シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】 作:ほとばしるメロン果汁
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扉の傍で頭を下げるフールーダ・パラダインの横を通り過ぎ、彼を従える様に教壇に立った自分たちと同じ年頃の少女。男子生徒たちが驚愕の眼差しを向け、女子生徒たちが羨望の眼差しを向ける周囲の視線の中、少女は小さく頭を下げた。
腰まで伸びる艶やかな長い銀髪。澄んだ宝石のような真紅の瞳が教室内を見渡すたびに、生徒達の心臓が大きく跳ねる。透き通るような白い肌。魔法学院の制服に包まれた線の細い肢体の中央、歳不相応に大きな胸が男子生徒を惑わすような魅力を放っている。
顔はもちろんのこと全てが完成されたような美しさを持つ少女に生徒たちは目を奪われていた。その中でただ一人、ジエットだけは他の生徒達とはやや違う衝撃を受けていた。
(なんで……
数日前、ネメルとジエットを助けてくれた純白の少女。
あの時は白亜の仮面を付けていたのでその素顔は知らない。服装だって違う。だがあの長く美しい銀髪と豊かに揺れる胸、そしてなにより彼女自身の放つ圧倒的な存在感がジエットに突然の再会を確信させていた。
「こ、っこっこ、ちらの、御方がみなさんと、今日から一緒に授業を受けられる方です。じ、自己紹介を、どうかお願いします」
生徒に対して深すぎるほどに頭を下げる教師。
その姿を一瞥した少女はコクリと頷き、改めて教壇の上で教室内を見渡してニコリと微笑んだ。
「私は『シャルティア・ブラッドフォールン――』……と、申します。本日からみなさんと机を並べて学ばせて頂く事となりました。少々世間知らずなところもあるかと思いますが、みなさんと仲良くしていければと思っています。どうかよろしくお願いします」
優雅に帝国式の礼をする少女。
その美しさに目を奪われながらも、生徒達の胸中に渦巻くのは『誰?』の一言に尽きる。
今もフールーダ・パラダインが――帝国の誰もが知る英雄が傍に立ち、まるで少女に仕えているようにさえ見えるが、ジエットを除き誰も彼女に見覚えが無いのだ。
国の式典や戦勝パレードなど彼と皇帝ジルクニフや帝国四騎士、軍を指揮する将軍や文官を見ることはあるが、目の前に立っている少女を見たことなどない。これ程の美しさを放つ少女であれば遠目でも目立つうえに、貴族は勿論平民の間でも話題にならないわけもないはずだ。
「ぶ、ブラッドフォールン様は、少々理由があり御名前を伏せておられます。……そして他の生徒と違い、みなさんと成績を競い合うことはありません。こッ皇帝陛下とここに御座しますフールーダ・パラダイン様との紹介でここにいらっしゃる事をみなさん、どうか重々承知の上で! な、仲良くしてください」
(なんだそれは!)
真っ青な笑顔を浮かべる教師の紹介に、教壇に立つ三人を除いて教室内に心の叫び声が満ちる。
帝国の英雄が共に入室してきた事でさえ驚き、そして少女の美しさに目を奪われ、その上あの皇帝――鮮血帝とも恐れられているジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスとフールーダ・パラダインの紹介。
どうすれば、そしてどのような地位にいればそんな繋がりを得られると言うのか。だがそれが示すものはごく限られることくらい生徒達も理解している。少なくとも皇帝という地位に近い人物なのは間違いない。名前を伏せている理由はわからないが、そんな立場の人間が秘匿するならそれ相応の理由を持つのだろう。
――そんな人物が、これからこの教室で一緒に学ぶ? 何の冗談なのかッ!?
紹介が終わると教室内は誰一人声を発せず、静まりかえっていた。
生徒達は一人残らず石像の様に固まり、教壇に立つ担当教師も顔色が青から白いものへ、そして紹介された少女は真紅の瞳を瞬かせながら生徒達を見回している。
やがて納得したように頷くと、後ろに控えていた帝国史において数々の偉業を残している最強の魔法使いに顔を向けた。
「フールーダ――」
――呼び捨てッ!?
ジエットを含め固まっていた生徒達、そして教師も、教室全体が驚きのあまり一瞬飛び上がるようにビクリと震えた。
「はっ! 我が……あ、いえシャルティア様、何か?」
「あなたはもう帰りなさい」
「は? あ、いえですが、よろしければ私もこのまま授業を視察していこうかと思うのですが?」
止めてくれッ!
