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【社会】

<あなたは悪くない 性暴力に苦しむ人へ> (下)「被害者」だった自分、もう責めない

中学1年生だった女性が、10年後の自分へ宛てた手紙。友達はおらず「未来のジブン、信じられないです」と書かれている=埼玉県内で

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 散歩道で草花の名前を教えてくれた。夕焼け空の下、帰り道でつないだ手は温かかった。埼玉県のパートの女性(32)は、大好きだった父親との幼い頃の思い出がよぎるたび、胸が苦しくなる。

 プツプツと途切れている、父親とのもう一つの思い出。小学四年生くらいだったと思う。風呂の脱衣所で視線を感じることがあった。ベッド脇で寝かしつけてくれていた時、無理やり腕にキスされた。

 もうひとつ、ぼんやりと脳裏にあるのは、ある日の風呂上がり。裸でリビングに立っている私。性器の中に、父親の指が入ってきた。抵抗したのか記憶がなく「どうして逃げなかったんだろう」という無力感が残っている。

 父親と一緒にお風呂に入るのはやめた。それから、体を触られることはなくなった。

 六年生の時に読んだ漫画で、親からの性的行為は「虐待」だと知った。「誰かに知られたら、離婚してお母さんが一人になっちゃう」。大学で一人暮らしをするまで持ちこたえよう、と言い聞かせた。

 女性らしさをなくそうと、髪を短くしてズボンをはいた。飼い猫をぶったり、万引をしたこともある。あんなことをされたのに、性欲を感じる自分が恥ずかしくて、中学と高校では、教室でいつも一人。所属していた合唱部も人間関係がこじれ、うまく声が出せなかった。帰り道、心の中で草木に話し掛けることが癒やしだった。

 父親への唯一の抵抗は、口を利かないこと。母親に気づいてほしかったんだと思う。でも、「なんで話さないの」と怒られ、父親を避ける自分を責めた。

 大学でようやく実家を離れ、カウンセリングへ。「お父さんは悪くない」と擁護する言葉ばかり出てきてしまい、まずは怒りを吐き出すことを勧められた。されたことを思い出し、殴り書きしたノートを見つけた母親は「本当にお父さんがそんなことしたの?」と信じていないようだった。父親は「おまえの捏造(ねつぞう)だ」と声を荒らげた。

 何度死んでしまいたいと思ったか。

 初めてのセラピーから十年。今では、心の中にいる、父親を憎む自分も大好きだった頃の自分も、両方いていいと思えるようになってきた。大好きだった歌のレッスンも始めた。「内臓がどこにあるかも分からない」ような、生きた心地がしなかった体から、声を届け、一緒にレッスンを受けている人たちが笑顔で見守ってくれる。「人の視線ってこんなにも優しいんだ」と知った。

 今、苦しんでいる人に届けたい。「子どもの頃は、ただただ自分を責めていたけれど、いつか『被害者』を脱ぎ捨て、人生を取り戻せる日がきっとくる」 (この連載は浅野有紀、飯田樹与が担当しました)

◆打ち明けにくい性的虐待

 全国の児童相談所が二〇一八年度に対応した性的虐待は約千七百件で虐待全体の1%にとどまる。日本子ども虐待防止学会理事長の奥山真紀子医師は「けがが目に見える虐待と違い、子どもは自分が何をされたか分からず、信じてもらえるか不安で、被害を打ち明けにくい」と指摘する。

 自傷や過食など衝動的に危険を求めたり、他人の性器を触りたがったり、何らかのSOSサインを出していることが多いという。被害を打ち明けても「やっぱりなかった」と不安で揺らぐこともある。不審に思った時は、それ以上追及せずに、「児童相談所など専門家と相談してほしい」と話している。

 

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