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解説アーカイブス これまでの解説記事

「捨てられる裁判記録 保存と公開は」(時論公論)

清永 聡  解説委員

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戦後の数々の裁判記録が、人知れず廃棄されていたことが分かりました。東京地方裁判所は、2月にようやく保存の基準を公表しました。
ここ数年、公文書の廃棄などが次々と問題となっていますが、もう1つの公文書の問題、裁判記録の保存と公開について考えます。

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【解説のポイント】

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民事裁判の記録は多くが捨てられていました。
刑事裁判の記録は見ることができないケースも。
保存と公開をどのように進めるべきでしょうか。

【民事記録の保存の仕組みは】
ここ数年繰り返されている公文書の問題。これらはいずれも「行政」の文書です。公文書管理法で扱いが定められています。

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一方「司法」である裁判記録はこの法律の対象ではありません。ただし、民事裁判の場合、最高裁の規定で、裁判の記録は確定後、1審の裁判所に5年間保存されます。また、判決文は別に保存されます。
さらに重要な裁判記録は「特別保存」として永久保存になります。どちらの記録も基本的に誰でも閲覧可能です。そして特別保存記録は最後に国立公文書館へ移されます。
つまり、保存と公開の仕組みは作られているわけです。

【実際は廃棄が相次ぐ】
ところが、実際は5年が過ぎた時点で大半が捨てられていたことが分かりました。ほとんどがこの「特別保存」にされなかったためです。
どのような記録が捨てられたのか。東京地裁を例に調べてみました。

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例えば、生活保護をめぐって憲法の生存権が問われた「朝日訴訟」。海外に暮らす日本人に選挙権の行使を認めた「在外選挙権訴訟」。どちらも高校の教科書にも掲載されていて、生活保護の充実や投票制度の整備につながった、歴史的な訴訟です。しかし、これらも捨てられていました。
ほかにも、「宴のあと」訴訟、法廷メモ訴訟、「マクリーン事件」訴訟、そしてバブル後に破綻した金融機関をめぐる裁判など、数々の歴史的な記録が、軒並み廃棄されていました。廃棄の件数はよくわかりません。
現在年間3万件を超える民事裁判を抱える東京地裁で、ここまで特別保存されているのは「横田基地訴訟」など、わずか11件でした。

では全国の裁判所では、1年間にどれだけ特別保存されているのか。私は今度は最高裁に情報公開請求をしてみました。画面の右側が、開示された文書です。昨年度、特別保存に新たに認定されていたのは、全国の裁判所を合わせても、わずか9件でした。
これでは、「保存の仕組みが機能していない」というほかないでしょう。

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【判決だけでなく記録を残す意味は】
特別保存されず捨てられていた理由ははっきりしません。
保管場所がない、あるいは判決文だけ残っているか、出版物に判例が掲載されていれば、十分だと考えたのかもしれません。
ただ、それでは残らない記録もたくさんあります。

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例えば、旧満州、現在の中国東北部に開拓団として渡り、長く帰国できなかった3人の女性が、2001年に国を訴えた裁判がありました。「中国残留婦人訴訟」と呼ばれます。この記録も捨てられています。
その中には、原告など20人あまりの女性が、戦争体験や戦後の苦労をまとめ、裁判所に出した陳述書、そして法廷での証言が含まれます。多くの女性はすでに亡くなり、今では新たな証言を得ることはできません。
弁護団を務めた石井小夜子弁護士は「歴史的な記録であり、社会的にも貴重なものだった。捨てられたことに怒りを禁じえない」と話しています。
廃棄によって、裁判所に残すべきだった歴史証言を失ったことになります。

【初めての明確な保存基準】
東京地裁は2月、初めて明確な保存の基準を作りました。

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新聞2紙以上に判決の記事が掲載されたり、最高裁の判例集に掲載されたりした裁判の記録を特別保存とするほか、一般から保存の要望を受け付ける手続きも、今後ホームページで公表することなどを決めました。
東京地裁は「これまで適切な運用がされていなかったことは誠に遺憾だ」などとコメントしました。
今後は、年間100件前後が特別保存されるとみられます。
初めて裁判所自身による客観的な基準が作られたことは、大きな前進と言えるでしょう。ただ、これは東京地裁だけです。全国の裁判所がこの基準を参考に、一刻も早く方針を作成して保存に取り組む必要があります。

【刑事記録の保存の仕組みは】
ここまで見てきたのは民事裁判です。では、刑事記録はどうなっているのでしょうか。

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刑事裁判も形の上では似た仕組みがあります。保管するのは裁判所ではなく検察庁。保存期間は事件ごとに違いますが、閲覧が可能なのは確定から3年とされています。
期間内であれば法律で原則として「誰でも閲覧できる」と明記されています。さらに重要なものは「刑事参考記録」として保存されますが、国立公文書館に移す仕組みは整っていません。ごく一部を除き、検察庁に置き続けることになります。

