その一つは「ライトセイバーの色」に関するとても重大な事だ。劇中で様々な色を放つライトセイバーは、ジェダイが修行の一環として核となるカイバークリスタルをそれの持つフォースに導かれて採掘し、自分の手でライトセイバーを作り、始めて起動する際使い手のフォースと調和した時にその色が決まる。一方シスの場合は天然のカイバークリスタルとダークサイドのフォースは調和しないため、自前でカーバークリスタルを見つけることができず、人工のカイバークリスタルを用いている。このことからダークサイドの使い手が作ったライトセイバーは皆総じて赤いという設定がこれまでの通例だった。
ところがディズニーが2016年に出版したアナキン・スカイウォーカーの弟子を主人公にした小説「アソーカ」では、人工のカイバークリスタルという概念そのものが消滅し、代わりに「シスはジェダイからライトセイバーを奪い、中に入っているカイバークリスタルから自前のライトセイバーを作る。ライトサイドにしか呼応しないカイバークリスタルは抵抗するものの、ダークサイドのフォースによって捻じ曲げられた形で隷従することで“血の涙”を流し、赤色に染まる」という、とんでも概念だった。
この新ルールにファンの意見は真っ二つに割れてしまった。
というのもこの新ルールが適用されてしまったら、「エピソードⅢ」で既にダークサイドに染まったアナキンがヌート・ガンレイら分離主義勢力のトップたちを虐殺する際に使われたライトセイバーが何故青色だったのか。ベイダーがルークのライトセイバーを起動した際に何故その兆候がなかったのか説明がつかないからだ。
さらに「エピソードⅧ」で一時的にカイロ・レンが“聖剣”アナキンのライトセイバーを使用した際に抵抗する兆候が見られなかったのも変な話だ(両者ともにライトサイドに近い人物だからという解釈もできるが……)。
一方肯定的な意見としては、デス・スター最大の特徴である惑星を吹き飛ばすスーパーレーザーはカイバークリスタルがないと成立せず、帝国はデス・スター建造に20年の歳月を要してしまった。時間のかかった要因としては政治的な背景や製造に時間がかかりすぎたこと、そしてこのカイバークリスタルの採掘がうまくいかなかったことによる。
そこで、シスが個人で少量ながらも人工のカイバークリスタルを作ることができるなら、大掛かりな人員で人工のカイバークリスタルを製造すれば採掘などせずとも早々にデス・スターの部品は揃ってしまうので、人工のカイバークリスタルという設定は不要というのだ。この人工カイバークリスタルを無くした新設定を採用することで、ジェダイのみが正しく扱えるカイバークリスタルの希少性は増し、ライトセイバーの神格化になることから新しいルールを良しとする意見もあるのだ。
また「エピソードⅧ」や『ローグ・ワン』、『ハン・ソロ』で物議をかもしたのは主にファンとナード、オタクのシリーズに対する理解度の深さの違いから発生していると言っても過言ではない。
作品の内容や演出に対してファン、シリーズ観賞者の理解度が左右することは『ローグ・ワン』の頃にもあった。だが、新規ファンの獲得を重視して映画として成立するように作られており、分かる人には分かる程度のネタだったので誹りや疑問が出ることは少なかった。
ところがこの小ネタ問題は「エピソードⅧ」から顕著になってきた。序盤の「ファースト・オーダー・ドレッドノート」という巨大な戦艦がレジスタンスにとって最大の脅威となっていたのにも関わらず、ポー・ダメロンとハックス将軍の小学生じみた気の抜けるようなやり取りを皮切りに、激しい戦いでは有るもののあっさりと攻略してしまうご都合主義展開。ラストのルーク対カイロ・レンのルークの戦い方に苦言を呈したくなった人は多く、「エピソードⅧ」は賛否両論が激しい作品になってしまった。
