作者:グングニル
まもなくトーナメント第一回戦が始まろうとしている。鳴り止まない歓声の中、カイキと前回の大会優勝者でありカイキの初戦の相手である大男がコロシアム内に入場してきた。すると観客の歓声はさらに大きくなった。おそらくこの歓声の9割は対戦相手の大男に向けられたものだろう。その証拠に観客の方を見渡してみると、時折保護者目線でカイキのことを心配そうに見ている年老いた観客もちらほら見かけた。だがカイキにとってその眼差しは、これから点になると考えると楽しみで仕方なかった。
そして試合開始のゴング音が会場に鳴り響く。大男はイノシシのようにカイキの方にまっすぐに突進してくる。普通の対魔導士に対しては確かに有効打点ではあるが、それはあくまで平均的実力相手での話。カイキをそこら辺の魔導士と同じと考えている時点で、大男の80%の負けが決まった。残りの20%は相手の実力次第だ。
カイキは風の魔法の使い手である。己の姿を風に変えたり、空気を圧縮させることで空中に足場を作り空中を自由に移動することもできる。また、風圧を利用して風を刃物のように変化させれば相手を切り刻んだり、塊のように変化させればまるでハンマーで殴られたような打撃を与えられる。さらに、カイキは使ってはいないが風の性質を変えれば冷気や熱風を生み出すことも可能である。このように風の魔法はあらゆる場面で使える万能な魔法ではあるが、その分消費魔力が大きかったり他の属性の魔法と比べて威力が低かったりと欠点の多くが大事なところで影響しがちであることから、実は風の魔法の使用者は思いのほか少ない。
そんな風の使い手のカイキだが、カイキの得意とする基本戦術は姿を風に変えたり風を移動速度を上げるブースターとして利用しながら相手の視界から消え死角から攻撃する。つまり近距離攻撃しか使えない格闘家タイプがカイキの最も得意とする相手なのだ。とはいっても、相手はトーナメント優勝を経験している実力者。多少は苦戦することも頭に入れなくては勝てる試合にも勝てなくなってしまう。そうなれば、恥という心の傷を人によっては一生背負って生きてはいかなければならない。カイキは敵が接近してくる直前に風よる高速移動で大男の死角に入り、こちらの手が読まれないうちに一発大技を放った。
「西の神風よ。全てを貫くその刃で敵を撃ち抜け!『ゼピュロス』!!!」
大男の死角から放たれた風の槍が大男の身体を貫いた。これはカイキが使える技の中でもかなりの大技の一つ。相手の痛覚に直接影響を与え、外傷を与えることなくダメージを与えることができる。消費魔力が大きい上に銃の弾丸ぐらいの攻撃範囲しかないのが欠点ではあるが、死角から放たれたこの技は初見でかわすことはまず不可能。これで一気に大ダメージを与えて、相手が怯んだ隙に一気に風を叩きこもうとした・・・のだが。
「しっ、試合終了ー!!!勝者、カイキ選手ー。なんという番狂わせだー」
アナウンスとともに会場が大きな歓声に包まれた。一方のカイキは、あまりの想定外の結果に唖然としていた。確かにこの攻撃は、相手の実力次第では一発KOすることはあり得ない話ではない。しかしそれは相手の実力がよっぽど低い場合によるもので、ましてや相手は前回の優勝者。攻撃を食らって膝をつくことは予想はしていたが、まさかこれだけの攻撃でやられるなんてさすがに予想ができなかった。前回の優勝者でこの実力だ。このトーナメントのレベルの低さにカイキは再び地獄に落とされた気分になった。そんなカイキの感情を無視するかのようにコロシアムの盛り上がりはしばらく続いた。
カイキが主催者である王族が座っている席の方を見てみると、国王は少々不満そうにこちらに拍手を送っていた。対戦相手の大男のことがよっぽど気に入っているのか、もしくは大会の進展が思い通りにいかなかったことに苛ついているのかは分からないが、カイキにとってその表情は少々心地よかった。一方の王女の方はというと、さっきのつまらなさそうな表情とは打って変わってなぜかキラキラした視線をカイキの方に向けていた。そしてカイキと目が合うと、王女はウンウンと頷き満面の笑みをカイキに送った。それが何を意味しているのか、カイキには分からなかった。
一回戦を終えたカイキは選手の控室に戻っていた。一回戦の大男を倒したことがよほど信じられないのか、ほかの参加者の目線はカイキに釘付けだった。それから二回戦、三回戦、四回戦と順調に試合は進んでいき、準決勝第一回戦が始まろうとしていた。普通ならばここで気合いを入れるものだが、忘れてはいけない。このトーナメント出場者の8人のうちカイキを除く7人が常連組で、その中で一番強いであろう出場者を一回戦でもうすでに倒している。もしカイキが思う主催者の狙いが予想通りであるならば、トーナメントの峠はすでに超えているということになる。カイキにとってこれほどワクワクさせない大会というのも初めての経験であった。
結局カイキの予想は大当たりし、準決勝は難なく勝ち上がり、さらに決勝でも特に苦戦をすることなく勝つことができた。これほどの低レベルなトーナメントにも関わらず、コロシアム内の観客の歓声は鳴り止むことを知らなかった。一体何が観客の心をそこまで動かしているのかカイキには分からなかったが、恐らくこれまで見たことのない魔導士の戦いを見れて観客は喜んでいるのだろう。最初は納得がいかない顔をしていた国王も今となってはカイキの優勝を心から祝福してくれているようだった。王女の方はというと相変わらずカイキを獲物を狙う猫のような眼差しで見ている。また面倒なことに巻き込まれそうだとカイキは感じ取っていた。
そして夜が訪れる。トーナメント優勝者はその晩に開かれる国王主催のパーティに出席することができるようだ。だがカイキにとってそのような催しは一切興味はなく、トーナメント優勝で得た賞金を手にし一人で少し豪華な夕食をしようと思っていた。しかし、王国の使いの者からパーティーにぜひ参加してほしいと言われた。もちろん断ろうとしたのだが、カイキに直接会いたいという人物からの命令らしくとても引き下がってくれそうにもなかった。また王国の闇の部分を見てしまったような気がしたカイキは、ここで断ったら更に面倒事に巻き込まれてしまうと感じデジャブという言葉が頭をよぎりながらも、やむなくパーティーに参加することにした。
どうせ王国からの使いを派遣したのは国王で少し話をすればすぐに終わるだろうと思っていたカイキだったが、実はカイキに直接会いたいと言っていたのは国王の隣で観戦していた王女の方だった。
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