鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず

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誤字報告ありがとう御座います。

今回は閑話と言うか小話的な内容です。


43話 それぞれの日常

 

 元リ・エスティーゼ王国、王都冒険者組合は活気に満ちていた。

 魔導国となり未知を探求する冒険者の新しい在り方を受け入れ、かつてない速度で変動していく流れに乗っていた。

 

 冒険者は好きな地をホームに選んで活動することが出来る。魔導国が気に入らなければ他所に拠点を変える事も自由なのだ。それでも、ほとんどの冒険者が王都に残ったのはそれだけ魅力的に思えたからであろう。

 

 近隣諸国の中でも優秀な冒険者を最も多く抱えている王都冒険者組合では、冒険者育成用ダンジョンもエ・ランテルと比べて大きな規模で造られていた。

 

「ぶはぁ~、あのデスナイトはマジで強かったなぁ」

「それでも、ウチはイビルアイが居るからなんとかなる」

 

 “蒼の薔薇”もその他多くの冒険者と同じく魔導王が用意したダンジョン攻略に精を出していた。探索しているのは当然アダマンタイト級に設定されている高難易度の階層だ。 

 ガガーランとティアは階層のボスとして現れた難敵を相手にして、相当疲れた様子であった。

 

「確かにあの強さは叔父様たちもかなり手こずるでしょうね」

 

 ラキュースはデスナイトと初めて戦ったみて、自分たちの未熟さが身に染みて分かってしまった。

 強固な防御能力。あの巨体からは信じられないほどの俊敏な動き。イビルアイがいなければ負けていたかもしれなかった。

 

「あっ!?」

 

 ティナが何かを発見したようでその方向を見てみると、都市を巡回しているデスナイトが居た。

 さっきまで苦しい闘いを演じていたアンデッドの姿に体が強張ってくる。あれは別の個体で襲ってくることはないと分かっていても体が勝手に反応してしまう。

 デスナイトの近くで集まっていた銀級らしき冒険者たちも、圧倒的存在感を放つアンデッドに慄いている様子。

 彼らは「恐ろしいアンデッド」とか、「強そうなアンデッド」といった漠然とした感想を抱いているのだろう。

 いずれ力を付けてダンジョンで実際に剣を交えて気付くのだ。

 あれ一体でアダマンタイト級チームに匹敵するのだと。それが魔導国では一般兵士のようにうろついている尋常ではない真実に。

 

「……はぁ」 

 

 デスナイトの姿が見えなくなってから、ラキュースの口から自然とため息が漏れる。

 自分はこんなにも弱かったのかと、最近思うようになった。肉体的にもそうだが特に精神的に。

 

(強くならなきゃ)

 

「ふぅ、やっぱりちょっとおっかねえよな。なあ、今日はもう疲れたし飲みにでも行かねえか?」

 

 グラスを煽る仕草で酒場を示すガガーラン。それに賛同するティアとティナ。 

 私も何だか飲みたい気分だったので頷く。

 

「ん、ああ、いや、すまない。私は寄る所があるから、今回は遠慮しておく」

「そっか。んじゃまた明日な」

「う、うん。その、すまないな」

 

 少しよそよそしい様子で駆け出すイビルアイ。彼女が向かったずっと先には王城が見えていた。

 

「…………」

 

 私は黙って手だけを振って見送っていた。

 

「行ったな……いいのか? ラキュース」

「ええ、あの子が幸せそうにしてるのだから祝福しないと」

「たく、あのちびさんは分かり易過ぎんだよな。おら、今日はとことん付き合ってやるから飲みまくろうぜ!」

「ふふ、ありがと。でも、明日はお見合いがあるからほどほどにね」

「はあ!? お見合い? お前さんが?」

「私もいい加減行き遅れとか言われたくないし、親のツテで探してみたの。まだ冒険者を辞めるつもりはないから、その辺に理解がある人だと良いんだけど……」

「はぁ、まぁお前がそう決めたんなら俺がとやかく言うつもりはねえけど……んで、相手は何て奴なんだ?」

「ええっと……忘れちゃった」

 

 舌を出して笑って見せる私に「いい加減だなぁ」と呆れた様子で言ってくる。

 でも、仕方がない。そう、仕方がないのだ。

 

 

 

 

 

 

 四人で連れ立っていつもの酒場へと向かう。

 

 その道中――――。

 

「思い出したわ。確かフィリップって言う貴族の三男だったわ」

 

 

 

