「とりあえず加藤さんに会うことかな」
右肩下がりの出版業界。同業他社の友人たちと話していても、明るい話題は聞こえてこない。器用でもなければ体力もない自分が仕事の質を落とさずにこの業界でやっていくのは、もう無理なんじゃないか……と落ち込んでいたとき、HONZの成毛代表がかけてくれた言葉が、上記のものだった。
加藤さん――加藤晴之さんは、講談社で数々の話題作を世に送り出した敏腕編集者。週刊誌編集長時代には、自宅に銃弾を送りつけられたという逸話もある。現在は個人事務所を構えて変わらず精力的な出版活動を行っている。
でも、なぜ加藤さんなのか? 成毛代表にはあえて聞かずに、私は加藤さんに会ってきた。
「迷える子羊」というには薹(とう)の立った中年クライシスな泡沫会社員が、コワモテ伝説の編集者と闘って勝てるのか?と3日間ほど悩み、「いや、べつに闘わなくてもいいのか……!」とやっと気がつき、加藤さんとお話してきたことを、せっかくなので記事にしました!(行き当たりばったりでスミマセン……)
書籍はチームをつくる時代
塩田:お忙しいなか、今日はありがとうございます。加藤さんにしてみれば、いきなりの成毛さんからのご指名で、「流れ弾に当たった!」って感じのご災難だと思いますが……。
加藤:流れ弾……(笑)
塩田:そもそも、なんで成毛さんは加藤さんをご指名されたと思われますか?
加藤:塩田さんと僕では立場が違うけど……、僕は定年退職していて、あ、信じられないかもしれないけど、いちおう円満退社ね(笑)。第2の人生をどうしようかと考えたとき、雑誌は「やりつくした」感もあるし、裁判起こされたり、失敗もたくさんした。でも書籍はまだやり残し感があったんだよね。
今は、フリーランスでいろんな出版社と仕事をしている。編プロでもないフリー編集者がノンフィクションや小説の編集という仕事をするために出版社各社と交渉するって、あんまり前例がないんじゃないかな。成毛さんはそれを珍しがってるんじゃないかと。
あと、35年くらい仕事してきたし……。古巣では悪名が轟いてますが(苦笑)、なにか参考になることを言えるんじゃないか、と。
塩田:仕事のスタイルで参考になる、というのはあったと思います。あと、「お前のその豆腐メンタルに、カツを入れてもらえ!」ってことなのかな、と。
加藤:豆腐? なにそれ、鋼メンタルの逆?(笑)
塩田:いやー……「本日校了!」でもお話されてますけど、加藤さんは百戦錬磨というか、それだけ裁判起こされたりしたら、私はとてもメンタル的に無理というか……。胆力が全然違うと思い知らされて、「加藤さんからそのへん見習えよ」ということかと。
加藤:(笑)塩田さんは、人がいいんだよ。たとえばひどいパワハラとか受けても、殴られて1年くらいしてから「痛い!」って時間差でくるタイプでしょ?
塩田:……(うっ、当たってる。「きっと自分が悪いんだ」って、まず思う)
加藤:僕はキャパがないから、即反応するんだよ。ダメな構成案とか、見たとたんに相手を殴り倒したくなるくらいカッとなる。実際、昔はそれで脊髄反射してたというか、独り相撲を取ってたというか……。
塩田さんの得意なジャンルでいえば、研究者なのに、一般の人に科学のことを正確かつおもしろく伝えるポピュラー・サイエンスが書ける、たとえば福岡伸一さんの『生物と無生物のあいだ』みたいな名著が書ける人は、1000人に1人とか1万人に1人くらいじゃない。でも、得意ジャンルの違う編集者やブレイン、デザイナーにも加わってもらってチームをつくって取り組めば……。
書籍も、今はチームをつくる時代。1人じゃ本はつくれない。毎回、プロジェクトチームをつくるかんじ。それぞれバックグラウンドや文化が違う人が集まらないと、いい本はできないと思うんだ。
僕はいま、いろんな出版社の編集者と一緒に本をつくっているわけだけど、風景や文化が違う人たちで、基本はみんな「いい本つくろう」ってやる気があって根性があって、そういう人たちが集まってつくるのが、これからの書籍のテーマだと思う。
読まれないと意味がない
加藤:いまは本がなかなか売れない時代ですよね。ノンフィクションの世界なんて、著者のジャーナリストやノンフィクション作家はほとんど「ボランティア」。だって、ノンフィクションは仮に2万部売れたらすごい!ってなるけど、それでも1800円の本だったら印税10%として、360万円でしょ。何年もかけて取材して、しかも取材費は持ち出し。もうちょっと報われてもいいんじゃないか、と。
僕らにできることは、なるべくおもしろくして、読まれるように間口を広げて、1万部売れる本を2万部に伸ばし、5万部の本は10万部になるように編集することなんじゃないかと。
本文の中身から、ビジュアルの工夫とか装幀とか。一冊入魂。場合によっては、ノンフィクションで伝わりにくいなら、小説のかたちにするとか。昨年末刊行した、『トヨトミの逆襲』という企業小説を編集したけど……これは、メディアが事実を伝えられないこと、タブーになっていることをエンタメ化、小説にして広く届ける、という工夫ですよね。
塩田:タブーの、エンタメ化?
