登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好きな高校生。
双倉図書館にて
テトラ「ということは、ピアノの鍵盤も対数を使って並べているといえますね。だって、オクターブ離れた音を出すキーは、低い音でも高い音でも等間隔ですから!」
僕「ああ、そうだね。白鍵と黒鍵があって半音と全音が混じっているから細かい間隔を厳密に言い出すと難しいけど、オクターブ単位で見ると、確かにテトラちゃんのいう通りだと思うよ。 《鍵盤上のオクターブの距離》は《周波数が倍になる距離》になってる」
ユーリ「にゃるほどー。対数とセント、今度こそ完全に理解した!」
僕「また大きく出たな」
テトラ「ユーリちゃん、こっちにクイズパネルがありますよ」
クイズ(セントで表すピタゴラスコンマ)
周波数HzとHzの比が、ピタゴラスコンマに等しいとします。
ただし、は約として計算してください。
ユーリ「解いてみる!……ってどーすんだ?」
僕「完全に理解したんじゃなかったのか……《定義にかえれ》だよね。セントの定義に当てはめればすぐに計算できる」
テトラ「定義はこれですね」
セント
セントは周波数の違いを表す単位です。
周波数HzとHzの違いをセントとすると、は、
ユーリ「ピタゴラスコンマのとは……あり? とでいーの? でも、Hzってものすごくね?」
僕「そう考えても悪くはないけど、ピタゴラスコンマ自体が比から作っているんだからでいいんだよ」
テトラ「一音目の周波数がHzとして、十三音目の周波数をHzとすると、と考えてもいいですよね。つまり、でとすると、結局、
ユーリ「りょーかい。セントの定義に入れて……ピタゴラスコンマがセントだとすると……」
テトラ「《割り算の対数は、対数の引き算》になりますね」
ユーリ「テトラさん。ユーリ、わかってるからー」
テトラ「ごめんなさい」
僕「《乗の対数は、対数の倍》を使えばいいんじゃないかな」
《乗の対数は、対数の倍》
ユーリ「お兄ちゃん! ユーリ、わかってるって!」
僕「ごめんごめん」
ユーリ「あれ? は約って問題パネルに書いてあったけど、は?
テトラ「……」
僕「……」
ユーリ「助け船が来ない……あっ、なーんだ。に決まってんじゃん! だもん(第285回参照)」
テトラ「そうですね」
僕「そうだね」
ユーリ「あとは、けーさん! だから……電卓貸してー」
ユーリ「だから、ピタゴラスコンマは約セントだ!」
クイズの答え(セントで表すピタゴラスコンマ)
ピタゴラスコンマは約セントになります。
ただし、は約として計算しました。
ユーリ「ほーら、合ってた。じゃっ、次のパネル行こー」
テトラ「でも、この約セントというのは《どのくらい》の大きさなんでしょうか」
ユーリ「どのくらいって言っても、が大きいか小さいか?」
僕「比較するということだよね。たとえばオクターブは周波数が倍だから定義からはセント。オクターブがセントのところ、ピタゴラスコンマは約セント」
テトラ「オクターブがセントで、たとえばピアノの鍵盤のように《等分》した場合の半音はセントですから、セントに比べて約セントというのは意外に大きいですね」
僕「テトラちゃんはずっと定量的な話が気になっているんだね」
ユーリ「んんん? ちょっと待って。いまテトラさん、ピアノの鍵盤のように《等分》するって言ってたけど、ピアノの鍵盤はピタゴラス音律を作る方法で作ったんじゃないの?」
テトラ「それは、あっちのコーナーのパネルで紹介してありましたよ……あたし、先にそっちを回ったんです」
ユーリ「あっちのコーナー?」
テトラ「《自由な平均律》のコーナーです」
僕「平均律という言葉は聞いたことがあるぞ」
ユーリ「へーきんりつ」
僕たち三人は《自由な平均律》のコーナーへ移動した。
《自由な平均律》
テトラ「こちらですね」