これらの演出、ストーリーの理解には元ネタとなった『スター・ウォーズ バトルフロント2(EA版)』や『スター・ウォーズ フォース・アンリーシュド(DLCミッション)』のプレイが必須で、単純に映画だけを追っている人たちには何のことだかわからなくなってしまう。結果として知識の薄い人からすれば面白くない作品と捉えられてしまったのだ。予備知識を必要とする作品の魅せ方には問題はあるが、「スター・ウォーズ」はシリーズ作品でかつスピンオフ作品が豊富がゆえに引き起こしてしまった不幸であり、その不幸な面がよく見えてしまったのが「エピソードⅧ」という作品だと思う。
最新作『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』では、「エピソードⅦ」で伝説の英雄を悲劇的な最期で幕引きさせ、ファンの心の傷も癒えないうちにしれっと「若い頃はこうでした~」なんて取って付けたような設定で新作を作られるとファンの心境は複雑だ。熱心なハン・ソロファンだったらなおさらいい気持ちはしない。その上、後半になんの説明もなく現れたダース・モールはごく少数のコアファンは称賛するかもしれないが、ライトファンからすればその後のストーリーよりも時間軸の方が気になって映画に集中できなくなる。僕からみても『ハン・ソロ』はこのシーンを削除して欲しいと思ったほどだ。これでは「スター・ウォーズを100年先も続けていくため」と新しいファン獲得を含めた願いを込めたサインも虚しく散ってしまいかねない。
当初1年に1本「スター・ウォーズ」を公開するというスピーディーな展開は多くのファンに称賛されたが、内容の精査が出来ず乱雑な状態が露呈し、投資額回収の姿勢があからさまに見えた。その挙げ句、『ハン・ソロ』、「エピソードⅧ」の監督降板、J・J・エイブラムスによるディズニー3部作の尻拭いなんてニュースを聞かされると、どんなに「スター・ウォーズ・ユニバース」に疎い人でも「元々金儲けのだめだけに作った作品でしょ?」と受け止められてしまいかねない。
ディズニーは今一度設定を見直して、スター・ウォーズ界隈に“本当に”詳しい人物やルーカスの意志を受け継いだスタッフを迎え入れてちゃんとした修正、構成をするべきである
ディズニーは今一度設定を見直して、スター・ウォーズ界隈に“本当に”詳しい人物やルーカスの意志を受け継いだスタッフを迎え入れてちゃんとした修正、構成をするべきである。サーガの信頼回復をするのであるなら、意地を張らずにルーカスに頭を下げて、現「エピソードⅦ~Ⅸ」をなかったことにするのを覚悟の上で修正してもらうのも一つの手だろう。また、これは本国に限らず、日本のディズニーも「スター・ウォーズ」を盛り上げるためにライトなファンをプロモーションで安易に使うのではなく、ライトファンの目線で解説、監修できるコアな人材を発掘してマーケティングに臨まないとならないと思う。
キャスリーン・ケネディの独裁体制も近年は特に問題となっている。彼女はスピルバーグの推薦でルーカスフィルムに鳴り物入りで入ったが「スター・ウォーズ」にはさほど関心がないどころか未鑑賞の状態でトップに躍り出てしまったと先も書いた。もし後世、ディズニー・スター・ウォーズが大失敗と言われるとしたら、脚本、監督が統一されなかったことと、キャスリーンによる監督降板騒ぎは避けられないだろう。
元来「スター・ウォーズ」はジョージ・ルーカスの中で「エピソードⅠ~Ⅸ」まである程度構想が決まっていて、その中で最も盛り上がるエピソードとして「エピソードⅣ」をチョイスしたというのは有名な話だ。以降のエピソードでは監督こそは務めなかったものの、脚本と製作総指揮に回りストーリーと世界観に一貫性を持たせてきた。ところが、今制作されているトリロジーは脚本から監督までバトンリレーの様に回しているため、誰もが「僕の私の『スター・ウォーズ』」を展開しようとするため次の作品を託された側としてはどの様に収束させれば良いのかその悩みは計り知れない。
