ネーム・バリュー……つまり、”エル・ファシルの英雄”の虚名こそが、アシュリー・トリューニヒトがヤン・ウェンリーに求めたものだった。
「呆れたな……”そんな物の為に”とは言わないけど、それが愛人になると言い出した理由かい?」
「ええ♪」
ヨブ・トリューニヒト・セカンド……アシュリー・トリューニヒトはむしろ無邪気に微笑み、
「名を売るってのは政治家にとって、とても重要なのよ。ワタシはお父様の後継者と看做されてるし、わざわざ改名して”
「やはりわからないな……どうして愛人なんだい? 正直、悪名ばかりが広がりそうなんだけど」
「悪名だろうが名声だろうが、まずは目立ってナンボが人気商売の常! まずは名が売れることありきよ。それに、」
アシュリーはくふふと笑い、
「ヤンは愛人って存在や言葉にネガティブな印象があるみたいだけど、実際そう悪いもんじゃないわよ? 無論、相手によりけりだけど」
意外そうな顔をするヤンに、
「ねぇ、ヤン……こう考えたことはないかしら? もし、かのブルース・アッシュビーの絶頂期、彼が公的に認める愛人が選挙に出馬したらどうなるか?って」
それは一般人には生臭く、そして同時に実に政治家らしい発想だった。
☆☆☆
「あー……わかってると思うけど、私はあの偉人と比べられる器じゃないんだけど?」
「そうね。ワタシの見立てだと、アナタの器はブルース・アッシュビー
とアンネローゼを見て、
「貴女もそう思わない?」
「流石に自称を含めて1個中隊の愛人が出てくると対処に困りそうですけど」
「確かに数でアレを越えられても困るわね……管理が面倒そうだし。ヤン、越えるなら数じゃなくて質で越えなさい」
「いや、そういう問題じゃなくてだね……」
「ねぇ、ヤン。さっきも言ったけどワタシは嫁に向いてないの。それに、アンネローゼが正妻であることに不満はないんでしょ?」
するとヤン、迷いもせず、
「ああ。私には勿体無いぐらいだ」
”きゅ”
と隣に座っていたアンネローゼが喜びを態度で示す。
具体的には、腕に抱きついた。何をとは言わないが……”当たってるんじゃなくて、当ててんのよ”というより、むしろ”挟んでるのよ♪”という感じだ。
「付け加えるとね……ワタシがヤンの嫁とか言うと、絶対おかしなこと言ってくる奴がいるからね」
「おかしなこと?」
アシュリーは頷き、
「ワタシ、幼い見た目どおりで生理が無いのよ」
「? それがどうかしたのかい?」
ヤンはそういう遺伝病なんだから仕方が無いとしか思ってないようだが、
「あ~……あのね、生理がないってことは排卵がないからいくら種を注いでもらっても子供ができないのよ。まあ、必ずしもできないってわけじゃないけどね。例えば、生理が来てない未熟な性器でも、性交渉で刺激されて排卵が促進されるってことはあるわ。現にワタシのお母さんがそのケースで、ワタシを身篭った訳だし」
聞けば、アシュリーの母も同じ”
しかも、写真に残る母の姿は今のアシュリーより幼い印象とのこと。
「まあ、お母様はワタシが幼い頃に死んじゃったけど
と軽く付け加えてから、
「とにかく、子供ができない……とは言わないけど、できにくいのは確かよ。確率的にはアナタとアンネローゼとの間に子供が出来る確率の1%未満くらいじゃないかしら? そう考えると、お父様もお母様も今更ながらよく頑張ったわね~」
そう苦笑するが、ふと真剣な表情を作り、
「わかるでしょ? なんだかんだ言って自由惑星同盟はバリバリの戦時国家、人口増大には気を使うし腐心もするわ。特にあと10億人増えれば、馬鹿貴族たちの自覚なき失策で人口が減り続けてる銀河帝国に人口で追いつけるともなれば尚更にね」
同盟樹立からの人口増加率を考えれば、あと10億人と言うのは現実的な数字だ。
最近、人口増加が鈍化してきてるとはいえ、なるほど確かに無理な話じゃないだろう。
「国家は、嫁とか妻に母となることを求めてるのよ」
(もっとも『”
露骨に「兵を増やせ」と消耗品を量産するような標語を、未だ自由惑星同盟は出していない。
原作という”もう一つの世界”を知ることが生涯ないだろうアシュリーには知る由もないが……実は”この世界”の同盟、原作屈指の天下の悪法たる”軍事子女福祉戦時特例法”、いわゆる”トラバース法”が成立していない。
それどころか今のところは法案すらも出ていない。
やはり、帝国と同時期に成立するところから始まる歴史の差だろうか?
あるいはほぼ同等の人口、倍に達する経済力の余力からだろうか?
この150年にわたる戦時下であっても、自由惑星同盟は爪先立ちかもしれないが、まだ辛うじて国家の健全性を維持していた。
軍事費がここ最近に限れば、基本的に「国家予算の20%」を越えた年がないことからもそれが伺える。
語弊を恐れずに言うなら、同盟は”恒常化した戦争に
☆☆☆
「まだ納得は出来ないけど、アシュリーが愛人にこだわる理由は理解は出来た。だが……」
ヤンは腕を組み、
「何故、私なんだい?」
「何故……とは?」
「だって”エル・ファシルの英雄”は、
「それね……確かに疑問に思うわよね。簡単に言ってしまえば、”消去法”よ」
「消去法?」
ヤンの言葉にアシュリーは頷き、
「そう。残ったのがアナタ、ヤン・ウェンリーだったのよ」
アシュリーは、オリジナル・ヨブさんと違うベクトルで曲者です(キリッ
「好きだけど母に離れそうもないから愛人を目指すわ」なんて可愛いことは言わないのが、この娘です(^^