新型コロナウイルスの感染拡大は、今後どんな結末を迎えるのか? 考えられる「3つのシナリオ」

新型コロナウイルスの感染拡大はエピデミック(局地的な流行)へと発展している。感染者と死者の数が増え続けるなか、今後どのような結末が考えられるのか。現時点で考えられるシナリオは、最悪のケースを含めて3つある。

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CHARLY TRIBALLEAU/AFP/AFLO

死者数は千人規模、感染が確認された国は25カ国に達し、情報隠蔽やジャーナリストの消息不明まで報じられている。中国・武漢で発生してから死者が増え続けている新型コロナウイルスに対して、パニックが起きているのは当然であろう。だが、世界中を混乱に巻き込んでいる感染問題は、SARS(重症急性呼吸器症候群)の場合と同様に、いつの間にか終息してしまう可能性もある。

COVID-19」と呼ばれる疾病を引き起こす新型コロナウイルスが、いま深刻な脅威であることは間違いない。世界保健機関(WHO)は1月、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態を宣言したが、これは過去10年で5回しか宣言されていない。最新の集計では、新型コロナウイルスの感染確認は70,000人を超え、死者は1,700人を上回った。

新型コロナウイルスが猛威を振るっていることは明らかだが、希望の兆しもある。中国の当局者によると、毎日の新規患者発生数は1月以来最低の水準であり、感染率が鈍化している可能性があるという。

「中国国内では毎日の新規患者発生数が、約1週間前の半分ほどに減ってきているようです」と、英国のイースト・アングリア大学医学部教授のポール・ハンターは言う。「とはいえ、過度に楽観的に解釈しないよう注意しなければなりません。人々が感染を制御できたと考え、安心したときに、より強力になって戻ってきたアウトブレイク(集団感染)は歴史上たくさんあるからです」

まだパンデミックではない

SARSを含む過去の感染症のアウトブレイクは、COVID-19の今後の見通しを示唆している。主に次のような3つのシナリオが考えられるだろう。ひとつは、感染が拡大し世界的なパンデミックになる。そして、症例の大部分が中国国内にとどまり自然に終息する、消滅せず現在のインフルエンザのように季節的な流行を繰り返す別の疾患になる──という3つだ。

現在、COVID-19がエピデミック(局地的な流行)であることは間違いない。「いまの時点は封じ込めの段階です」と、エクセター大学の公衆衛生を専門とする講師、バーラト・パンカニアは言う。「わたしたちはダムの水漏れを何とか食い止めようとしています。ダムが決壊して水が溢れ出さないよう努力しているのです」

中国の国外にも感染は広がり、次に感染者が多い国はダイヤモンド・プリンセス号の搭乗者も含め400件以上の症例が確認されている日本である。しかし、これらは「サテライトアウトブレイク」であり、いまのところ「真のパンデミックはまだ起きていないようだ」と、レディング大学でウイルス学を専門とする教授のイアン・ジョーンズは語る。

しかし、そのダムが決壊した場合、世界的なパンデミックになる可能性がある。世界的なパンデミックになるには、いま薦められている封じ込めが失敗し、ウイルスが別の場所に拡散する必要があるが、まだその段階にはいたっていない。

「パンデミックと呼ぶためには、複数の地域の複数の国で、人から人への感染が持続的に確認されることが必要です」と、イースト・アングリア大学のハンターは言う。「中国以外で症例が徐々に増えているようですが、持続的に人から人へと感染が広まっている証拠はまだありません。まだ発生の初期段階です。パンデミックになる可能性は依然として存在しますが、それを回避できないわけではありません。中国以外の国でどれくらい効果的に症例を管理できるかが鍵を握っています」

世界的なパンデミックは最悪のシナリオである。だが、たとえ一部の国でCOVID-19の拡散を制御できても、これによってより大きな打撃を受ける国があるかもしれない。

例えば、北朝鮮は独自のエピデミックに直面しており、同国の脆弱な医療では対処できないことがすでに示唆されている。しっかりした医療システムや政府が存在しない国にCOVID-19が広がれば(そして、そのような国は世界中にたくさんある)、大惨事になる可能性がある。

「人口が多く、資源の乏しい地域にウイルスが拡散したときに何が起きるのかを見守る必要があります」と、レディング大学のジョーンズは言う。ただし、暑い乾燥した気候がウイルスの伝染を抑えるうえで役立つかもしれないとも指摘する。

ウイルスが感染能力を失う?