 

 

 

 魔導国王城の兵士訓練所。

 王国時では汗臭い鍛錬など見苦しいものと考えていた貴族は多い。だから、貴族出身の兵士はあまり利用していなかった。まともに利用していたのはガゼフを始めとした戦士団の隊員たちと第三王女お付きの少年の一部の者だけだった。

 

 魔導国となった今、魔導王の粛正から逃れた貴族出身の、恰好だけの兵士たちも訓練に励んでいた。魔導王を恐れて、純粋に力を求めて、それぞれが抱く思いは様々ではあるが、誰もが真面目に武器を振るっている。

 

 ガゼフを長として平民出身の集まりの戦士団は今も変わらない形態で組織されている。平民出身ということで、彼らを邪険にする貴族はこの国には存在しなくなった。心の中では疎ましく思っている者も居るかもしれないが、声を大にして王に盾突く者はいない。

 

 そんな中、ひと際激しい剣戟を繰り広げている二人がいた。

 人類最高峰の戦いは、激しさを増していく。

 真面目に訓練していた者も次第に手を止めて二人の戦いに魅入る。

 

「ブランクは完全に抜けたようだ、な!」

「はっ! お前を倒すために磨いたモノはまだまだこんなもんじゃあ、ねえ!」

 

 ガゼフ・ストロノーフとブレイン・アングラウス。

 二人は軽口を交わし合いながらも剣を振るう。お互い本気でやり合ってはいない。これは訓練なのだから。

 

 並みの兵士では一太刀でも受け止めるのが困難な剣閃が飛び交う。その少し離れた所では純白の全身鎧を装備した少年が息も荒く二人の戦いを見ていた。

 その少年クライムは、ガゼフとブレインの二人から訓練をつけてもらっていた。王と貴族の間の派閥問題が存在しなくなったことで、色々と訳ありだった少年も、何のしがらみなく教えを受けられるようになっていた。結果、少年が納得するまで、ボロボロになるまで訓練という名のシゴキを受けていた。

 見る事も訓練になると言われた彼の眼差しは、他の誰よりも真剣に二人の戦いを見ていた。

 

 

 

 何十合も打ち合い続けた二人の間合いが離れた時、一時休息となる。

 

「ふぅ、それにしても本当に腕を上げたものだな。今本気でやり合えば俺が負けるかもしれんな」

「ぬかせ。それはお前が五宝物を装備していなかったらの話だろう。それを抜いても……まだ俺が負けてる気がする」

「五宝物か、確かに陛下から剣以外を下賜されて俺の持ち物になったが、訓練で着るには、少し仰々しいな」

  

 王国の五宝物(一つは失われていて四つ)は、その名が示す通り国の宝物。つまりは魔導王の物。

 その中の一つ<剃刀の刃/レイザーエッジ>にいたく興味を示した魔導王が研究のためにと自らが持って行った。それ以外の鎧、護符、籠手には興味を示さず、ガゼフに下賜されていた。

 今はただの訓練なのでブレストプレートと刃を削ったバスタードソードを使っている。

 

 魔導王は他にも、ガゼフが身に付けていた指輪にレイザーエッジ以上の関心を示していたが、これはガゼフがある老婆から譲り受けたものとして譲渡は固辞した。鑑定だけさせてくれないかと頼まれたので、それぐらいならと、一度だけ渡したことがある。

 その時の魔導王の表情をガゼフは今でもハッキリと思い出せる。心の底から欲しそうにしていたあの顔を。

 しかし魔導王は無理やり取り上げることはしなかった。

 ガゼフは魔導国の戦士長の立場にある。魔導国のために働くことが民のためになると信じている。配下であるガゼフの持ち物も魔導王の持ち物と変わりはないのだから。

 

「お二人とも、お疲れ様です」

 

 クライムがタオルを二人に手渡す。

 

「ありがとうな。クライム君」

「すまんな」

 

 

 

 ブレインは王国がなくなったことを特に思うことはない。むしろガゼフとクライムがどうなってしまうかを心配していたが、それも杞憂に終わったようだ。

 

 ガゼフは前国王と何やらあったようで、それからは覇気が満ちているようだ。

 

 クライムも難しい立場から解放されて、心置きなくガゼフから訓練を受けることが出来ることを嬉しく思っているようだ。

 それよりも、黄金の姫が前よりもよく笑うようになっているのが一番の理由かもしれない。

 クライムの様子を観察していると、ある部分の妙なものに気が付く。

 

