第90話 商談2

「ミリスが戻るまで少し時間があります。先に相談内容をお聞きしても構いませんか?」

「はい。えっと、二つあるんですけど。まずはポーション瓶を携帯できる入れ物ってありますかね」

「それは――こういった物でしょうか?」


 レベッカさんが取り出したのは長方形のカメラバッグのような形のしっかりとした作りのバッグだった。かぶせになっているフタ部分を捲ると碁盤の目のように規則正しい仕切りが入っており、ポーション瓶を一本づつ縦に差し込めるようになっているみたいだ。

 これなら瓶同士が当たって割れる心配もないかな。――ただ俺が言ったのは一本、もしくは数本程度を携帯できるケースなんだよね。まぁ今シオンに持たせてるバッグじゃ色々問題もあるからこれも欲しいけど。


「こちらはポーションを持ち運ぶ時用のポーションバッグになります。魔導具になっており指定した者以外は開けることが出来ません。魔獣の皮が使われており衝撃に強く、五十本のポーション瓶が収納できます。ヤマト様がお持ちでなかったようなので我々の方でご用意いたしました。どうぞお使いください」

「ありがとうございます。専用のバッグが欲しいと思っていたので助かります。……これとは別に一、二本を携帯することができる入れ物ってありますか? 万が一に備えて普段から持ち歩きたいと思っているのですけど」

「持ち歩く、ですか。……そう、ですね。それなら職人にオーダーメイドで作らせた方がよろしいかと思います。このポーションバッグを作っている職人を紹介しましょう。商業ギルドの名前で依頼すれば最優先で仕上げてくれるでしょう」


 レベッカさん曰く、高価なポーションを普段から身に付けて歩く人はいないみたいだ。そもそも普通のポーションには使用期限があり劣化するため保管にも専用の設備が必要なのだそうだ。使う目的がないのに持ち歩くのは長旅に出る貴族など高位の者ぐらいなもので、街で生活している者が携帯することはないみたいだ。

 ……まぁ作り手であるポーション職人なら持ち歩く人もいるだろうけどね。それに俺のポーションは劣化しないみたいだから問題ない。


「なるほど。ではよろしくお願いします」

「はい。後ほど紹介状をご用意させて頂きます。保管庫の方も我々が用意させて頂いております。数日以内にはご用意できるかと思います」

「保管庫?」

「……ヤマヤマ、屋敷の工房に広い空間が空いてたでしょ。保管庫はポーションを保存する専用の魔導具。品質の劣化を防いでくれる。……ヤマヤマにはあまり重用じゃないけど」


 あぁ、そういえば昨日工房でフィーネが教えてくれていたな。……あれ? 領主側が手配したダダンガさんが改築したのに保管庫は商業ギルドが用意しているのか? 


「保管庫に関しては既に領主様にも伝えております。料金は商業ギルドと領主家で持つ事になっております」

「そうなんですか? なんだか色々と貰ってしまって申し訳ないですね」


 昨日の米とお茶の代金も不要って言われたんだよね。貰える物は貰うけど、流石に自分達が食べる物を常に用意してもらうのはなんか違う。なので次回からはちゃんと払うって言ったけどね。


「ヤマト様には万全の状態で作業して頂きたいので必要な手配は全て我々が受け持ちます。――我々もこれまで知り得なかった新たな発見に驚かされていますのでお気になさらずに」


 うん? 何か新発見があったのか? 最高品質を調べて何か分かったのかな?


 コンコン。


「失礼します」


 おっと、ミリスさんが戻って来た。手にはトレーが握られており、金貨二枚とギルドカードが乗せられているみたいだ。

 差し出されたトレーから金貨二枚とギルドカードを受け取る。が、うーん、金貨二枚を受け取りたった二枚かと思ってしまった。

 実際には200万G。かなりの大金だ。駄菓子菓子だがしかし二回使うと終わってしまう。……金銭感覚がおかしいな。いや、メダルじゃないって分かってるよ? でもお釣りをシオンに任せているから俺のポケットには金貨しか入らないからさ。昨日の分が二枚残っていたので合わせて四枚。四回分と思ってしまっても仕方がないでしょ。

 ギルドカードにも結構な額が入っていると思うけど詳細は不明。聞いたら教えてくれると思うけど、また問い合わせに行かせるのは忍びない。ま、そのうち分かるだろう。


「ヤマト様、ミリスも戻って来ましたし、もう一つの相談事をお聞きしても構いませんか?」

「あ、はい。えっと、Cランクポーションって用意してもらうことってできますか?」

「え? ――誰かお怪我を?」

「あ、いや、ちょっと昨日知り合った商人の方と取引をしまして、Cランクポーションを用意すると言ったものの僕では用意できないことに気付きまして。商業ギルドで用意できないかな、と」