自然が別の方法で、より恐ろしいシナリオを回避することに寄与する可能性がある。ここで重要なのは、突然変異によってウイルスの感染力が強化される傾向はないということだ。SARSの研究では、突然変異は実際、感染能力の縮小をもたらしたことが示唆されている。

「自然史において、ウイルスは感染能力を失うことが示されています」と、エクセター大学のパンカニアは言う。そして、豚インフルエンザが発生しても終息し、2005年以降にSARSの発症例が見られないのはそのためであると説明する。「この新型コロナウイルスも同じような結果になることを願っています。ウイルスのほとんどはこのような運命をたどるのです」

イースト・アングリア大学のハンターは、SARSやほかの飛沫による感染症を研究した過去の経験から考えると、夏季に完全に終息する前に流行がだんだん縮小していく可能性があると指摘する。ここでも、温かく乾燥した気候が感染を抑制するのだ。「わたしの推測では、アウトブレイクは夏季に終息するまであと2〜3カ月続くと見ています」と、ハンターは言う。「次の冬、また発生するかどうかは明らかではありません」

このことは、封じ込めに投じられている作業が無駄だということではなく、まったく逆である。COVID-19を引き起こすウイルスが毒性の低いものに進化したり、夏の天候に直面して感染が鈍化したりするまで、封じ込めによって感染拡大や死者の発生を防いでいるのだ。

「わたしたちはできるだけ長い間、感染を封じ込めておく必要があります」と、パンカニアは言う。「流行が収まっていくことを期待しています。それが何よりの願いです。そうでなければ、わたしたちは問題を抱えてしまいます」

季節的にアウトブレイクを引き起こすのか

COVID-19が自然に消滅しなければ、風土病ウイルスになる可能性がある。風土病ウイルスとは、決して消滅せずときどき流行を引き起こす、インフルエンザのようなウイルスである。ジョーンズは、COVID-19ではそれを覚悟する必要があると考えている。

「このウイルスが最終的には5番目のヒトコロナウイルスとなり、定期的に、おそらく季節的にアウトブレイクを引き起こすようになるというのが、わたしが考える最も可能性の高いシナリオです」とジョーンズは言う。「アウトブレイクのレヴェルは、集団の免疫水準に依存します。そして免疫水準は、合理的な期間内にワクチンが開発されるか、高リスク集団にそれを接種できるかによって決まります」

この場合、今後定期的に新型コロナウイルスのアウトブレイクが発生する懸念が生じる。このウイルスの感染率および致死率の高さを考慮するとなおさら心配であるが、わたしたちにはワクチンで反撃する能力がある。とはいえ、ワクチンの開発には数カ月、あるいは数年かかるので、前のシナリオと同様に封じ込めによって時間を稼ぐ必要がある。

答えを出すには多くのデータが必要に

世界的なパンデミックになるのか、進化して消滅するのか、風土病ウイルスになるのか──。COVID-19を引き起こす新型コロナウイルスが、どの道をたどるのかは定かではない。

それに、この疾患についてわたしたちが知らないことは、ほかにもたくさんある。現時点で公表されている感染率や致死率の数字も正確ではない可能性があると、エクセター大学のパンカニアは指摘する。

例えば、潜伏期間は2週間で、症状が現れたときに感染するとされているが、この点は検証が必要である。そして症例の大部分が中国にとどまっているため、同国は情報を開示する必要がある。

「ウイルスについて理解を深めるためには、より多くのデータが必要です」と、パンカニアは言う。そしてこれからも、研究すべき多くの症例が現れるであろう。COVID-19が今後どうなるにせよ、現時点ではエピデミックの段階にある。「今後も多くの患者が発生することが予想されるでしょう」

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行方の知れない「99%の海洋プラスティック」を探索する:JAMSTECの挑戦

に流れ出たとされるプラスティックの99パーセントが、実は所在が明らかになっていないことをご存知だろうか。そしてその行き先のひとつとして考えられているのが、人がいまだ到達したことがない海底1万mもの深海だ。「ミッシングプラスティック」の行方に迫る国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)の挑戦とは?

