エアバスの工場にあるロボットなどには産業データが蓄積されている(同社の独ハンブルク工場)=AP
【ブリュッセル=竹内康雄】欧州連合(EU)の欧州委員会は19日、人工知能(AI)などデジタル分野の戦略を公表した。データの重要性が増す中、欧州企業の産業データを共有できる制度を構築し、AI開発などに生かす。「GAFA」など米IT大手や中国企業が個人データを押さえつつあり、EUは企業データを活用し、欧州発のテック企業の成長を後押しする。AIの監視を強める方針も打ち出した。
GAFAや中国企業は膨大な個人データを保有し、それに基づくビジネスを世界で手掛ける。EUはGAFAなどに匹敵する欧州企業を今からつくるのは難しいとみて企業が持つ「産業データ」に着目した。独フォルクスワーゲンやエアバスなど、欧州主要企業の工場にあるロボットや製品には産業データが大量に蓄積されているためだ。
欧州委は加盟27カ国にまたがるデータ市場を整備する。企業などが持つデータを「製造業」「移動」「健康」など9の重要分野ごとにプールする場所をつくり、企業が共有できるようにする。
製造業ではロボットに集まるデータをAIが学習することで工場の稼働率向上や省エネにつながる。移動分野では自動車のセンサーに集まるデータの活用で自動運転機能が向上する。健康分野で共有が進めば病気予防や難病の治療法確立につながる可能性がある。
誰が情報を引き出せるかに加え、共有する情報の内容や健康分野などでの個人情報の扱いといった詳細ルールは加盟国や関係者の意見を聞いた上で詰め、年内にも法案をまとめる。フォンデアライエン欧州委員長は19日、「AI開発を加速させるため、今後10年は年間200億ユーロの投資を呼び込みたい」と述べた。
背景には人口4億5000万人を抱え、有力な企業も多い欧州から世界的なテック企業が育っていない現状がある。「21世紀の石油」と呼ばれるデータを米中企業に奪われれば、欧州の損失につながるとの危機感は強い。ブルトン欧州委員(域内市場担当)は欧州メディアに「産業データを巡る戦いが始まった。主戦場は欧州だ」と語った。
民間予測では世界のデータ量は25年には18年の5倍超になる。個人データは米中企業の独壇場になっているが、製造業が強い欧州や日本は「産業データ版」のGAFA育成を狙う。日本では企業間での競争が乏しい領域でデータ共有を推進するなどの政策が進む。
一方で競争法違反で巨額の制裁金を科すなどして対決姿勢をとってきた米IT企業への風当たりは一段と強まりそうだ。欧州委は競争法の運用も見直す。とりわけプラットフォーマーと呼ばれる企業が市場を支配しているのを問題視している。
デジタル戦略ではこのほか、AIに関するリスク評価を提案した。運輸や健康医療など悪用されれば影響が大きい分野では、人間の監視下に置くため、公的機関がチェックすることなどを検討する。5月半ばまでに市民から意見を募り、正式に案をまとめる。
公共の場での顔認証では欧州委は原案で5年の禁止を検討したが、技術の進展を妨げるとして見送った。中国などでは導入が進むが、本人の同意を取っていないことから欧州委は一般データ保護規則(GDPR)違反とみている。今後、どういう状況ならば認められるか検討を進める。
データの増加に伴って増えているデータセンターに省エネ目標もつくる。30年までに温暖化ガスの排出を実質ゼロを達成するよう促す。EUは50年までに域内の排出を実質ゼロにする目標を掲げており、その一環だ。