獣について思ふこと ~日本人と動物の関係~
- 2015/11/05
- 11:31
はじめに
昨年はこの場を借りてスタジオジブリの映画『となりのトトロ』について、民俗と考古の立場からトトロという存在を自分なりに論じた。早いものであれから一年経過し、再びこの場で文を書くこととなった。昨年の延長線上で考えるのでれば今回もジブリ映画について論じねばならぬのだろう。だが、それではあまりにありきたりであり、少々味気なく感じる。よって今回は更に趣向を変えて全く別のことについて論じようと思う。
いつの時代も人々は動物に特殊な意味や聖性を見出してきた。そこから動物信仰が発生してくるわけであるが、思うにこの頃は動物に対して特殊な感情を抱く人が増えている。所謂「ケモナー」と呼ばれる類の人々である。彼らの増加に伴ってか獣をモチーフにしたキャラクターが増えたように思う。だが、獣・動物が登場する話は何も最近になって描かれるようになったわけではなく、昔話の世界でもしばしば語られている。本稿では「ケモナー」という存在に注目し、日本人が動物に対して何を思っていたのか、それと現在の「ケモナー」との比較をしていく。
ケモナーとは
まずはケモナーについて論じねばならぬ。そもそもケモナーとはどのような存在なのか。ネット上にて主に使用されている言葉であるため、当然文献に登場することは殆どなく、二〇十五年十月現在の時点でも、「ケモナー」を扱った論文一報以外確認することはできなかった。よって、ケモナーの定義についてはネットの記述を参照したい。以下、おおまかに要約したものである。
【ピクシブ百科事典】
『kemono + er でケモナーとする。ケモナーとは、同人ジャンルにおける「ケモノ」を愛好する者というような意味だが、現在では現実の動物と性行為を行う男性・猫耳や獣耳の少年少女を愛好する者・いわゆる亜人や獣人のキャラクターそのものへの呼称・(獣人を模した着ぐるみを着て)性行為を行う個人集団を意味するものとして使用されている。』
【ニコニコ大百科(仮)】
『ケモナーとは、ケモノが好きな人の事である。ズーフィリアを併発している人が多いと思われるが、混同されることに抵抗を抱く場合もあり、ケモノが好きな人を指す言葉としての意味が本義である。』
右二つの定義を見るに、ケモナーとは「ケモノを好む者」という意味で定義づけられる。ニコニコ大百科には「ケモノ」の説明として、『ケモノとは動物の要素と人間の要素を併せ持つキャラの呼称である。また、その判断基準は個人により大きく異なる。』
というような説明をしており、ただの動物のみを指す言葉ではないと記載している。そしてどちらにも「ズーフィリア」と混同される、またはそれに近い意味の文が記されており、明確な定義づけがなされていないことが理解できる。
ズーフィリア(zoophilia)とは動物に性的興奮をおぼえる性癖の一つ、現実の犬や狐や馬などの獣に欲情する人のことを指す言葉である。この意味においても、ケモノのみを好むケモナーとでは明確に区別すべきであり、加えて、現状如何に両者が混同されてしまっているかが指摘できる。改めてケモナー、およびそれに関わる用語の特徴をまとめると、
・本来のケモナーは人と動物の要素を併せ持つケモノという存在を好む人々を指す。
・最近ではケモノに関わらず、広い意味で用いられ、一種の性癖のように使用される。
・ズーフィリアと混同され、未だ定義が曖昧である。
至らぬ部分もあるだろうが、大凡このような認識で相違なかろう。説明の終わったところで、これより本題に入る。
伝承・文献にみる獣
恐らく最初に獣と人が交わる話の初見としては『古事記』孝霊天皇の条に記されている皇女、倭迹迹日百襲姫と大物主神の神婚が挙げられるだろう。内容としては、
「夫は夜にしか通ってこず、その顔を見ることもできなかった。そこで夫に顔を見たいという旨を伝えると大物主神は朝になれば櫛箱に入っているが、姿を見ても驚かないで欲しいと答える。翌朝、倭迹迹日百襲姫は櫛箱を開ける。そこには小さな蛇がいた。驚いた倭迹迹日百襲姫は、神である夫との約束を破り、ひどく驚き叫んでしまった。その姿を見た大物主神は、恥じて御諸山(三輪山)に去る。」というものである。
次に日本最古の仏教説話集である『日本霊異記』には「狐を妻として子を生ましめし縁」という話が収録されている。ここでは狐の素性は明確には記されていない。