ライアン・ジョンソンは「エピソードⅧ」の脚本制作の際、ノンクレジットでキャリー・フィッシャーやルーカスの助言をもらって書き上げたのだが、この判断は先も書いた『クローン・ウォーズ』でルーカスフィルムのスタッフがルーカスから助言を貰う程度でクリエイターの個性を伸ばしつつ制作に臨んでいたのと近い構造となっていたため、ある意味「スター・ウォーズ」を有るべき姿にする上で、ある意味正しい判断だったかもしれない。
ただ、この事実を知っているかはわからないが、ルーカス色を抜きたいキャスリーン・ケネディはよく思わないに違いない。『ハン・ソロ』での監督降板や、コリン・トレボロウの「エピソードⅨ」監督降板理由は「最高の作品を提供すること」と表向きには言っているが、実際のところはキャスリーンとの関係が良好でないことや、作品に対する意見の食い違いで降板させられているのではないかと噂されている。
この事実が本当であるとするなら、全く無関係でかつ無関心な人物が「スター・ウォーズ」の命運を握っている様は、帝国軍の皇帝そのものであり、ディズニー社を糾弾するよりも先にキャスリーンを社長職から降ろして、ルーカスのDNAを引き継いでいる人物に銀河の命運を任せることを優先させるべきかもしれない。『ハン・ソロ』での興行不振からスピンオフ作品の制作計画は白紙になったのは事実で、これを彼女の手腕による弊害と見るかどうかで今後のフランチャイズの方向も変わるだろう。
スター・ウォーズ復活の裏でほくそ笑んだ武器商人たち
さて、悪い話が続いてばかりだが、明るい話を一つ上げるならディズニー買収後、ファンを満足させたのは劇的に増えたファングッズであることは間違いないだろう。ルーカスフィルム時代のスター・ウォーズのグッズはハズブロ、マスターピース、KOTOBUKIYA、メディコム・トイなど限定されたメーカーから会社の長所を活かしたキャラクター商品が展開されてきた。この時のスター・ウォーズグッズはどれもクオリティの高さやユニークさは十分で不満は特になく、むしろKOTOBUKIYAのように日本限定で販売された商品なんかは海外での需要は高く、コレクター価格がつくほどの注目の高さがあった。
ディズニー時代に入るとこれまでと打って変わり、バンダイやグッドスマイルカンパニー、セガ、ユニクロなど、これまでスター・ウォーズグッズに手を広げていなかった会社がなだれ込むように参入して、いたるところでスター・ウォーズの関連商品が展開されるようになった。現に「フォースの覚醒」公開前に入るとお店に入ったら必ずスター・ウォーズの何かがあしらわれた商品を見かけた人は多かったはず。
ただ旧来のファンからすると、目新しいグッズが増えたことでこれまでになかった新しいコレクションができると共にグッズから入る新規ファンの拡大で嬉しい半面「エピソードⅠ」の時のように供給過多による飽きを心配した人も居たかもしれない。現に商品過多は市場の問題となって、いたるところで「スター・ウォーズ」関連グッズの値引きセールが行われた悲しい過去を生んでしまった。僕の経験ではトイザらスで大量のフィンがいつか現れるであろう新しいご主人を待っている光景になんとも言えない感情を抱いたのを覚えている。
グッズの販売はサードメーカーだけが行っているわけではない。ルーカスフィルム時代と違って、ディズニーも自ら自社リゾート施設を始めとした自前の販売店でオリジナルグッズを展開した。とは言っても元々「スター・ツアーズ」があるため、アメリカ限定のスター・ウォーズグッズがいくつも販売されていたので、以前と比べたら許諾を取ることがなくなったので、より多くのグッズ展開ができるようになったくらいだ。
幅広い会社がスター・ウォーズグッズを提供できた背景には、ディズニー買収により商品化の敷居が大幅に下がったことにある。これまでスター・ウォーズのグッズを出す際には、ルーカスフィルムと契約を結ぶだけでなく、厳しいチェックの目が入っていたことで新規参入しても商品販売までに採算が合わないことから、「スター・ウォーズ」という巨大コンテンツにもかかわらず、余裕のない企業は参入が難しかった。
