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魔導具師ダリヤはうつむかない 作者:甘岸久弥
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255.黒犬と子狐と名呼び

おかげさまで4巻、2月25日に発売となりました。

応援とお読み頂いていることに心より御礼申し上げます!

※4巻電子版に関するお詫びとお知らせを活動報告(2020/02/26)にてアップしております。

どうぞよろしくお願いします。

 冬だというのに緑の濃い芝生、花の数は少ないがよく整えられた庭が窓から見える。

 貴族街にあるオズヴァルドの屋敷、その作業場手前の部屋で、ダリヤはヴォルフと共にソファーに腰を下ろしていた。


 イルマは動くのも大変そうなので、マルチェラは午後休み、今後に必要なものをそろえる日とした。

 マルチェラは渋っていたが、イヴァーノが今度残業を頼むからと言いくるめていた。


 その後、イヴァーノとメーナは商会へ戻り、オズヴァルドの屋敷にヴォルフと共にやってきた。


 ローテーブルをはさんだ向かい、オズヴァルド、息子のラウル、第三夫人であるエルメリンダが座っている。

 テーブルの上、白い陶器に銀の飾りのついたカップからは、紅茶のよい香りが漂っていた。


「ヴォルフレード様、当方の長男のラウルエーレです」

「はじめまして、スカルファロット様。ラウルエーレ・ゾーラと申します。父がお世話になっております」

「ご挨拶をありがとうございます。ヴォルフレード・スカルファロットです。こちらこそゾーラ商会長にはお世話になっております」


 オズヴァルドの紹介の後、初めて会う二人が、少し硬い笑顔で挨拶を交わす。

 ヴォルフは部屋に入るなり、妖精結晶の眼鏡を外していたので、金と銀の目が見つめ合う形になった。

 黒髪金目の青年と、銀髪銀目の少年。なんとも画になる美しさである。


 二人の会話を、ダリヤはオズヴァルド夫妻と共に見守る形となった。


「スカルファロット様は、魔物討伐部隊でも大変お強い赤鎧スカーレットアーマーの方だと――ダリヤ先輩とのお話の一つにお伺いしております」

「ラ、ラウル」


 いきなり何を言い出すのか。

 確かに素材の話から魔物討伐部隊や赤鎧スカーレットアーマーの話、ゾーラ商会とスカルファロット家に付き合いがあることから、ヴォルフの話も話題になったことはある。

 だが、ここで面と向かって本人に言われるとは思わなかった。


「それは光栄です。私もダリヤからあなたについて、学生でありながら、とても有能な魔導具師と伺っています。まだ高等学院に入られたばかりなのに、素晴らしいですね」


 待つのだ、ヴォルフ。

 いい笑顔で褒めているつもりだろうが、学生に学院まで重ねるのは、子供扱いともとれてしまうではないか。


 やはりそれが気にかかったのか、ラウルの銀の目が少しだけ細くなった。


「スカルファロット様……ダリヤ先輩のお名前をそのままお呼びになっているということは、お二人はご婚約なさっていらっしゃるのですか?」

「いえ! ヴォルフは友人です!」


 思わず声が大きくなる。そして咄嗟にヴォルフを呼び捨てにしてしまった。

 彼はちらりと金の目を自分に向けると、再びラウルに向き直る。


「私はダリヤと対等な友人関係であると、会って間もなくから公証人を立てておりますので」

「そうですか、親しいご友人なのですね」


 ラウルがにっこりと笑んでうなずく。

 素直に理解してくれたようでほっとした。


「私も最初にお会いしたとき、先輩に『ダリヤ』と呼ぶお許しを頂きました。でも、魔導具師の先輩であり、お独りの美しい淑女にはどうかと思いまして――」

「……そうですか」


 ラウルのリップサービスは父であるオズヴァルド譲りだ。