「(中略)やがて、細君は孕んで一人の男の子を産んだ。その時、ちょうど十二月十五日にその家の犬も子を生んでいた。ところが、この犬の子がいつも細君にいきり立ってにらみつけ、牙をむき出しにして吠え立てた。細君はひどく驚き怯えて、「あなた、あの犬を打ち殺してちょうだい」と言う。だが、犬がかわいそうで殺すことが出来なかった。(中略)細君が手伝いの稲つき女たちに一息入れてもらおうと臼のある納屋に入った。すると件の犬の子が細君にかみつこうと彼女を追い立てて吠え立てた。そのためにひどく驚き恐れた細君は、狐となって垣根の上に登っていた。良人は「おまえと私とは子供まで作った仲じゃあないか。私はおまえを忘れられない。せめて毎夜寝床に来て一緒に寝てはくれまいか」と言った。その言葉に従い、細君は毎夜良人の寝床に来るようになった。これにより、「来つ寝」=「きつね」というのである。そしてある時、細君は裾を紅に染めた裳を着て、とても上品でしとやかな様子でやって来て、裾を引きながらいずこともなく去って行った。(中略)そこで、二人の子供の名前をも「岐都禰」と名づけた。また、その子の姓を「狐直」とつけた。この子は大変な力持ちで、足の速さも鳥の飛ぶようであった。この子が今美濃国の狐直たちの先祖である。」
次に『今昔物語』巻の三十一「北山の犬が人を妻とする話」の話が挙げられる。ここでは白い大きな犬と人が夫婦となっており、この犬は神の化身であると解説されている。
「その昔、京都に住む若い男が北山のあたりに遊びに行って、どこともわからない野山に迷いこんでしまった。まったく見知らぬ道で、引き返そうにも、どう行ったらいいかわからない。もう日が暮れるというのに、一晩泊めてもらえるような人家もない。途方に暮れていると、谷あいに小さな庵があるのが、遠くかすかに見えた。(中略)そこで女は男を中に入れ、庵の隅に筵をしいて休ませた。(中略)やがて女が近寄ってきて、こんなことを言った。「じつは、私は京都の某所に住んでいた人の娘なのです。あるとき異界のものにさらわれ、とりこになって何年も、このように暮らしています。(中略)」言いつつ女はさめざめと泣く。男が『どんなものなのだろう。鬼だろうか』などと恐ろしく思っているうち、すっかり夜になり、外でたいそう恐ろしい吼え声がした。その声に、男は身も心も震えあがった。しかし女が戸を開けて、入ってきたものを見ると、大きくて立派な白犬であった(中略)犬は納得した様子で、かまどの前に行って身を伏せた。女は糸をつむぐ仕事を続け、犬はそのかたわらにいるのであった。夜が明けると、女が食物を持ってきて、男に念を押すように言った。「ここに私たちがいることを、決して、決して人に話してはなりませんよ。また時々いらっしゃい。私が兄だと言ったことは、あのものも承知しています。ですから、頼みごとがあればかなえてくれるでしょう」「断じて人には話しません。いずれまた参ります」 そう応えて、男は京都に帰っていった。(中略)京都に帰るとすぐ、男は、「昨日、しかじかのところに行って、こんなことがあった」
と、会う人ごとにしゃべり散らした。聞いた人がおもしろがって、また人に話したから、たちまち巷の大評判になってしまった。(中略)道案内した男は、帰るとすぐ、
「気分が悪い」と寝込んだが、二三日して死んでしまった。(中略)」
昔話の中では『遠野物語』第六九話「オシラサマ」の話が挙げられる。ここではオシラサマの誕生譚が語られている。
「昔ある処に貧しき百姓あり。妻は無くて美しき娘あり。又一匹の馬を養ふ。娘此馬を愛して夜になれば厩舎に行きて寝ね、終に馬と夫婦に成れり。或夜父は此事を知りて、其次の日に娘には知らせず、馬を連れ出して桑の木につり下げて殺したり。その夜娘は馬の居らぬより父に尋ねて此事を知り、驚き悲しみて桑の木の下に行き、死したる馬の首に縋りて泣きゐたりしを、父は之を悪みて斧を以て後より馬の首を切り落とせしに、忽ち娘は其首に乗りたるまゝに天に昇り去れり。オシラサマと云ふは此時より成りたる神なり。」
また、同県では「猫女房」という話が語られている。
