ナザリック地下大墳墓の第六階層、
「各階層守護者に聞きたい。自らの階層で何か特別な異常事態が発生した者はいるか?」
「第七階層に異常はありません」
「第六階層もです」
「は、はい。お姉ちゃんの言うとおり、です」
「第五階層モ同様デス」
それまで滑らかに続いていた報告が止まる。そして全員の目がシャルティアに集中する。そこで意を決したようにシャルティアが答える。
「・・・も、申し訳ありんせん!!第二階層の領域守護者、恐怖公がおりんせん。その・・・気配は感じなかったのですが、近づきがたいオーラと言うか・・・、確認を後回しにしてしまいました」
余りの焦りように、いつもの廓言葉も忘れ辿々しく報告するシャルティア。その報告に恐怖公の心配をする男性守護者と、心配と同情をあわせ持ちながら聞く女性守護者。モモンガもシャルティアに同情しつつも上位者としてシャルティアに命じる。
「すぐに恐怖公の存在を確認し報告せよ。」
その言葉にシャルティアは即座に応え、覚悟を決め恐怖公が支配する領域である
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同時刻
トブの大森林にて、一匹の昆虫が
「ハテ、一体ここは?我輩は先程までナザリックの
その昆虫の外見はどう見てもゴ○ブリだが、明らかに趣を異にしている。体長三十センチほどのそのゴ○ブリは、二本の脚で直立していた。
豪華な金糸で縁取られた真紅のマントを羽織り、頭には黄金に輝く王冠をのせている。前肢には先端に純白の宝石をはめ込んだ王笏。
何よりも直立しているにも関わらず、頭は前方を向いていた。
恐怖公は回りの木々を見渡し、その小さな脳で考えを巡らす。
「もしや、ナザリックに何か異変が起こったのかもしれません。のんびりしている暇はありません。至高の御方より任せて頂いた領域
すると、恐怖公の周りから大小様々なゴ○ブリが溢れてきた。これは恐怖公のスキルであり、同族を無限に召還できるものである。小さいものから一メートル大のサイズまで生理的悪寒だけでは済まされない数の暴力で嬲り殺し、短時間で相手の心を折ることができる。
「それでは皆さんよろしく頼みますよ」
その言葉を契機に恐怖公の回りから大小さまざまなゴ○ブリが一斉に走り出す。その光景見たものがいれば、まず間違いなくトラウマものだろう。
やがて、眷属から知的生命体を見つけたと報告がきた。
そこへ向かうと鎧を着た人間の男達が同族であるはずの人間の女を切りつけているところだった。
恐怖公はナザリックの中でも珍しくカルマ値は-10と中立であり、何より彼はこんなナリではあるが紳士である。恐怖公は瞬時にこの状況を察した。
「か弱い女性に男二人で襲うとは紳士にあるまじき行為ですね」
いきなり横から第三者の声を聞き、慌てふためく騎士達。声をする方を確認するが見当たらない。やがてこちらを見上げる王冠とマントをまとったゴ○ブリを見つけ、一歩後退した。
「女、子供は追い回せるのに、毛色が変わった相手は無理ですか」
騎士達は明らかに場違いなゴ○ブリに最初は戸惑った。喋ることから、新種の魔獣ではないかと判断する。しかし所詮はゴ○ブリである。普段、自宅で見つけては嫌悪感を抱きつつも叩き潰し殺している存在にそんな事を言われれば、腹も立つだろう。
「ゴ○ブリの分際で人間様に舐めた口を聞くんじゃねー!」
普段のように騎士はそのゴ○ブリ、恐怖公を踏み潰そうとした。しかし、忘れてはいけない。例え見た目はゴ○ブリでもナザリックの一員であることを。恐怖公のlvは30とナザリックの基準で考えれば決して高いとは言えない。ただこの異世界では違う。恐怖公は英雄クラスのゴ○ブリと言える。その事実は悲惨としか言いようがない。
「身の程を知らないとは哀れですね」
恐怖公は前肢に持った王笏で騎士の右足を叩いた。その瞬間、騎士の足の関節がひとつ増えた。あまりの激痛に堪らず倒れ込む。その光景を後ろから見ていたもう一人の騎士は何を転けているんだと笑う。しかし明らかに様子のおかしい同僚に、目の前のゴ○ブリが異常に強いのだと確信した。慌てて、仲間を呼びに行こうと後ろを振り向く。しかし、すでに回りは恐怖公の眷属が取り囲んでいた。哀れにも、二人の騎士は見るも無惨な非業の死を遂げた。