TEXT BY ERINA ANSCOMB

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GIF BY AMARENDRA ADHIKARI

国立研究開発法人海洋研究開発機構(Japan Agency for Marine-Earth Science and Technology:JAMSTEC)は、洋に関する基盤的研究開発を担う日本の文部科学省傘下の研究機関である。

海洋研究の最前線に立つJAMSTECにはさまざまな部門が設置されているが、2019年4月、地球環境部門に新たな研究グループが発足した。海洋生物環境影響研究センター・海洋プラスチック動態研究グループである。このグループの使命は、SDGs14に定められた海洋汚染の軽減に貢献すること。そのためにまず、科学的エヴィデンスとしてのデータと情報の発信が求められている。

現状を数値化できなければ、将来評価もできない

同グループのリーダーを務める主任研究員の千葉早苗によると、海洋プラスティックの状況を調査するには、ベースとなる年に対してどれだけ変化があったかを測る必要があるという。

「あらゆる国で政策が進んでも、継続的なデータをもとに海洋プラスティックの総量を算出できなければ、その政策で本当に海洋汚染が改善されたか評価できません」

そうした状況を打開するためには、「どこの国でどれだけプラスティックが排出され、どの経路をたどって世界のどこにたまりやすいのか」という視点をもつことが不可欠だ。そして調査の結果、海流によって運ばれたプラスティックが、前人未到の深海域や、北極・南極域にもたまっていることが明らかになってきた。

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JAMSTECが2019年9月2日に、房総半島東沖、水深5,707mで採取した海洋プラスティック。マイクロサイズになる場合もあるが、そのまま沈んで何百年も残る可能性がある。PHOTOGRAPH BY JAMSTEC

大半のプラスティックはアジア諸国から海に放出されているとみられるが、排出されたとみられるプラスティックのうち、その1パーセントしか観測できていないとされている。そのため、実際にどこの生態系にどれほどダメージを与えているかについては、極めて限定的な情報しかつかめていないのが現状だ。

99パーセントのプラスティックの行方が不明な理由として、3つの原因が考えられている。

ひとつは、海中や深海に沈んだプラスティックを観測できていないこと。

ふたつめに、300µm以上のプラスティックを対象とした観測データが多く、より細かくなったプラスティックのデータを取得できていないこと。

そして3つめに、限られた地域の観測データのみを活用していること。ハワイ沖の「太平洋ごみパッチ〔編註:Pacific Great Garbage Patch。環流によってごみが集積しやすいエリア〕」が重点的に調査されているものの、ごみのたまりやすい場所は世界に5〜6カ所もあるとされており、そのエリアの調査はまだ手がつけられていないという。

こうした3つの理由のうち、千葉のグループでは、JAMSTECがもつ海の表面から深海までを調査できる強みを生かしつつ、データの穴を埋めることでSDGsの達成に貢献しようとしている。

日本の南東沖にある「西太平洋ごみパッチ」も、海洋プラスティックがたまりやすい場所のひとつとされ、2019年の8月から9月にかけて、JAMSTECが初めて大々的な調査を行なった。

2019年9月1日、房総半島東沖。しんかい6500についているロボットアームが、深度5,813mの地点で土の中に筒を差し込み、サンプルを採取している。海に出たプラスティックを計測するには、海の表面だけでなく、泥の中まで調べる必要がある。泥の中からマイクロプラスティックだけを抽出する技術開発もネックだったが、同グループで最近、費用対効果が高く簡単に操作できる分離装置が開発された。VIDEO BY JAMSTEC