「え? ……。なるほど。ですが、当商業ギルドには現在ありません。Cランクポーションが作成できる者は大抵が王都近郊にいますので、この街にまで回って来ないのですよ。……時間は掛かりますが、ヤマト様のためであればどうにか手配することも可能です。――しかし、商人との取引に、と言われると……。金銭での取引にはできないのですか? 金銭であれば私の一存で金貨百枚をご用意できます」


 フィーネの予想通りすぐには手に入らないか。それどころかこの街には回って来ないって言ってるし。そりゃメルビンさんが飛びつくわけだ。……安売りし過ぎたか?

 しかし、金貨百枚って一億Gだろ。レベッカさんが用意できるのか? ……俺から回収できるから副ギルド長として用意するってことか。

 ……でもコニウムさんにはCランクポーションを用意するって言ったからな。無理して巫女服を貰った以上、金で解決はしたくない。巫女服を返すつもりも毛頭ない。……最悪は俺のCランクポーションがあるしね。


「約束しましたからね。今さら反故にするのは僕のプライドが許しませんので。……シオン、あれを」

「はい。――どうぞ」


 シオンがバッグから取り出すのは一本のポーション。それを見た瞬間、レベッカさんがバッと立ち上がった。


「そ、それは――Dランク、ポーション。まさか、それも……?」

「確認してもらっても構いませんよ。今朝できたばかりの物です。流石にそれほどのポーションになるとFランクほどは作れませんから貴重ですよ」


 うん。嘘は言ってないよ。朝作ったし、ランクが上がるほど作れる数は減るしね。さて、Dランクポーションにどれぐらいの価値を見出してくれるかな。


「――間違いありません。Dランクポーション、最高品質です」

「ッ、――流石はヤマト様ですね」


 レベッカさんとミリスさんが驚きを露わにしてポーションを見つめている。特にレベッカさんは目を見開いて呼吸が怪しい……Bランクポーション出したら気絶するんじゃないのか?


「現在僕が持っているポーションの中でCランクに最も近いポーションはそれです。なので商業ギルドがCランクポーションを用意できないのであれば、それを渡しCランクポーションを用意出来なかったことを謝罪するつもりです」

「ッ、お待ちください!! す、少し、お待ちを! ミリス! ファルナに進捗状況を聞いて来い!」

「は! ヤマト様、少し失礼します」


 普段の優雅さを置き去りにしてミリスさんが走って部屋を出て行った。レベッカさんも余裕がなくなっているし。……あれぇ? Dランクポーションでこんな事態になるの?


「(……ヤマヤマ、Dランクポーションの最高品質が作れるってことはCランクポーションを作れると思われても仕方がない)」

「(そうなの? でも薬草の種類が増えて難しくなるんじゃなかったっけ?)」

「(……行程に違いはあるけど、少なくともCランクの低品質は作れるはずだとヤマヤマの魔法を知らなければ私も思う。……Cランクが作れるはずなのに作れない。何か制約があると考えるのが普通。……。最高品質のDランクポーションが世に出たことでヤマヤマの存在はベアトリーチェを越えたと思われてもおかしくない。……稀世のポーション職人が作り出した最高峰のポーション。それが外部の商人に渡り、その製作者は「ランクが高いだけのCランクポーションを用意出来ませんでした」と頭を下げると言っている。――商業ギルドが用意できないから。……失態なんてレベルの話ではない。……。少し追い詰め過ぎかも)」


 そう、なの? 最高品質のDランクポーションの方がCランクポーションより上なのか? だから屋敷でフィーネがDランクポーション一本で十二分って言っていたのか。

 ……。Dランクポーションをコニウムさんに渡すのではなく、レベッカさんに見せた上でCランクポーションをどうにかして用意させる方向で調整するべきだったか……。


 ……メルビンさんにCランクポーションを渡したのは早まったかも知れないな。メルビンさん達が使う分にはいいけど誰かの手に渡って最高品質とバレたらヤバそうだ。――フィーネよ。なぜ昨日の会談で更に一本渡したんだ。……知れ渡った時、あの贈り物の価値は跳ね上がるな。……商業ギルドと貴族を拮抗させるつもりなのか?


