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【社会】誓い「再審まで闘う」 ハンセン病特別法廷「違憲」 「友は無実」無念晴らしたくて
「正義を認めてくれた」。菊池事件を巡る特別法廷の審理を憲法違反と認めた二十六日の熊本地裁判決。原告となった元ハンセン病患者らは、今回の裁判所の判断に手応えを口にした。「再審無罪を勝ち取るための一歩」。原告らは、患者とされ無実を訴えながら極刑に処せられた男性の名誉回復へ、闘い続けることを誓った。 午後二時すぎ、暖かな日差しが降り注ぐ熊本地裁前。弁護士が「特別法廷を断罪」と書かれた幕を掲げると、各地から集まった支援者が一様に安堵(あんど)の表情を浮かべ、拍手した。 裁判のやり直しを目指し、男性と面会を重ねていた国立療養所菊池恵楓園(熊本県合志(こうし)市)入所者自治会長の志村康さん(87)は、法廷でサングラス越しにじっと裁判長を見つめ、違憲の判断に聞き入った。差別を恐れ、再審請求できなかった遺族を思い「胸をなで下ろしていると思う。(男性の)人権を回復させたい」と意気込んだ。 ホテル一室で開かれた報告集会では、支援者らが「再審無罪を勝ち取る」との思いを共有し、熱気に包まれた。 原告弁護団の徳田靖之共同代表(75)は地裁判決を「最終目的を達成する上で画期的な一歩。裁かれるのはあなたたちだという原告の問いに、裁判所が真摯(しんし)に応えた」と評価した。 元患者やその家族が国を相手に起こした裁判を率い、勝訴をつかんできた徳田さん。「差別を一掃するための闘いは道半ば」と、自身に言い聞かせるように語ってきた。 再審に向け「今まで以上に厳しい壁を乗り越えなくてはいけない。一緒にがんばりましょう」と呼び掛けた。 志村さんは、友の無念を晴らそうと特別法廷のむごさを訴えてきた。冤罪(えんざい)を主張しながら死刑を執行された男性は志村さんを「親友」と敬った。判決に「正しい判断で、足掛かりができた。これをお墓に参って報告したい」と笑みがこぼれた。 志村さんは一九四八年、恵楓園に入所した。自治会の渉外部長をしていたことが縁で六二年、近くの菊池医療刑務支所に収監されていた男性と交流するようになった。 殺人罪で有罪となり、死刑判決が確定していた男性。裁判のやり直しを求め、全国の支援者らと文通を重ねていた。志村さんは月一回の面会のたびに便箋や切手を差し入れ、自身も手紙のやりとりを続けた。 男性の娘が通う高校が決まったことを報告した時は、二人で手を取り合って喜んだ。直後の六二年九月、刑が執行される。「どうして」。知らせを聞いたが、ショックですぐに理解できなかった。 遺品には、約三千通の手紙のやりとりを記録した芳名録があった。志村さんの名前の下に書き添えられていたのは「親友」という文字だった。確かな絆を目にし、目頭が熱くなった。 「穏やかな性格で罪を犯すような人ではなかった。最初から差別裁判だった」。無実を信じる気持ちは今も揺るがない。 PR情報
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