【「閲覧不許可」も】
では、法律通り「誰でも閲覧できる」のか。
私は以前、ある刑事裁判の記録を閲覧請求しました。特別手配されたオウム真理教の元信者の裁判です。

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しかし、地検の回答は「閲覧不許可」、一切見せないというものでした。「本人の改善や更生を妨げること」などが理由とされました。
しかし、閲覧請求は確定から3年以内に行ったうえ、判決など公開の法廷で出た内容まで一切非公開なのはおかしいのではないか。
私は、個人で「準抗告」という不服申し立てを裁判所に行いました。その結果、最終的に一部の不許可が取り消され、個人名などを除き大半の記録で閲覧が認められました。ただ、確定まで2年もの時間がかかりました。
専門家は「刑事裁判の場合、プライバシーや3年が過ぎたことなどを理由に、関係者以外の第三者の閲覧を不許可とする例が少なくない。法の定め通りに運用すべきだ」と指摘します。
開示に消極的なのはプライバシーへの配慮があるのかもしれません。しかし、犯罪被害者の遺族からは「悲惨な事件を繰り返さないため、裁判記録をできるだけ活用して、教訓を考えてほしい」という意見も聞かれます。検察はこうした声も受け止めてほしいと思います。

【どう保存と公開を進める】
このように民事は記録の廃棄、刑事は記録の公開。どちらも課題があります。
記録や資料が膨大だという声もありますが、デジタル化も検討は可能です。少なくとも保管場所がないことを理由に、捨てる行為を正当化することはできません。
そして、特に刑事裁判記録は、できるだけ公開する仕組みも整備が必要です。法律が「誰でも見ることができる」となっているにも関わらず、全部を見せないという対応を取ってしまえば、事件の検証や教訓を学ぶこともできなくなってしまいます。
必要があれば担当する職員を充実し、文書管理の専門家「アーキビスト」を配置する試みも検討してほしいと思います。
また、特に刑事参考記録は、一定の期間で国立公文書館へ移す仕組みの明確化することが求められます。
裁判記録も“公文書”です。「裁判所のもの」でも「検察のもの」でもありません。できるだけ国民と共有することが望ましいはずです。

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【司法の記録も未来への教訓に】
社会保障など基本的人権にかかわる制度。そして事件や事故の再発防止策など、私たちの社会は、立法と行政に加え、司法の判断を繰り返すことで作られてきた側面があります。
裁判記録を捨てる、あるいは見せないということは、司法が長年積み重ねた貴重な歴史を隠すようなものです。
記録をできるだけ残し、可能な限り公開することで、未来へと生かしていく。保存と公開の仕組みを急いで整えてほしいと思います。

(清永 聡 解説委員)

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「新型コロナウイルス治療薬開発とその課題」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

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「治療薬を、早く開発してほしい」、多くの方が、今そう考えていると思います。感染が広がる新型コロナウイルスに対して、私たちは治療薬もワクチンもない状態で闘っています。
日本では、2020年2月20日、クルーズ船の乗客2人が亡くなりました。国内で死亡した人は3人になりました。誰から感染したのかわからないケースが相次いで報告され、感染拡大の不安も広がっています。
そうした中、治療薬の開発状況について、WHO=世界保健機関は、2月20日、記者会見で「治療方法の臨床研究を進めていて、3週間以内に初期の結果が判明するだろう」と明らかにしました。

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今回は、感染者について中国が行った大規模な調査の結果を見たうえで、どのような治療薬の開発が進められているのか、治療に結び付ける上での課題は何か考えます。

中国の疾病予防センターのチームは、2月11日までに中国国内で感染が確認された4万4000人あまりについての分析結果を発表しました。

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全体の致死率は、2.3%です。内訳をみると、武漢を中心に感染が広がった湖北省は2.9%なのに対して、中国の他の地域は0.4%と大きく差があります。こうしたことから、日本でも致死率は、2%より低くなるとする専門家の見方があります。
また、同じコロナウイルスの感染症「MERS」や「SARS」に比べると低い値です。しかし、毎年冬に流行するインフルエンザの日本国内の致死率より高くなっていることに注意が必要です。2%台、あるいは0.4%にしても、決して油断してはいけないという数字です。

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患者は、軽症が80.9%と多くを占めています。一方で、注目される点は、重篤の人うち、ほぼ半数が死亡したということです。軽症の人を重症にしない、重症の人をいち早く軽症の状態に戻すことが重要であることがわかります。