 そういった貴族教育もきちんと受けているのだろう。魔導具師仲間といえども、年上の自分への呼び捨てが馴染まないにちがいない。


 一方のヴォルフは笑顔のまま、紅茶に珍しく砂糖を三つも入れていた。

 昼食は中央区のお店でランチセットを選んだのだが、少し足りなかったのかもしれない。


 微妙に静かになった部屋で、ダリヤは話の切れ目だと判断する。

 そして、膝に置いていたバッグの中から、小さな魔封箱を取り出した。


「オズヴァルド先生、先日はご教授とご協力をありがとうございました。それで、こちらのウロコはお使いになれるでしょうか?」


 蓋を開けた中にあるのは、ヨナスのくれた赤いウロコだ。

 本人とグイードの許可をとって持って来た。


 以前、イルマの魔力過多用の腕輪を作るため、オズヴァルドに魔導具である指輪を壊させてしまった。

 その赤い指輪は、炎性定着魔法の補助の役目を担っていた。

 同じものを作るには、炎龍ファイヤードラゴンのウロコか、火山魚ボルケーノフィッシュのウロコが必要になるという。


 魔付きであるヨナスのウロコは、見た目は炎龍ファイヤードラゴンとほぼ同じである。

 だが、魔力的に指輪に使用できるかどうかが、ダリヤにはわからない。


「拝見させて頂きましょう」


 魔封箱ごと渡すと、オズヴァルドは銀枠の眼鏡を少しだけ押し上げる。

 白い手袋をつけると、ウロコを一枚つまみ上げ、その裏表を確かめるように見つめた。


「ほどよい魔力が入っていますから、指輪に加工するにはちょうどいいですね。この大きさであれば子供の龍……いえ、魔力に波はないですから成龍に近い……」


 言葉はそこで止まる。

 眼鏡をずらしたオズヴァルドの表情かおが、一気に険しくなった。


「この炎龍ファイヤードラゴンのウロコは、抜けたものを拾ったわけではありませんね。根元に血の線があります」


 拭き取りはしたが、ウロコの内側に薄く朱線が残っている。

 ヨナスが手ずから腕のウロコを抜いてくれたのだ。自然に抜けたものとは違うのだろう。


「あの、それは――」

「ダリヤ、こちらの入手先は尋ねません。ラウルもこれについて口外を禁じます。ただ、一つだけ覚えておきなさい。『魔付き』は一歩間違うと危険なことがあります」

「『魔付き』……?」


 ラウルが目を丸くして、ダリヤを見る。

 その少年の隣、エルメリンダがはっきりとわかるほど眉を寄せた。


「『魔付き』で魔力を利用するといったこともありますから、制御をできれば問題ないのでは?」


 すぐに聞き返したのはヴォルフだった。

 ヴォルフはヨナスに剣の稽古をつけてもらっていると聞いている。戦っているときも、ヨナスはきちんと使いこなしているのだろう。


 自分から見ても、ウロコのある腕や食べ物の好みなどの制限はあるが、ヨナスの魔力はよくコントロールされているように感じる。


「知っているのと、万が一のときに制御しきれるかどうかは別です、スカルファロット様」


 固い声で告げたのはエルメリンダだ。

 その黒い目は、オズヴァルドの持つ赤いウロコをじっと見つめている。


「その方であれば制御しきれると思います」


 言い切ったヴォルフに対し、エルメリンダはわずかに口を開きかけ、それでも言葉を発さなかった。


「ヴォルフレード様がそうおっしゃるのであれば、そうなのでしょう。こちらはありがたく使わせて頂きます。さて――時間となりましたので、始めましょうか」


 何事もなかったかのようにオズヴァルドが立ち上がり、授業開始を宣言する。

 彼に続き、ダリヤとラウルは隣の作業場へと向かった。



 ・・・・・・・



 部屋に残るヴォルフは、新しい紅茶を受け取り、熱さを我慢しつつ飲んだ。

 さきほど勢い任せに入れた砂糖は失敗だった、そう思いつつ、ようやく口内の甘さを中和する。