「…………」


 レベッカさんはDランクポーションを握り絞めたまま落ち着きなくうろつき、ブツブツと何か言ってる。ちょっと怖い。……。うーん話しかけられる雰囲気じゃなくなったな。


「(シオン、残りは見せないようにね)」

「(はい。勿論です)

「(ふふふ、Cランクポーションを用意できないとなって、あのDランクポーションを取り上げたらどんな対応をするのかしら)」

「(……発狂するに一票)」

「(……止めてくれ。レベッカさんのイメージが崩壊してしまう)」


 ただでさえポーションに怪しい視線を向けているんだ。これ以上おかしくならないで欲しい。

 そんなことをコソコソ話していると廊下を駆ける音が近づいて来たようだ。


「――お待たせしました! 本日中には行動に移れるようです」

「ヤマト様、数日――いえ、二日ほどお待ちいただけないでしょうか。商業ギルドの総力を挙げて必ずやご用意させて頂きます!」

「あ、はい。お願いします。……。あ、ただ取引をした商人の方も同席の上で話をまとめさせてもらえますか? 滞在日数などの打ち合わせも必要でしょうし」


「分かりました。その商人の滞在先を教えて頂ければ職員に迎えに行かせましょう」

「それは大丈夫です。すでにギルドのホールで待機していますから。狸人の少女と竜人の男性です」

「そちらの方々であれば確認しております」


 俺を待つのにホールにいたミリスさんなら気付いていて当然だよね。クロウさん目立つからね。


「なるほど。では後ほどお呼びするとして……こちらのポーションはCランクポーションを用意する代わりに頂けるのでしょうか?」

「ええ。いいで――」

「……待った。それでは対等ではない。……不足分を要求する」

「そ、それは勿論です! 不足分は金銭でのお支払いを考えておりますよ」

「……金貨十枚」


 フィーネが両手をレベッカさんに向けて指をパッと広げて要求している。……うん? 金貨十枚?

 昨日はFランク十八本とEランク十二本の合わせて三十本で30万G、そして過不足分として1500万G。……過不足額の桁がおかしいな。まぁそれは置いておいて、三十本で金貨十五枚だ。それがDランクポーション一本で金貨十枚はおかしくないか?


「――ヤマト様、Dランクポーションの交渉はシルフィーネ殿が行うと言う事で宜しいのでしょうか?」

「え、あー。うん。いいみたいです」


 フィーネがこちらに向けて親指を立てて微笑んでいる。まぁそのまま交換でも良かったしフィーネに任せよう。


「では、商業ギルドとしての価格をご提示させて頂きます。まず、先日のヤマト様との交渉で最高品質は中品質の五倍の価格で買取りを行うと定めております。これは今後毎日、ヤマト様が最高品質のポーションを持ち込まれることを見越しての価格となっております」

「……とんだ詐欺師がいたもの。もし量が増えることで価格が暴落すると言い訳をしたのなら正式に抗議するレベル。……ヤマヤマが作れる量ではベアトの商業圏を賄うだけでも数十年かかる。……低ランクポーション故に最高品質としての需要が少ないと言われると悩むところではあるけど、Dランクポーションなら需要的にも十分。そもそもEランクポーションとDランクポーションでは明確な差がある。……ここで答えるつもりはないけど、ベアトリーチェも同じことを言うはず」

「シルフィーネ殿はベアトリーチェ様の――いえ、今はそのことは関係ありませんね。……こちらのDランクポーションはどの程度の頻度でご提供頂けるのでしょうか?」

「……。ん? あぁ俺? じゃない、僕ですか。……えーと、週に――一本、ぐらいですかね」


 レベッカさんが問い掛けていたので、フィーネに視線を向けると俺をジッと見て瞬きを一度したので週に一本という事に決まりました。

 あまり出し過ぎるのも考えものだからね。その辺りの塩梅はフィーネに任せる。設備が整ったから生産量が増えたって言う事はいつでもできるからね。


「…………ご提供、頂ける数は週に一本と言う事ですね。……なるほど。シルフィーネ殿、我々は商人であり詐欺師とは一線を画す者です。ヤマト様からお譲りされているポーションに関してもオークションに出品して不当な利益を生み出すつもりはありません。現在はポーション職人の研究材料に適正価格で配布することを計画しております。その後は各ギルド支部や王侯貴族などに緊急時の備蓄として送られるかと思います。――Dランクポーションのご提供が週に一本と言う事であれば大変貴重です。そして最初の一本ということを加味してオークション相場、金貨六枚で買取り致します」

「……オークションで金貨六枚? 一体なんのオークションを言っている? 最高品質のDランクポーションであれば金貨十五枚は下らない。……加味すると言うなら金貨二十枚を要求する」