ジエットも、そして教室内の全員も同じ思いを抱いただろう。
気のせいか二人の隣に立つ教師の顔色がさらに悪化したようにも見える。教師の立場なら当然だ。フールーダ・パラダインがいる教室で彼が授業をすることとなれば、極度の緊張状態という言葉すら生温い状態で講師を務めなければならない。普段通りの授業になることなどありえない上に、教師の僅かな間違いや質問に答えられなかった生徒の無知が、魔法学院全体の責任問題に発展する恐れすらあるのだから。
「あなたは後継者を育てる役目があるでしょう。それに……やっぱり保護者同伴みたいに見えてるようだし……」
最後の方はか細い声になり、何を言っているのか聞き取れなかったが、フールーダ・パラダインに対して帰るよう促す少女の言葉に、教室内の全員が喝采を送ったように見えたのは決して気のせいではない。
「そ、そうですか……承知しました。では何かありましたらお呼びください……」
意気消沈するように背中を丸めながら少女に向けて頭を下げる帝国の英雄。
名前を呼んでからそれまでのやり取りで生徒達は嫌でも理解した。帝国の英雄がここにいる自分達とさほど年齢も変わらない少女に頭を下げ、まるで主人に仕えるメイドの様に傅く信じがたい光景。
――むしろ逆の立場なら、年老いた主人と侍女であれば納得ができたというのに。
「先生?」
「はっ、ハイ!!」
帝国の英雄をまるで小間使いのように教室の外へ追い出すと、少女は振り返りその場に残っていた担当教員を呼んだ。
「私のせいで時間が押しているようですし、問題が無ければ授業を始めた方がいいと思うのですが?」
「ハイ! そ、そうですね。仰る通りです」
「私の席はどこでしょう?」
「どこでもお好きな席へどうぞっ! あ、いえ、確か……あちらのお席であれば、今朝掃除をさせて頂いたばかりです!」
教員はまるで高級宿の主人のような仮面を被り、生徒であるはずの少女を持て成し始めた。
その姿を滑稽とは思えない、むしろジエットを含めた生徒達は感心してしまう。未だ生徒達はジエットを含めて誰一人動けずにいるのだから。
教壇の上で繰り広げられた光景が現実のものである事は理解している。ただ、あまりにも現実離れしていたため物語の一幕の様に感じてしまったのは仕方ない事かもしれない。
そして少女が教壇という舞台から降り、教室内を歩き始めた。
静まりかえった空間に少女の足音だけが響く。生徒達を支配していたのは緊張感、そして少女の美しさに対する羨望。時が止まったように誰もが微動だにしない中、空間から切り取られたように銀髪の髪が舞い、長いスカートをなびかせながら少女がただ一人歩いていく。
――ジエットの方へ、真っ直ぐ。
「え?」
まるで夢から覚めるように目を瞬かせる。
現実味を取り戻したジエットの脳が状況を理解しようとフル回転を始めた。昨日突然実家に帰ってしまった隣のクラスメイト。今朝真新しい椅子に交換されていた隣の席。教師が言った掃除された席。
脳を重労働させるまでもなく答えはすぐに出る。教師が案内をし、彼女――シャルティア・ブラッドフォールンが目指して歩んでいるのは、ジエットの隣の席なのだと。
(なんでだッ!?)
