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 結論を述べる。

 正しく怖がるというのは、怖がらないことではない。理性的に怖がることでもない。エビデンスとファクトに基づいて科学的に怖がることでもない。

 正しく怖がる方法は、人それぞれで違っている。意外に聞こえるかもしれないが、これが本当のところだ。

 万人に適用可能な正しい怖がり方は、事実上存在しないと考えるのが妥当だと、少なくとも私はそう考えている。そう考えない人がいることもわかっている。つまり、あなたの考える正しさと私の考える正しさは違っている。正しさというのは、しょせんその程度のものだ。

 ツイッターを眺めていると、マスクを買い占めた(と思われる)人々や、満員電車の中で咳をしたご老人を白眼視する乗客たちを揶揄嘲笑攻撃論難する書き込みの多さにげんなりする。

 ほかにも、報道に過剰反応してアルコール消毒のウエットティッシュを買いに走る庶民や、保健所に問い合わせの電話をかけまくる市民がネタとして冷笑されている。

 危機や混乱にあたって冷静な態度を貫くことそのものは、けっこうなことだ。

 ただ、自分の冷静さをアピールするだけではこと足りずに、あわてていたり不安に駆られていたりする人々を間抜け扱いにして笑うのは、21世紀の文明国の市民としてなさけない態度だと思う。私個人は、不安に駆られている人間をバカ扱いにすることも、新型肺炎騒動への過剰反応のひとつだと考えている。もう少し踏み込んだ言い方をすれば、情報弱者を嘲笑する人間は、素直に悲鳴を上げることができなくなっているという意味で、生物として間違った道を歩み始めているのだと思っている。

 そもそも、インターネット言論は、感情を軽蔑している。

 これは、私自身、パソコン通信の時代(1980年代後半~1990年代中盤まで)からネット言論に付き合ってきた人間の実体験として、強く実感しているところなのだが、伝統的に、インターネット上のコミュニケーションは、互いに顔(出自や肩書も)が見えないだけに、論理だけがものを言う曲芸じみたやりとりに着地することになっている。

 前世紀末に、いわゆる「ネット論壇」なるものが形を整えつつあった頃、その運動を支えていたのはパソコン通信時代から営々と草を生やしてきた草の根BBS(掲示板)や、ニュースグループと呼ばれる投稿システムの中で、文字による対話を繰り返してきた人々だった。そして、その初期のインターネットを支えてきた面々には、少なからぬ確率でメインフレームにぶら下がっている研究者や、市井のオタクである野良パソコン技術者を含んでいた。であるからして、そもそもが理屈っぽい彼らは、議論を好み、論理的な精密さを重視する人々で、その一方で、感情を軽視し、情緒的な言葉を軽蔑する傾きを持っている人々でもあった。

 そんな彼らが、ネット上の対話のルールとして、純粋な論理だけに基づくことを掲げたのは当然と言えば当然だった。

 というのも、相手の肩書や地位から発する圧力(あるいは「オーラ」)の影響を一切受けることなく、純粋に言葉の力だけで、純論理的なやりとりとしての会話を交わすことは、人類が長い間夢に見ていながら実現できずにいた理想の哲学的環境だったわけで、20世紀までのネット常駐者は、そのソクラテスの時代以来の理想の対話の場に参集した人間としての自覚を持っていたからだ。

 現在のネット世論も、多かれ少なかれ、ネット論壇黎明期に活躍した、ソフィストじみた人たちの影響を逃れ得ていない。

 で、この殺伐としたSNSの環境を改善するために、大量のポエムなり詩なりがもっとふんだんに供給されるべきだと思っているのだが、今回のこの文章は、あんまり詩的ではなかった。反省している。

(文・イラスト/小田嶋 隆)

小田嶋隆×岡康道×清野由美のゆるっと鼎談
「人生の諸問題」、ついに弊社から初の書籍化です!

 「最近も、『よっ、若手』って言われたんだけど、俺、もう60なんだよね……」
 「人間ってさ、50歳を超えたらもう、『半分うつ』だと思った方がいいんだよ」

 「令和」の時代に、「昭和」生まれのおじさんたちがなんとなく抱える「置き去り」感。キャリアを重ね、成功も失敗もしてきた自分の大切な人生が、「実はたいしたことがなかった」と思えたり、「将来になにか支えが欲しい」と、痛切に思う。

 でも、焦ってはいけません。
 不安の正体は何なのか、それを知ることが先決です。
 それには、気心の知れた友人と対話することが一番。

 「ア・ピース・オブ・警句」連載中の人気コラムニスト、小田嶋隆。電通を飛び出して広告クリエイティブ企画会社「TUGBOAT(タグボート)」を作ったクリエイティブディレクター、岡康道。二人は高校の同級生です。

 同じ時代を過ごし、人生にとって最も苦しい「五十路」を越えてきた人生の達人二人と、切れ者女子ジャーナリスト、清野由美による愛のツッコミ。三人の会話は、懐かしのテレビ番組や音楽、学生時代のおバカな思い出などを切り口に、いつの間にか人生の諸問題の深淵に迫ります。絵本『築地市場』で第63回産経児童出版文化賞大賞を受賞した、モリナガ・ヨウ氏のイラストも楽しい。

 眠れない夜に。
 めんどうな本を読みたくない時に。
 なんとなく人寂しさを感じた時に。

 この本をどこからでも開いてください。自分も4人目の参加者としてクスクス笑ううちに「五十代をしなやかに乗り越えて、六十代を迎える」コツが、問わず語りに見えてきます。

 あなたと越えたい、五十路越え。
 五十路真っ最中の担当編集Yが自信を持ってお送りいたします。