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【暮らし】

勤務時間以外はつながりません 公私線引き 企業が「仕組みづくり」

オンラインで、取引先の企業の担当者に問い合わせの対応時間などを伝える社員=東京都千代田区のイグナイトアイで

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 情報通信技術(ICT)が発達し、スマートフォンなどを使えば、いつでも、どこでも仕事ができる現代。どこからどこまでが仕事なのか、一人一人の労働時間は見えにくくなっている。そうした中、社員の負担が増えないよう、勤務時間外は業務とつながらない取り組みを進める企業が出てきている。 (出口有紀)

 資料を示しながら、担当社員が画面越しに業務の内容を説明する。「お問い合わせ時間は午前十時から午後七時までです」。企業の採用活動を助けるシステムを提供する「イグナイトアイ」(東京都千代田区)の勤務時間は、原則として午前十時から午後七時まで。顧客からの時間外の問い合わせには翌日、対応する。

 顧客向けの資料に、その旨を明記するのは「社員の意識を変えるため」と社長の吉田崇さん(41)は言う。勤務時間外は対応しない試みを始めたのは、起業から四年、顧客が増えだした二〇一七年。業務時間外や担当者が休みの際、社外からのメールには、不在の知らせと同社内の緊急連絡先が自動で返信されるよう設定できる。社員同士の連絡も業務時間以外は本人に通知が行かない設定が可能だ。

 「つながらない仕組みづくり」の背景には、サービスの質を保ち続ける狙いがあるという。「深夜まで対応することで、社員が健康を損ねたり退職したりすれば、顧客へのサービスに影響する」と吉田さん。売り手市場の近年、働き手に選ばれるには「『業務時間外はつながらない』働き方をする企業であることが大事では」と分析する。オンライン会議を増やすなど効率化を進めた結果、毎日午後八時にはほとんどの社員が帰宅するようになった。

 セールス部門の繁田奈央さん(28)は転職組だ。以前勤めていたカタログ通販会社では、夜遅くまで掲載商品の情報を担当会社に確認するのが当たり前。有休を取った日に会社から連絡がくるのも「仕方がない」と思っていた。しかし、仕事を意識しすぎて、食事が取れないように。ほぼ定時に帰宅できる今は「生活と両立できる」と笑顔だ。吉田さんは「夜遅くまで働ける社員がいても、後任が同様にできなければ顧客への説明も大変」と指摘。取引先も『つながらない仕組み』を実践すれば、好循環が生まれる」と期待する。

 フランスでは一七年施行の改正労働法で、勤務時間外や休日に会社からの連絡を拒否できる「つながらない権利」が法律で認められた。青山学院大の細川良教授(41)=労働法=によると、同国では一〇年ごろから過重労働が社会問題化している。「私生活を大事にする国だが、ICTの発達で若い世代を中心に仕事が家庭に入り込んでいる」と法改正の背景を話す。

 日本の他の企業はどうか。大手広告代理店の「博報堂」は昨年四月から、午後十時以降は連絡を控えるなどの「マナー」を呼び掛ける。「三菱ふそうトラック・バス」は一四年から、長期休み中の社員にメールが届くと、休暇明けに送り直すよう促すメールが返信される機能を導入した。ただ両社とも声をそろえるのは得意先の理解をどう得るかだ。三菱ふそうの担当者は、返信機能の利用者がほぼいないことを挙げ「なかなか難しい」とするが、「業務時間以外はつながらなくてもいいという意識は広がっている」と話す。

 仕事と私生活の境目があいまいになれば、健康への影響が心配だ。独立行政法人「労働安全衛生総合研究所」(川崎市)の上席研究員久保智英さん(43)は「寝る前に仕事に関連する事柄をスマホで調べたりメールを返したりすると、眠りが浅くなってしまう」と指摘。「仕事と関係ない本を読むなど趣味に没頭する時間が必要」と呼び掛ける。

 

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