その光景を見ていたエンリ・エモットは呆然としていた。先程まで自分を死の淵まで追いやった脅威は見るも無惨な死を遂げた。ただ別の形で死の脅威が自分の回りを囲んでいる。自分もあんな悲惨な死を遂げるのだろうか、いっそあのまま騎士に殺された方がまだ良かったのではないかと考えていた時、思いがけない言葉も王冠をかぶったゴ○ブリが発した。
「大丈夫ですか、お嬢さん。怪我をされているようですね。
こんな見た目というかこんな見た目だからこそと言うべきか恐怖公はインセクト・ドルイドを納めているため、簡単な治療ならできた。騎士に切られたエンリの傷がみるみる治っていく。エンリは切られた背中を触り、驚く。そして改めてゴ○ブリを見た。頭には王冠、背中には真紅のキレイなマント、いかにも王様の雰囲気を出している。もしやこの方が噂に聞く森の賢王ではないかと、・・・あれ、でも確か噂では蛇の尻尾に四つ足の四足獣って聞いたような?そんな考えをエンリが浮かべていると、エンリの妹、ネムが恐怖公をキラキラとした目で眺めている。
「か、カッコいー!」
現代人が見たら明らかにおかしいが、エンリ達がいるカルネ村は小さな農村であり農家の二人には虫に対してそこまでは忌避感は無い。
「ホホ、お嬢さん。誉めていただきありがたく思いますぞ。それより、一つ聞きたい事があるのですが・・・」
恐怖公がナザリックについて聞こうとすると、エンリが慌てて声を被せる。
「あ、あの・・・助けてくださって、ありがとうございます!」
ネムも慌てて姉に合わせる。
「ありがとうございます!」
「あ、あと、図々しいとは思います!で、でも、あなた様しか頼れる方がいないんです!どうか、どうか!お父さんとお母さんを助けてください!」
恐怖公は考える。人間同士が殺し会うのに対して興味はない。しかしこの状況で、この人間からナザリックについて聞ける状況でもないだろうと。
「・・・分かりました、お嬢さん。生きていれば助けましょう。」
「あ、ありがとうございます!」
そして恐怖公は眷属に命令を出す。
「眷属達よ、あの鎧を着た騎士達を殺しなさい。後、このお嬢様方をお守りしなさい。」
おそらく人類史上初であるゴ〇ブリに守られる人間とはなかなかシュールであるが現状でそんなこと言っていられない。
エンリは思わず歓喜する。これで両親が、村が助かると思うと。そして尋ねた。
「あ、あの・・・。お名前はなんと言うのでしょうか。」
「我輩の名ですか・・・。我輩は恐怖公、ナザリック地下大墳墓の領域守護者!」
そして腰?を曲げ優雅に一礼し、恐怖公は村へと向かった。
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ロンデスは今回も簡単に仕事が終ると考えていた。住民を村の真ん中に集め、ある程度間引きしそれで終わりだ。今回も馬鹿な隊長のせいで多少手間取ったがほぼ住民を村の真ん中に集め終えていた。しかし、村人を追いたてていた仲間の一人、エリオンの叫び声が響き渡った。慌ててそちらに目を向け、身を構える。
そこには黒く蠢く人間大の塊が居た。いや、あれはゴ○ブリに襲われているエリオンの姿だった。口にも入ったのであろうか、まともに声も出ていない。やがてエリオンは動きを止め、息絶えた。と同時に黒い塊がこちらに向かってくる。
ロンデスは考える。こんな相手に剣が効くわけもない。手や足で潰してもこの数では意味も無いだろう。任務を放棄して逃げるべきだと。
「錬金術油を撒け、近づけさせるな!」
そんな中、隊長であるベリュースは腰を抜かしていた。無理もないだろう、彼はこれでも貴族であり死とかけ離れた生活をしていた。今回も貴族として箔を付ける為だけにお飾りで隊長として参加したに過ぎない。最初の頃は反抗してこないものにしか手をかけることができなかった。
