっている状態でしたが、
49日を過ぎる辺りから、
徐々に薄れていきました

「ああ、49日というのは、ちゃんと意味があるのだな」とわかりました

死後、エネルギー体は49日でここを離れていくのでしょう


その体験と、
今回の大嘗宮での体験とを鑑みると、
今回のヴィジョンも、
あながち間違ってないかも・・・( ̄ー ̄)



人間の意識と、
地球の意識

ひとつの同じものなのか、
はたまた・・・?

またひとつ、
探究してみるテーマができました♪















2019年5月10日金曜日

令和の幕開け


新しい元号、令和が始まってから10日が立ちました

元号の変わり目がちょうどロングリトリート中で、リアルタイムでの儀式の様子や世間の動きを見る事はできませんでしたが、
初日はまだ移行中というエネルギーを感じ、2日目にようやく変わったエネルギーを感じる事ができました

先日、とある話しを耳にしました
誰かは知りませんが、とある経営コンサルタントの方の見解だそうです

今の70代80代の人達が一番重要視しているものは「食べ物」だそうで、
戦争時の食糧難を体験しているため、何はともあれ、「食べ物」が十分にあるかどうかを気にする、ということです

40〜60代の人達は「お金」だそうで、
まさに高度成長期に育ち、バブルとその崩壊を体験した世代は、「お金」で人生が決まると思っているのでしょう

20〜30代の人達は「自分の居場所」だそうで、
学校教育における点数化や競争の激化、いじめや校内暴力が大きな問題となった世代は、「安心して居られる居場所」を求め、それを最も大切に思っているのでしょう

このコンサルタントさんの見解は、とても頷けるものがありますね

平成は、戦争など特に大きな動きがなく、よく言えば平和ボケ、悪く言えば国民総幼稚化が進み、日本古来の精神性が破壊され、まさに「お金様」が幅をきかせていましたが、
今の経済のあり方はあまりにも架空のものになり過ぎているため、そこから幸せや満足、安心を得る事はできない事に気づく人達が増えて行くことでしょう

これからの令和は、全く違うものを人々は求め始め、価値観も大きく変わって行くことでしょう

それが、このコンサルタントさんの言う「自分の居場所」なのか、
私達が見失ってきた精神性を取り戻して行くことなのかはまだわかりませんが、
これからの社会を担う20〜30代の人達ががんばって、上の世代が構築してきた今の社会の価値観を転換するべく、貢献していってくれる事を期待しています

私の息子も今30代ですが、会社で上の世代と下の世代をどう繋げて、下の世代の力をどううまく発揮して作動させられるか、いつも考えていると話していました

昭和の終わり頃に生まれた世代なので、両方の感覚がわかる、と言っていました

息子の世代から下は、ちょうど、クリスタルチルドレンとかインディゴチルドレンとか言われた子ども達がたくさん存在している世代ですね

今、霊的進化の道を歩んでいる人達の、その魂の故郷から転生してきた存在達かも知れませんね

あまりにも価値観がかけ離れていると、理解し合うのは難しいかも知れません

今、霊的進化の道を歩んでいる人達は、社会の中でその困難に大なり小なりぶち当たっていることでしょう

でも、どうしてわざわざこの地球に転生して来たのか

クリスタルチルドレンやインディゴチルドレンは別として、自分も世間の人達と同じ存在だと思いつつ、どうしても違和感を覚えざるを得ず、その苦しみを体験し、霊的進化の道に入った魂達は、おそらく何回もこの地上に転生して来ているのでしょう

