終わりの始まり
「金曜のご予約キャンセル承りました。いえ、しかたないですよね。また、お願いします。」
渋谷でもつ鍋や『いつかは本気出す』で店長をしているシロネコは、新型コロナウイルスの蔓延による予約キャンセルに頭を悩ませていた。
IT企業を中心に、オフィスに出社しないテレワークという働き方が広がっていて飲食店は壊滅状態だった。もつ鍋やの2月は書き入れ時なのだが、このまま行くと前年同期比10%減、いやもっと売り上げが減ることも予想された。
「オーナー、また予約のキャンセルでした。このままだとヤバいです。」
「わかってるよ。こっちはこっちでなんとか考えるから、現場でもきてくれたお客さんに普段よりも大盛りの接客で歓迎してあげてね。」
オーナーである黒もふもふも頭を悩ませていた。
もしも、シロネコのいうとおり10%以上売り上げが減るのだとしたら、稼ぎどきである2月に利益が出ない可能性がある。
予約がキャンセルになったからといって、翌日の食材や人件費を削ることは難しい。とはいえ、このままではよくないこともわかっている。どうしたら良いものか。
「全社員をテレワークに変えて半月、業績は落ちなかった。」
テレビから聞こえてきた夕方のニュースでは、いち早く新型コロナウイルス対策として数千人を在宅ワークに変えたIT社長のコメントがニュースを騒がせていた。
「もうオフィスいらないよね」
「ZOOMとSlackでいいかな」
「UberEats使いまくり」
「飲み会Slackでいけるんじゃね?」
そんなニュースに反応してか、twitterではもはや新型コロナウイルスの話題ではなく、出社しない働き方であるテレワークの話題で持ちきりだった。
ZOOMとは、離れた人同士がPCやスマホで利用するビデオチャットツールのことで、これで“テレワーク”でも会議ができるらしい。
Slackは、テキストメッセージを送り合うものらしく、ビジネス用のLINEみたいなものだろう。
そしてUberEats。
この3年間、何度もその名前は聞いていたが黒もふもふとしては自身の店では使わないと決めていた。
手数料が30-40%取られるらしく、いい材料を使う自分の店では成り立たないと思っていたし、自分のお店は自分やシロネコに“会いに来る”人も多く、そのおもてなしや接客に誇りを持っていた。
「UberEatsなんかがコレ以上流行ると、うちみたいなお店は迷惑でしかないよなぁ。」
黒もふもふがうな垂れた首を持ち上げてスマホから視線を外し、カウンター内で洗い物をしていたシロネコに同意を求めるような視線を送る。
「うーん。でも、コロナウイルスがいつまで続くかわからないですし、収まったとしても今年はオリンピックもありますし。その“テレワーク?”が続くのであれば、うちもUberEatsやらないとヤバいんじゃないですか?」
「シロネコまでそんなことを。。。」
自分の意見に同調してもらえず少しムッとしながら、左手でマグカップに残った冷めきったコーヒーを一息に喉へ流し込んだ。
「UberEatsねぇ。。」
実は黒もふもふにはにゃんこ先生というUberEatsに詳しい友人がいる。
以前勧められた時には適当に流してしまったが、今後もテレワークが続くのだとしたら、UberEatsは今始めても遅いということはないのかもしれない。
左手で持ったスマホの画面を、右手の中指でトントントンと軽く叩きながら深い息を吐く。
「はぁ。。聞いてみるか。」
潮目
にゃんこ先生は、新型コロナウイルスはただのきっかけに過ぎず、飲食店が大きく変わる潮目であることを肌で感じていた。
彼が関わっている飲食店の売上数値を分析すると、店舗来店売り上げは減少、人件費と採用費は上昇、外注費と家賃は変わらず。
つまり、飲食店周辺の業者が儲かっているだけで、肝心の飲食店だけが苦しんでいる構造になっている。
仮説では、飲食店の来店売り上げ比率は将来的に50%程度となるのが健全であり、これまで来店売り上げに100%依存していた店舗はチェーン店を除き閉店するだろうと。
フードデリバリー、テイクアウト、プレオーダー、DtoC通販、ケータリング、出張提供、知財提供でのコラボ商品、レシピ提供、ギフト商品開発、そのほか、飲食店が来店売り上げ以外で収益を得る方法は実はたくさんある。今後は、これら“非来店売上”でお店全体の売り上げの50%を稼いだ方が健全な経営ができるはずだ。