こちらへ歩む少女と目が合い――大輪の花が咲くような笑顔を向けられた。
きれいな笑顔だった。まだ若いジエットに彼女の笑顔を正しく言葉にすることは出来ないが、自身の顔が熱くなるのがわかった。
だが、それと同時に冷や汗が背中を流れ落ちる。ジエットはごく普通の帝都に住む平民だ。眼帯をつけた目にはやや特殊なタレントは秘められているが、それだけだ。第一位階の魔法は使えるが自分が特別などと思ったことはない。魔法学院に通ういわゆる秀才の人間達、そして上位の貴族の子息、自分より高みにいる者達を見上げることのほうがはるかに多い程度の立ち位置。
そんな人物達さえ届かない遥か高みにいる少女、フールーダ・パラダインが頭を下げる存在が自分の隣の席に座る。そしておそらくだが彼女はネメルを、そしてジエットを助けてくれた恩人だ。その彼女が再び目の前に現れ、学院のクラスメイトになる。
どんな偶然が重なればそんな巡り合わせになるのか、もはや訳が分からない。
(いや……昨日までは隣の席は埋まっていた。そうなるとッ――)
誰かの意図が、少なくとも学院関係者を動かせる人物の思惑が絡んでいるのではないか。
そしてわざわざジエットの隣の席を用意したのは、誰のどんな思惑があるのか。自分は何かに巻き込まれているのか――何かに
ゴクリと喉を鳴らし、冷や汗が頬をつたう。
「よろしくお願いします」
「ハ、はい! よろしくお願いしますッ!!」
すぐ隣に立った『ゴウン様』と数日前に呼ばれていた少女が頭を下げ、ジエットも慌てて立ち上がり勢いよく頭を下げる。きっと自分はすごく間抜けな顔をしていたのだろう。はにかむように微笑んだ少女は優雅にゆっくりと隣の席に腰を下ろした。
(……いい匂い)
羽が椅子に舞い落ちるように少女が腰かけた瞬間、目を閉じたくなるような甘い香りが鼻をくすぐる。
「で、では! 授業を始めます!」
教師のやや大きな声でハッと我を取り戻すと慌ててジエットも腰を下ろした。
おそらく今の言葉は生徒達ではなく、呆けていたジエットに対してのものだったのだろう。目が合った教師は物言わずして訴えかけてきた。
『絶対に失礼なことはするな!』と、目だけで懇願するように。
今すぐ誰かと席を変わって欲しい。
無意識にまるで助けを乞う様に周囲を見回したが、誰一人ジエットと視線を合わせてくれるクラスメイトはいない。考えてみれば当たり前だ。ジエットも彼らの立場であったならば同じ対応をしただろう。助けはない。
だが、それでも――
――誰か助けてくれ
ニコニコと微笑む少女の隣で、そう思わずにはいられなかった。
「でありますからして、――」
――誰か助けてくれ
「……ということになります」
黒板の前で説明を終えた教師がチラリとモモンガに視線を投げかけてくる。
既に今は昼食前の最後の授業。教師のこういった反応は、最初の授業と合わせて十回は越えている。意味ありげな視線だったが、彼らが何を訴えているのかモモンガにはサッパリ分からない。
なので一番最初の対応をそのままに、今回もしのぐことにした。
「で、では次に移ります――」
モモンガが誤魔化すように笑顔を浮かべて小さく頷くと、教師は安堵したように次の説明へ移った。
なぜいちいち一生徒であるモモンガの反応をうかがうのか、それはイマイチわからないが彼一人ではなく最初の授業からこうなのだ。おそらく新しく来た生徒がちゃんと理解できているのか、気を使ってくれているのだろう。
……ちなみに半分も分からないです。
(これは予想できていたからな、そのためにテスト免除どころか成績不問をお願いしたんだし)
少々ズルい気もするが、モモンガにとっては学校どころか世界が変わっているのだ。
勉学に関して一応の努力はするつもりだが、まともにやった場合モモンガの頭では留年まっしぐらな自信しかない。
(ヤバイ、落ち込んできた……いやいやそんな事よりも……)
教師に怒られない程度に教室内に目を走らせる。
何人か目が合いそうになったが、すぐに視線を逸らされた。
最初の授業から周りの反応に一切変化は見られない。休憩時間ですら誰一人席から立ち上がらず、トイレにさえ行く者はいない。次の授業の教科書を机の上に広げて予習らしきことをしていた――クラスメイト全員が。
その周囲の無反応ぶりに、モモンガの内心で冷や汗が流れ落ちる。
――なんで転校生である俺に誰も話しかけてこないんだ、と。
(美少女転校生は何もせずとも質問攻めに合うのがお決まりじゃなかったのかよッ! ペロロンチーノォーー!!)
――教室内の全員を魅了し、混乱させ、圧倒したはずの美少女――の中の人は、予想外の『ぼっちデビュー』に心の中で頭を抱えていた。
エ○ゲのような学園恋愛ものを一瞬でも期待してしまった方へ、全力でゴメンナサイ。
プレイヤー向けキャラクター紹介
・シャルティア・ブラッドフォールン(・アインズ・ウール・ゴウン)
ジエットの前に現れた謎の転校生?
数日前にジエットと幼馴染のネメルを助けた後、突如クラスメイトとして学院で再会した美少女。皇族に繋がる高貴な地位にいるのは間違いないのだが、物珍しい庶民的な事に対して興味深々な様子。ジエット達に対しても気軽に『シャルティア』と、呼ぶように接してくる。
その美しい容姿と後ろ盾により、転校初日から学院を震撼させた少女だが本人は慣れているせいか全く気にしてはいない様子。なぜかジエットを非常に気に入り、学院最初の友人として接してくる。
なお、ヒロインにも関わらず攻略ルートはない。それどころかHシーンもない予定。中の人という意味で原作通り仕様。