「暑熱対策」は、真夏の屋外で実施される競技の選手にとって喫緊の課題だ。開催時期が7~8月の東京オリンピックでは、国際オリンピック委員会(IOC)が猛暑を懸念し、マラソンと競歩の開催地を当初予定していた東京から札幌市に変更すると決定。その是非が議論されたのは記憶に新しい。
酷暑の中で走るマラソン選手などの体温上昇を抑え、熱中症などが発症するのを防ぐために開発されたのが、「TEKION暑熱対策グローブ(仮)」(以下、暑熱対策グローブ)だ。シャープとスポーツ用品メーカーのデサント、アスリートのトレーニング指導などを手掛けるウィンゲート(本社東京)が共同開発した(図1)。屋外で長時間競技するマラソン選手などが、暑熱対策として利用することを想定している。2020年7月の発売を予定している*1。
手のひらを冷やして熱中症などを防ぐ
使用するのはシャープが開発した専用蓄冷材だ(図2)。これは主成分の水に、凍った時の結晶構造を変える物質を添加して、溶ける温度(融点)を12℃に調整したもの。その一方で、水が凍るきっかけとなる「結晶核」が発生しやすくなる物質を添加して凍る温度(凝固点)を3℃に調整している。融点が12℃なのにもかかわらず、凝固点を3℃に調整できた点に、シャープ独自のノウハウがある。
この蓄冷材のパッケージを冷凍庫で冷やして蓄冷材を凍結させる。凍らせたパッケージを伸縮する帯状のグローブに取り付けて、パッケージが手のひら側になるように両手に装着する。パッケージ内の蓄冷材は12℃で溶け始め、固体(氷)と液体(水)が混在する状態になる(図3)。この12℃の状態で周囲の熱を奪い続けるので、手のひらは体温より低い20℃程度に保たれる。20℃に保たれた手のひらに面した血管を通って冷やされた血液が全身に巡って深部体温(体内の体温)の上昇を抑制する。
蓄冷材よりも融点が低い氷を使わない理由の1つは、融点が低過ぎるからだ。0℃の状態を保つ氷を握っていると、手のひらの温度は17℃以下に下がる。
蓄冷材の開発を担当したシャープ研究開発事業本部 材料・エネルギー技術研究所第二研究室課長兼TEKION LAB*2 CEO・CTOの内海夕香氏は、「手のひらが17℃以下になると人は痛みを感じ、快適ではない。また冷えすぎると血管が閉じて血流が悪くなるので、せっかく冷やした血液が体中に十分に巡らない懸念もある」と言う。
シャープ研究開発事業本部 材料・エネルギー技術研究所で活動する社内ベンチャー。液晶材料をベースに開発した蓄冷材料による製品・サービスの企画・開発を進める。
熱中症対策グッズとして市販されている「ネッククーラー」のような首ではなく、手のひらを冷やすのも大きなポイントだ。内海氏によると、手のひらは動脈と静脈が吻合(ふんごう)(接続)している上に毛細血管の密度が高く、血液を効率的に冷やすには最適な部位だという。また、「首を冷やすと脳の温度を直接下げるので、『体温が下がった』と脳が受け取ってしまい、体温を下げようとしなくなる」(内海氏)。手のひらを冷やす方が合理的なのだ。
労働安全衛生総合研究所が、この暑熱対策グローブの効果を検証した。その結果、30分間装着して手のひらを冷やし、その20分後に運動を開始して直腸内で深部体温を測ったところ、運動開始後70分間は手のひらを冷やさなかった時に比べて0.2~0.4℃程度低いという結果が出た(図4)。「体内での0.2~0.4℃の差は大きく、熱中症対策などに有効な可能性が高い」(内海氏)という。
現在、デサントの研究開発拠点「DISC OSAKA(ディスクオオサカ)」で同社の契約選手らが、実際に暑熱対策グローブを装着して運動時の効果を検証中だ。