「さてそろそろ出発するか」
「はい、アインズさん」
「こら、私が決めることだ、って無視するんじゃない。置いていくな、ハムスケ」
「おお、ボス、そんな所で何をして居るでござるか?」
ジャングル地方でアウラ、マーレ達と休憩を終えて、次のエリアへと向かう一行だったが、ハムスケにまたがるアインズとかばんだけだった。エクレアは放置されていた。
「次はどこへ向かうんですか?」
「さてどこだったか?」
「フッフッフッ、やっと私の重要性が分かりましたか?次は──「図書館なら砂漠地方に行った方が良いでござるよ」」
ハムスケがエクレアより先に答えてしまい、ついにエクレアの怒りが爆発した。
「もういい!この馬鹿ネズミが!お前のような部下は要らん。どこへでも行け!」
かばんはエクレアを捨ててハムスケと一緒に行こうかと考えたが、ハムスケはその大きな瞳に涙を浮かべていた。
「ごめんなさいでござる、ボス」
「うるさい、もうお前の面倒は見切れん」
かばんは逆じゃないかとも思ったが、自分達が知らない過去があるのだろうと考えた。
アインズとかばんはハムスケを慰めていると、一人離れていたエクレアは巨大な陰に覆われた。エクレアが上を見上げるとドラゴンが今にも襲いかかろうとしている。エクレアは抵抗らしい抵抗もできず捕まり連れ去られた。
「ボス~~~~~~!」
アインズとかばんが冷静に見つめるなか、ハムスケの悲痛な叫びがこだました。
「どうしたの?」
ハムスケの悲痛な叫びにアウラとマーレがやってきた。
「エクレアさんがドラゴンに連れ去られちゃって」
「ああ、もしかしてこの山の上にあるカフェに居るペットじゃない?」
「カフェですか?」
「そうそう、最近夫婦でカフェをやりだしたんだけど、こんな山の上じゃ誰も来ないよ。一回、マーレと試しに行ってみたけどもう良いかな」
「う、うん。お姉ちゃんと行ったけどすごく怖くて・・・」
「そうですよね。こんな山の上でドラゴンまでいますからね」
「違う、違う。そこの店員の視線がきつすぎて全然リラックスできなかったのよ」
アウラとマーレの話にかばんは険しくそびえる山の頂きに目をやった。なぜこんな辺境にカフェを作ったのか、そしてエクレアを救助したほうが良いのかと。
「ボス~、ボス~~~~!」
相変わらず泣きながらエクレアを呼び続けるハムスケにかばんは仕方なくエクレアを助けに行くことにした。ハムスケが居ないとこの先が大変そうだからだ。
「アインズさん、エクレアさんを助けに行きましょうか?」
「フム、分かった。この崖を登るのだな」
「えっと空を飛ぶ魔法がありましたよね」
「ああ、そう言えばそうだな」
かばんはアインズの知能に少し不安を感じた。
「あ、私パスね。あそこに行くと疲れそうだし」
「お、お姉ちゃんが行かないなら僕も」
「アインズ殿、某も連れていってくだされ。ボスに何かあってからでは悔やんでも悔やみきれないでござる」
かばんとハムスケはアインズにおんぶされながら空の旅を楽しんだ。途中、ハムスケが落ちそうになったのは定番なので仕方ない。
頂上に着くとレンガ造りの立派なカフェが立っていた。外でもくつろげるようにテーブルと椅子が並べられている。しかしそこに座るものは誰もいなかった。外に居るのは唯一、エクレアを抱え丸なって眠るドラゴンだけだった。
「───」
エクレアは恐怖のせいか微動だにせず、ドラゴンの懐で固まっていた。かばん達に気付いたのか必死に顔で訴えかけていた。流石のハムスケもドラゴンの前には二の足を踏んでいた。
「おお、ボスここにいたのか?」
エクレアがドラゴンを起こさないようにしていたにも関わらず、アインズは何事もなく話しかけた。その声にドラゴンは目を覚ました。
「ちょっとすまんな、ボスを返してもらうぞ」
アインズはドラゴンからエクレアを取り返そうとする。ドラゴンはオモチャをとられまいとアインズをその強力な顎と鋭い歯で噛んだ。
「こらこら、前が見えないではないか」
アインズは全く気にすることなく、ドラゴンを撫でながらエクレアを取り返した。
「アインズ殿すまぬでござる。ボス、心配したでござるよ」
涎のついたアインズからハムスケはエクレアを受けとると、さっそくエクレアの無事を喜んだ。
「遅いぞ、ハムスケ!」
