短編小説   作:重複

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IFであり、独自設定があります。
モブ(名無し)がいます。


IF NPCが一人 デミウルゴス 8

◆◆◆

 

王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが対応を命じられた、王国と帝国の国境付近に現れた帝国騎士の格好をした集団が村々を襲っているという事件。

 

これを王国戦士長とその配下の戦士団によって排除することができたという報告が王宮にあがった。

 

これに、リ・エスティーゼ王国国王ランポッサ三世は、その業績と無事の帰還を喜んだ。

 

しかし、襲われた村々の被害は著しく、四つの村では生存者の確認もできなかった。

しかも村には火が放たれ全ての建物が失われたために、村はその機能を失っているとの報告に心を痛めた。

 

そんな王の待つ王都へと帰還したガゼフを待っていたのは、貴族派閥からの問責という名の糾弾だった。

 

 

宮廷会議が行われる、王城ロ・レンテにあるヴァランシア宮殿の一室。

 

その中央に跪き、久しぶりに顔を合わせた玉座に座る主人、ランポッサ三世の様子にガゼフは思った。

 

さほども時間は経過していないにも関わらず、その外見は記憶にある姿よりも年を重ねたように見える。

 

 

離れていたのは半月ほどだ。

たったそれだけの期間で、一気に年をとったように見えるほど様変わりして見える主君の姿。

老け込んだ、という表現が正しいだろう。

外見だけでなく、動作の全てにも年齢以上の老いを重く感じさせる。

 

そう思わせるほどに、王という立場は主人の心身を疲弊させているのだろう。

 

その頭に乗せている王冠すらも重そうだ、と思わずにはいられない。

 

 

だが、その半月という時間は、自分(ガゼフ)にとっても長く年月を重ねたかのような重厚な時間だったと言えた。

今の自分の心も気分も気持ちも、体が地面にめり込むのではないかと錯覚しそうなほどに重く感じていた。

 

全ての事柄に対して、今までのように感じ、考えることができなくなっていたのだ。

 

「よくぞ、無事に戻ってきてくれた、戦士長よ」

「はっ!ありがとうございます、陛下!」

 

深い思いやり溢れる言葉も、今のガゼフには響かない。

 

以前なら、その慈悲深さに一層の忠誠を心に刻んだだろう。

しかし、今のガゼフにあるのは苦い思いだけだった。

 

王という立場にあるならば、自分(ガゼフ)一人の命よりも優先すべきものがあり、そのためには貴族の思惑があろうとも、自分を完全武装で送り出すべきだったのだと知ってしまったためだ。

 

スレイン法国が殺すべき対象としていた自分(ガゼフ)が万全の状態で送り出されていれば、今回の襲撃は見送られていた可能性が高いという。

 

つまり、多くの民が殺された今回の事態は自分(ガゼフ)を殺せると判断できる状態で送り出した王の対応によって始まったのだ。

 

それは王の「優しさとはき違えた甘さ」によって引き起こされた事態だと知った。

 

いや、「教えられた」というべきか。

 

竜王国へ送られた二日間を含めたカルネ村での出来事は、ガゼフの考えに強く影響を与えていた。

 

 

そもそも辺境の異常に、わざわざ王都から派遣するなど効率が悪いのは明白なのだ。

それなのに、王の側近であるはずの王国戦士団が動く事態になった。

 

そんな不条理がまかり通ってしまうのが、王国の現状なのだ。

 

国を割りたくない。

だから、貴族派閥の発言を無下にすることができない。

 

それくらいなら、最初から自分(ガゼフ)を取り立てることなどしなければよかったのだ。

 

そうでなければ、いっそ国を割るような存在を排除することも視野に入れるべきだ。

 

罪を捏造しろという訳ではない。

 

根回しをすること。

それを具申する臣下を揃えること。

実行する手段や対策を用意できる存在を確保すること。

 

自分のような「ただ剣の腕が立つだけの平民」を取り立てても、平民に出世の道があると示しただけで、何の対策にもならない。

 

