東京2020 祝祭の風景
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【社会】<あなたは悪くない 性暴力に苦しむ人へ> (中)我慢すること終わりに
埼玉県内の古びた2DKのアパート。インフルエンザで寝込んでいた無職女性(41)は、胸をまさぐられて目を覚ました。同居中の婚約者(40)がそのまま体の中に入ってきた。「早く終われ」。引き戸の向こうで眠る子どもたちを起こさないよう、声を押し殺した。 数年前の「日常」だった。 「しつけのための暴力は愛情だ」という両親の元で育ったせいか、付き合うのは支配的な男性ばかり。最初の結婚後、二十四歳で長男を出産し離婚。三十二歳の時に別の男性との間に次男をもうけた。長男がその男性から暴力を振るわれ、別れた。 婚約者とは二〇一五年に友人の紹介で知り合った。兄弟三人とも父親が違う家庭で育ったといい、子どもたちに「おまえの気持ちが分かるよ」と語り掛け、味方になってくれた。「大人を信じない」と言っていた長男が懐いたことで、半年の交際後、結婚も視野に同居を始めた。 楽しかったのもつかの間、気がつくと婚約者との間に主従関係ができていた。「俺が食わせてやってるんだから、言うことを聞け」。スマートフォンの通話履歴やメールを毎日チェックされ、友人と会う時はついてきた。 うつ病の薬を断つため、服用せずに一日中寝込んだ三カ月間、毎日服を脱がされた。抵抗すると、頭をつかんで服を破かれ、物音に気づいた子どもが引き戸から顔を出した。「あんたたちは部屋に入ってなさい」。満足すると、決まって優しくなる。「大丈夫?」「大好きだよ」。抵抗しても無駄だと思った。 子どもたちに見せる顔は違った。面倒見がよく、出会った頃と変わらない、優しい人。「私さえ我慢すればいい」と言い聞かせた。 一六年三月に婚約者の子を死産した。弱った体を顧みず求められ、血の付いたシーツを洗った。言葉の暴力もエスカレート。「他の男の子どもを産めて、なぜ俺の子は産めないんだ」 我慢の限界を超えていた。別れ話を切り出して、数カ月後に婚約者は家を出た。一年の同居生活が終わる頃には、フラッシュバックに全身の痛み、不眠症を抱える体に戻っていた。 薬漬けで寝てばかりの生活から抜け出したかった昨年十二月、さいたま市内でフラワーデモがあることを知った。何か始めないと前に進めない気がした。 デモに参加するため自宅の最寄り駅に着くと、足がすくんで電車を二本見送った。人前で話すことで、どれだけ心と体に跳ね返ってくるか想像できる。それでも声を上げる女性たちに続いた。「性暴力を許すのが、女の度量だと思っていた。それは違った。我慢すればいいという教育は、私で終わりにしたい」 マイクを置き、うつむいて座り込むと、女性が一人駆け寄ってきた。差し出された一輪の花。女性は「ありがとう」と泣いていた。 ◆配偶者・恋人でも性的同意必要内閣府の二〇一七年度調査では、二十人に一人が無理やり性交されたことがある。加害者との関係は、配偶者と恋人がそれぞれ23・8%と最多だった。 ドメスティックバイオレンス(DV)被害者支援のNPO法人レジリエンス(東京都渋谷区)の中島幸子代表(56)は「パートナーとの望まぬ性交は、愛情なのか暴力か分からず混乱が生じる。周囲に相談しても『夫婦なんだから』と言われ、無力感に陥る人は少なくない」と話す。「恋人が部屋にあげてくれた」「妻は嫌と言わない」だけでは性的同意があることにはならない。パートナーであっても「お互いに心からの同意が必要」と指摘する。 PR情報
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