「――確かに現在であれば高値が付く可能性があります。しかしオークションに出すには製作者、発見者の情報が漏れ出る可能性もあります。オークション価格に近付ける努力はしますがそのままの金額では難しいところです。金貨八枚でいかがでしょうか?」

「……話にならない。発見者はサイガス商業ギルドでオークションに出せばいい。貴族を煽れば今なら金貨二十枚は越えるはず。……それに王室に献上したがる貴族は多い。最高品質のDランクポーションなら十分に買い手が見つかる。……丁度昨日顔合わせをした貴族家もいる。ヤマヤマのポーションになら金貨三十枚でも払う。金貨三十枚」

「今後の流通にも目を向ける必要があります。一回限りの拾い物ではありませんから下手な煽りをすれば要らぬ恨みを買います。そしてそれはオークションに出品すれば必ず付いて回るもの。ヤマト様が今後安心して販売できる販路を確保するためにもオークションではなく商業ギルドの流通網を使いたいと愚考します。金貨十枚」

「……週に1本程度を販売する販路も用意できないと言うつもり? それなら領主に捌けるだけ売りつけた方が遥かにマシ。ヤマヤマの魂が籠ったポーションを安売りさせるつもりは私達にはない。……ギルドを通さずとも売る方法は幾らでもある。……ポーションは商業ギルドの独占市場ではない。金貨三十五枚」

「ヤマト様の存在を秘匿するには貴族の介入は避ける必要があります。領主家では販路に限りがあり、すぐにヤマト様に辿り着かれます。我々も優れた技術を安買いするつもりはありません。ヤマト様への万全のサポートも含めて最大限ご協力します。金貨十枚。そして今後の買取価格は金貨一枚――100万Gです。これ以上は現段階ではまかりません」


 レベッカさんがハッキリと言い切ったけど、なおもフィーネが反論しようとしていたので横から頬を突っついて止める。ちょっと落ち着こうか。

 ……柔らかいな。ぷにぷに。


 ……。うーん、黙って聞いていると凄い金額になってきた。というかフィーネの方はドンドン値上がりしてるし。なんだよ金貨三十五枚って。

 週一本持って来て100万G。FランクポーションとEランクポーションが霞むな。さっきフィーネがEランクとDランクには明確な差があるって言ってたけど金額にも酷い差があるよ。まぁDランクポーションは週に一本だから希少価値が爆乗りだろうけど。


「……。……ヤマヤマ? 妄想するなら指離して?」

「ん? おっと、ついね。あー、レベッカさん、それでいいです。金貨十枚で。フィーネも最初にそう言っただろ?」


 当初の金額から一歩も引いてないんだから十分でしょ。あまり高値が付くのは庶民の感覚からしたら怖いんだよ。……まぁ金貨ってメダルじゃなくとも一万円ぐらいの感覚しかないんだけどね。それも毎日数枚手に入るし。

 Dランクポーションは日に八本だから全部持ってきたら800万Gかー。数字で考えるとヤバいな。持って来ないけど。


「……ヤマヤマがそう言うなら是非も無し。ただし、今後の買取は金貨四枚。これは譲れない」

「――Dランクポーションの提供量が増える場合は再度協議をすることを条件に限定的ではありますが今後の買取は金貨四枚で行いましょう」


 ふむ。それだけ貰えるなら十二分だね。資金には余裕があるししばらくは週一本で様子見よう。借金の件があるけど短期間で稼ぎ過ぎるのは危険だからね。

 レベッカさんは週に一本以上作れるって見抜いているみたいだし、いずれは相談しよう。ま、日に八本とは思っていないと思うけどね。余るポーションの使い道も考えないといけないなー。……今後はFランクポーション売らなくても良くない? もう端数の域だよ?


「ではそれで決定ということで。そのDランクポーションはそのままお渡ししますからCランクポーションの手配をお願いしますね。……用意して貰うCランクポーションは幾らになります?」

「Cランクポーションは供給がまるで足りていないので現状では正確な金額を申し上げるのは難しいですが、相場としては金貨二枚以上です。今回はこちらのDランクポーションの買取条件として用意しますのでヤマト様の出費はありません。金貨十枚は全額お支払いします」


 そうか。不足分の催促でフィーネが交渉していたんだった。初回とはいえDランクポーションの最高品質の価値がCランクポーションと金貨十枚分か。……メルビンさんに渡したCランクポーションは世に出しては駄目な物だったのでは? ……ま、俺に損失はないし月に二本だからいっか。

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