とことん上から目線のエクレアだがハムスケは特に気にしていないのでかばんはそっとしておいた。
「あら、もしかしてお客様?今日は一杯来てくださったわ。こんなに一度に来たのはダークエルフの子達が来たときくらいかしら。さあさあ、中に入って」
カフェから出てきたのはかばんによく似た姿の女性だった。かばんよりは年上に見えるその女性は特別綺麗とは言えないごく普通の人だ。
「貴様、ペットの躾くらいちゃんとしないか。危うく殺されるところだったぞ」
格下に見える相手には強気でいけるエクレアはたまらず怒りをぶつけた。死にかけたのだから仕方ないとも思うが。
「え、まさかお客さんじゃないの?」
明らかにテンションが下がり、崩れ落ちる女性にかばんは声をかけようとした。その時、凄まじい殺気がかばん達を襲った。かばんはその殺気がした方に目をやると一人の老人が立っていた。
「・・・・・・・っ!!!」
かばんはアウラ達の話を思い出し、二人が夫婦であることを思い出した。おそらく妻を傷つけたことに怒っているのだろう。
「あの、何か飲ませてもらえないですか?」
かばんの一言で妻の表情がみるみる明るくなる。
「ぇ、良いの?」
「はい、実は歩いていたらものすごく喉が渇いちゃって。美味しい飲み物を出していただけると聞いてやって来ました」
かばんの機転により元気になった妻はかばんを中に案内した。チラリと老人の方を見ると先程の殺気は霧散していた。
「セバスか?久しいな。結婚したと聞いたぞ。教えてくれれば祝いに行ったのに」
「・・・・・・・・」
セバスは照れたように頬を染め、頭を掻いていたがやはり喋らなかった。話すのが苦手なのだろうとかばんは理解した。ちなみに先程の殺気によりハムスケはお腹を空に向け気絶していた。エクレアは再び固まっている。
そこにセバスの妻、ツアレが蒸かし芋とお茶を持ってきた。カフェに似つかわしくないメニューだが、農民育ちのツアレにはそれくらいしかレパートリーは無かった。
ツアレの持ってきた食事をかばんは食べてみた。
(────ふ、普通だ。上手くもないし、不味くもない。答えに困るほど普通すぎてなんて答えれば良いんだろうか?───あぁ、やっぱりセバスさんメチャメチャ睨んでるよ。怖いよ。後、近い!)
ツアレがドキドキしながら感想を待っているなか、かばんの真後ろでは先程までアインズと楽しそうに話していた(と言ってもアインズが一人で喋っていただけだが)セバスが鋭い眼光でかばんを見つめていた。
「お、美味しいです」
「本当?」
「実はまだまだあるの、一杯食べてください」
次々と蒸かし芋を出すツアレに初めてかばんはアインズを羨ましく思った。かばんが目の前の芋の山に苦戦していると、ツアレは悩みを言い出した。かばんとしては目の前の芋の方が悩みの種だが、後ろに控えるセバスのせいで静かに聞いていた。
「本当はもっとお客さんに来ていただきたいの。料理にも自信はあるし。でも場所が悪いからなかなか来てくれないの」
ツアレの相談になぜそもそもここに店を構えたのか聞きたいが今さら言っても仕方がない。どうすればお客が来るようになるか考えていると、目の前で固まっているエクレアに目が止まった。
「そうだ!いいことを思い付きましたよ!」
「どうした、かばん?また面白いことを思い付いたのか?」
「うん、ツアレさん。庭にいるドラゴンをお借りしても良いですか?」
「え、ツアーちゃんを?いいけど、どうするの?」
「少し手伝ってもらうんです!」
そう言ってかばんは庭に走っていった。
───数日後・・・
「まぁ、今日はこんなに連れてきてくれたのね!」
ツアレの喜びに満ちた声が響いた。
カフェはかつての閑散とした雰囲気が一変していた。今では店に入りきらないほど繁盛している。
ただ唯一気になるのは客に活気が無いことだけだろうか。誰一人喋るものはいない。ただ目の前に出された蒸かし芋を無心で食べている。
かばんはツアーに芸を仕込んだ。セルリアンを捕まえてくるようにと。
ツアーに連れられ多くのセルリアンが店を訪れる。最初は暴れたセルリアン達が良き夫のセバスとツアーによって大人しくなった。
その後、セルリアン達は嘆願し週三回の生け贄を捧げることで連れ去るのを辞めて欲しいと言ってきた。ツアレは今後の子育てを考え、働きすぎは良くないと了承し解決することとなった。