それに自分の環境を思えば、とても他人に同じ道にと勧められるものではない。

 

自分は王に忠誠を尽くすためにこの道に入ったが、生活の糧として考えるなら、他の仕事を勧めるだろう。

 

特に今回のような事態に遭遇すると知ってしまえば、よりその思いは強くなる。

 

自分(ガゼフ)一人を殺すために、多くの罪無き民が殺され、自分につき従った戦士団の五〇名あまりも同様に命を奪われるところだったのだ。

 

そういった、自分が知らず、わからず、隠されていた事情を、あのヤルダバオトと名乗った悪魔は簡単に暴いた。

 

スレイン法国の特殊部隊との僅かな会話だけで。

 

その過程で、隠し事は不可能だと判断したらしい陽光聖典たちは、彼らの知る限りのことを話していた。

 

それにより、あの悪魔は彼らすら気付いていなかった事情を丸裸にしたのだ。

 

あの悪魔は、風説に違わず策謀と知略に長けた存在だった。

 

そして、今も主君に促されるままに、悪魔(ヤルダバオト)の用意した台本(シナリオ)を語る。

 

スレイン法国の関与を臭わせながら、特殊部隊の話は隠す。

ガゼフたち王国戦士団は、報告にあった「辺境の村々を襲っていた帝国騎士の格好をした集団」を討ち取った。

襲われた村の四つでは村人の生存確認がとれず、おそらくは全員死亡。

追いつめた最後のカルネ村でも、大きな被害が出た。

それらの討伐終盤に現れた天使の集団によって状況はかき回され、戦士団にも負傷する被害が出たこと。

 

 

おおまかな内容はそんなところだ。

それでも、行動した日程や状況、証拠となる「帝国騎士の鎧」なども揃えてある。

 

その内容は、非の打ち所のないものだ。

 

問題も齟齬もなく、聞くだけなら納得してしまえる完璧な報告。

 

ガゼフが言葉に詰まろうと、話したくない内容にすすもうと、自分の中にいる悪魔が自分の体を操りヤルダバオトの報告が流れていく。

 

「そうか。よくぞ任務を果たし、無事に帰還してくれた」

 

王の感嘆の言葉には、自分が生きて帰れないだろう可能性を払拭したことも含まれるのだろう。

実際、あの悪魔の介入が無ければ、今自分はこの場に立ってはいないはずだ。

 

だが、たとえどれほどに完璧な報告であっても、難癖をつけることこそが目的の者には関係の無い話だった。

 

報告が終われば、早々に野次る言葉が飛び交い始める。

 

「辺境を騒がしていた集団を全て倒したという報告ですが、帝国の騎士を一人も生け捕りにできなかったとはおかしいのでは?」

「本当に討伐したのか、怪しいものですな」

「左様。持ち帰ったのが、帝国騎士の鎧一組だけとは信憑性に欠けます」

「そもそもスレイン法国の関与と言うが、その発想はあまりにも妄想甚だしいでしょう」

「然り。辺境の村を襲うことでスレイン法国にどのような益があるというのでしょう」

 

スレイン法国を庇うかのような発言。

辺境の村の住民の安否を気にもしない意識。

ガゼフの首尾を貶めるためだけの思惑。

 

うんざりするだけの状況であっても、ガゼフは言葉を選ばなければならない。

 

「申し訳ありません。敵の数は多くまた手練れでもあり、確実に殺さなければ被害は拡大したものと判断しました」

 

実際はほとんど生き残っている。

なにしろ、自分たちとの戦闘は無かったのだから。

 

それでも、竜王国で亜人やモンスターを相手に共に戦った状況を思い出せば、覚悟という点では劣るが力量としては自分が指揮する戦士団にさほど劣るものではなかったと記憶している。

それだけの規模で部隊を運用することができたこと。

これは自分の行動が全てスレイン法国に筒抜けだったという証左だろう。

 

