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<「三・一運動」記念式の文大統領演説全文>

記事一覧 2020.03.01 11:55

【ソウル聯合ニュース】日本による植民地支配に抵抗して1919年に起きた独立運動「三・一運動」から101年を迎えた1日、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は政府主催の記念式典で演説を行った。次は演説文の全文(非公式日本語翻訳)。

尊敬する国民の皆様、

海外同胞の皆様、

非常に大変な時節に三一節記念式を行うこととなりました。

いろいろと大変な時期ですが、1920年3月1日に初めての三一節を記念し、「大韓独立万歳」を叫んだここ培花女子高校で三一節101周年記念式を開催することになり、非常に意義深く思います。

1919年12月、大韓民国臨時政府は民主共和国における最初のカレンダーである「大韓民歴」を発刊し、3月1日を独立記念日として定め「国慶節」と表示しました。

臨時政府は3月1日を「大韓人が復活した聖日」とした内務部布告を公布して上海で初めての三一節記念式と祝賀式を執り行い、培花学堂をはじめとする全国・海外の至る所で同時に展開された記念の万歳デモにおいて中核的な役割を果たしました。

西大門監獄では柳寛順烈士と独立運動家たちが命をかけて独立万歳を叫び、東京やウラジオストク、米国、フランスでも国の独立と民族の自主を宣言しました。

わが同胞がいる場所ならそこがどこであろうとも、三・一独立運動記念式は日帝強占期(日本による強制的に統治された時代)を通して絶えることなく行われました。

日帝(日本)は特別警備と取り締まりをもってその日の記憶を消し、沈黙させようとしましたが、学生たちは同盟休学で、商人たちは休業で、労働者たちはストライキで三・一独立運動の精神をよみがえらせました。

1951年、韓国戦争の惨禍の中でも通貨危機が襲った1998年にもこの100年間、われわれは一度も欠かさず三・一独立運動を記念し、団結の「大きな力」をかみしめました。

共にあれば、どんなことでも乗り切ることができるということをわれわれは改めて三・一独立運動から胸に刻みます。

毎年3月1日、万歳の喚声がわれわれに勇気を与えました。

今日の危機も全国民が共に必ず克服できるものと信じています。

国民の皆様、

1919年、1年間で実に1542回にわたり行われたデモで全国でおよそ7600人が死亡、1万6000人がけがを負い、4万6000人が逮捕・拘禁されました。

世界的にも例を見ないことでした。日帝の弾圧は厳しいものでしたが、わが同胞の意気は決してくじけることがありませんでした。

学生、農民、労働者、女性が自ら独立と自強、実力養成の主役となりむしろ、より大きな希望を育んでいきました。

1920年1月13日、臨時政府の機関紙である「独立新聞」は大韓独立軍の洪範図義勇大将の勧告文を掲載し、武装闘争の正当性と国土回復の覚悟を固めました。

1月30日には西間島の新興武官学校で鳳梧洞・青山里戦闘の主役となる76人の卒業式が開催されました。

民族教育運動で実力を養い、女性の教育と権益のための活動を開始しました。

労働者たちは日帝の収奪と抑圧に立ち向かい、企業家たちは近代的企業を育てるために奮闘し、国民たちは民族経済の自立運動を展開しました。

目覚めた国民たちの自強努力が続き、1920年だけで武装した抗日独立軍による国内への進攻作戦が実に1651回も繰り広げられました。

その年の6月、わが独立軍は日本軍の「越江追撃隊」と独立闘争における最初の全面戦争を繰り広げ、大勝利を収めました。

それが洪範図将軍が率いた「鳳梧洞戦闘」でした。

臨時政府はこれを「独立戦争第1次大勝利」と呼びました。

1920年3月、ウラジオストクでは独立軍の北路軍政署とチェコ軍との間で兵器の買収契約が締結されました。

9000人の「人間の鎖」を繋いで運搬してきたこれらの兵器が、10月の「青山里戦闘」における勝利の同伴者となりました。

現代兵器で武装して組織立った訓練を受けた軍隊と、食料と衣服を支援したわが同胞一人ひとりが独立軍であり、勝利の主役でした。

鳳梧洞・青山里戦闘100周年を迎え国民と共に三・一独立運動が作り出した希望の勝利を誇らしく胸に刻みたいと思います。

尊敬する国民の皆様、

海外同胞の皆様、

本日は、全国民が喜ぶお知らせがあります。

鳳梧洞戦闘と青山里戦闘を勝利に導いた平民出身の偉大な独立軍大将だった洪範図将軍の遺骨がついに帰ってくることになりました。

昨年、桂奉瑀・黄運正志士ご夫妻のご遺骨が奉還されたことに続き、「鳳梧洞戦闘100周年」を記念し、カザフスタン大統領の訪韓と共に祖国に戻り葬られることになります。

ご協力いただきましたカザフスタン政府とクズロルダ州政府関係者の方々、将軍を最後まで守り、墓域の手入れをしてくださいました高麗人同胞(ソ連により中央アジアに移住させられた同胞)の皆様に深く感謝いたします。

独立運動家のお一人お一人を記憶することがわれわれ自らの矜持と誇りを高めることです。

困難を克服して未来を切り開く力を育むことです。

政府は独立運動家の精神と志を称え、最高の礼を尽くして恩返ししていきます。

洪範図将軍のご遺骨の奉還がわれわれに国家の存在価値を気付かせ先烈の愛国心をかみしめるきっかけになることを願います。

国民の皆様、

われわれは数多くの困難を克服してきました。

昨年、われわれが「誰も揺るがすことのできない国」を目指して「材料・部品・装置の独立」を推進することができたのも力を合わせればやり遂げられるという三・一独立運動の精神と国難克服の底力があったためです。