平均律(十二平均律)
周波数を対数で表した上で、オクターブの音程を等分したものを「半音」とし、 半音個分の音程を「全音」として作った音律を平均律(へいきんりつ)といいます。 より正確には「十二平均律」といいます。
この結果《と》や《と》は、名前が異なっても周波数は同じ音になります(異名同音)。
※楽譜として表記する際の注意:『楽典』(音楽之友社)より引用: (前略)ただし、調の明確な曲である限り、記譜は必ず音階の音に沿って行なうのであって、勝手に異名同音の扱いをしてはならない。
僕「なるほどね。対数を使って等分すれば、鍵盤の半音がすべて同じ比率になるわけだね。《乗の対数は、対数の倍》を逆にすればいい。つまり《対数のは、乗根の対数》になる」
《対数のは、乗根の対数》
※はの乗根のうち正の実数を表すものとする。
ユーリ「平均律のときはになるってことだよね」
僕「そうだね。平均律はオクターブを等分するけれど、それは比として等分すること。言い換えると、平均律で半音という音程の周波数比を求めるのは、こんな問題を解くことに相当するかな。 最初の周波数をHzとして、半音上げた周波数をHzにすると考えて……」
問題A(平均律における半音、その周波数比)
第項がで、公比がの等比数列がある。
第項の値がの倍のとき、を求めよ。
でとする。
ユーリ「第項じゃなくて第項なの? ……あ、そだね。音が回だけアップするんだから」
テトラ「これは、順番に書いていけばはっきりしますね。
ユーリ「テトラさん、の乗根って一つだけなの?」
テトラ「あらら。いえいえ、複素数まで考えると個ありますね。は、の乗根のうち実数のものになります」
ユーリ「テトラさん、の乗根で実数のものって一つだけなの?」
テトラ「あら、あららっ。いえいえ、違いますね。は、の乗根のうち正の実数のものになります……」
僕「そうだね。乗してになる複素数は個あって、それは複素平面に描いた正角形の頂点に当たる。その個の複素数のうち、実数は個あるね」
複素平面に描いた正角形(の乗根)
ユーリ「この話って、『数学ガールの秘密ノート/複素数の広がり』を読めばよくわかりそう!」
僕「宣伝自重……」
テトラ「結局、の値はになります。の乗根のうち正の実数になるもの。これは一つだけです。失礼しました」
問題Aの答え(平均律における半音、その周波数比)
※はの乗根のうち正の実数を表すものとする。
テトラ「この問題Aはそのままスッと対数の問題に直せますよね。等比数列の各項の対数を取れば、等差数列が作れますから」
僕「そうそう、そういうこと。平均律の半音という音程を、周波数の対数の差で表現するということになるね。として、にする」
問題B(平均律における半音、その周波数の対数の差)
第項がで、公差がの等差数列がある。
第項の値がに加えたものになるとき、を求めよ。
ユーリ「に加えたもの? じゃなくて……あ、そっか。ってことか」
僕「うん。問題Aの《》は問題Bの《》に対応する」
テトラ「積が和になるだけで、さきほどと同じです。
問題Bの答え(平均律における半音、その周波数の対数の差)
僕「だから、をと書くのはすごくぴったりするね。だって、
の乗根
ユーリ「ところで、問題Aに出てきた、って、だいたいどんくらいの大きさ?」
僕「乗するとになる大きさ」
ユーリ「いじわる! えーと、よりは大きいよね。電卓もっかい貸して!」
テトラ「電卓で求められるんですか?」
ユーリ「そっかー……お兄ちゃんの電卓、とってキーはあるけど、ってキーは無いんだ……だめじゃん! 使えん!」
僕「いやいや。とのキーがある電卓なら、は求められるよ」
ユーリ「なんで?」
僕「そこが考えどころ」
ユーリ「むー……」
テトラ「えー……」
を電卓で求める
とのキーがある電卓で、のおよその値を求めましょう。
僕「ヒントは、のキーはのキーだってことだね」