「鎧に関しましては申し上げた通り、カルネ村の復興のためにいくつか渡しました」

 

先の報告を繰り返す。

いっそ、聞いていなかったのかと問い質したい気分だ。

 

「それ以外の装備品類は、戦闘においての破損が激しいこと、召喚されたと思しき複数の天使の介入により回収は不可能でした」

 

天使を呼び出せる。

しかも複数体。

 

これだけでも、スレイン法国の関与を疑っていい事態のはずだ。

 

その関与にガゼフが最も疑う人物が、王の場を治める言葉によって会議を進行していく。

 

 

◆◆◆

 

 

ガゼフに憑依した悪魔は、ガゼフの報告を聞く部屋の中の人間たちを注意深く観察し吟味する。

 

スレイン法国の存在をほのめかしたのは、ヤルダバオトの指示だ。

 

天使の召喚は信仰系魔法である。

信仰系魔法を使う者が複数となれば、スレイン法国を疑うだろうとは、ガゼフもニグンも同意した。

 

つまりスレイン法国と繋がっている者がいれば、状況を確認するために連絡を取ろうとするだろう。

 

その経路を知ることが目的だ。

 

そのために、自分には多数の隠密系の僕が与えられているのだ。

 

しかし、自分も含めてだが僕のレベルは高くはない。

与えられた僕は、三〇レベル台からそれ以下の者ばかりだ。

 

スレイン法国には陽光聖典以上の強さを誇る存在がいるという。

そして、その存在の強さを正確に知るには情報が足りていない。

 

なにしろこの世界の人間には、八〇レベルも一〇〇レベルも区別が付かないようなのだ。

なんとも大雑把なことだ。

 

だが、人間の使う情報網を把握することができれば、その問題にも解決策が浮かぶかもしれない。

 

さらには、スレイン法国の持つ強者やこの世界特有の摂理をさらに詳しく知ることも可能となるかもしれない。

 

ヤルダバオトの指示は、この世界の情報を収集することであり、その手段は極力表に出ないことが求められているのだ。

 

それに、帝国の騎士(囮の部隊)の話だけで特殊部隊の話が出なければ、スレイン法国はその行方を探す「何か」を用意するだろう。

 

それらの動向や手段は、この世界でも有数の物であるはずだ。

 

 

それにしても――

 

悪魔はガゼフの中から周囲を窺いながら、ため息を吐きたくなるような気分を押さえられなかった。

 

主人(ヤルダバオト)のお眼鏡にかなうような、使えそうな人間が本当に少なすぎる。

 

取り憑いたこの人間(ガゼフ)も、剣の腕は立つが、それ以外はろくな物ではない。

 

はき違えた考察。

考え違いも甚だしい推論。

自分の狭い世界観に囚われた独善的な考え。

他者を外見で判断する幼稚な思考。

相手の言葉や行動の裏を読めず、理解しようともしない怠惰。

貴族社会に対しての無理解を「自分には向いていない」と諦める不勉強。

 

ただ仕える王の剣であることを自分に課しているという考えに固執することで、主人の王であるランポッサ三世の役に立つことを放棄している浅慮。

 

戦場に立つなら剣の腕は必須だろうが、王の後ろに控えるなら知識は必要だというのに、案山子であることに終始してしまっている向上心の無さ。

 

それを無欲と勘違いする意識の低さ。

 

そもそも会議を聞いていても、理解はまるでしていないのだ。

しかも、内容を理解しようとする努力どころか、ろくに聞いてもおらず別のことを考えている始末。

 

さらには、唯一と言っても過言ではない王の理解者を裏切り者扱いだ。

 

これでは、このガゼフに取り憑いている自分は有用な存在を探すのにも苦労することになる。

 

ガゼフの実直という無神経さでは、宮廷という魑魅魍魎の住処で味方を得るなど不可能だろう。

 

嫌いな相手に対して嫌な顔を隠すことすら満足にできないのだから。

 