戦争の廃墟からわれわれは団結して力を育みました。

無償援助と借款に依存していた経済から始まって先端製造業の大国に成長し、ついには情報通信産業の大国へと上り詰めました。

今も全国民が一つとなっています。

「新型コロナウイルス」を乗り越え、委縮した経済も再生させることができます。

武漢にいた同胞を温かく迎え入れてくださいました牙山・鎮川・陰城・利川の皆様と互いにマスクを届け合った大邱と光州市民の皆様、献血に参加されている国民の皆様に敬意を表します。

全州韓屋村とモレネ市場から始まった賃料引き下げキャンペーンが全国あちこちの市場や商店街でも展開され、銀行や公共機関も自主的に商店街の賃料を下げて苦しみを分かち合っています。

大企業は義援金を送り協力会社の中小企業に共生の手を差し伸べ、今この瞬間にも多くの医師と看護師の皆様が防護服に身を包み隔離病棟で奮闘されています。

苦しみを分かち合い希望を育んでくださいました皆様に深い尊敬と感謝の拍手をお送りいたします。

とくに大邱・慶尚北道地域に送られる持続的な応援と温かい支援こそ大韓民国の底力です。

全国から派遣された250人以上の公衆衛生医師だけでなく自主的に集まった医療ボランティアの方々がご自分の健康を顧みず大邱・慶尚北道地域を守り、多くの企業と個人から義援金品が送られています。

大邱・慶尚北道は決して独りではありません。

大邱市と慶尚北道と共に、政府は専用診療所と診断検査の拡大、病床確保や治療はもちろん、さらなる拡散を遮断するため最善の努力を払っています。

より多くの国民が力を集めてくださることと信じており、必ずウイルスの勢いをくじく成果を収めるものと確信しています。

政府は危機警報を最高段階の「深刻」に引上げて全方位で対応しています。

また「非常経済状況」という認識を持って経済の活力を取り戻すことにも全力を尽くしています。

小規模事業者・中小企業、観光・外食産業、航空・海運業などを対象に業種に合わせた支援を開始し、さらに強力な被害克服のための支援と共に国民生活・経済の安定、経済活力の向上に向けた前例のない方策を盛り込んだ「新型コロナウイルス克服の国民生活・経済総合対策」も速やかに実行します。

そのために予備費を積極的に利用し、補正予算を速やかに編成して国会に提出します。

国会でも与野党を問わず大局的に協力してくださることになりました。

われわれ全員が「防疫主体」です。

互いを信頼して協力すればできないことはありません。

内では今直面している「新型コロナウイルス」を克服して外では「韓半島の平和と共同繁栄」を実現し、揺るぎない大韓民国を築いていきます。

それが本当の意味での独立であり、新しい独立の完成です。

政府が先頭に立って全力を尽くします。

団結をもって、危機に強いわれわれの底力をもう一度発揮しましょう。

国民の皆様、

今日、世界では災害・災難、気候変動、感染病の拡散、国際テロやサイバー犯罪のような安全保障における非伝統的な脅威が増えています。

どれも一つの国家の能力だけでは解決しがたい難題です。

われわれは今回、「新型コロナウイルス」の世界的な拡散から国境を超えた協力の必要性を改めて実感しました。

「三・一独立宣言書」でも「互いを理解して共感する統合の精神」を強調しています。

東アジアの平和と人道主義に向けた努力は、三・一独立運動と臨時政府の精神です。

北韓(北朝鮮)はもちろん、隣接している中国と日本、近くの東南アジア諸国との協力を強化してこそ安全保障における非伝統的脅威に対応できます。

北韓とも保健分野における共同協力がなされることを願います。

人間と家畜の感染症拡散に南北が共に対応し、接境地域の災害や韓半島における気候変動に共同で対処するとき、われわれ同胞の暮らしはより安全になるはずです。

南北は2年前、「9・19軍事合意」という歴史的成果を成し遂げました。

その合意を順守して多様な分野へと協力を拡大していくとき、韓半島の平和も強固なものになるでしょう。

日本は常に最も近い隣国です。

安重根義士は日本の侵略行為に武力で立ち向かいましたが、日本に対する敵対を目指したものではなく、共に東洋の平和を実現することが本意であることをしっかり明かしました。

三・一独立運動の精神も同じでした。

過去を直視してこそ傷を克服することができ、未来へと進むことができます。

過去を忘れることはありませんが、われわれは過去に留まることもありません。

日本もまた、そのような姿勢を見せてくれることを願います。

歴史をかがみとして互いに手をつなぐことが東アジアの平和と繁栄への道です。

共に危機を克服をし、未来志向の協力関係に向けて共に努力していきましょう。

尊敬する国民の皆様、

海外同胞の皆様、

われわれは国家的危機と災害に直面するたびに「三・一独立運動の精神」をよみがえらせました。

団結した力で戦争と貧困を克服し、経済成長と民主主義を実現しました。

「新型コロナウイルス」はわれわれの暮らしにおいて一時的な脅威になるかもしれませんが、われわれの団結と希望をくじくことはできません。

抑圧をはねのけて希望として復活した三・一独立運動の精神がこの100年間、われわれに新しい時代を切り開く力になってきたように、われわれは必ず「新型コロナウイルス」に打ち勝ちわが国の経済をより活気に満ちたものに回復させるでしょう。

われわれは互いが互いにとって勇気と希望です。

国民一人ひとりが互いを信じて励ましながら今日を克服しましょう。

新しい100年の道のりを力強く歩いていきましょう。

ご清聴ありがとうございました。

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