金髪さんのいる同盟軍   作:ドロップ&キック

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いよいよ、ヤンの考察回が始まります。
そしてテーマはイゼルローン要塞……ヤン・ウェンリー、早速未来を変えにかかる?




第024話:”イゼルローン要塞 ~その幻惑と本質~”

 

 

 

「バグダッシュ大尉、根本的な事を聞いていいかい?」

 

「まあ、せっかくですので何なりと。全てを答えるとは約束できませんが?」

 

いつの間にか”上位者に対するそれ”に口調が切り替わってることに自分で気づかないバグダッシュに対し、

 

「かまわないさ。では、どうしてイゼルローン攻略は4回も失敗したのかな?」

 

「ふむ……結果から言えば、同盟側の攻撃力不足ですな。防衛艦隊に頑強な構造、加えてトール・ハンマー……確かに難攻不落と呼ぶに相応しい」

 

「なるほどね……」

 

だが、そのヤンの表情は回答に満足しているものではなかった。

 

 

 

「では、話の論点を変えようか? そもそもイゼルローン要塞とは”()()()”?」

 

「銀河帝国が巨万の富を投じて完成させた難攻不落の要塞。対同盟の最前線基地。今更でしょうに」

 

「では、その本質は?」

 

「本質?」

 

怪訝な顔をするバグダッシュに、

 

「あれは攻性の建造物? それとも防性の建造物? 大尉はどう思う?」

 

まるで教師が問いかけるような優しい口調に、

 

「攻性……でしょうな。作られた当時はともかく、現状では。何しろイゼルローンを基点に同盟への攻撃艦隊が出てくる以上」

 

バグダッシュの言葉は今の同盟士官、あるいは将官にとっては自然と出てくる感想だろう。

ヤン自身も、ついこの間エル・ファシルで経験したばかりのはずだった。

 

「なるほどね……大尉、君は優秀なようだ。君だけじゃなく同盟軍の大半は私より優秀なんだろ……だからこそ”幻惑”されるのかもね」

 

 

 

「幻惑?」

 

「ああ。戦力の幻惑効果……保有戦力のせいで本質を見誤る。昔からよくあることさ。なまじイゼルローンがスタンディング・アローンでそこそこの戦力を蓄えてるからそれが可能なんだろうけど。やれやれ、帝国も面倒な事をしてくれるよ」

 

ヤンは紅茶を一口含むと、

 

「イゼルローンは建造された当時から、欠片ほどもその役割を変えてないよ。どれほどの艦隊を格納しようと、何度同盟領へ艦隊を送り出そうとね」

 

そして一旦目をつぶり、思考をまとめてから

 

「イゼルローンは建造されたその瞬間から今まで、ずっと”ここが同盟と帝国の境界線”であることを示す”国境の砦”なのさ。少なくとも帝国が持ってる間はこの先もね」

 

 

 

「はあ?」

 

バグダッシュはおかしな声をあげると、

 

「いやいや、大尉。それはおかしいでしょう? 近年の帝国の行動を読む限り、イゼルローンは前線基地であり、同時に同盟攻撃の要……攻性拠点と呼ぶに相応しい陣容ですって」

 

「本当に?」

 

「えっ?」

 

「これは盤面を逆さにした方がわかりやすいかな?」

 

そう呟くと、

 

「それを君から情報提供してもらうつもりだったけど……まあいい。バグダッシュ大尉、トール・ハンマーの射程は実は艦砲の有効射程距離と比べても大分短い。私が閲覧できる程度のデータでも10光秒も無いのが見て取れる。拠点としての機能を考えるなら、帝国でも滅多に出せない遥か1万光年彼方からわざわざ遠征しに来る大艦隊の前線補給基地として使うならともかく、イゼルローンに常駐している防衛艦隊は同盟軍基準で多くても2個正規艦隊くらいだろう。要塞自体の純粋な硬度は並外れたものかもしれないけどね」

 

腕を組み、

 

「だけど……”こんな()()()()()()()”で、バグダッシュ……君なら一体、同盟のどこを攻撃するんだい?」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「中途半端な戦力、ですか……」

 