知り合い全員が家族のような辺境の村の子供ではないのだから、その程度の社交性は培っていてほしいと思うのは間違ってはいないはずだ。

 

今までの言動から、この男が急に賢しげなことを言えば、いらぬ疑惑をもたれかねない。

 

自分(四〇レベル台)が取り憑ける相手が少ないとしても、これでは早急に自分の手足として使える存在を別に見つける必要があるだろう。

 

 

ガゼフに取り憑いている悪魔は、夢魔の分類に入る。

 

正面についた美しい顔は能面のように全く動かない擬態のものだ。

頭の後ろ側に醜悪な本当の顔を隠している。

精神に入り込み、取り憑いた者の親しい者の夢を渡り歩く性質がある。

 

というフレーバーテキストが現実になった存在だ。

 

といっても、実際に宿主(ガゼフ)から離れるわけではない。

対象として「親しい」とマーキングした者の位置や思考がおおまかにわかる程度だ。

 

ドッペルゲンガーの特殊能力の「相手の表層意識を読み取る能力」に近いだろう。

それとも「不死の奴隷・視力(アンデススレイプ・サイト)」に近い能力かもしれない。

あるいは、作成した僕がどこにいるか、作成者にはわかる共感能力だろうか。

 

もっとも、ドッペルゲンガーが周囲の複数の人間から読み取るのに対し、この悪魔は固定した対象のみという制約がつく。

 

これは対象と伝言(メッセージ)のように見えない糸で繋がったような状態になるためだ。

 

そのためか対象の数は限られ、この悪魔では三体までが限度となっている。

 

 

「親しい」というのも、「会ったことがある」「距離がそんなに離れていない」という制限がつく。

 

「会ったことがある」という項目も、相手の顔や名前を知る必要があり、見かけただけの相手は対象にならない。

 

「距離」もユグドラシル(ゲーム)的な縛りがあるのか、一つのフィールド内、たとえば街の中だけなどの制限がある。

国をまたいでなどは不可能だ。

 

レベルは五〇に近いが、使える魔法やスキルは補助や精神系が多い。

 

それでも、取り憑いた相手の肉体を自分の物として使用する際には、憑依した自分本来の筋力に近くまで強化することが可能となる。

 

魔法やスキルによる探知にも長けているので、斥候活動や隠密行動に向いている。

 

攻撃系も、少ないというだけで、全く使えないというわけではない。

 

そもそも、天使や悪魔は他の種族に比べて、使える魔法の数が多いのだ。

 

ただし同じレベルの相手との戦闘になれば勝率は低く、装備も相まってプレアデスの誰にも勝てないだろう。

一方的に負けるとも言えないが。

 

全種族魅了や睡眠、麻痺や幻術等も使えるので、逃走に全力を尽くせば五〇レベルを振り切れるだろう程度だ。

 

 

ガゼフからすれば、ただ強いだけではないという存在は苦手だ。

それ以上に、この悪魔は厄介な存在だった。

 

ガゼフ・ストロノーフという存在そのものを損なう「悪夢」そのものだった。

 

ガゼフという人間を、人生を否定し土足で踏み躙るがごとき言葉の数々に、心がささくれ荒む思いだ。

 

その言葉が自分に否定できないことなら尚更だった。

 

◆◆◆

 

ガゼフは思い出す。

 

自分の非力さを。

 

かつてのバハルス帝国との戦争時に、自分は周囲を敵に囲まれながらも、当時の四騎士の内の二人を討ち取り帰還した。

 

 

だから――

 

 

どこかで油断があったのかもしれない。

慢心があったのかもしれない。

 

自分は多勢に囲まれても、なんとかすることができる、と。

 

王国最強。

周辺国家最強。

英雄にとどくだろう剣豪。

 

そう称えられて、驕りや自惚れが無かったとは言えないのかもしれない。

 

竜王国で、亜人を相手に戦った時。

 