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特に傾向が顕著なのが、年代別の致死率です。高齢者のリスクが大きいことは知られていましたが、若い人と高齢者の致死率は大きく違います。日本でも死亡した3人は、いずれも80代でした。データからは、糖尿病や高血圧などの持病があると致死率が高くなることもわかりました。高齢者、持病のある人に感染させないこと、重症化させないことが重要であることがデータで示されました。

患者を重症化させないということを難しくしている大きな要因が、治療薬がないことです。
現在、病院で行われている治療は「対症療法」、つまり、症状に合わせて全身状態を管理し、患者の回復力に期待するという方法がとられています。
では、新型コロナウイルスの治療薬の研究・開発は、どうなっているのでしょうか。いま、大きく2つの方向性で進められているとみられています。

ひとつは、新型コロナウイルスに感染して回復した人の血液の成分を使うというものです。

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回復した人は、その過程で、体の中にウイルスと闘う武器ともいうべき物質「抗体」ができます。武器がウイルスにうち勝って、回復したのです。武器は、回復した人の血液に残っています。そこで血液から その武器を取り出して、患者に投与すれば、新型ウイルスを攻撃してくれると期待できます。「回復した人の新型ウイルスに対する免疫力を借りてくる」という考え方です。

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この方法は中国で実施されています。これまでに10人以上に行われ、「回復傾向が見られた」と中国側は報告しています。
ただ、日本で行うには課題があります。中国がどのように安全性を確認したのか詳細はわかりませんが、日本で行うには独自に安全性の評価が必要です。また、回復した人1人からは、2~3人分しか血液の成分が取れないため、大量生産ができないという課題もあります。

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このため、日本では、回復した患者の体から取り出した細胞に、人工的に武器となる「抗体」を作らせるという研究をスタートさせることになっています。ただ、安全性の確認などの手続きも必要で、臨床応用には時間がかかるとみられます。

もう一つは、すでにある薬の中から、効果があるものをさがすというものです。例えば、エイズウイルス=HIV感染者の治療薬が使えないか研究が進められています。

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なぜ、エイズの治療薬が効くと考えられるのでしょうか。新型ウイルスは、ヒトの細胞に入り込んで、細胞の力を借りて増殖します。そのあと、次の細胞に入り込んで、また増殖といったことを繰り返します。

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この仕組みの基本的なところは、新型コロナウイルスもエイズウイルスも共通しています。

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エイズの治療薬で、ウイルスが細胞内で増殖するのを抑える薬があります。

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これを新型コロナウイルスの患者に投与すれば、同じように増殖を抑えられるのではないかと考えられているわけです。

この治療薬は、いくつかの国で試みられています。

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日本では、国立国際医療研究センターで、5人の患者に対して行われています。まだ、効果の確認には至っていません。国は、この薬について、「臨床試験」を進める計画です。
インフルエンザウイルスの薬でも同じように効果があるのではないかと考えられています。タイでは、インフルエンザの薬とエイズの薬を併用して投与した例もありますが、症例が少なく、効果の評価はこれからです。

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専門家の中からは、こうした薬は、ウイルスの増殖を抑えますが、肺炎の症状を抑えるものではないため、肺炎が進んでしまった患者に投与しても十分な効果があらわれないのではないかという指摘もあります。適切な投与のタイミングを見極める必要があるかもしれません。
WHOが2月20日に「3週間以内に結果が判明するだろう」と述べた臨床試験の一つは、エイズの治療薬の方法で進められています。すでに、承認された薬で、副作用もわかっていることから、安全性の評価がしやすいと考えられます。
新型コロナウイルスの治療薬ができるとすると、まずは、こうしたすでにある薬の中から見つかる可能性が高いとみられていて、WHOの今後の発表が注目されます。

そもそも、新型ウイルスの治療薬はなぜなかったのでしょうか。

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実は、同じコロナウイルスで重症の肺炎を起こす「SARS」や「MERS」にも治療薬は、ありません。2002年に発生したSARSは、2003年には「終息」が宣言され、いまでは新たな患者はいません。2012年に見つかった「MERS」は今も散発的に報告されますが、患者は多くはありません。症例が少ないことが、コロナウイルスの治療薬の開発を難しくしたと指摘されています。
今から考えれば、SARSやMERSのときに、次の新型ウイルスに備えて、コロナウイルスの治療薬の開発・研究を国際社会で、より徹底して進めておく必要があったのだと思います。
新型コロナウイルスの治療薬の開発は、現在、世界中の研究機関などで様々に進められているものとみられます。今は、世界が一丸となってこのウイルスに立ち向かうときです。WHOがリーダーシップをとって、各機関が情報をできるだけ公開できるようにし、一刻も早く治療薬の開発につなげなければなりません。

(中村 幸司 解説委員)

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