「時代の変化に合わせて変わるものだけが残るって誰かが言ってた。」
左手でマグカップを持ち上げて冷めたコーヒーを一気に流し込む。
何かタイミングが悪かったらしく、激しくむせてゴホゴホと咳こみながら顔をしかめていると、PCと、充電中のスマホから同時に音がなった。
「にゃんこ先生、UberEatsってどうですか?」
3つの約束
Day1.UberEatsユーザー用アプリの分析
デジタル化による変革のことを、デジタルトランスフォーメーション(DX)と呼ぶ。
新型コロナウイルスによるテレワークをきっかけに飲食店のDXが劇的に進み、飲食店間で埋めようのない差が広がっていく。
Day2.何が売れているのか仮設
バーガーキング4.4(500+)、中華料理4.9(500+)、香港料理4.8(233)、中華料理4.8(500+)、ケバブ4.8(500+)、麻辣4.8(500+)、中華料理4.8(500+)
Day3.仮説検証
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Day4.5つの業態と5つのメインメニュー
1店舗め:ポテトがうまい手作りハンバーガー屋
2店舗め:唐揚げが美味しい街中華
3店舗め:両面をプレスしながらバターで焼いたチーズとローストポークのキューバサンド
4店舗め:海鮮お茶漬け&海鮮卵かけご飯専門店
5店舗め:もつ鍋やが作るジューシーな鶏肉とMEC食
Day5.UberEatsへ連絡(2回目)
グリーンスタンダード
1. オンライン率 : アプリで設定した営業時間に対して実際にオンラインだった時間の割合
2. メニュー : アプリに表示されているメニュー数
3. 写真: 写真があるメニューの割合・数
4. 商品説明 : 商品説明があるメニューの割合
5. 受注率 : アプリで入った注文に対して、実際に受注した割合
6. キャンセル率 : 全ての注文に対してレストランによるキャンセルの割合
1店舗め:ポテトがうまい手作りハンバーガー屋
1.月見コロッケバーガー
2.タルタル海老カツバーガー
3.リブロースステーキバーガー
4,ガーリックチキンソテーバーガー
5.ガーリックシュリンプバーガー
6.ローストポークバーガー
7.ポテトフライA
8.ポテトフライB
9.ポテトフライC
10.ポテトフライD
11.オニオンフライ
12.唐揚げA
13.唐揚げB
14.ミックスフライ
15.パーティー用オードブル
Day6.試作と容器検討と写真撮影
1.月見コロッケバーガー
2.タルタル海老カツバーガー
3.リブロースステーキバーガー
4,ガーリックチキンソテーバーガー
5.ガーリックシュリンプバーガー
6.ローストポークバーガー
7.ポテトフライA
8.ポテトフライB
9.ポテトフライC
10.ポテトフライD
11.オニオンフライ
12.唐揚げA
13.唐揚げB
14.ミックスフライ
15.パーティー用オードブル
2店舗め:唐揚げが美味しい街中華
・チャーハンが時間かかるためあらかじめ5食分のネギとチャーシューとナルトを刻んでおく
・餃子はXXの冷凍餃子を仕入れて、完璧な焼き具合で提供、揚げ餃子もOK、冷凍餃子のままの販売もOK
・天津飯は甘酢餡と、だし醤油餡が選べるように。ご飯はチャーハンにも変更できる
・唐揚げは塩、タレの2種を基本に。全メニューに1つずつからトッピング可能
・麻婆豆腐は、時短のために5食分ずつソースを合わせておく。
・麻婆丼も、ご飯がチャーハンに変更できる
・天津飯用のふわふわ卵も、天津卵焼きとして単品での注文や、他注文のトッピングに。
・唐揚げ餃子定食だけはご飯の大盛りが無料
3店舗め:両面をプレスしながらバターで焼いたチーズとローストポークのキューバサンド
・パンは普段お店で利用しているバゲットを使用、余ってもロスなく利用できる
・ローストポークは自家製でまとめて作り、お店のメニューにも加える
・チーズは普段お店でも使っているとろけるチーズを使用
・基本のレシピはバゲットにバターを塗ってローストポークとチーズを挟み、バターを溶かしたフライパンで両面をプレスしてチーズを溶かす
・プレスをどうするか検討した結果、鶏モモ肉のディアボラで使う鉄製の重しで代用することに。不思議なことに、プレス強めの潰れた感じがとてもうまい
