黒川弘務東京高検検事長が、検察庁法では認められない定年延長を国家公務員法で乗り越え、検事総長内定を手にしたことで、検察の内外から総スカンを食っている。
「官邸の代理人と呼ばれ、その政権との近さが批判され、総長レースから外れた人が、官邸人事で総長になる。そんな“仕掛け”を黙って受け入れるとは、どういう神経をしているのか。自分から身を退くという選択肢もある。そこまでして総長になりたいか、という話なんです」(ベテラン司法記者)
だが、一方で黒川氏は、10年の大阪地検事件(証拠改ざんで特捜部長以下が逮捕起訴)で嵐のような検察批判が起き、検察改革に踏み切らざるを得なかった時、その類いまれなロビーイング能力を買われて「検察の在り方検討会議」を任され、政界に擦り寄って、小渕優子事件、甘利明事件などで政治家が起訴されないように便宜を図り、その見返りに司法取引や通信傍受の拡大を得て、新たな検察捜査の道筋をつけた功労者である。
庁のなかの官庁として絶大な権力を誇った頃の旧大蔵省で、「ワル」は優秀な官僚の代名詞だった。面従腹背で政治家の機嫌を取って、国家の役に立つと思う法案を通し、予算を得る。吉野良彦元大蔵次官は、「ワル野ワル彦」と呼ばれた。
黒川氏の異名も「腹黒川」である。「ワル」も「腹黒」も、そのしたたかさが国民の側を向いていれば許されるが、黒川氏の検事総長への思いは何なのか。