新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか(No.3)

新たなフェーズに入った日本での対応はどうあるべきなのか

image
2020年2月15日
医学系研究科 微生物学分野

押谷 仁 教授

世界保健機関(WHO)は、今回の新型コロナウイルスのような感染症の危機管理に対応する基本戦略としてリスクアセスメントに基づくリスクマネジメントを行うことを強く推奨している。このように実際に進行中の危機に対するリスクアセスメントの方法は十分に確立していないが、私は、1)最良のシナリオ(Best-case Scenario)、2)もっとも起こりそうなシナリオ(Most Likely Scenario)、3) 最悪のシナリオ(Worst-case Scenario)、の3つのシナリオを考えていくことが有用だと考えている。

 今回の流行の日本でのリスクアセスメントでは、1)は「国内流行が起きない」、2)は「国内流行は起こり一定の被害は起こるが爆発的流行は起きない」、3)は「日本でも武漢のような爆発的流行が起こる」、というシナリオを考えていた。1)のシナリオは武漢での流行が報告された直後はまだ考えられたが、武漢とその周辺の流行の実態が明らかになるにつれて、この可能性は急速にゼロに近づいていって、2月13日に明確にゼロになったというのが私の見方である。一方、3)のシナリオも当初は考えたが、今はまずないだろうと考えている。中国国内の他の都市でも武漢とその周辺以外に制御できないまでに感染拡大が起きている都市はないと現時点では考えられること、このウイルスの特徴が明らかになりある程度制御できる可能性も見えてきたことがその理由である。

 そうなると、2)のシナリオがどのような形で起きるかが問題になる。私は、国内で感染連鎖はすでに起きていてその感染連鎖が見えていないだけだと考えていた。ただ、ウイルス性肺炎はまれにしか起こらずウイルス性肺炎を疑わせるような症例が複数例見つかるような事態が起これば、日本では感染連鎖はきっと見つかるとも考えていた。おととい(2月13日)以降、日本では各地で感染者が見つかっている。見えていなかった感染連鎖が急速に可視化されつつあるのが今の日本の状況であると考えられる。

  2月13日から14日に相次いで見つかった感染者の持つ意味は、これまで見つかってきた感染者の持つ意味とは大きく異なる。これまでの感染者は、クルーズ船での感染例を除くと、チャーター便での帰国者を含めほとんどが武漢を含む湖北省に渡航歴のある人、もしくは渡航歴のある人との接触があり、渡航歴のある人から直接感染した可能性が考えられるような感染例であった。この2日間に相次いで見つかってきている感染例は、ほとんどがこのいずれにも該当しない。これは国内で感染連鎖がすでに起きていることを強く示唆するものである。

 2003年のSARSの流行の際に、WHOは当初、国内で2次感染が起きた場合、その国・地域を地域内流行(Local Transmission)のある「感染地域(Affected Area)」としていた。日本で起きたバスの運転手・バスガイド・店の店員などはこれに該当する。さすがにこの基準だけでは広すぎるということで、その後は地域内流行の危険性を評価するために、国内感染事例のパターンをA, B, Cに分けて発表していた。Aは感染地域への渡航歴のある人からの2次感染のみが起きている場合、Bは渡航歴のある人から2次感染よりも感染が進んでいるが、感染はそれまで見つかった感染者の接触者としてすでに同定されている人からのみ起きている場合、Cは接触者としてすでに同定されていない人での感染が見つかる場合、と定義していた。もちろんCが最も深刻で、地域内流行が起きていると評価できることになる。過去2日間(2月13日と14日)に相次いで見つかった例は、今後の疫学調査でAに該当する例が判明する可能性がまだ残されているが、ほとんどは該当しないと考えられる。ちなみに2003年には見つかった時点でAかBに該当しなければCとしていた。当然、海外は客観的事実から日本を感染地域として見ていると考えられる。

 私は日本で感染連鎖が可視化できるのはもう少し先かもしれないと思っていたし、このように感染連鎖が同時多発的に一気に可視化できるともあまり想定していなかった。これは、日本の臨床現場の医師の能力と意識の高さによるものであることは明らかである。現場の医師たちはクルーズ船という本質的でないことに目を奪われておらず、この問題と目の前の患者に真剣に向き合っていたことを示すものだと考えられる。