・キューバサンドも、ポテトやドリンクのセットで用意する
4店舗め:海鮮お茶漬け&海鮮卵かけご飯専門店
・ご飯はお店で利用しているものを共用で冷水に晒さないほかほかご飯を使用
・お茶漬けの出汁は、もつ鍋で使用しているスープを薄めて粉末の抹茶を小さじ1杯加えたもの
・出汁は味噌汁用の容器で別々にお届け。
・海鮮の具を変えてオススメの組み合わせでメニューに載せつつ、好きなものを好きなだけトッピングできるように。
・お茶漬けは全て、お茶の代わりに卵を選んで濃厚卵かけご飯にすることができる。
・海苔やワサビやあられなどは増量可能
5店舗め:もつ鍋やが作るジューシーな鶏肉とMEC食
・肉は牛豚鶏の3種類から選べてそれぞれを基本メニューに。値段は変える。
・お店で出しているメニューと内容を合わせて、メインの肉+ゆで卵1個+日替わりのチーズ
・肉も、卵も、チーズも、増減可能で肉2種類メニュー、肉3種類メニューも用意
・糖質を抑えめにしたいので、ソースは極力シンプルで甘くないものを。店舗で普段利用しているソースやドレッシングで合うものをチョイス
・卵はゆで卵以外に、天津卵や月見もチョイス可
・本当はダメとわかっていながらも、サイドメニューにポテトフライと唐揚げも用意
6店舗め:もつ鍋や
・基本的にお店の人気メニューを提供する
・もつなべは火を通す前の状態で食材を真空パックで提供、鍋は大きめのアルミ鍋
・作り方を書いた紙を1枚同封し、受け取った人に自分で温めてもらう
・無料オプションで、完成品のお届けも可能。ただし、味が落ちることは明記する。
・締めのご飯や麺なども含めて、喜んでくれるメニューを用意
・ショップカードサイズで、来店時にお通しに唐揚げが1つ無料で付いてくるチケットも同封。
容器はなるべく全店舗共通で利用できるものにして、素材も再利用できるようなエコ・エシカルなものをネットで購入。包装用のビニル袋は安いが、ブランドイメージを崩したくないということで全て自然な茶色で無地の手提げ付き紙袋に。
Day7.運用スタート
いよいよオープンの日を迎えた。
3週間前まではUberEatsについて何も知らなかったが、この3週間お店の営業と並行して本当に真摯に向き合ってきた。今日は17:00から6店舗をオープンさせるように手配している。
終わりの始まりの、終わり
UberEatsで6店舗を出してからというもの、黒もふもふがオーナーのもつ鍋や『いつかは本気出す』は180度変わった。
まず、来店売り上げに依存しなくなった。前まではお店の売り上げが悪いとそれが全てだったが、今はお店の売り上げが悪い日はUberEatsが頑張ってくれて、UberEatsの売り上げが悪い日は店舗の営業が頑張ってくれている。
考えてみると、私たちの胃袋は1つで1日2回か3回ご飯を食べるようにできている。お店が暇な時や予約がドタキャンされた時も、その人が絶食しているわけではなくどこかで何かを食べているのだ。今までと変わったことは、そのお客さんとの接点が店舗しかなかったところが、UberEatsというデリバリーサービスにも接点ができたということ。
そう考えると、誰もが飲みたい陽気な日にはお店の売り上げが上がってUberEatsの売り上げが減り、誰もが帰りたい状況の日は、店舗の代わりにUberEatsの売り上げが上がることも、至極当然のことだった。
UberEatsを初めて、売り上げ以外にもたくさんのいい波及効果があった。
1、近所に住む常連のお客さんが、UberEatsで注文できるようになって喜んでくれていること。
2、店内のお客さんが、色々なメニューを“おみや”としてお持ち帰りできて喜んでもらえていること。
3、UberEatsとは別で、デリバリーアプリやテイクアウトアプリなどへの参加お誘いが理解できるようになったこと。実際に、UberEats以外に2つのサービスに加盟したことで、テイクアウトのお客さんも増えた。近所のコンビニの売り上げは下がったのかもしれない(笑)
4、食べた人のフィードバックが得られるようになった。これまでは店内でどうか聞いてもみんな批判はしてくれなかったが、UberEatsのシステムではシビアに点数やお叱りの声が届く。開始して2週間経ったころにおきた“髪の毛混入事件”では、これまで築き上げてきた自信を完全に打ち砕かれた。しかし一方で、絶対に異物か混入しないだけの新しいマニュアルを整備し、進化できている。
