2018年ごろから19年の春ごろにかけて、よく行く図書館で「ある変化」を感じた。
それまでは男女別に分かれていた2つの個室トイレが、その垣根なく「男女兼用」に変わっていた。初めのころは慣れなくて、つい「以前の女性用」ばかりに入っていたが、今では気にならなくなり、空いている方にすぐ入ることができる便利さを実感中だ。
ニューヨークでは、ホテル、レストラン&バー、学校、公園などにある公衆トイレの多くが、男女兼用にシフトしつつある。これは、日本から訪れた人のほとんどが驚くことだ。
日本の職場のトイレなどは、男女別に分かれている方が高く評価される傾向がある。「男女兼用の公衆トイレ」と聞くと、「男・女・男女兼用の3種類があるということ?」もしくは「居酒屋やオフィスで個室トイレしかないところは、男女兼用になっているけど...」と思うかもしれない。しかしニューヨークの男女兼用トイレは、少し事情が異なる。
NYの男女兼用トイレ改革
例えば大規模なホテルやレストランで、男女別のトイレを作ることが物質的に可能だったとしても、男女兼用のトイレのみを設置するケースが増えている。
ここで言う男女兼用トイレとは、さまざまなジェンダーに配慮した「オールジェンダー・トイレ」や「ジェンダーニュートラル・トイレ」と呼ばれているもの。オールジェンダーやジェンダーニュートラルとは、男女の性差のいずれにも偏らない考え方のことだ。
このタイプのトイレは、英語で「ジェンダー・インクルーシブ・バスルーム」や「ユニセックス・パブリック・レストルーム」(もしくは○○ウォッシュルーム、○○トイレット) などとも呼ばれている。以前からバーやレストランには男女兼用トイレがあったが、ここ5、6年ほどで一気に広がった。
オールジェンダー・トイレに早くから取り組んだニューヨーク大学では、それらの場所を紹介したリストを作成(2012年)。同校はすでに8年以上前から、ジェンダーニュートラル化に着手していた。
さまざまなタイプがある、オールジェンダー・トイレ
一言にオールジェンダー・トイレと言っても、いくつかのタイプがある。
- 個室が1つもしくは2つで、性別にかかわらずどちらを使用してもよいタイプ
- トイレに入るドアが1つで、中に入ると個室が連なっていて、性別にかかわらずどの個室を使用してもよいタイプ
後者のタイプの場合、シンク(手洗い場)も男女兼用だから、手を洗っていると見知らぬ異性と隣同士になったり、トイレ内ですれ違ったりということもままある。
筆者は普段から利用している実感として、最初のころはやや異質に感じたが、利用者同士でわざわざ目を合わせることもないため、最近では「こういうものだ」と自然と受け入れられるようになった。
「ジェンダーニュートラル・トイレへの期待と現実」(YouTubeから引用)
オールジェンダー・トイレの入り口には、視覚的にわかりやすいグラフィックスやサインが掲げられている。Everybody(すべての人)、Whichever(どちらでも)、Inclusive(すべてのタイプの人々)、We don’t care(気にしません)などと書かれていることも。
この普及により、生まれ持った身体の性と心の性が一致しない性同一性障害の人や、男性・女性の枠に当てはまらない中間的な性指向のインターセックスの人などが、SOGI(セクシャル・オリエンテーション&ジェンダー・アイデンティティ:性的指向と性同一性)の如何にかかわらず、気持ちよくトイレ空間を使えるようになった。
わかりやすく言うと、自分のことを女だと思っていないのに女性用トイレを使わなければならないケースや、男性用トイレを使うのは嫌だが、かといって女性用にも入りにくいといったケースで、不満や居心地の悪さを解消してくれるようになったというわけだ。
以前は男性だったが、女性になり結婚もしたサンディーさん(仮名)に話を聞いた。彼女がニューヨークでオールジェンダー・トイレの広がりを意識し始めたのは、たまたま入ったレストランで今から5年前のこと。オールジェンダー・トイレがない場合は、身障者用のトイレに入るそうだが、それらがない場合もある。以前ブロードウェイショーを観に行った時のエピソードを振り返る。
「途中休憩時にトイレに行こうとしたら、女性用だけ長蛇の列で動きが遅いのに対して、男性用は動きが早かったので、我慢できずに私は男性側の列に移ったんです。そうしたら後ろの男性が私の肩を叩き『ここは男性の列ですよ』って教えてくれたので、私はニコッとし『教えてくれてありがとう!私もあなたと同じものを持っているので心配しないでください』と言い、そのまま事なきを得ました。中々勇気がいるので1回だけの経験ですが」
