福島原発事故から間もなく九年。構内にたまり続ける放射能汚染水は、海へ流されることになりそうだ。だが漁業者や沿岸住民の理解を得られぬままに放出を強行すれば、きっと未来に禍根を残す。
東京電力福島第一原発の構内は、今や巨大なタンクの森である。
その数は千基に達し、計約百二十万トンの放射能汚染水が保管されている。最新の装置を使っても、放射性物質のトリチウムは取り残される。だから汚染水なのだ。
原子炉建屋の中に地下水などが入り込んで発生する汚染水は、事故当初の三分の一に減ったとはいえ、いまだ一日百七十トンに上る。このままでは再来年の夏には、タンクの増設もできなくなり、廃炉作業に支障を来す。
処分法を検討する政府の小委員会は先月末、タンクの中の汚染水を薄めた上で海に流す「海洋放出」と、蒸発させて空気中に拡散させる「大気放出」の二案にしぼる提言をまとめた。中でも、国内外で実績のある「海洋放出」を推しているのは明らかだ。
人体への影響が弱いとされるトリチウムを含んだ排水を法的に決めた基準に従って海に流すのは、国際的にも認められている。だが、実施には、風評被害という大きな壁がある。
原発事故で出荷制限された福島県沖の魚介類は四十四種に上っていたが昨年末には一種になり、本格操業へ向けての機運が高まった直後のこの提言だ。憤慨する漁業者の心中は察するにあまりある。
漁業者らが怒るのは、東電だけでなく、安全安心は二の次にひたすら再稼働をめざす、原子力業界、および政府に対する根強い不信感があるからだ。
おととしの夏、「浄化済み」とされた処理水から、トリチウム以外の放射性物質が見つかったのは記憶に新しい。福島の事故を経てもなお、不都合なデータの隠蔽(いんぺい)や、トラブル隠し、報告の遅れは後を絶たない。
経済産業省の作業部会が海洋放出を含む五つの処分案を提示したのは、三年以上前のこと。この間、当局は何を議論してきたのだろうか。
信頼関係を築けぬままに突然「時間切れ」だといわれても、漁業者側には承服できるものではない。まずは情報公開の仕組みを整えて、安全性にかかわるデータをつぶさに示し、漁業者や消費者との対話を深めるべきだ。海に流すも風に放つも、それからのことではないか。
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