スレイン法国の陽光聖典が召喚した天使たちが減らしたビーストマンを相手にするだけでも、自分たち戦士団は壊滅しかけた。

自分が万全の状態であれば、問題なかったとは言えない。

 

ビーストマンの目的は「自分(ガゼフ)を殺すこと」ではなかったのだから。

 

自分がどれほどビーストマンを殺したとしても、村人たちを守れなかったのなら敗北だ。

 

数が減ったビーストマン相手でも、あれだけ苦戦したのだ。

 

もし、陽光聖典が数を減らしていなければ、そしてポーションを融通してくれていなければ、戦士団はその数を相当に減らしていただろうことは間違いない。

 

今まで気にしなくても良かった「数の脅威」。

それが現実としてあり得ると知ったのだ。

 

自分の強さなど、「世界」の中では小さい。

「人間として」の強さを誇っても、この世界では通用しないのだ。

 

そもそも陽光聖典に襲われたとして、自分は勝てるのだろうか。

 

 

そして、カルネ村で自分に取り憑いたという悪魔。

 

ガゼフは自分に憑依したその悪魔の強さに愕然とした。

 

自分など足下にも及ばぬ強さ。

 

そんな悪魔を多数配下とする存在、ヤルダバオト。

 

それでも、その悪魔は村人を助けるという、自分にはできなかったことを行っていた。

 

何が正義で、何が悪なのか、判断がつかなくなる思いだ。

 

さらに法国の人間たちとの会話で知った、王国の立場。

 

それは人間という種族全体に対する悪だという。

 

人間という劣等種。

 

これを存続させるために、どれほどの犠牲が現在進行形で払われているか。

 

竜王国が滅び、法国がその武力を衰えさせれば、いずれは王国とて存続の危機に陥るという。

 

そうなった時、王国に自らを守る手段があるだろうか。

 

民兵など、亜人の攻撃の前には紙きれだという。

むしろ案山子の方がましだとも。

案山子は逃げないのだから。

だが、民兵は我先にと逃げ出すだろう。

 

ローブル聖王国では、徴兵制により成人した全ての国民が兵士としての訓練を一通り受けているという。

さらに国土が巨大にして長大な城壁に守られてもいる。

そこまでしても、被害を減らすことはできても、無くすことはできておらず、国民の被害は出続けているという。

 

何の守りも武力も持たない王国が、亜人の侵攻に対して有効な手段などあるはずもない。

 

あっという間に、王国は地上から消えることになるだろう。

 

そんな現実を、知らなかったでは済まされないのだと、思い知らされた。

 

竜王国へ送られる前の、陽光聖典との問答を思い出す。

 

◆◆◆

 

「知らなかった、知らなかった、知らなかった!全く何も何一つ、知らなかった!」

 

ガゼフの何気ない言葉に、ついにニグンは黙っていられずに叫んでいた。

 

「いい言葉だな!『知らなかった』と言えば、全て許されるのか!無かったことにできるのか!」

 

「そんなことは言っていない。そもそも『知らない』と言っただけだろう。それがそんなに悪いと言うのか?」

 

「そうだ!悪だ!知ろうともしなかった。その知る努力を怠ったこと、それこそが悪だ!」

 

憎々しげに睨みつけるその形相は、抑えきれない激情を溢れさせていた。

 

「王の側近くに控えていながら、その程度の認識しかなかったのか!国を憂いているというなら、なぜ何もしないでいられるのだ!」

 

ガゼフからすれば、王の不利益になるような行動はとれなかった。

だが、ニグンからすれば、王の側近が政に疎いために行動できないなどという方がどうかしている。

 

「そうとも!私腹を肥やす。堕落する。腐敗する。そんなくだらない愚かなことに、時間を、資源を、人命を無駄に費やす!これを罪と言わず何と呼ぶ!そしてそれを見逃すことも当然悪だ!」

 