「お、俺はこんな所で死んでいい人間じゃない!俺を助けろ。かね、かねをやる。二○○金貨、い、いや五○○金貨だ!」
しかしその声に反応したのは人間ではなく、ゴ○ブリだった。一瞬の内にベリュースは黒い塊に飲み込まれた。
「おぎゃあああぁぁぁぁ!!おねがいします!!た、たじゅけてぐださい、おガネあげます!!!」
ロンデスはベーリュースの断末魔を聞きなが、よく口を開けられるな。意外と肝が据わっているのかと心の中でつっこんでいた。
しかし、まだ状況は好転していない。ロンデス達は逃げるに逃げれない状況だからだ。それは黒い塊を見て恐怖して逃げ出した部下が真っ先に襲われたからだ。
「逃げる奴には飛んで襲ってくるのか!!」
経験をした人も多いだろうが、アレが飛ぶのはトラウマに近い恐怖を与える。しかもそれが大小無数である。もはや絶望しかない。
そうしてロンデスを含め多くの騎士達は蹂躙されていった。
「眷属よ、そこまでです。」
その声にゴ○ブリは一斉に動きを止めた。
「貴公等には生きて帰っていただきます。そして貴公等の飼い主に伝えなさい。この辺りで騒ぎを起こすなら、貴公等の国に眷属を巻き散らかしますよ。」
なんとか生き残った騎士数名は心に大きなトラウマを残しつつも逃げ帰った。おそらく彼らは二度と立ち直れないたろう。
「さて、もう安全ですよ。」
恐怖公はカルネ村の村長に語りかける。
村長は戸惑っていたが、多分助かったのだろうと感謝する。
「あ、あなた様は?」
「我輩、恐怖公と申します。通りすがりの公爵ですよ。村が襲われているのを見つけ助けに来ました。できれば情報が欲しいのですが。・・・おっと、そう言えばここに来る前にお嬢さん達を助けたのでした。呼んできますね。」
そう言うと、恐怖公は助けたエンリ達を呼びに行った。村長はその後ろ姿を見ながらゴ〇ブリの公爵?と疑問を抱きつつもとりあえず納得することにした。
やがて、恐怖公は村長からナザリックに関する情報も聞けずがっかりしていると、騎士風の男達が近づいていると聞かされた。やれやれと思いながらも村人を村長の家に集め、村長と広場に向かった。
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ガゼフ・ストロノーフは苛立っていた。貴族派閥が王族派を蹴落とすために、王の忠臣であるガゼフの失脚を目論んでいることに。まだ被害が自分だけなら良い。敵国に加担し、あまつさえ国民に被害がでているからである。
「今度こそ間に合ってくれ!」
ガゼフがカルネ村に到着すると一人の老人が立っていた。回りに人は居ないが気配はある。少し様子がおかしいがまだこの村は襲われていないのだろうと判断した。しかし、老人はかなり怯えているようだった。まぁいきなり武装した兵士が来ればそうなるだろうと考え、村長と思われる老人を安心させるべく挨拶をする。
「我が名はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らし回っている帝国の騎士達を討伐するために王の命令を受け、村村をまわっている。」
ガゼフの言葉に村長はホッとしたのだろう。そして何か発しようとした時、別の第三者の声にガゼフ達は警戒を強めた。
「お初にお目にかかります。戦士長殿。我輩は恐怖公と申します。我輩、この村が騎士に襲われていましたので助けに参った次第です。」
その声とその声の主の姿にガゼフは言っている内容が全く入ってこなかった。そして再度、考え村長を見る。村長も頷いておりどうやら間違いないようだ。そして馬から降り、恐怖公に礼をしようとした。ゴ○ブリにもちゃんと感謝を伝えようとする、まさに漢である。
しかし、ガゼフが礼をしようとした時、ガゼフの部下がそれを止めた。それもそうだろう、いくら国民を救って貰ったとはいえ、自分の尊敬する上司がゴ○ブリに頭を下げている姿は見たくない。だが、ガゼフも漢の中の漢である。そのようなことで止まるはずもなく、感謝の念を恐怖公に示した。ザワリと空気が揺らいだ・・・。
