産業医・夏目誠の「ハタラク心を精神分析する」
コラム
パワハラを繰り返す有能な部長に「アスペルガー症候群」の疑い……どうするか
私はメンタル系産業医をしています。金融機関の支社の総務部長から、入社3年目で25歳、情報システム部に所属するシステムエンジニアの木田太郎さん(仮名)の面談をしてほしいと依頼されました。「同じ部内に彼と同様の不調者がいるので、その点も考慮しながら対応してほしい」とのことでした。
部長の直接指導が精神的につらい
イラスト 赤田咲子
私:メンタル系の産業医をしています夏目です。よろしく。
木田さん:情報システム部でソフト作成をしています。
私 :総務部長から不調があると聞いていますが。
木田さん:率直に申し上げると、部長がストレスなんです。指導方法や 叱責 です。本来は直属の課長の仕事だと思うのですが、部長が若手指導と称して行っています。
私 :それで。
木田さん:「指導は1回しか言わない」と宣言します。1回だけの説明では頭に入らない場合もあります。聞きに行っても、「自分で考えろ」と突き放します。
私 :ほかの人も、同じですか。
木田さん:そのようです。
私 :叱責は、どのように?
木田さん:厳しい表情、大声で一方的に20分も。
私 :それから。
木田さん:(しんどい様子で)「木田、また、同じミスをするのか」「給料泥棒だ」「今度すれば、会社やめろよ」「会社も助かるんだ」……という感じです。
私 :事実とすれば、精神的な攻撃ですね。
木田さん:この繰り返しですから心が折れて、会社に行けなくなりました。有給休暇の間に総務部長の訪問があって事情を聞かれました。
木田さんの話をもとにした、総務部長とのやり取りです。
同じ部内で数人がメンタル不調などに
総務部長:総務部長の高山ですが、心配しています。
木田さん:ありがとうございます。
総務部長:実は上田部長の部下で、同じような状態の人がいます。
木田さん:私以外にも?
総務部長:数人います。木田さんには、どのような対応でしたか?
木田さん:一方通行で、大声で、20分も責めるのです。
総務部長:同じパターンですね。
木田さん:何とかなりませんか。
総務部長:わが社は、彼が設計したシステムを使用し、かつ仕事ができる部長なので、本部長も注意が難しいようです。
木田さん:私は、このままですか?
総務部長:自宅待機にします。
木田さんの件で総務部長に面談を申し入れました。
15年以上前からパワハラ、総務部長面談で
私 :木田さんの件です。
総務部長:対応を考えてはいます。
私 :今回が初めてでしょうか?
総務部長:調査しました。係長、課長時代にもパワハラが疑われる案件があり、しんどくなった部下もいました。15年くらい前からですね。
私 :そうでしょうね。
総務部長:退職者も数名いました。
私 :長期間、多くの部下にパワハラですね。気になることがありますので、上田部長と直接面談したいと考えています。
総務部長:う~ん。上田部長とね……。
私 :上司として部下に、どう対応したら良いかをテーマにしたいと思います。
総務部長:致し方ないですね。
「部下の出来が悪い」と部長に反省なし
私 :産業医の夏目です。部下の木田さんの件です。
上田部長:仕事ののみ込みが悪く、ミスも多い。
私 :ミスはあったでしょう。しかし、指導法にも問題がありますよ。
上田部長:(怒った口調で)指導はしているんだから、のみ込めない木田が悪い。彼のせいで、部員が困っているんだ。
私 :いつも、そのような話し方ですか?
上田部長:これが私のやり方だ。実績を上げているから、問題はない。
私 :一方的な指導ではないでしょうか?
上田部長:指導は1回で十分だ。
私 :その人に合わせた方法が必要と思いますが……。
上田部長:(怒りが高まり)そんな時間はない。忙しいんだ。
私 :メンタル不調者が出ているという事実がありますよ。
上田部長:できない奴に、時間は取れないんだ。帰る。
面談を終える間際に、私は上田部長に「多くの業績を挙げ、頑張っている点は、さすがです。ただ心身の疲れがたまっていると思いますので、一度、私か、ほかの医師でも構いませんが、相談に行かれたらどうですか」と助言しました。
「アスペルガー症候群」ではないかと推測
医師への面談を勧めたのは、上田部長に「アスペルガー症候群」があるのではないかと考えたからです。専門的に言えば「広汎性発達障害」の1型です。特徴として、1.一方的に主張し続ける 2.相手の言動がのみ込めないため、会話になりにくい 3.他者の気持ちが理解できず、相手が嫌がることも平気で言い続ける――といった点があります。
上田部長の指導は、一方的で大声で主張するだけ。硬い表情で、相手と1回も視線を合わせず、会話にならない。しかも嫌がることを言い続けているわけです。産業医として面談はしていますが、診察をしていないので、あくまでも推測です。
「社風」や「見ぬふり」「部長への評価」が対処できない要因
上田部長のパワハラ傾向は、15年くらい前から続いていたのに、なぜ対応できなかったのでしょうか。1.運動部出身者が多い体育会系の会社で、ひどい言動をパワハラと思わない社風や文化がある 2.できる社員なので、見て見ぬふりをする 3.自分の仕事で精いっぱいの人が多く、他者のことは気づきにくい――などの原因があると考察しました。
産業医として部長を部下のいないポストに配置転換を要望
どう対応するかです。部下をメンタル不調などに追い込み、退職者も出ているわけですから、上田部長を「部下を持たず指導もしない、部長相当職の参事にしてほしい」と、産業医として総務部長に強く助言しました。アスペルガー症候群の疑いについては推測にすぎないので、その点は理由に含めていません。総務部長は、最初は抵抗していましたが、起こっている事実を重視し、本社の人事担当取締役に状況を報告しました。
総務部長は取締役から、「彼は実績がある人なので、経営会議で説明がいる。意見書がいる」と言われたので、私が意見書を作成しました。もちろん、アスペルガー症候群の可能性については触れていません。上田部長は支社から本社の情報システム部に上がる形ですが、部下のいない専門職として赴任しました。
そして会社側には、被害者を出さないように、「パワハラ防止研修」を実施し、会社の上層部も問題意識を持つよう助言しました。
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