それを思うと、そこにその魂達の何かの「意図」を感じざるを得ません

令和は、それが明らかになって行く時代のように感じます

各々が、己自身の「意図」に気づき始めるのでしょう

霊的進化は、自分だけのものではなく、自分がどうあるかが、人類全体の進化に影響を及ぼします

それが、「令和」という言葉が持つ、ある種心地よい、凛とした威厳のエネルギーの表れだと言えるでしょう

国民総幼稚化から、威厳ある大人への成長の時代です

そうあることを、願っています


2019年4月9日火曜日

なぜ苦しむのか2 苦しみの本質(2)~諸行無常、一切皆苦~     トータル・パス ~魂への道~4


「釈迦」の画像検索結果

苦しみについて、
もうひとつの観点から書きます

これから霊的進化の道を歩む上で、
「苦しみ」について深い理解を得ていることと、
自分が実はとても「苦しんでいる」ということに気づく事は、とても重要です

なので、くどいようですが、本題に入る前に、
今日は「苦しみ」について、
釈迦の示した言葉から理解を深めていきたいと思います


釈迦は、この世界について、
「諸行無常」であり、「一切皆苦」であると説きました

「諸行無常」とは、
全てが変化し、変化せずに恒常であるものは一つとしてない、
という事です

「全てが変化する」ということは、
「絶対的な正義」「絶対的な善悪」は存在せず、
全ては「相対的」である、ということです

正義、善悪が「相対的である」ということは、
全ての人が同じ価値観や考えを持つことはない、ということです

自分と周りの人たちの価値観や考えが違うということは、
集団で生きる人間にとって、
必ず衝突や摩擦が生じるということでもあります

これは、人生を送る中で、
誰しもが体験的に知っていくことでしょう

多くの人は、
「自分の価値観や考えが正しくて、相手のは間違っている」と解釈します

どちらが正しいか(「自分の方が正しい」と)、証明しようとします

これは、単なる価値観や考えというものに収まらず、
「自己の証明」に関わってきます

正しくは、「自我の証明」ですが、
自分自身が生きる指針となっているものの正しさを証明することは、
その「自我」が生きていていいと、その正当性を証明することでもあります

そのため、この世界では、
大きなところでは国と国の間で、
小さなところでは身近な人同士の間で、
絶え間なく「自己証明」の戦争が勃発しています

それは、例え、人が人間として成熟して、
「相手の考えは自分と違って当たり前」という認識を持っていたとしても、
自分の利権と相手の利権が明らかに相反する場合、
何らかの葛藤がそこに起こりえます

そう、
「諸行無常」であるこの世界にともに生きる私たちは、
常に何らかの「葛藤」を抱えざるを得ないのです

その「葛藤」が、「苦しみ」となるのです


では、「一切皆苦」の方はどうでしょうか?

これは言葉通り、
一切全てが苦しみだ、ということです

それは、
私たちが「生きている」からです

肉体を持って、存続しようとし続けているからです

病気とか、事故とか、死別とか、損失とか、不幸な出来事だけが苦しいのではないのです

「生きる」ということはどういうことでしょうか?

「生きる」ということは、
常に「生きる」ために何かを必要とする、ということです

それは、
「空気」だったり、「食物」だったり、「太陽の光」だったり、「重力」だったり、
「安全」だったり、「愛」だったり、「愛する人」だったり、
「仕事」だったり、「お金」だったり、
「生きがい」だったり、「生きる意味」だったり、
形は様々ですが、
常に「自分以外のもの」を必要としている、ということです

「自分」という「命」は、
自分だけでは生きられないようにできているのです

自分だけでは完結しないのです

では、
生きるために必要とするそれらが全て手に入ったら、
人は「苦しみ」から脱することができるのでしょうか?

誰しも、一時的に、
「自分はもはや苦しんでいない、私は満たされ幸せだ」と感じることはあるでしょう

でも、「諸行無常」です
同じ状態が永遠に継続することはありません

仮に、刻々と変化する「必要」が、刻々と手に入るとしても、
あなたは常に何かを必要とし続けます

その「何かを必要とする」状態そのものが、
実は「苦しみ」の種なのです

「生きる」というベクトルを考えてみてください

それは、
常に何らかの「欲」が生じ続けるということです

「何かを必要とする」こと=「欲」なのです

「欲」は、「生きる」ということです

人は、生きる以上、「欲」から完全に離れることはできないのです

そして、
その「欲」のある状態こそが、「苦しみ」の原型なのです

肉体、感情、思考、
仏教的に言えば、五感と意識の六根ですが、
それらが顕現する裡に、
すでに「苦しみ」の種が埋め込まれているのです

人間であるということは、
すでに「苦しみ」を産まれながらに携えている、ということです

では、
その「苦しみ」から逃れるすべはないのでしょうか?

それこそが、
釈迦の説いた教えです

人間でありながら、
この肉体と六根を持ちながら、
その「内在する苦しみ」そのものから解脱すること

人間でありながら、
完全に人間を超え、
全ての原因、根源に溶け去っていくこと

それを、
「仏」「神」「最愛なるもの」「創造主」「大いなるもの」「名無き者」「アラー」etc.etc.・・・・
人類は歴史上、様々な呼び名で呼んできました

そこに帰すること


そして、
それこそが、この「トータル・パス」のゴールです

だからこそ、
霊的進化を歩む上で、
「苦しみ」とは何かを深く理解し、
自分自身のその根源的な「苦しみ」に気づくことが大切なのです

それなくして、
「解脱」に達するだけのモチベーションとパワーを持つことはできないからです

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