 しかし、まだ可視化できているのは一部である可能性が高い。今後、日本各地で同様の症例が相次いで見つかってくることは十分に考えられる。見つかった感染例の周囲の人でも感染者は次々に見つかってくるだろう。現時点で、中国本土以外で感染連鎖をある程度可視化できているのは私が知る限りシンガポールと香港だけである。いずれもSARSの流行の経験があり、このような事態に対応できる体制の整った国・地域であるからこそ可視化できていると考えられる。日本は、シンガポールや香港とは人口規模が違うので、今後、今回のクルーズ船の感染者を除いても、日本が突出して感染者数の多い国になる可能性がある。他にも感染連鎖が起きていてもおかしくない国は数多く存在するが、それが可視化できていないだけである。

 日本で感染者が多く見つかっていることを単にネガティブにとらえるべきではない。日本はいち早く感染連鎖を可視化し、見えてきた感染連鎖に迅速に対応できる体制が整いつつあると捉えるべきである。対外的にもそういった説明をしていくべきだと私は考えている。実際に、いち早く感染連鎖を可視化しその情報を公開しているシンガポールの透明性は高く評価されている。これまでずっと後手に回ってきたこのウイルスとの戦いの中で、ようやく我々はこのウイルスの先回りをして対応することが可能になっているのである。

 見つかった感染者のプライバシーを侵害するような報道をしたり、風評被害を心配したりしている余裕は我々にはない。メディアはクルーズ船の報道ばかりをして全体像を見てこなかった過ちを繰り返すべきではない。見つかった感染者の周りには数十人からもしかすると数百人の感染者がいるかもしれない。見えてきている感染連鎖はまだほんの一部である可能性もある。今見えてきていることは日本のどこでも起こることであり、おそらく日本の多くの場所でもうすでに起きていることである。

 クルーズ船内で検疫官が感染したことが発表されている。感染対策の不備が感染につながったといった報道がなされているが、私は必ずしもそういったことが理由であるとは考えていない。このウイルスの感染経路については現時点では何も正確なことはわかっていないが、従来考えられてきた方法だけでは完全に感染を防げない可能性も考えておく必要がある。検疫官という、こういう事態に備え訓練をしてきたプロが、毎日数多くの感染者が新たに出ていて緊張を強いられるクルーズ船のなかで感染したという事実をもっと重く受け止めるべきだと私は考えている。どれだけの人がクルーズ船の中の彼と同じレベルの緊張感を持って人込みの中を歩くことができるだろうか。私には到底できそうもない。

 地域の医療体制の整備と同時に今もっとも大切なことはいかにして感染拡大のスピードを抑えていくかということである。このウイルスに対して封じ込めはできないと私は考えているが、感染拡大のスピードをコントロールすることは可能である。感染している人の咳エチケットや手洗いは必要である。熱や咳のある人が無理して出社して職場で感染を拡げるというようなことは絶対に避けなければならない。感染している可能性のある人からいかに感染を拡げないかという努力は最大限する必要がある。高齢者や基礎疾患のある人たちにいかに感染を拡げないかという工夫も必要である。新型インフルエンザの場合は、子供が地域の感染拡大をけん引してしまうことが多く、学校閉鎖は流行初期には有効な対策と考えられるが、今回の新型コロナウイルスでは子供の感染は少なく学校閉鎖が感染拡大のスピードをコントロールするために有用であるとは考えにくい。

 都市の封鎖やクルーズ船に対して行った船上検疫といった対策は19世紀に行っていたような対策である。21世紀に暮らす我々はもっとスマートな方法で感染拡大のスピードを抑えていく必要がある。東京オリンピックに備えて考えられてきた在宅勤務・テレビ電話会議・時差出勤などを前倒しで実施することは当然考えられる。宅配システムを使って高齢者や基礎疾患のある人に日用品を届けるといったことも可能かもしれない。地域でさまざまな工夫をしながら社会機能を止めることなく感染拡大のスピードを抑えていく必要がある。それらの対策は、感染拡大が明らかになってから実施するのではなく、今すぐ実施する必要がある。今、1つの感染機会を減らすことはその先につながる100人あるいは1000人への感染連鎖を断つことにつながる可能性があることを忘れてはいけない。
 

 

医学系研究科微生物学分野 教授

押谷 仁


新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか(no.1)_2020年2月4日
新型コロナウイルスに我々はどう対峙すべきなのか(no.2)_2020年2月12日

一覧へ戻る