「どうされましたか? アングラウス様」

「…………いや、何でもない」

 

 汗を拭く手を止めてしまい、少しばかり見過ぎてしまったようだ。何でもないと軽く流して明後日の方向を向く。

 

(クライム君の首のとこに、縄の跡みたいなのがあったような……いや、気のせいか)

 

 多分訓練の時に付いたモノだろうと思うことにして、地べたに座り休憩する。

 

「お前が俺のところに来た時はどうなることかと思ったが、もう吹っ切れたようだな」

「ああ、あの時のことはもう忘れてくれ。俺はもう大丈夫だ」

 

 シャルティア・ブラッドフォールンに心を折られ、王都でガゼフ、クライム、セバスに会って持ち直した。シャルティアが魔導王の妃になり、元々魔導王の配下だったことを知って驚いたが、そんな話はさして重要なことではなかった。

 

「知ってるか。人間は最終的に遥かに強くなれるって」

「いいや、初耳だな。人間は他種族と比べても弱い種族だと思っている。ブレインもそう言っていたじゃないか」

「ああ、俺もそう思っていた。でもな、魔導王陛下と話す機会が合ったんだが、その時に教えてくれたんだ」

 

 魔導王が武技のことを聞きに来たことがあり、自分の武技を披露したことがあった。

 その時に、人間は何故こんなにも弱い種族なのかと聞いてみた。

 顎に手をやり、どう話そうかと考えている様子の魔導王は、やがて色々と語ってくれた。

 

 人間が弱いのは当然のこと。まず身体能力に差があり、人間種と亜人種・異形種が同じように強くなっていってもその差は更に広がる。

 トロールの再生能力などの種族特性もある。デメリットもあるが、これも強くなっていくほど種族毎の特性を強く出した特殊技術(スキル)を身に付けていく。

 

 ここまで聞くと、やっぱり人間は弱い種族じゃないかと思ってしまうだろう。実際ブレインもそう感じて、表情を暗くした。

 そんなブレインに、魔導王は笑いかけながら言ってくれた。

 人間種だからこそ強くなれると。

 

 人間種には亜人種・異形種のように種族的特殊技術を得ることは出来ない代わりに、より多くのスキルを得ることが可能で、そのほうが強くなれるという。

 

 詳しくは話してもらえなかったので、よくは分かっていない。他の者から聞いたのであれば信じられなかっただろう。

 圧倒的な力を持つ魔導王が真摯に語ってくれたからこそ、信じられる気がした。

 

「そうか。陛下がそんなことを……」 

「ああ、だから今の俺の目標は剣士として最強を目指すことだ。そのついででお前にも勝ってやるよ」

「ふっ、俺もそう簡単に負ける気はない」

 

 最高のライバルである二人は切磋琢磨してお互いを高め合う。

 なんとか自分も、と意気込みを新たにしたクライムも加えて。

 

 

 

「失礼します、戦士長。アダマンタイト級冒険者の方々が共に訓練したいと仰っておりますが、如何いたしましょう?」

「アダマンタイト級が?」

 

 訓練場の広間の端で休んでいるガゼフの元に、戦士団の副長がやって来て報告する。

 それを聞いてブレインの頭に浮かぶのは二つの冒険者チーム。

 “漆黒”はその圧倒的強さからここで訓練する意味はハッキリ言って皆無。こちらから教鞭をお願いすればあり得るが、そんな依頼は出ていない。

 

「どちらの色だ? 青か赤か」

 

 同じ思考をしたのか、ガゼフは二つの色で問い掛ける。

 

「赤であります。魔導王陛下に謁見されに来られたそうでして、それも終わり戦士長とブレイン殿と手合わせしてみたいとのことです」

「へえ~、“朱の雫”が俺たちとねぇ。面白そうじゃねえか。俺は構わねえぜ。なぁガゼフ……って、おい! どこ行くんだ?」

 

 おもむろにどこかへ行こうとするガゼフ。その表情にはハッキリと焦りが見えていた。

 

「すまんが急用を思い出した。後のことは……任せた!」

「はっ? なんだそりゃ? おい」

 

 こちらの呼びかけに一切応じることなく、裏手の出入り口へと走り出す。一体どういうことなのかサッパリ分からないが、取り合えず自分だけでも手合わせすることにした。

 

 

 

 合同訓練が終わり、“朱の雫”は帰って行った。

 