確かにヤンの言うことももわかる。わかるが、

 

「しかし……現に大尉のいたエル・ファシルは攻撃されておりますが?」

 

「ああ、あれか……」

 

ヤンは頭を掻きながら苦笑し、

 

「あのエル・ファシル攻撃は、純軍事的な意味はほとんどないよ。確かにリンチ少将の地方艦隊は壊滅したけど、あれだってイゼルローンから分派された駐留艦隊の手助けがなければ不可能だった。むしろ、あの貴族たちの尻拭いをする羽目になった提督には同情すら覚えるよ」

 

とヤンは、いずれ強敵となり前へと立ちはだかることになるだろう、今はまだ顔も名も知らない男に思いを馳せながら、

 

「ただの偶発的な戦闘……と言いたいとこだけど、結局降りかかる火の粉を払っただけの仮称”エル・ファシル脱出戦”が起きた背景を考えると、存外に面白いし……」

 

ヤンはニヤリと笑い、

 

「イゼルローン要塞の本質も見えてくるのさ」

 

 

 

「またしても本質ですか……」

 

「まあ、言うほど難しい話じゃないよ。一つは……というか、建前としては”貴族のガス抜き”さ」

 

「貴族のガス抜き?」

 

「イゼルローン駐留軍って単位で見れば、むしろこっちの理由の方が大きいよ。マンハントやるような色々と我慢やら脳味噌やら足りない貴族を、無理にイゼルローンに詰め込んでおいたらどうなるか……今や帝国軍のほとんどは平民だよ? なんせ”第2次ティアマト会戦”以来、提督でも当たり前のように平民出身者が出てきてるくらいだ」

 

帝国で言うところの”軍務省にとって涙すべき40分間”において、帝国は大量の貴族軍人を失った。

それが帝国軍の編成に大きな影を落としたのだが……

 

「だけど、一部の例外を除けば貴族の平民に対する意識は、全くと言っていいほど変わってない。嘆かわしいことにね。貴族の平民に対する横暴は、むしろ君たちの方が詳しいだろ?」

 

そして、そんなのをただでさえストレスがたまりやすい閉鎖環境に置いておけばどうなるか?

大半の貴族たちにとっては、イゼルローンの勤務はいわゆる”箔付(はくつ)け”、貴族社会で「自らの輝かしい軍歴」を誇るための短期配置に過ぎない。

言ってしまえば、「帝国の藩屏として責務を果たすため最前線で戦った」と主張したいのだろう。

 

「彼らにとってはイゼルローン要塞の中で篭っていても民間人のマンハントでも、”最前線で戦い、叛徒に裁きの鉄槌を下した”ってことになるみたいだしね」

 

「それはわかりましたが……その言い回しだと、まだ裏がありそうですな?」

 

「裏というより別の視点さ」

 

「別の視点?」

 

「ああ。帝国の上層部……いや、”()()”から見た視点。例え帝国と言う国が政治的力学バランスを貴族に偏らせていても、素人同然の貴族を平民だらけのイゼルローンに置いておく事、ましてやある程度……好き勝手にマンハントをやる程度の自由裁量を黙認するってのは、決して良い結果は生まない。下手をすれば平民との軋轢で重大な士気崩壊が起きるかもしれない。大尉、知ってるかい?」

 

ヤンは面白そうな顔で、

 

「古来より、強固な城やら砦やらってのは、外敵に陥落させられるより内部から崩壊するほうが多いんだ」

 

そして笑顔のまま、

 

「帝国の歴史は貴族専横の歴史でもある。またそれに対する叛乱の歴史でもね……そのリスクがわかってないとは思えない」

 

「そのリスクを抱えてもなお、専横を黙認するメリットがある、と?」

 

「然り」

 

ヤンは鷹揚に頷き、

 

「帝国の上が、期待し望んでるのは……」

 

『挑発さ。無自覚のね』とヤンは言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず、”ヤンによるイゼルローン考察:序章”って感じです(挨拶

前書きにもちらりと書きましたが、ヤンは色々思考的アップを始めたようですよ?
彼の覚醒が、あるいは”怖さ”が少しずつでも表現していけたらと(^^


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