関を切ったように、ニグンは叫ぶ。

それまでの上から目線では無い。

今までの苦労が、苦難が、辛酸を舐め生死の境を掻い潜り、ひたすらに人類のためにと戦い守ってきた「人間」に、今までの人生の全てを否定されて黙っていられるほど、ニグンは自分のしてきたことに意味を見いだしてこなかった訳ではない。

 

殺しきれなかった亜人が、人間の集落を襲うこともあった。

自分たちが亜人の村を襲わなければ、そんなことにならなかった、などという非効率的な考えは、すでに捨てた。

そもそも、亜人が人間を食料としている段階で、和解などあり得ないのだ。

 

亜人が増えれば、当然食料が不足する。

その不足した食料を、どこから調達するというのか。

 

調達される食料となった状態こそが、今の竜王国だ。

 

あの国の惨状を見て、同じことが言えるのか。

 

あの悲惨な状況を人間の国全てに広げないために、自分たちがいるのだ。

 

断じて、私利私欲や加虐的嗜好で亜人を殺しているわけでは無い。

 

例えば、人間が食べている牛や豚が、自分たちを食べるな。自分たちの権利を尊重しろ。と言ったとして、それを人間が受け入れるか。

 

受け入れるわけがない。

畜産という手段を得たからこそ、人は安定した食料を得ることができるのだ。

 

同様に亜人たちも、自分たちが飢えれば人間を襲うことに躊躇などするはずがない。

 

腹を空かせている時に目の前に食料があって、食べない方が「生き物」としてどうかしている。

 

そして飢えなくとも、「美食」という観念から人間を食べる。

どこまで行っても、人間を「食材」と見ている相手なのだ。

 

ビーストマンやトロールの国の「食材」の実状を知って、彼らと仲良くできるというならやってみるがいい。

 

この世界は弱肉強食なのだ。

 

比喩でもなんでもない。

正しく人間は「弱肉」なのだ。

 

それを覆そうとするなら、彼のミノタウロスの賢者のように、圧倒的な力が必要だ。

 

そして、そんなことなどできない劣等種が人間なのだ。

 

それでも大人しく食べられてやる道理などない。

鼠が猫を咬むなら、人間とて同じことをする。

 

それが早い(攻める)か遅い(守る)かだけの違いだ。

 

大人しく攻め込まれるまで待つなど、馬鹿のすることだ。

 

強盗が家に入るまで何もしないか。

まず入られないように、自衛をするものだろう。

 

襲われる(喰われる)ことがわかっていて、何もせずにいることなどできない。

 

攻め込むなどできない弱者たる人間は、自分の領域を守ることで精一杯だ。

だからこそ、守るための「攻める力」が必要なのだ。

 

自分たちの生息圏に他の種族が入り込まないように、繁栄しないように、早期にそれを排除しなければならない。

 

なぜなら、共存などできないからだ。

駆逐される側が「人間」だとわかっているのに、その存在(他種族)を見過ごすことなどできるはずがない。

 

それが、六大神によって滅亡を免れた人間の義務だ。

 

誰が大人しく滅びを受け入れてなどやるものか。

 

抗うのだ。

 

生きることを諦められないなら、戦うしかないではないか。

 

今、自分が生活している安全な土地が、何の対価も無く無条件に存在するなどと考えることこそが「罪」だ。

 

リ・エスティーゼ王国もバハルス帝国も相当の範囲で隣接しているトブの大森林。

そこに住む亜人を狩り続けている、無限地獄のような現状。

それでも、トブの大森林から亜人やモンスターが溢れ出せば、王国も帝国も「もたない」。

 

人間を食べない種族でも、数が増えればその土地を巡って争うこととなる。

 

そこに住み数を増やして広がり、果ては周辺の人間を追い出し、自分たちの土地だと声高に宣言するだろう。

 

そして、人間との争いになれば、人間の側が負けるのだ。

 

そんな人間の、人類の現状を知ろうともせず権力争いだと。

 

ふざけるな。

 

 

荒い息をつくニグンに、陽光聖典は思いを同じくする。

確かに「強いから」陽光聖典に配属された。

しかし、最初の「人類のために戦う」という道を選んだのは、間違いなく自分自身なのだ。

 