 噂に聞いた通り人間的にでかく、人望を集めそうな雰囲気を纏っていた。

 個人的にはルイセンベルグ・アルベリオンとの戦いが一番充実した内容だった。ベテランが繰り出す経験豊富な戦闘技術はとても参考になる。

 

「ん~~」

 

 伸びをして身体をほぐしていると、どこからともなくガゼフがこちらに向かって歩いて来る。

 

「帰ったか?」

「ああ、ついさっきな。つうかお前どこ行ってたんだよ」

「あ、いや……アインドラ様が、ちょっと苦手でな」

 

 頬を掻きながらバツが悪そうにしている。

 

「苦手って……あのリーダーが? あん中でも一番の人格者に見えたぞ」

「まぁ、人格者であるのは間違いない。それは分かっているんだがな……その、あの人はな……」

 

 とても言いにくそうにしているライバルを不思議そうに見る。一体何だと言うのか。

 

「……あの人は、俺の尻を触って来るんだ。こう、撫でまわすように。俺を見る視線もどこか纏わりつくような感じがして、寒気がするんだ」

「…………」

「お前は大丈夫……だったようだな」

 

 こちらの身を心配するように見るガゼフにブレインが叫ぶ。

 

「先に言っとけやぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

「ぐぼっ! も、もう止め、て。お、願い。ぎっ!」

 

 男の途切れ途切れの声が聞こえる。しかし、気にも止めない。何を言ってきたとしても聞いてやる気は毛頭ない。

 

「豚が何を言っている! 今まで散々女性を苦しめておいて! 姉さんも痛かったはずだ! 苦しんで止めてって言ったはずだ! それで止めたことがあるのかぁ!」

 

 ここはエ・ランテルのとある建物の秘密の地下室。

 ニニャは壁に鎖で張り付けられた男を杖で滅多打ちにしていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ。いけない、またやり過ぎてしまった」

 

 気が付けば男は息も絶え絶え。後少し殴れば本当に死んでしまいそうな状態。

 

「<重傷治癒(ヘビーリカバー)>」

 

 ある悪魔が貸してくれたマジックアイテムを使い、第三位階の治癒魔法で男の傷を癒す。

 発動にはニニャの魔力を消費してしまうのでそう何度も使える訳ではない。簡単に殺してしまってはもったいない。この男にはもっともっと恐怖と痛みを与えなければ気が済まない。

 

 拷問を受けている男は、かつてニニャの姉を権力を笠に無理やり連れだし、何年もの間散々嬲った後売り払った極悪非道のどうしようもない元貴族。  

 ニニャにとって殺しても殺したりない豚野郎だ。

 

「おやおや、今日はいつもより始めるのが早いですね」

「デミウルゴスさん。すみません、少し気が早ってしまって」

 

 蝋燭の明かりだけで照らされた地下室に、眼鏡を掛けた悪魔がいつの間にか現れる。彼の名デミウルゴス。

 魔導王陛下の部下を名乗り、この豚と、いたぶるための環境を用意してくれたニニャにとってはとても優しい悪魔。

 彼はニニャのことを魔導王陛下から聞いていたらしく、許可をもらって手伝いを申し出てくれた。

 手伝ってくれる理由を聞くと、人間が行う拷問がどのようなものか興味を持ったからだそうだ。それにより新たな着想を得られるかもしれないのが主な理由らしい。

 

 正直、悪魔が考え付く拷問に自分が思いつくことなど大したことがないだろうと思える。

 そう口にしてみたが、悪魔は優しい笑みで「私のことは気にしないでくれたまえ。君が思うように、したいようにすれば良い。そのために必要な物があればこちらで用意しよう」と言ってくれた。

 本当に優しい悪魔だ。

 彼の支配者である魔導王陛下には魔法を志す者として敬意を表していたが、こんなにも優しい悪魔を従える陛下への敬意が更に上がる。

 

 だけど、彼の言葉に甘えるつもりはない。

 今日までに豚をいたぶる方法を一生懸命に考え、実行してきた。仲間と冒険している間もずっと。

 

 仲間には余計な心配をかけたくないからここの事は言っていない。

 姉には言うべきかとも思ったが、姉は今幸せに暮らしている。今更豚のことを話して、過去の辛い出来事を思い出させたくなかったし、姉の性格からして復讐したいとは考えないだろうと思ったから。

 

 自分は違う。

 ずっと復讐したいと思っていた。そうしないと先に進めない気がした。仲間と力を伸ばしていく間もずっと気にかかっていた。

 