加藤:たとえば、いわき市出身で仙台在住の作家、根本聡一郎さんの『宇宙船の落ちた町』は、「本のかたち」は青春SF小説なんですよ。宇宙船が落ちて少年の運命が変わるんだけど、じつは東日本大震災の時に起きた福島原発事故がモチーフ。
原発問題をノンフィクションで描くと、あの3.11の事故のことはあまりにも辛すぎるというか、重すぎて、その問題からつい目を背けたくなるじゃないですか。それを小説に窯変させる、デフォルメしてエンタメにすることで、まんまの形じゃなくて、苦い薬をカプセルに入れるように、そういう工夫で、大切なテーマを広く読者に届けようとする試みだと思うんです。
ストーリーは、なるべくたくさんのいろんな人に読まれないと意味がない。僕たちの立場では、書いていただいた努力を、最大限化するのが大事。
ファースト・ペンギンは気持ちがいい
塩田:たとえば『昆虫はすごい!』とか『ざんねんないきもの事典』とかベストセラーが出たら、「○○はすごい!」とか「ざんねんな○○」みたいな本が、何冊も出ますよね。テーマも売れ筋の後追いが多いというか。それも「読まれる工夫」なんでしょうか……?
加藤:二番煎じというか柳の下って、戦術としては否定できないと思うんです。樹木希林さんの『一切なりゆき』なんて、柳の下にドジョウが5匹くらいいたでしょう? 「二番煎じ」でも、売れれば勝ちは勝ち。
でも、ね、最初に樹木さんの本を出した文春の編集者は、絶対に気持ちよかったはずなんです。なんといっても、ファースト・ペンギンだし。
ファースト・ペンギンというのは、勇気もいるし成功率は低いけど、2匹目に飛び込む奴よりも、絶対に気持ちがいいはずなんです。飛び込んだところにサメがいて食べられちゃうかもしれないけど。
僕も亡くなるずっと前に樹木さんにエッセイをお願いしたことがあるんだけど、そのときはダメだった。でも灯台下暗しというか、『一切なりゆき』はこれまでの発言を集めただけだけど、おもしろい。誰でもできそうで誰も思いつかなかったし、誰もやらなかった。編集者は見事だと思う。
加藤: 大ヒットして、「柳の下のドジョウ」が何匹もでてくる、後追いが出てくるのって、名誉なことなんじゃないかと。「なにか新しいもの=something new」、これまでになかったものを作ったんです。
誰でもできそうで誰も思いつかなかったといえば、塩田武士さんの小説『罪の声』もそう。関西の事件記者や事件や犯罪をもとにクライムノベルを書く才能のある作家がたくさんいるなかで、あの事件の脅迫テープに子供の声がつかわれていたことに着眼したのがすごい。
売れる本にはちゃんとその理由があるんだと思います。
加藤:でも、「柳の下作戦」、僕もやりたくなるけどそれをやらないのは、後追いはつらいから。たとえば誰も注目していないベンチャー企業のばか安い株を買ってガッと上がるのが気持ちいいわけじゃないですか? みんなの注目を集めてすでに株価の上がった会社の株を買っても、あんまりおもしろみはない。
「後追いがつらい」というのは、週刊誌時代に、他誌のスクープの後追いがつらかったんですよ。スクープした週刊誌は、ネタ元はもちろん有力な情報源は抑えてるから、こっちが押っ取り刀でかけつけても現場になんにも落ちてないし、ぺんぺん草も生えてない、最初から負け戦をやっているかんじ。いきなり5点差くらいつけられて試合スタートするみたいで。
塩田:試合といえば「本日校了!」のインタビューで、著者をボクサー、編集者をセコンドにたとえて、「(著者=ボクサーには見えていて、編集者=セコンドには)見えなかった景色が見えたときの方が当たる」と話しておられたところ、頷きながら読みました。
でも、今のように業界全体の景気が悪くなると――出版に限らず、研究者への研究費の配分などもそうですが、突飛な企画は通らないとか、ホームラン狙いの空振りは許されないからはじめから無難な路線をというか、冒険しづらくなっているんじゃないかという気がします。
加藤:ホームラン狙い、か。よく「みんなが賛成する企画はダメ、10人のうち9人が反対する企画がじつはヒットする」っていわれますよね。でも、大勢が反対するのはいい企画なのかというと、やっぱりダメなのがほとんど(笑)。
でもなんとなくすごい書籍になるニオイというか、ひょっとしたら大化けするかも?っていうのは、ぜったいある。それを企画段階で嗅ぎ分けられるかどうかが、難しいところなんだけど、ホームラン狙いをしないかぎりホームランはでない。
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