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「深刻化する若者のゲーム依存とその対策」(視点・論点)

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国立病院機構久里浜医療センター 院長 樋口 進 

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昨年5月に世界保健機関(WHO)は、新しい国際疾病分類で、ゲーム依存、正確にはゲーム障害を疾病と認定しました。わが国でも、若者を中心にこのゲーム依存は急速に深刻化しています。また、ゲーム依存まで至らなくとも、長時間のゲームにより学業、仕事、日常生活に悪影響を受けている人も多数います。ここでは、最近若者に対して行われたゲーム行動に関する実態調査結果なども踏まえ、ゲーム依存の実態とその対応策について考えてみたいと思います。

まず、WHOが策定したゲーム障害とはどのような内容でしょうか。

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臨床的特徴として、3項目が示されています。まず、ゲームのコントロールができないこと。例えば、ゲーム時間を減らそうと思ってもなかなかできない状態です。第二に、ゲームが生活の最優先事項になっていること。例えば、仕事や勉強、家族行事などよりゲームを優先させ、ゲームを中心に生活が回っている状況です。第三は、ゲームにより問題が起きているが、ゲームを続けることです。また、このようなゲーム行動により、学業、職業、家庭生活等で明確な問題が起きていることもその条件になっています。

さて、わが国にはゲーム依存者がどれ位いるのでしょうか。最近の論文によると、世界的には若者のゲーム依存の有病率は4~5%と報告されています。残念ながら、わが国では有病率の推計はなされていません。しかし、その数は急速に増えていると推計されています。私どもは、2012年と17年に全国の中学生、高校生に大規模な実態調査を行い、ネット依存が疑われる者の数を推計しました。その結果、その5年間に、52万人から93万人と1.8倍に増加していました。また、ネット依存患者を診療している全国の42病院に対する最近の調査によると、受診患者の約80%はゲーム依存で、その数は5年で約3倍に増えていました。

それでは、ゲームによりどのような問題が起きるのでしょか。

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このグラフは、私どもの病院のネット依存専門外来を受診した、平均年齢18.5歳のゲーム依存患者120名のデータの一部です。図は受診前6ヵ月のうち、半分以上の期間にこのような問題があった者の割合を示しています。図のように、ゲームにより朝起床できない者が約80%、欠席、昼夜逆転が、それぞれ約60%、引きこもりが約30%、家で物に当たる、壊すが約50%、家族に対する暴力が約30%となっています。また、健康問題も多くの患者に認められます。睡眠障害はほぼ全例に、体力低下や骨密度の低下も多くの者にみられます。さらに、エコノミークラス症候群の原因となる血液の凝固傾向も、5-10%の患者に認められます。

私どもは、さらに若者のゲーム行動と関連する問題の実態を明らかにするために、昨年初めに、全国の10歳から29歳の若者9,000名を無作為に選び、調査を行いました。その結果、約5,100名から回答が得られました。ここでは、調査の結果をいくつかご紹介しましょう。

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この図は、調査協力者のゲームの使用状況を示しています。左のグラフのように、男性の93%、女性の77%、全体で85%の者が過去12ヵ月の間にゲームをした、と回答しています。また、右のグラフのように、その内、およそ半数がネットに繫がっているオンラインゲームを、20%が繋がっていないオフラインゲームを、残りの30%前後が両方のゲームをしています。

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1日の平均ゲーム時間を見ると、グラフ左の平日の場合、約25%の男性と約10%の女性が平均3時間以上ゲームをしています。

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休日になると時間がぐっと増えて、3時間以上ゲームをしている男性は半数となり、女性でも4人に一人程度になります。

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この図はゲームにまつわる問題の割合を示しています。先ほどのゲーム依存患者に比べるとその割合は低いですが、それでも多くの者に問題が認められます。例えば、昼夜逆転傾向が男性の約10%、女性の5%、学業成績の低下や仕事のパフォーマンス低下が男女それぞれ約12%、5%に見られます。また、ゲーム課金のし過ぎ、家で物に当たるが、男性のそれぞれ約3%、5%に見られました。

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問題の割合と平日の平均ゲーム時間との関係をみると、その割合は時間とともに増える傾向があります。例えば図のように、学業成績低下や昼夜逆転傾向は、ともに1日1時間未満に比べて1時間以上でかなり増えており、特に後者は、1日6時間以上の者の半数に認められました。

さて、ここで治療について考えてみたいと思います。依存の治療は、本人がまず自分の問題を認め、そこから回復する道を選ぶことから始まります。ゲーム依存の場合、患者のおよそ70%は未成年者です。一般に未成年者は成人に比べて、自分の問題をよく理解できないため、回復に向かうモチベーションも低く治療が困難です。また、親への甘えから、問題をあえて認めない傾向もあります。よしんば、ゲーム時間を減らそうと決意しても、それを継続していくためには、不断の努力と忍耐が必要です。未成年者は成人に比べて、我慢が難しい傾向があります。これは、脳の発達上、仕方のないことなのです。従って、この自己コントールの低い若者に、自己コントロールを強いることになり、これも治療が難しい大きな理由になっています。一般的に、これらの二つの特徴は、年少であればあるほど強いので、小学生、中学生の治療は特に困難です。

ゲーム障害の予防や治療は緒についたばかりです。今後予想されるさらなる事態の悪化も踏まえて、予防対策を急がなければなりません。当面、次のような対策が必要ではないでしょうか。まず、子ども達に対する予防教育です。最近、乳幼児までスマホやタブレットを使っていることから、それを見守る若い両親に対する教育も必要でしょう。第二に、相談対応システムの構築と拡充です。自分の子供にゲーム問題があっても、両親はどこに相談してよいかわからないのが現状です。また、対応する側も専門知識を有しないことが多く、必ずしも適切な対応ができません。第三に、専門治療を提供している医療施設の絶対的な不足を挙げなければなりません。このような状況に対応すべく、私どものセンターでは、平成26年から、医療関係者、教育関係者に対してマンパワー育成のための研修を行っています。今年から、さらに相談対応者向けの研修も始めました。しかし、昨今の相談、医療のニーズに対応するためには、更なる拡充が必要でしょう。最後に、韓国や中国で行われている、年少者のオンラインゲームへのアクセス制限等についても、その有効性等を評価した上で、必要があれば導入を検討すべきだと思います。

最近、ゲーム依存の予防に関する香川県の条例案が話題になっています。若者のゲームの過剰使用に起因する問題や依存を予防することを目的にした条例で、画期的なものだと思います。今後、適切に施行され、その有効性や課題が評価された上で、アルコール健康障害やギャンブル等依存症のように、国の基本法として結実していくことが期待されます。

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