「むかし、あるところに一人の貧乏な男と、欲深な長者が隣りあって住んでおったそうな。ある夜長者は、飼っていた一匹の牝猫にエサをやるのが惜くなって、首筋をつかんで外へ投げ棄てたと。猫はニャア、ニャア鳴いて、隣の貧乏な家へ行ったと。隣といっても、昔の田舎のことだ、ずうっと百米も離れとる。そこを、とぼら、とぼら歩いて行ったと。隣の貧乏な男が寝ていると、窓の下で、しきりに猫の鳴き声がする。ふびんに思って、「こんな夜中に、お前、どうして外で鳴いとるや。また、お前の御主人にひどい目にあわされたのか。どらどら、それならおれのところにいろ」と言うて、内に入れてやったと。それからは毎日、なけなしの食べ物を自分と同じように分けて、可愛いがっていたと。ある夜、男がいつものように猫を懐に入れて寝ながら、「お前が人間だったらよかったになぁ。おれが畑へ出て働いているうちに、お前は家に留守番していて麦粉でも挽いておいてくれでもしたら、なんぼか暮らし向きが楽になるべえに。お前は畜生のことだから、それもできない相談だなぁ」と、つぶやいたと。次の朝、男はまだ星のあるうちから起きて、山の畑へ行って働き、夜にお月さんが出てから家へ戻ったと。すると、灯もつけない家の中で、だれかが挽臼を、ゴロゴロ挽(ひ)いているものがあった。「だれだろ」不審に思って、そおっと入ってみると、何と、猫が挽臼を挽いておった。「猫、猫、おれが夕べ、あんなことを言うもんだから、お前、挽臼を挽いてくれたか」と、目を真ん丸にしてたまげたと。男は、いよいよ猫が可愛いくなって、その晩、小麦団子をこしらえて、猫と食うたと。「お前の挽いた小麦粉で作った団子だ。食え、食え、うんまかろう。おれも今日ほどうんまいと思うたことはないぞ」言うたら、猫も、「ニャア、ニャア」嬉しそうな声を出して食うたと。それからはいつも、男の留守の間には、猫が挽臼を挽いてくれたと。おかげで男は大層助かったと。ある晩、囲炉裏の火に当っていると、猫が、「私はこのまま畜生の姿をしていては、思うように恩返しが出来ないから、これからお伊勢参りをして人間になりたい。ついては、どうか暇を下さい」と言うのだと。男は、いよいよこれはただの猫ではない、と思うて、猫の言うがままにしてやった。猫のおかげで少しばかりたまった小銭を、首に結わえつけて旅に出したと。猫は、途中で悪い犬にも狐にも出会わず、首尾よくお伊勢まいりをしたら、神様が、「お前のことはわしもつくづく感じ入っておった。お前の願いを叶えてやろう」こう言われて、猫を人間の美しい娘にしてくれたと。娘になった猫は、喜んで家に帰って来た。男と娘は夫婦になって、二人で朝星月星を見ながら働いたので、末には隣の長者よりも、分限者となって、一生安楽に暮らしたそうな。いんつこ もんつこ さかえた。」
さて、長々と人と獣、動物の話を見てきた。先に挙げた各話は獣、動物との婚姻が主な内容、もしくは話に大きく関わっている。大凡、現在のケモナーと呼ばれる者の中には、このような願望を抱いている者が多々見受けられる。では、彼らの願望と先に挙げた話は共通してくるのであろうか。結論から言えば共通しないだろう。先に挙げた話は「異類婚姻譚」としてしばしば語られる。「異類婚姻譚」とは人と動物、精霊や妖怪などとの婚姻を語る昔話の総称であり、世界的に分布している。異類婚姻譚は多くが破局を迎え、幸福な状態で終わることは少なく、先に挙げた話の中でも「猫女房」を除く全てが破局や不幸な終わり方をしている。また、最初に挙げた大物主の神話は「蛇聟入り」として昔話に受け継がれていることもあり、昔話が神話から派生したものと考えることができる。異類婚姻譚が語られる背景の一つとして、一族の特別性を示す根拠とするものが考えられよう。
大物主の話は後に大神神社の神主として任命される「オオタタネコ」の出生と関わり、大物主の子であるため、大神神社の神職に相応しいとされている。狐の話では、その子孫が特殊な力を持っていることが日本霊異記の中で度々語られており、その力の由来として、狐との婚姻譚が語られたと思われる。加えて、この話は後に「安倍晴明」の出生譚に大きな影響を及ぼすようになる。
婚姻譚の中で人間の男と異類の女が夫婦になる話があるが、この形式の話では女が男に何らかの形で富をもたらす、或いは子供を懐妊して特殊な力を持った一族として栄えるなど、神婚の要素を強く含んでおり、柳田國男はこのことから、異類女房譚は始祖伝承の形式を色濃く受け継いだ、異類聟譚よりも神話に近いものとして解釈している。
以上のことから、「異類婚姻譚」は人が動物と婚姻関係になりたいがために語られるのではなく、明確な意味と目的を含んで語られているため、この意味において当時の人々が
現在のケモナーのような考えを持っていたと考えることは難しいのである。
人が動物に抱くもの
