実は、正体不明の漠然とした不安
このところ、ひとえに思うのは、人の幸せってなんだろうということだ。
戦国時代の不衛生で、死が軽い時代と比べ、現代は平和で、モノに溢れ、清潔で、普通に生活していれば大方の人は食べるものも、住む場所にも困らない。そして、大方の人は老人になるまで生きる。
なのになぜ、こんなふうに、ときどき訳もなく不安に襲われるのだろうか。
人は何に満足すれば、心から永遠に満足できるのだろうか。
時に、誰も満足など求めてないのかもしれないと思うことがある。あるいは、満足とはある一定の時間を切り取った、ある瞬間の奇跡であって永続性などないものだと。
常に死と隣り合わせの戦いの歴史を持つ人類に染み付いたDNA。
例えば戦国時代から受け継がれた祖先のDNAが、いま現在の私たちの精神をむしばみ、そして、意味もなく不安にかられ、何かに怯えさせるのかもしれない。
正体不明の、この何かは常に私たちの脳のなかにいて、今日も、コロナウィルスという新しい正体不明の名前を持って襲いかかってきている。
ゲジゲジと単位と牢の外の空気
私たちは、羽柴秀吉によって牢に入れられた。
気を失っているうちに、なぜ、気を失ったかは、それはゲジゲジ問題があって、この問題に関しては昨日のブログを読んでいただきたいのだけど。
誰でも苦手なものがあるって。それが私にはゲジゲジ。
なぜかって?
その恐怖とか不安とかの正体がわかっていれば、そりゃ、怖くはないんだ。
ともかく、ゲジゲジの形をしたソレに私は生理的な根深い恐怖をもっている。
意識を失って、そして、1573年の横山城にある、きったない牢獄にオババと、もう一人の未来人である弥助とともにいると、そこだけ押さえて欲しい。
翌日、夕刻近くになって牢番が来た。
「出ろ!」
彼は牢の鍵をあけて私たちを解放した。
外にでると、薄暗くなりはじめていた。
晩夏の空気が秋の気配に押され、風に身にしみる優しさがあった。
「アメ!」
明るい声がして、目をこらすと、そこに数人の人がいて。
「久兵衛!」
「おうよ」
トミやヨシ、テンがいたんだ。数日離れただけだったが、家族に会えたような暖かさと懐かしさを覚えた。
「トミ! トミさん、みんな!」
「オババ、アメ、大丈夫だろうと思っておったが、いきなり牢に入れられるとは、あんた方はいつも通り、底抜けてるんやなぁ」
「へへ」
トミは大股で近寄ってくると、大きな手で頭をバンバン叩いた。
「痛いから」
「そうか、痛いか。生きててよかったわ」
「生きてるわ」
「ところで、そっちの男は」
「ああ、弥助さんだ。織田信長が私につけてくれた下人」
「まったく。牢に入れられたと思ったら、下人も一緒とは、ほんま、あんさんは・・・」と、言葉の途中で、トミは声をつまらせた。
「心配したえぇ」
「うん、怖かった」
「牢はな、そりゃ、怖い」
「いや、ゲジゲジがいて。それが30センチもあって」
「さんじゅせん・・・、また意味のわからんことを。こりゃ、確かに、我らのアメや」
そう言って、トミは笑い、久兵衛がそれにつられ、ヨシはふんと横を向き、テンは無表情で立っていた。
「センチって、ま、気にしないで、つまり、えっと、大きい虫よ」
この単位問題は戦国時代で一番困ることだった。
例えば、アメリカ人に英語を話しているつもりで、「ハンドル」と言っても、全く通じないとわかった時の驚きに似ているんだ。
ちなみに、車のハンドルは「Steal wheel」が英語の単語。
こういうの、ほんと困る。誰だか知らないけど、車の「ハンドル」という言葉を日本に伝えたやつ、少し反省して!
たぶん、8割の日本人は英語だと思ってるから。
こんなふうに、センチとか時間とか、普通に思っていたことが、時代が異なると常識じゃなくなる。つまり常識が変わると戸惑う。
戦国時代の単位:寸、尺、間・・・
戦国時代の長さは寸とか尺とかで、今の単位とは違っている。
ちなみに、1寸(すん)は3.03cm。1尺(しゃく)は30.3cm。1間(けん)は6尺で181.8cm、1里(り)は3926.88mという単位を使っていたんだ。
これ、換算するにはややこしすぎて、混乱しないかい。
だから、この場合、「1尺より、ちょっと小さい」って言えば、彼らにも理解できたんだ。ま、すぐ、そんな計算なんてできないけど。
google検索がない世界って、もう、ない!
清水谷への進軍の今もわからない謎
「じゃあ、行くぞ」と、久兵衛が言った。
「行くって、どこへ」
「さあ、詳しくはわからんがの。竹中様に従えと、斎藤様から連絡がきての」
「明智の家臣から」
「アメよ、何度言ったらわかる。いいかげん、その呼び捨てをやめんと、また、牢にぶちこまれるぞ」
「あ、明智殿!」
「そうじゃ」
「わかった」
「しかし、牢でよほど怖い目にあったようだな」
「聞くな」
「いや、アメがな」と、オババが言った。「ゲジ・・・」
まさかゲジゲジで気を失ったなんて、私は思わずオババの口を塞いだ。
「よし、元気ならいい。腹ごしらえして、それから出発だ」
「どこへ」
「清水谷だ。できるだけ目立たぬように、こっそりと行けといわれておる」
京極丸だ。すぐにわかった。
史実によれば、浅井長政が住む小谷城、その父、浅井久政がこもる小丸。そのちょうど中間に京極丸という砦があった。
この砦を落とすことでそれぞれの連携を分断、浅井は滅亡することになるんだけど、ここに今もはっきりしない謎が残っている。
いったい戦国時代の5大山城と呼ばれた、小谷山にある城を攻め落としたのか。
ここは屈指の要塞で簡単に落ちる城や砦ではないんだ。
竪堀といって、城の周囲には防御用の堀(ほり)が掘られていた。
とくに、畝状竪堀(うねじょうたてぼり)。
城に向かう山の急斜面には多くの堀があり、この堀の底を登っていく狭い道しかなく、横に広がれないので攻める側は無防備になる。弓や火縄銃で狙われたら、たやすく撃たれる。簡単に登ることなどできない。
小谷城を攻め滅ぼしたとはわかっているが、いかにがわかっていない。
士気の落ちた浅井の城を、ただただ力攻めしたという話もあるが、実際はどうだったのだろうか。
羽柴秀吉は信長に蟄居(ちっきょ)を命じられたと知って、私は歴史が変わったと誤解した。
しかし、これが謀略だとしたら、
「まさか、秀吉軍が堂々と浅井の城下町に入ることなんてできない」
「だからこそだ。羽柴様が蟄居(ちっきょ)したという噂、やはり臭うだろう?」
「信長殿の不興をかったという噂はそのために」
秀吉は、信長に蟄居(ちっきょ)を命じられたという噂が飛んでいた。情報戦で操作しているというわけだ。
「浅井側のある城に入るんだが、そこはすでに、羽柴殿が調略している」
これは、漠然とした不安なんかじゃない。明らかに危機が迫るときの恐怖を感じた。
・・・・・つづく