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【コラム】

筆洗

 演出家で作家の久世光彦(てるひこ)さんには耳にすると必ず泣いてしまう歌があった。「三月のよく晴れた朝、いつも近くを通る幼稚園からこの歌が聞こえてくるとやっぱり立ち止まっておしまいまで聴いてしまう」。そしてこっそり泣くそうだ▼<いつのことだか/思いだしてごらん/あんなことこんなこと/あったでしょう>。歌詞でお分かりか。久世さんが泣くのは卒園式などでおなじみの「おもいでのアルバム」(作詞・増子とし、作曲・本多鉄麿)▼春なら庭に咲いたきれいなお花。夏なら麦わら帽子に砂山。四季を通じて、子どもたちが遊んだ思い出を歌っているが、久世さんには、自分の人生を振り返る歌に聞こえた。学生時代や仕事、家族のこと。「…本当に、あんなこと、こんなこと、いろいろあった」▼卒園式や卒業式のシーズンだが、この歌の声も今年は小さめか。新型コロナウイルス感染防止のため、式の中止や規模縮小を強いられているとはウイルスがうらめしい▼名古屋市教委ではいったんは中止と決めた小中高校の卒業式を一転行うことにしたそうだ。やはり大切な行事と考え直したと聞く。卒業生に別れの機会が戻ったとはいえ落ち着かぬ門出には変わりはないだろう▼あの歌は過去を振り返っている。感染拡大も緊張の日々も、<あんなことこんなこと/あったでしょう>の「過去」に早くならないものか。

 

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