サンディーさんは、「オールジェンダー・トイレの広がりはジェンダーに関する意識をノーマル化するから、私たちトランスジェンダーにとって大切なムーブメント」と語る。
加えてこの試みは、実はトランスジェンダーのみならず「あらゆる人」にとって有効なものだというのが、こちらの考え方。例えば、車イスなどを利用したり介護が必要な身体障害者、高齢者、子育て中の親などだ。またサンディーさんのエピソードにもあるように、女性トイレだけが長蛇の列、といった状況の解消にもつながる。
「バスルーム法」への対抗が発端に
これらニューヨークのトイレ事情の変革は、2016年に米ノースカロライナ州で施行された「バスルーム法」に端を発した。アメリカの多くの州でLGBTQへの配慮や寄り添いが進むなか、同州では「生まれ持った性別以外の性のトイレ使用を禁じる」とする法案が、2016年3月に可決されたのだ(措置の一部は翌年に廃止)。
一方ニューヨーク市では、ジェンダー・アイデンティティによってトイレの使用を拒否する差別は2002年から違法となっており、「ノースカロライナ州の法律は公民権の侵害」と応戦。同年6月、人権法の中でオールジェンダーに向けた新法を制定した。
市内のレストランやバーなどで個室が1つだけの公衆トイレでは、「男性用」「女性用」など特定の性を表現するサイン(標識)を削除し、ジェンダーニュートラルなサインに変えることが法律で定められた。行政が自らリードして、トイレ改革が始まったのだ。
参照:NY市の発表
2015年発表の市の調査では、現代においてもトランスジェンダーの90%が、職場でのハラスメントや不正な扱い、差別を体験したり、身の安全を守るためにアイデンティティを隠すことを余儀なくされたことがあると回答した。
ニューヨークのビル・デブラシオ市長は、ノースカロライナへの旅行を自粛するように要請し、「我が都市はLGBTQの権利をめぐる戦いの発祥の地だ*。すべての市民が尊厳を持って生きられるよう、我々が戦いをリードし続ける」と宣言した。
- ニューヨーク市内のゲイバー「ストーンウォール・イン」で1969年6月、同性愛者が権利を主張するために警察に真っ向から立ち向かった「ストーンウォールの反乱」が起きた。これは後に、世界中のプライドパレードが6月に行われるきっかけになった。
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アメリカは同じ国内でも、このように大きく異なる。ニューヨークに以前住んでいたジャーナリストの栗田路子(みちこ)さんは、このように話す。
「確かにそうですね。同じアメリカでも地域によってオールジェンダー・トイレなんてありえない場所もあります。例えば、バイブルベルトのとある街に住んでいる知り合いの女性は、周りがキリスト教保守派が本流で、(そのような周囲に対して)呼吸困難(な気持ち)になることもあるそうです。彼女は『万が一そのようなトイレが作られたとしても、宗教保守に即刻壊されることになるだろう』と言っています」
ちなみに、栗田さんが現在住むベルギーでも、オールジェンダー・トイレは増えているという。「近年はベルギーのみならず、ドイツやオランダなど欧州各地でも、同様にジェンダーニュートラルのトイレをよく見るようになりました」。
「犯罪の温床になる」という議論も
このように世界各地で広がりつつあるオールジェンダー・トイレだが、一方で、ニューヨークのような犯罪の多い都市では「男女兼用は女性の安全を守るという点において最適な選択なのか?」と、懐疑的な声も払拭しきれていないこともまた事実だ。
例えば隠しカメラが仕掛けられたり、鍵のかかった個室内でいかがわしい行為が行われたりする可能性は否定できない。セキュリティの関係で、個室ドアは上下に充分すぎるほどの空間が空いているものが多いが、中にはまったく中が見えないタイプもある。そうした密室タイプのトイレは、係員が定期的に見回りも兼ねて清掃を行うなど、安全で心地よい空間となるよう細心の注意が払われている。
欧米のムーブメントが数年遅れで日本に導入されることが常だが、このようなオールジェンダー・トイレがいずれ日本でも導入されるとしたら、また違った論争が起こりそうだ。
こちらの記事は、オルタナに掲載した「NYで男女兼用トイレ増加、ジェンダーフリーに配慮」に加筆したものです。
(Text and most photos by Kasumi Abe) 無断転載禁止