「マスクせずに咳」でトラブル増加、電車から無理やり降ろしたらどうなる?
新型コロナウイルスの感染拡大で不安が広がる中、電車内でのマスクをめぐるトラブルが増えています。
福岡市営地下鉄では2月18日、非常通報ボタンが押されました。理由は「咳をしているのにマスクをしていない人がいる」という通報でした。
列車は最寄り駅で停車。駅員が咳をしている人と通報した人を降ろして話を聞き、和解したといいます。運行が3分遅れたそうです。
ネットでも、マスクをせずに咳をした人に対する乗客の過剰反応が報告されています。予防や咳エチケットは大事ですが、行き過ぎた場合はどうなるのでしょうか。甲本晃啓弁護士に聞きました。
●緊急性なく列車を止めたら法的責任に問われる可能性
「マスクをしていないのに咳をした」というだけの理由で非常通報した場合、通報者はなんらかの責任を問われるのでしょうか。
「マスクをしないで目に余るような咳やくしゃみをするというマナーのない人も、まだまだ見かけます。トラブルを避けるという意味では、自身で別の車両へ移動するのが望ましい対応と言えます。
今回のケースが実際にどのような状況であったのかはわかりませんが、混雑した車内では移動が難しいこともありますので、『何とかして欲しい』という気持ちは多くの人にとって共感できるものと思います。そして、乗務員にそのようなマナーのない乗客がいることを知らせるという行為そのものについては全く違法性がありません。
しかし、非常通報装置の使用は緊急時に限られていますので、緊急性がない内容で通報して、列車を止めてしまった場合には、法的責任を問われる可能性があります。
例えば、東海道・山陽新幹線の車内アナウンスでは(1)不審物・不審者を発見した場合は直ちに乗務員に知らせるように、また、(2)緊急の場合は、非常通報装置(SOSボタン)で通報するようにと、緊急性に応じてオペレーションを分けた呼び掛けをしています。
というのも、非常通報装置は乗務員と遠隔でのやりとりとなるため、基本的には乗務員が現場に行って安全を確認する必要が生じ、そのためにいったん列車を停止させるケースが多々あるからです。なお、鉄道会社によっては、非常通報ボタンが押されると、自動で列車が停止するという仕組みになっているものもあります。
今回の『マスクをしてないのに咳をした』というのは緊急性はなく、列車の運行を止めれば、偽計または威力業務妨害罪(いずれも3年以下の懲役又は50万円以下の罰金)にあたる可能性があります。
実際に、緊急性がないにもかかわらず新幹線の非常用ドアコック(緊急脱出装置)のフタをイタズラで開けて列車を停車させた乗客が威力業務妨害罪で逮捕されたという類似の事例もあります。また、列車を止めた場合には、民事的にも鉄道会社から多額の損害賠償請求をされる可能性もあるでしょう」
●マスクしていない人に「降りろ」と迫る乗客
ネットでは、電車で「マスクをしていないなら降りろ」と咳をしている人に怒鳴って降りるよう迫る人がいるという報告もされています。こうした行為はなんらかの罪に問われるのでしょうか。
「車内で大声を上げることはマナー違反ですし、法的にも強要罪(3年以下の懲役)として処罰される可能性があります」
電車で急速に増えているマスクのトラブル。どうしたら解決できますか。
「問題となっている新型コロナウイルスは、インフルエンザと同様に感染者の咳やくしゃみによる飛沫感染のリスクがあるとされていますので、マスクは周囲の人へ感染を広げないための重要な手段といえます。
今起きているマスクトラブルには、二つの側面があると思われます。第一にはマナーそのものの問題、第二には、マスクの供給不足の問題です。
まず、マナーそのものの問題については、咳をするとき、くしゃみが出そうになったとき、タオルやハンカチで口を押さえるという程度の最低限のことは常識として実践するべきです。
他方で、マスクの供給が不足も問題の一端を担っています。実際、コンビニでも、ドラッグストアでも売り切れて、手に入れるのは困難です。
マナーは、もともと他者への気遣いと寛容さとのバランスで成り立っています。しかし、マスクの十分な供給が整うまでは、マスクを着けたくても手に入らない人もいますし、そのような状況で咳があっても仕事が休めない人もいます。
かたや気遣いをしたくてもマスクが手に入らない人がいるいっぽう、寛容さを求められても、さすがに隣でゴホゴホと咳をされるのを我慢しているというのは無理な話ですから、バランスをとることはできないでしょう」
●鉄道でも必要な乗客にマスクの配布を
満員電車に乗って通勤しなければならない人も多く、トラブル回避が難しいかもしれません。
「混雑する通勤電車での移動は、今の日本社会にとって避けられないものです。ここで感染を防げるか、急激な感染拡大を引き起こすかは、重大な問題ですから、国が今すぐ取り組む必要があります。
2月16日には赤羽一嘉国土交通相が公共交通機関にマスクを優先的に供給する政府方針を示されましたが、その対象は、鉄道・バス・タクシーなどの乗務員とされているようてす。
可能であれば、その対象をさらに広げ、マスクを必要とする乗客に駅で配布するとか、駅員や乗務員が咳をしている乗客を見かけたら積極的に手渡すことができるようにするなどの対応がとれれば、供給不足を原因とするトラブルは解決できるかもしれません。
再度、マナーそのものの問題に戻りますが、航空機内で咳をされている乗客に対してアテンダントが歩み寄り『お使いになりますか』といってマスクを差し出すという対応は以前から行われているものです。
これは、間接的に『周りのお客様のためにマスクをしてください』という呼び掛けでもあります。鉄道でも同じにように『咳やくしゃみでお困りのお客様は、使い捨てマスクをお渡しします。どうぞ乗務員・駅係員までお申し出ください』というようなアナウンスができるような環境を整えることによって、『マスクをするのは基本的なマナーである』という意識も少しずつ浸透・向上していくのではないかと考えられます」
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