では何故人々は動物を特別視したのであろうか。異類婚姻譚が語られる背景のもう一つに動物崇拝があると思われる。古代の人々は自然物のすべてを崇拝の対象とした。自然物としての動物を神聖視し、動物が恐るべき異常な力を持つと認められた時、これに宗教的意味を与えようとした。このような心的態度、それに伴う禁忌や祭祀、礼拝を動物崇拝と呼ぶのである。だからこそ、特殊な力の根源として動物との婚姻や、一族の特殊性に動物が関わっているのであろう。神が動物として姿を現すのも、この動物信仰があったからと言うことができよう。
豊かな自然の中に息づく動物は人々にとって身近な存在であり、人々は神仏に祈りを捧げると、その神仏から利益を受ける場合、その神仏が身近な動物を仲立ちすると信じられてきた。これが神使であり、稲荷の狐などが良い例である。民衆信仰では神使以外の形でも人々は神仏の形態、名称、その霊力などを動物と結びつけてきた。動物は個体として神聖視されながら、崇拝は同種全体に及ぶのが普通であり、形や色の違う変種や不具が神聖とされ、同種のある個体だけが特別に宗教的意味を持つ場合も見受けられる。また、太占(太兆)のように動物を呪術的目的のために使用する形の動物信仰も存在し、この面から動物信仰には呪具崇拝としての要素もあることが考えられよう。動物に対する信仰にはこのように複数の要素が複合しているのである。
ケモナーは悪なのか
この頃はケモナーという言葉が広く使われる中で、それに対して嫌悪感を抱く人もおるようであるが、そこには冒頭に記したようにズーフィリアとの混同が存在していることが分かり、本来的な意味でのケモナーは純粋にケモノが好きな存在であるということが理解できたであろう。また、日本の昔話や文学に語られるような「異類婚姻譚」はケモナーやズーフィリアなどと違い、その成立背景には動物に対する畏敬の念が存在していた。そのことからも、ケモナーの起源としては合致しないと考えて相違なかろう。ケモノや動物に対する恋愛感情の起源を明確に語ることはできないが、異類婚姻譚を読む中で、オシラサマのような話も存在し、少なからず、ズーフィリアやケモナーと思える人々が過去に存在したであろうことも否定することはできない。今回の試みは異類婚姻譚がケモナーと関係するかを論ずることが主な目的であるため、起源を明らかにするものではない。だが、これにより我々日本人が動物に対して特別な感情を抱いていたことを明らかにすることはできたであろう。
近年では保健所での殺処分の問題や、動物虐待の問題が頻繁に目につくようになった。動物の命や存在をこのように軽いものとして考えてもらってはならぬのである。日本人の生活は古くから動物と密接に関わってきた。岩手県の遠野では馬と人が同じ家で暮らす曲屋」という建物が今も残されている。埼玉県秩父市では害獣としての鹿を避けるために狼を「オイヌ様」と呼んで信仰してきた。動物たちは生活するうえで欠くことのできぬ重要な存在なのである。だからこそ、このような信仰や伝承が生まれたのである。動物知能指数が高いか低いかで保護をするか判断するという西洋の考え方を受け入れるのではなく、古くから我々と共に歩んできた動物と、その生き方を見直し、人と動物が深く関係していた良き時代のように今一度戻ろうではないか。
ケモナーの問題はそれを考える上でも重要なことであると私は信じて疑わぬ。そして、ケモナーのケモノ、ズーフィリアの動物を愛するという姿勢を改めて純粋に評価したい。
願わくば、これを読む者がこの問題を改めて考え、動物を軽んずることなく、畏敬の念を持ち、日本人として正しく接することを強く切望する。そして、世の動物に関わる問題を考えるきっかけを、この文が今の人々に与えることを私は願っている。
門前稲荷 刹羅
参考文献
大倉精神文化研究所編 『神典』 1936年 神社新報社
柳田國男 『新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺 1955年 角川ソフィア文庫
中田祝夫『日本霊異記(上・中・下)全訳注』1978年 講談社学術文庫
福永武彦 『今昔物語』1991年 ちくま文庫
桜井徳太郎 『昔話の民俗学』1996年 講談社学術文庫
谷真介 『猫の伝説 116話』 2013年 新泉社
松谷みよ子『民話の世界』2014年 講談社学術文庫
参考、引用したサイト
ピクシブ百科事典 http://dic.pixiv.net/
ニコニコ大百科(仮)http://dic.nicovideo.jp/
フジパン http://minwa.fujipan.co.jp/area/iwate_007/
全て2015年10月28日に訪問
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