ちなみに「王延軼が実験動物を華南海鮮市場に横流ししていた」という告発が自称・武漢ウイルス研究所研究員の微信アカウントから発信されたことがあった。この研究員のアカウントはすぐに閉鎖され、研究所はこれをデマだと反論している。

 そう考えてくるとネットでささやかれる「ウイルス漏洩説」は、習近平と江沢民派バイオ研究者・衛生官僚らの権力闘争が背景にあるとみる向きも出てくるわけだ。

言論の自由と情報公開はもたらされるか

 一方で、中国の知識人たちは、今年の全人代に中国版グラスノスチ(情報公開)に踏み切るための議論を期待していた。

 清華大学の許章潤教授らは李文亮医師の死に際して、公開書簡に書かれた五大訴求を連名で発表した。そこでは、全人代を予定通り開いて、憲法に従った言論の自由の権利について討論するよう求めている。

 李文亮は、新型肺炎の危険を12月30日にSNS微信で発信したことを“デマ”とされ、武漢警察に“社会秩序擾乱”の罪に問われて訓戒書を書かされた後、新型肺炎に罹患、2月6日に死亡した(公式発表による死亡日時は2月7日だが、実際の心停止は2月6日であり、2月7日までの延命措置は政治的パフォーマンスだとみる人々は李文亮死去の日は2月6日だと主張している)。彼のSNSでの発信が阻まれなければ、人々はもっと早く感染に気付き、感染防止策がもっと早くとられたかもしれない、と多くの人が考えた。

 許章潤ら知識人は公開書簡で、新型肺炎の全国的蔓延の原因は当局による言論統制のせいであるとして、李文亮医師の死亡日である2月6日を言論自由日にすべし、と要求していた。五大訴求を改めて羅列すると以下のとおりである。
(1)2月6日を国家言論の自由日(李文亮日)と制定せよ。
(2)憲法第35条が付与する言論の自由の権利を実施せよ。
(3)国家機関は即刻ソーシャルメディアに対する検閲や封鎖を停止せよ。
(4)武漢と湖北籍の公民への平等な公民権利、医療救助を保障せよ。
(5)全国人民代表大会の緊急会議招集、今年の定例会議の中止を避け、公民の言論の自由を即刻保証するにはどうすればいいかを討論せよ。

 許章潤はほかにも「憤怒の人民はもはや恐懼しない」という格式ある政権批判文をネットに掲載し、政府の情報封鎖、欺瞞の報道、隠蔽がこの感染症災害を引き起こしたとして政権の責任を問うている。許章潤はこうした政権批判ともとれる文章をネットに出したためか、今、軟禁状態に置かれているという。

 全人代延期が、習近平政権の今後にどのような影響を与えるのかは未知数ながら、デマと真実の情報が混在して権力闘争と責任のなすり合いが続けば続くほど、中国の感染封じ込め工作は長引き、中国経済・社会はカオスに陥る。全人代でなくてもいいが、どこかのタイミングで緊急幹部会議を招集して、本気の中国版グラスノスチについての討論を行うことが、中国人民にとっては一番望ましい展開であろうと思う。