囮の部隊は気まずい思いを抱えていた。

命令とはいえ、村人を殺すことに高揚感があったことは確かだ。

逃げまどい、命乞いをする村人を殺す。

そこに、自分が「強者」である驕りがあったことを否定できないだろう。

 

戦士団は戸惑いながらも、同意できない。

切り捨てられる側に置かれて、それを納得しろと言われても、それこそニグンの言葉の通り、「大人しく」切り捨てられてやる道理はないのだ。

ただ、自分たちの知らないことに理解が及ばないことも事実だ。

人間が食料と言われても、想像ができないのだ。

彼らは「人間」しか知らないのだから。

 

 

彼らは全員が、正しく「住む世界が違う」集団だった。

 

例えば、犬を食べる民族、羊を食べる民族、魚を食べる民族、虫を食べる民族。

 

お互いにその習慣がなければ、お互いを「野蛮」と蔑むことは珍しいことではない。

 

食料に対する認識は、国どころか地域ですら異なる。

 

そして今、同じ人間同士であっても、ここまで認識が異なるのだ。

 

自分(人間)が食料と見られる認識などないのだから。

 

それが種族さえも異なれば、もはや理解など及ばないほどに異なるだろう。

 

それを、あの竜王国での二日間でガゼフは思い知ったのだ。

 

◆◆◆◆◆◆

 

悪魔に罵られ続け、何の意味も見いだせない会議が終了する。

 

前を歩く王につき従って王宮の廊下を進む。

 

王の危なげな歩行に手を貸すこともできない。

 

だが、それも矜持でしかない。

 

そうしなければ、王に譲位を促す声が大きくなる。

 

二人の王子が、どちらも即位した後には貴族の傀儡となるだろうとしか思えない存在だからだ。

 

だから王は杖をつかなければ歩けないような体でも、手助けを得られない。

 

王がそうして虚勢を張れば張るほど、それを見る貴族派閥、いや王派閥の者すら嘲笑しているのだと知ってしまった今、ガゼフにはあらゆることが道化に見えた。

 

そして、その最たる者は、自分(ガゼフ)自身だった。

 

 

◆◆◆

 

 

何かがおかしい。

 

ラナーは訝しんだ。

 

王国の動きがいつもと違う。

 

全体がなにか奇妙な動きを見せているようだ。

 

「王国戦士長様は、お加減が悪いのかしら。あんなことがあったばかりですものね」

 

父、ランポッサ三世の供として歩いていたガゼフに語りかける。

 

「いえ。お気を使わせてしまい、不徳の致すところです」

 

深く頭を下げるガゼフに変化は感じられない。

 

違和感は、もっと別の所からだ。

 

「私でよかったら、お話ください。クライムを通してでもかまいませんので」

 

「お心遣い、感謝申し上げます」

 

こんな人だっただろうか。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 




◆ガゼフが王都に帰った時間

エ・ランテルの事件や、魔樹の件より前になります。


◆ガゼフの王に対する考え

良くも悪くも陽光聖典や「ヤルダバオト」の影響を受けています。
「良い方なのだ」という意識は変わりません。
ですが「良い国を造れる王か」くらいは考えるようになりました。


◆悪魔のガゼフ評価

デミウルゴスの配下ですから、ナザリック寄りの思考をしています。
なので、人間を褒めることの方が無いだろうと思いました。


◆ガゼフに憑依した悪魔

独自設定の悪魔です。

レベルは四〇レベル後半。
表の綺麗な顔は能面のように動きません。
夢魔の系統で、三体まで対象の行動や表層意識を読むことができる。
表層意識を読めるのはフレーバーテキストなので、この世界に来てからの能力になります。

アインズが、プロローグ後編や亡国の吸血姫でスケルトンやゾンビと視界共有してあっち行けこっち行けしていますが、それの精神的小判鮫状態です。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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