テトラ「……ああ、わかりました」
ユーリ「む、むー……」
テトラ「を素因数分解すればいいんですね!」
僕「そうなるね」
ユーリ「そいんすうぶんかい? 何を? を? ですけど?」
テトラ「答え、言ってもいいですか」
ユーリ「はーい」
テトラ「こういう計算になると思います」
ユーリ「あっ、わかった。これ、内側から計算するんでしょ? →を取って→取って→を取る!」
僕「正解、正解!」
ユーリ「どらどら?」
電卓での計算
僕「だから、平均律で半音の音程に相当する周波数比は約となるんだね。よりほんのちょっと大きい」
ユーリ「これホント? を倍したらになるの?」
僕「倍じゃなくて乗だけど、やってみようよ。その電卓で冪乗は計算できるよね。そのというキー」
ユーリ「どらどら……」
電卓での計算
ユーリ「おおお! になった! にすごく近い!」
僕「あ、ごめんユーリ」
ユーリ「え?」
僕「その電卓には乗根求めるキーもあったよ。そのというキー」
ユーリ「なにそれいまごろ!」
電卓での計算
僕「だから、平均律では、どこの半音を取っても周波数の比は約になっているんだね」
どうして平均律?
テトラ「こちらに平均律のクイズパネルがあります」
クイズ(平均律のメリット)
平均律では完全度(オクターブ)は周波数が整数比になりますが、完全度や完全度は整数比になりません。
しかし、平均律には大きなメリットがあります。それは何でしょうか。
ユーリ「メリットって何だろ」
僕「平均律だと、オクターブはぴったり整数比。オクターブ上がれば周波数はちょうど倍。そこを等分したから、完全度や完全度は整数比にはならない……それはわかる」
ユーリ「ピタゴラス音律の方法だと完全度や完全度は周波数が整数比になるけど、その調子でオクターブ上がるわけにはいかない……だって、は整数にならないから」
テトラ「あ、あたしはもう答えを見ちゃったので(お口にチャック)」
僕「平均律は《等分》というのがポイントだよね。等間隔……ということは、どこの半音を選んでも、周波数の比は等しい。そうすると何がうれしいか」
テトラ「どこからでも……」
僕「ああ、そうか。どこから初めても同じ響きになるってことか。移調がしやすい?」
テトラ「そうですね!」
ユーリ「うーん?」
僕「たとえば、から初めてと音が高くなるとき、半音をで表して全音をで表すと、
ユーリ「平均律だから、この図だと鍵盤一つ一つが同じ幅」
僕「うん。ところでスタートの音をじゃなくてで始めるとどうか。さっきと同じようにとを並べていくと、
ユーリ「それは……当たり前では」
僕「当たり前だけど、平均律の音を響かせたとき、どこの音から始めた音階でも、同じ響きになる! 半音上げているのに!」
ユーリ「あー、カラオケでキーを上げても響きは変わらないってこと? んー、比が一定だとそーなるの? いまいちわからん」
僕「うん、そうなる。たとえば平均律でとで完全度を作ったとしよう。そのときの周波数比は、
テトラ「乗になるのは、との音程は半音個分だからですね」
僕「そう。同じように平均律でとで完全度を作ったとしよう。そのときの周波数比も、
ユーリ「んにゃ、それはいーんだけど、それって音として同じ響きになるの? だって音の高さが半音上がってるじゃん?」
僕「《音は波》だよね。平均律で《と》を鳴らしたときの波形と、《と》を鳴らしたときの波形は、 時間のスケールを分のにすれば、正確に同じ形になる。 平均律で《と》を鳴らした音と、《と》を鳴らした音は、音の高さは違うけれど、同じ響きになるはず」
クイズの答え(平均律のメリット)
平均律には、どの調で演奏を行っても同じ響きが得られるというメリットがあります。
テトラ「平均律は、どの音から始めても、音の高さが違うだけで、同じ響きが生まれますねっ!」
(第286回終わり。第287回へ続く)