そんな事をしていると、ガゼフの部下からカルネ村を包囲する集団が居ると報告を受ける。恐怖公もさすがに面倒臭くなってくる。あくまでも彼の目的はナザリックへの帰還なのだから。
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ニグン・グリッド・ルーインは勝利を確信していた。彼が所属する陽光聖典は亜人の村落の殲滅などを基本任務としており、要人の抹殺は本来の任務ではない。しかし、緻密に根回しをし、抹殺対象のガゼフ・ストロノーフは檻にか入った。後は、周囲を取り囲んだ部下達の円を縮めるだけである。
「各員、傾聴。獲物は檻に入った。汝らの信仰を神に捧げよ。」
陽光聖典の部下達は円を縮めていく、が突然一人、また一人と消えていく。ニグンにはさっぱり理解できなかった。遠くからでは部下が突然暴れだし、その場に倒れ込むようにしか見えなかった。
彼らの不幸はいくつかあった。先ずは時間帯である。夜ではないが陽は落ち、足元の草原をはい回る黒い虫に気づきにくかった。更に陣形である。村を囲むため、一人一人が離れて立っていた。遠くにいる仲間には何が起こっているか把握できていない。そうして檻はアッサリと破られていった。
ニグンは魔法による攻撃かと警戒し、そして気付いた。自分の足元に蠢く虫達を。なんとか魔法で撃退するがこの数にはチマチマやっていても結果は見えている。しかし、ここで法国から授かった切り札、魔封じの水晶を使用して良いのか迷う。切り札を使用した理由をどのように報告すれば良いのか、ゴ○ブリに殺されそうになったので使用しました。そんなこと口が裂けても言えない。しかし、実際に人類の希望である陽光聖典がゴ○ブリに蹂躙されている。先ずは報告内容を考えるよりも自分の命だ。そう切り替え、切り札に手を伸ばした。
「見よ!最上位天使(笑)の尊き姿を!
ゴジュウ、と音を立てながら光の柱が辺り一面を焼きつくす。その光景を見て、恐怖公も脅威を感じる。lv30の恐怖公では
「よくも我輩の眷属を殺してくれましたね。」
普段の口調だが、そこには怒気がこもっている。ニグンもゴ○ブリに部下を殺され、使用する必要もないと踏んでいた切り札まで使わされて怒り心頭であった。
ドミニオン・オーソリティとシルバーゴーレム・コックローチが激しくぶつかり合う。実力的にはほぼ互角と思われたが
その光景をニグンは呆然と見つめた。魔神をも倒せる、人類では決して到達できない領域の最上位天使(笑)をよりにもよってゴ○ブリに破られたのだから、その絶望は想像に絶えない。
こうして、スレイン法国の特殊部隊、陽光聖典はこの世から消えた。ちなみに陽光聖典の動向を監視していた土の巫女達はその光景にトラウマを発症した。
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ナザリック地下大墳墓
モモンガはシャルティアの報告を受け、
モモンガは村を見つけ違和感に気づく。
「・・・祭りか?」
鏡には、男達がくねくねと動き転げまわる姿が写っていた。横に来たセバスが鋭い視線を鏡の中の光景にやりながら、鋼の声音で答える。
「いえ、これは違います。」
詳しく見ると、男達がゴ○ブリに襲われていた。こんなことができるのは間違いなく恐怖公しかいない。モモンガは絶句する。自分達で作りあげたものだが、リアルだとここまで悲惨なんだと。人間への親しみを感じなくなったが、さすがにこれには同情した。
ペカー・・・!
モモンガが緑色の光に包まれる。
「いかがなされますか。」
セバスの問いに、モモンガは少し安堵しつつもセバスに命令を出す。
「・・・エントマに迎えに行かせよ。かなりショックを受けていたようだからな。」
こうして恐怖公は無事にナザリックへ帰還した。
カルネ村にて
「村長!!大変です!畑の穀物が根こそぎ食い尽くされています!」
読んでいただきありがとうございます。
小説を書くのは初めてなので稚拙ではありますが、よろしくお願いします。
恐怖公の冒険は全三話で考えてます。
どうぞよろしくお願いします。