 復讐を終わらせた後は仲間といつものように過ごすつもりでいる。

 それについて悪魔はその後のケアまで申し出てくれた。

 復讐というものは負の感情で満たされてしまい、その後の人としての生活に支障をきたしてしまう恐れがあるとか。

 こんな豚がどうなろうが知ったことではないし、自分には影響はないと思うのだが、せっかくの優しい悪魔からの提案だ。無下にするのは(はばか)れた。

 しっかりと復讐した記憶だけを残し、何をどうしたかの記憶はボカシてくれるそうだ。

 本当に優しい悪魔だ。これまで抱いていた悪魔の印象が塗り替えられてしまう。

 

 だから、彼が喜びそうな拷問法を今日披露しよう。

 

「デミウルゴスさん。面白い方法を思いついたんですけど、手伝ってくれますか?」

「ふふっ、良いですよ。どういったモノですか?」

「あのですね――――」

 

 私は悪魔さんに思いついたアイディアを伝える。一人では到底実現出来ないものを。

 

 

 

「思っていた以上に、見るに堪えないですね」

「そうですか? 私は非常に愉しい光景だと思いますがね。そう言うニニャさんも顔が嗤っていますよ」

 

 目の前では酷い光景が繰り広げられている。

 それでも笑っていられるのは、対象がこの豚野郎だからだろう。

 

「ひぎいぃぃ! 痛い痛い! 裂ける! も、もう、勘弁し、ぎいぃ!」

 

 豚野郎が四つん這いで泣き叫んでいる。

 豚野郎の腰に手をやり、激しく腰を振るもう一人の男。

 悪魔さんが用意してくれた太った男はスタッファンと言うらしい。  

 

「このスタッファンには目の前の男が美女に見えるよう幻覚魔法を掛けてあります。女性を殴るのが趣味らしいので、死なせないように気を配る必要がありますよ」

「分かりました」

 

 姉が売られた先の娼館での事を聞かされた。ここに来て怒りがまた増幅していた。

 美女を抱いている気になっているようなので、ご褒美になってしまうがそれも一時的なこと。

 幻覚を解かれた時のことを思うと、今から楽しみで仕方がない。

 

 男に掘られている豚も、権力を笠に女性を好き勝手に弄んだクズだ。

 相手の意思も無視して、己の欲望を満たすことしか考えないゲスは一度女性側の気持ちを思い知る必要がある。

 力があるからといって、女性を自分の思い通りにするような家畜以下の豚にはお似合いの姿だった。

 

(自分で思いついておいてなんだけど、こんな光景は覚えていない方が良いのかな?)

 

 今後の人生のことを考えれば、悪魔さんのケアは受けておいた方が良さそうだ。こんなカスのせいで自分がおかしくなってしまうなんて御免だ。

 

 豚野郎の絶叫が地下室に木霊する。

 女性の尊厳を踏みにじるゴミ屑には似合いの姿だった。 

 

 

 

 

 

 

 魔導国王都にある上級の酒場。

 そこで元八本指幹部のヒルマ・シュグネウスは、一人で退廃的な雰囲気を漂わせてワインを飲んでいた。

 仕事の後の一杯は最近の趣味。

 

 彼女は現在、王都に新しく建てられた高級娼館の店長を任されている。

 アインズ・ウール・ゴウンの支配下に入ってからは麻薬部門・奴隷部門は完全廃業となり、ヒルマは元高級娼婦だった経験から店を切り盛りすることとなった。

 

 『ごしゅじんさま』であるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下は、娼館自体にはマイナスの印象は持っておられない。冒険者などの基本荒くれ共を始め、日々の仕事を行うに当たって性欲のはけ口は必要。

 ただし、そこで働く女が浚ってきた者だったり、奴隷のように無理やり売られてきた者を嬢とするのは厳禁とされている。

 もしその決まり事を破った場合どうなるかは……考えたくないので徹底的に順守する。

 

 だから、店の従業員は自ら望んで身体を売る気のある者。または金のために納得して来る者などに限られる。

 ある者は、ヒルマのようにこの仕事に誇りを抱いている。

 ある者は、例えどのような男にも一晩の恋人を演じられる。

 単純に男と交わるのが好きな者だっている。

 

 そうした女たちに自身が培ってきた技術を施し、一人前の高級娼婦へと教育するのもヒルマの大事な仕事だ。

 