5、食材の回転が早くなった。現在お店で出すメニューとUberEatsで出すメニューの食材は9割が同じものが利用できている。そのため、UberEats専用に仕入れるということがなくロスも生まれない。その上回転が早くなったため、お店のお客さんにもUberEatsのお客さんにも新鮮な食材で作った料理が提供できている。
6、スタッフが生き生きとしている
UrbEatsの分だけ厨房もホールも以前より忙しくなった。しかし、人を増やしたわけではないので、スタッフの暇な時間が減っているということだが、みんなどうしたことか生き生きとしている。話を聞いてみると、私が暗い顔していたことや、誰の目にもわかるほどキャンセルが続いていた頃は気持ちが沈んでいたというのだ。
1店舗1万円ほど売れているので毎日の売り上げは6万円上がった。月にして180万、お店に着金するのは110万円ほど。食材費を抜いて50万円前後がお店の利益として残った。人件費も家賃も何も増えていない。どうして私はこれまでUberEatsをやらなかったのだろうか。願わくば3年前からやりたかった。。
あとがき
この記事は、テレワーク・テクノロジーズという働き方をデジタルで変革するプロジェクトを進めるうちに、テレワークだと昼も夜もご飯が困りUberEatsをみんな普段よりも多く使っているという調査結果と、通勤がなくなることにより、飲食店が壊滅的なダメージを受けるということを知り、何か自分にできることが無いかと考えたことがきっかけで書くことになりました。
普段記事を書く時にはスマホで1〜2分で読める記事として1,000文字程度を目安にしているのですが、15,000文字と大変読みづらい記事となってしまったことはお詫び申し上げます。
この記事は、飲食店を運営する全ての方に読んで頂きたいと思って書きました。新型コロナウイルスは一時的なものですし、UberEatsもエリアが決まっているために、「自分は関係ない」と思っている経営者も多いと思います。しかし、そうじゃありません。コロナウイルスはただの引き金であり、本質としては飲食店のビジネスモデルが変わりつつある歴史的なタイミングに私たちは立ち会っています。
デジタル化のことをデジタリゼーションと呼び、飲食店運営も予約や決済やバイトなどたくさんのものがデジタリゼーションの波に乗ってきましたが、UberEatsは単なるデジタル化だけでありません。それは、革命なのです。今までは、外食するか自宅で食べるか、飲食店は外食のお客さんからしか売り上げをあげることができませんでした。しかし、UberEatsがあれば自宅でご飯を食べることを選んだお客さんからも売り上げをあげることができるのです。
本記事はフィクションではありますが、こうあって欲しいという願いでもあります。
1店舗でも多くの飲食店が、今回の新型コロナウイルスを期に、デジタルトランスフォーメーションというデジタル改革を意識されますことを願います。そして、東京オリンピックを機に社会におけるテレワークという流れはさらに進んでいきますので、賛否どちらでも何かを考えるきっかけとなりましたら大変嬉しく思います。何かを始める時に、遅すぎるなんてことはないのではないでしょうか?
また、15,000文字を超えて省略した内容も多々あります。本当はもう少し詳しく書きたかったのですが本当に本になってしまいますので、UberEatsを本当に導入して売り上げをあげていきたいという方は、こちらのメルマガもご活用ください。
最後に、勝手に名前を出した『UberEats』の皆様に、心よりお詫びと黙認を願います。どうしてもUberEatsの名称を出して欲しくないということでしたら文中のUberEatsを全て置換しますので、お声がけいただけましたら幸いです。
リンク集:
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※UberEats店舗加盟画面:https://restaurants.ubereats.com/jp/ja/
※テレワークテクノロジーズ:https://telewor.com
※UberEats非公式、運営の教科書有料マガジン:https://note.com/yang_ping/m/m994f84a4f511