ところが、ディズニーは既に多くの企業が商品ライセンスの契約を結んでいるため、ディズニーがルーカスフィルムを買収できたことはディズニーにとって莫大なライセンス料が入るだけでなく、契約済みの多くの企業にとっても最大のビジネスチャンスの到来で、両社共にウィンウィンな展開となったわけだ。
ただ、ディズニー体制に入ってグッズ事情はどうなったのかと聞かれると、「明らかに慣習のチェックがゆるくなり、粗悪品が増えた」と言わざるを得ない状況だ。例を挙げるならブシロードの提供する「ヴァイス・シュヴァルツ」というトレーディングカードゲームにスター・ウォーズが参戦となった際、場面写真を一切使わない最近の傾向では珍しい制作体制が取られ、イラストレーターによる書き下ろしイラストで全カードが生産されたのだが、ダース・ベイダーの胸のパネルに着色間違いがそのまま放置されて世に出回るというお粗末な出来、チェック体制が明らかになってしまった。
グッズではないが、この他にも『ローグ・ワン』公開時にイベントで制作された屏風でもダース・ベイダーに着色間違いがあるなど、コアなファンからするとため息しか出ないようなことばかりだ。
ディズニーもこの様にうるさいファンがいるコンテンツを抱えているという自覚がなく、ただただライセンス料さえ貰えれば「スター・ウォーズ」はそれでいいと考えているようにしか見えない。
この買収騒動で労せずして最も得をしたのは、武器商人ならぬグッズメーカーかもしれない。
「スター・ウォーズ」というフランチャイズは今後どの様になっていくのか?
かなり長くなってしまったが、とりあえず買収騒動から現在まで大雑把に「スター・ウォーズ」界隈を振り返ってみたがいかがだろうか。
今後ディズニーは映画以外にもアナハイムでスター・ウォーズをテーマにしたエリアの提供など、買収した分、さらにビジネスを拡大しようと様々な計画を練っている。全てが全て悪いことだとは言わない。ルーカスは「スター・ウォーズ」というコンテンツを長続きさせるためにディズニーにルーカスフィルムという最愛の子供を託したわけで、1ファンである僕も末永く「スター・ウォーズ」が新しい世代に愛されるためには仕方がないと理解しているつもりだ。
ただ、「エピソードⅦ」以来ディズニーがやっているのは、これまでルーカスが挑戦的に行ってきた画作り、ストーリー制作ではなく「ファンを喜ばせる」ための作品作りしか行っていない。その上「分かるファン」、「分からないファン」を作品の中で区別するようにネタを仕込んでいるので、ファンの間に亀裂が走り、お互いが傷つけ合う状況に陥っているのだ。こんな作品作りでは到底「新規ファン」の獲得は難しいし、このままではニッチな作品としていつかは封印され、忘却の彼方へ追いやられるだけになってしまう。
最近では『クローン・ウォーズ』のシリーズ復活が「スター・ウォーズ」公式ツイッターで明かされて、凍結された物語の続きがいよいよ公開されるということで盛り上がっているが、正直なところ今のディズニー体制を見ていると僕としては疑問や不安な気持ちでいっぱいだ。
ここまでシリーズの存続のためにメチャクチャな案を上げてきたが、現実的な案を上げるとすれば、ディズニーはまずキャスリーン・ケネディをルーカスフィルムから話して、デイブ・フィローニの様にルーカスのDNAをしっかりと受け継ぎ、ファンを喜ばせるツボを知っている人物をトップに据える事をしなければならない。そして必要以上にルーカスフィルムに口を出すのを控えて、買収前と同じ様に「世界最大のインディーサークル」の様な立ち位置にさせてあげるのが、お互いにとっていい関係値となり、最大のポテンシャルを発揮できると思うのだ。
ディズニーは遠い銀河のフォースを乱し、戦争を起こしただけでなく、作品まつわるところで紛争のきっかけをばらまいてしまった。これを鎮圧いや、調和するためにもう一度スカイウォーカー、ルーカスの力を借りるのがベストかもしれない。