 魔導王の協力もあって、従業員の安全や健康面には最高の援助が与えられている。

 妊娠、病気などは皆無。強力な用心棒が常時待機しているため、店のルールを守らない客はいない。皆安心して春を売る事が出来ている。

 

 ちなみに奴隷部門長だったコッコドールは店のマネージャーに就いている。

 

「よう、ヒルマ」 

 

 酒場の片隅で飲んでいるヒルマの元に、筋骨隆々の禿げた男がやって来る。

 

「なんだい、ゼロ。あんたも飲みに来たのかい?」

「ここは美味い酒が飲めるからな。いいか?」

「どうぞ」

 

 相席して良いか確認するゼロに、向かいの椅子を促す。

 

 警備部門の六腕は、警備の名が示す通りに王都の治安を守る役目に就いている。

 表側はアンデッドたちが巡回し、ゼロたちは裏社会に潜む者を警戒して回っている。

 魔導国のアンデッドはとてつもなく強力ではあるが、あまり融通が利かず、臨機応変に動くのが難しい所がある。

 一時は王国を裏から牛耳っていた経験を買われた訳だ。

 

 ゼロが注文した度数の高い酒が運ばれてきて取り合えず乾杯する。

 

 個人商店などを除いた公的な仕事に就く者の就業時間は、一日八時間までと推奨されている。ゼロたちのように夜間も活動しなければならない部署であれば勤務時間をずらして交互に活動する訳だ。

 

「最近何か変わったことはあるかい?」

 

 社交辞令的に近況を聞いてみる。

 魔導国で暗躍しようとする馬鹿など居るとは思っていない。あくまで話題のために振ってみただけ。

 

「そうだな。地下に潜って何かやらかそうとしている存在は確認されていないが……」

 

 おや? 意外なことに何か変化があったようだ。興味をそそられる。

 

「旅商人の連中が居たんだが、どうもこの国を探っているようでな。ありゃ多分、法国の連中だな」

「法国?」

 

 それぞれの国特有の雰囲気というか、気配はどこからか漏れるもの。裏社会で生きて来た者ならそういった嗅覚は必要。ゼロ本人が気付いた訳ではないかもしれないが。

 

「へえ、人類至上主義の法国が他種族共存を掲げる魔導国に牽制を仕掛けて来た訳かい」

「いや、ちょっと違う感じがしたな。奴ら、あくまで商人として振舞っていたからな。表に見えてる部分だけ調査していたんじゃないか?」

 

 なるほど。法国が掲げる主義からすれば魔導国は無視出来ない存在。

 かと言って深い所まで調査しようにも、巡回しているアンデッドが恐ろしくて表面に見えている部分しか確認出来ないといった所のようだ。

 

「アンタ……その話、ちゃんと――」

「報告したに決まってんだろ。そしたら、表側だけで動いている内はほっとけってさ」

 

 こちらで判断出来る簡単なものは報告する必要は薄い。何でもかんでも指示を仰いでいては主人に呆れられてしまう。後程書面で提出するだけで問題ない。

 しかし、こと法国に関することであれば重要だ。

 ゼロがちゃんと行動していたのでホッと胸を撫で下ろす。

 

「諜報部門(元暗殺部門)の話じゃ各都市にも法国の奴らが居たらしいぜ。もっとも、直ぐに居なくなったようだがな」

「そりゃあねえ」

 

 人類以外は滅ぼすべしとしている国にとって、魔導国は長く居たいとは思わないだろう。

 かつて、法国を邪魔に感じていた記憶を思い出しほくそ笑む。あの国がどう動くのか知らないが、どちらにせよ魔導国と上手くやり合えるとは思えない。

 今日はとても美味しく飲めそうだ。

 

 

 

「そういや、アンタはうちの店に来ないのかい? 最近いい娘が入ったんだけどね」

「む、そうだな……」

「それとも私を買うかい? その場合、高くつくよ」

 

 

 

 魔導国のために働く八本指であった。

 

 

 

 




「フィリップ! 生きとったんかわれぇ!」って聞こえて来そう。
父上は割と常識人でしたので粛正を逃れてます。魔導国にとって邪魔な動きをしたら切り捨てられますけど。
長男も生きてますし、家督を継げないスペアのスペアな立ち位置は変わってません。

アズス叔父さんはホ〇でヤバイ。
この世界の強者はマトモなの居ない気が……

ニニャには心の引っ掛かりを除けるようにしました。

ゼロたち六腕は全員がちょっと強くなって王都で働いてます。

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