海の表層だけでなく、水深5,000m〜9,000mにある泥や生物のサンプルを採取することで、海洋ごみの流出源から西太平洋ごみパッチにいたるまでの経路や、深海に沈むプロセス、さらには、そのごみが生態系に影響を与えるメカニズムの解明等に取り組んだ。 

検証の結果、海面に浮かぶ大きなごみはパッチ内のほうが多く、さらには、深海に沈む大きなごみも、ごみパッチの真下に多いことが判明した。なお、マイクロプラスティックについては、現在算出中だ。

素早い分析を可能にするために

今後の課題として、採取したプラスティックを素早く分析するシステムの開発が挙げられる。一つひとつ顕微鏡で確認する現在の作業方法では、人手と時間がかかるからだ。そこでJAMSTECでは、種類ごとに異なる光の波長を吸収するプラスティックの特徴を生かしたハイパースペクトルカメラを使ったシステムの開発を進めている。

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ハイパースペクトルカメラを活用したシステムの構図。ILLUSTRATION BY AMARENDRA ADHIKARI

このシステムでは、海水をフィルターにかけて、採取したサンプルをベルトコンベアー式に運び、ハイパースペクトルカメラでスキャンして分析する。分析速度を飛躍的に改善するためにも、調査船等に搭載して将来的には現場で測定できることを目指しているのだ。

波長の吸収パターンをデータベース化し、機械学習によって分析すれば、プラスティックの種類を自動的に識別できる。そのシステム開発には完成のめどがついているという。データが蓄積されればされるほど、海域ごとにどの種類のプラスティックがどの程度あるのかを素早く算出できるようになるだろう。

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異なる波長を示すプラスティック。PHOTOGRAPH BY JAMSTEC

海洋プラスチック動態研究グループではさらに、プラスティックだけが蛍光を発する染料を活用することで、プラスティックの量をより早く計測するシステムの開発も進めている。

プランクトンなどが混ざったサンプルにこの染料を塗布し、流体を計測するフローセルに入れてベルトコンベアー式に流し、蛍光顕微鏡を覗けば、プラスティックだけが光って見えるというわけだ。前述のハイパースペクトルカメラと組み合わせれば、種類ごとのプラスティックの分布を飛躍的に速く分析できる。

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プラスティックだけが蛍光色を発するため、プラスティックの量を素早く計測できる。PHOTOGRAPH BY JAMSTEC

民間船の活用でデータの解像度を上げる

「海洋プラスティックの問題は、世界中の海洋研究所や研究者が協力して無駄なくデータを集め、そのデータを比較可能にすることが重要です」と、千葉は訴える。そして観測データの時間的・空間的解像度をあげるために、民間船の利用を積極的に検討しているという。

例えば定期航路を利用すれば、同じ地点で継続的にサンプルを採取でき、データの比較が容易になる。実際にJAMSTECでは、2019年の冬にパラオと日本の国交25周年を記念して開催されたヨットレースとのコラボも実施している。

レース参加艇にマイクロプラスティックを半自動的に取得できる機器を取り付け、「西太平洋ごみパッチ」付近を含む、日本からパラオに至る広域でサンプルを取得した。同レースは数年後にも実施される見込みであり、同じ調査を実施して過去のデータと比較する予定だという。

「まずは広域データを採るために、あらゆる調査船や民間船にサンプラーを取りつけられないかと考えています。海の表層部に限られますが、そのデータを深海にも応用できる可能性があるのです」と、千葉は意気込む。

2030年を見据えて

これからの3年で、JAMSTECはハイパースペクトルカメラのシステムの実用化を目指すという。そして5年後までには、同システムを使用して実際に観測データを取得することを目標に掲げている。さらに、千葉は、民間船を活用したプラスティックの観測ネットワークを構築し、世界の海洋ごみの観測システムに組み込みたいと考えている。

そして7年後には、SDGs14に掲げた目標に照らし合わせ、海洋プラスティック汚染がどの程度削減されたかに関するデータを開示する予定だ。そしてそのロードマップにはまだ先がある。

「データをそのまま提供しても意味がないので、10年後には、世間や政策決定者に対してそのデータをどのように“情報”として伝えるか、その仕掛けまで考えていきたいですね」

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