 ようやく一息つくと、向かいに座るエルメリンダを見る。

 その視線は、さきほど魔封箱を置いていた場所で止まっていた。それが気になり、つい声をかける。


「ゾーラ夫人、そのウロコをお持ちの方は本当に問題ありません。制御はきちんとなさっています」

「なぜそう言い切れるのですか、スカルファロット様?」


 思わぬほど低い声が返ってきた。

 こちらを見つめる目は昏く、そしてどこか哀しげだった。


「私がその方を知っているからです」

「……私もよく知っていたつもりでした。それが間違いでしたが」

「ゾーラ夫人?」

「冒険者をしていた頃、仲間が魔付きで暴走しました。魔物との戦いで負けそうになって暴走、魔物は倒しましたが、周囲にいた者も炎に呑まれました。他の者は火傷で済みましたが、本人は亡くなりました。上級冒険者でもそういったことがあります。どうぞ危うさは心にお留めおきください」

「……わかりました。ご忠告をありがとうございます」


 願いに似た声を受け、思わず礼を述べていた。

 エルメリンダは表情かおを整え直すと、紅茶のカップに手を伸ばす。その手のひら、不似合いな剣ダコが見えた。


「ゾーラ夫人が上級冒険者とは存じ上げませんでした。今も鍛錬をなさっていらっしゃるのですか?」

「ずいぶん時間の空いた、元冒険者ですが。鍛錬は少々しておりますが、出番の少ない護衛役ですので。ああ、『ゾーラ』の名でお呼び頂くと家の者が迷いますので、よろしければ、『エルメリンダ』とお呼びくださいませ、スカルファロット様」

「では、エルメリンダ様、私のことも『ヴォルフレード』とお呼びください。家もこちらの魔導具のお世話になっておりますので」

「ありがとうございます、光栄ですわ」


 エルメリンダが完全に営業向けの笑顔と声を自分に返す。それに妙に安心した。


「ところで、ヴォルフレード様は剣がお得意だとか。授業の待ち時間も長いですから、よろしければ打ち合いをお願いできませんか? 屋敷の者ではなかなか力も入れられませんので」

「打ち合い、ですか……」


 答えあぐね、視線はつい、ダリヤ達のいる作業場に向く。


 オズヴァルドが何かを説明し、それに質問をしているらしいダリヤの声、そして、ラウルエーレの明るい笑い声が続いた。

 盗聴防止の魔導具のせいで内容はわからないが、なかなか楽しい授業のようだ。


「旦那様のお許しならば得ています。たまには護衛の腕を磨かせてほしいと言ったら、『ヴォルフレード様にもし受けて頂けるなら』、とのことでしたので」


 自分が作業場を見ていたのを、オズヴァルドの許しがあるかどうかの迷いと判断したらしい。

 涼しい表情かおで言う黒髪の女性に、なんとも迷う。

 元とはいえ上級冒険者、それなりに強いのだろう。

 しかし、黒いドレスをまとうこの者との手合わせは、どうも想像しづらい。


「ご不安です? 庭で、部屋が見える位置ならばよろしいでしょうか?」


 何が不安だと言われているのかがわからない。

 ただ、言われたそれにわずかに苛立ち――思わずエルメリンダに遠慮のない視線を投げてしまった。


 だが、眼鏡をかけぬ自分を見返す彼女の目に、こがれの色は一欠片ひとかけらもなく。

 楽しげな笑みの底にいる何かに、うずりと背中が熱くなった。


 この熱には覚えがある。

 魔物討伐部隊での訓練時、強い先輩と最初に手合わせをする前、ランドルフとの打ち合いで互いに本気になりかけたとき、マルチェラとの組み手が盛り上がり始めたとき――


 強者を前にして身が浮き立つ、どうしようもない熱さ。

 おそらくは相手も同じだとわかるのが、さらに厄介である。


 エルメリンダ・ゾーラという者は、案外、自分に近い種類らしい。


「一戦お願い致します、エルメリンダ様」

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