【ニコニコ発言「緊張解くため」】
原発事故から丸9年。福島県立医大が「チェルノブイリ原発事故の被ばく研究において世界的第一人者」と絶賛する男が法廷の真ん中に座っていた。あの時、福島県内を隈なく巡り、子や孫の被曝を心配する人々に向かって「安全」、「安心」を説いた〝専門家〟は、当時の講演がいかにいい加減な表現だったかを今さらながら一部認め、しかし一方では、自身の正当性を明確に主張した。あの日、この男の言葉を信じて疑わなかった人々にこそ、聴いて欲しかった9年後の「言い訳」。約3時間に及んだ尋問は、とてもニコニコと受け入れられるようなものでは無かった。「ニコニコ」。これは山下氏の代名詞と言っても良い。2011年3月21日に福島県福島市で開かれた講演会で、こう語ったのだ。
「放射線の影響は、実はニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人に来ます。これは明確な動物実験で分かっています」
この発言の趣旨について、主尋問で福島県の代理人弁護士から問われた山下氏は「非常に緊張や不安、怒りが蔓延した中でのお話でした」と振り返り、聴衆の緊張をやわらげる意図があったと語った。あれは〝ユーモア〟だったと言うのか。原告代理人の井戸謙一弁護士が反対尋問で改めて質すと、山下氏は「緊張を解くという意図だった」と答えた。
井戸弁護士は、「聴いていた人たちは当時、放射能について真剣に心配していたのだから、こういう発言をすれば『自分たちはクヨクヨに属するのか』、『自分たちには放射能の影響が来るのか』と脅迫、愚弄されたと受け止められるとは考えなかったのか」と井戸弁護士が重ねて質問した。山下氏は「不快な想いをさせた方には誠に申し訳ない」と詫びた。山下氏は法廷で「誤解を招いたのであれば」、「そう思わせたのであれば」という趣旨の発言を繰り返した。まるで政治家の下手な言い訳のようだった。
「100mSv以下の発がんリスクは証明されていないのであればリスクを否定出来ないのだから、被曝は出来る限り避けた方が良いのではないか」という井戸弁護士の問いには、山下氏も「はい。そう思います」と明確に答えた。しかし実際には当時、福島市での講演で子どもの外遊びを奨励し、「マスクはやめましょう」とまで発言している。井戸弁護士は「故意に被曝させる意図だったのか」と質したが「そういう意図は全く無い。子どもを部屋に閉じ込めて制限する事に対して外に出ても大丈夫だという話をした。過剰に被曝させる事は良くないが、リスクとベネフィットのバランスを考えた」と答えた。
【「水道水に出ない」は誤り】
「低線量被曝に関する報告書には、『疫学研究などを考慮すると、放射線量とガンリスクとの間に低線量で比例関係があると支持する傾向が強い』とある。こういう『放射線と健康に関する正しい知識』が事故直後の講演で語られていないのは、意図的に省いたのではないか」と質したのは田辺保雄弁護士。山下氏は「確かに事故直後には県民に説明していないが、単純明快に説明した。意図的に省いた事は無い。意図的と言われても困る。端的にお話をした」と反論した。原発事故被災県に「専門家」がやって来て、「素人」である県民に「単純明快」に講演をした。それがどれだけミスリードを招いたかの反省は無い。
崔信義弁護士は、山下氏が当時の講演で水道水について「放射性セシウムはフィルターで取り除かれてゼロになる」と発言していた事について取り上げた。福島県立医大が2011年5月に発行した「山下俊一先生が答える 放射線Q&A」でも「セシウムについては、浄水場でろ過される際に吸着されるので、水道水には出てきません。ヨウ素については、水道水に出てきてしまいます」と記載されている。
「厚労省は2011年3月19日に、地方公共団体や水道事業者などに対し『200Bq/kgを超える水道水は飲用を控えるよう広報して欲しい』と依頼している。規制をするという事は、水道水に放射性セシウムが混じる可能性があるという事ではないのか。県民の皆さんの前で間違いを話したのではないか」と崔弁護士が質すと、山下氏は「ゼロでは無かったという事実を認めるのであればそうです。間違いだったという事になるかもしれません」と誤りを認めた。
「緊急時で詳細について説明するゆとりが無かった」とも釈明した山下氏。しかし、当時の動画を観ると、時にジョークを交えながら被曝リスクへの不安を払拭する講演を行っていた。今さら「ゆとりが無かった」など通用しない。
柳原敏夫弁護士や光前幸一弁護士は「小児甲状腺ガンの多発」について取り上げたが、山下氏は「多発」という表現には猛反発。「多発では無い。当初からスクリーニング効果だと主張している」、「『多発』という言葉は間違い」、「『多発』という言葉自体が不適切」と何度も否定した。